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●手と手
手と手。
俺の手と。
イノちゃんの手。
隣同士に座った、打ち合わせ中のテーブルの陰で。
赤信号を待つ、二人で乗っている車の中で。
最高のライブを終えた後。マイクを持つ手と、その手を掴む手。
シン…とした夜に、温もりを求めたベッドの中で。
桜舞い散る、並木道で。
足をとられながら歩く、波打ち際で。
落ち葉の香りが清々しい、夕焼け空の公園で。
白い吐息と冷えた爪先。きらきら輝く、ツリーの下で。
手を繋ぐ。
手に、指先に触れる。
いつでもどこでも出来る、とってもシンプルな事なのに。
その相手がイノちゃんだってだけで、なんでこんなに嬉しいんだろう。
ある日のルナシーの打ち合わせ中。
スギちゃんに言われた事がある。
「お前らいっつも隣同士だね」
この日は ( …ってゆうか、ほとんどいつもなんだけど ) 会議室の長テーブルを二つくっつけた、大きな長方形のテーブルに。
俺とイノちゃんは隣同士で座ってた。
「「え?」」
いきなりのスギちゃんからの指摘で、俺もイノちゃんもキョトンとしてたと思う。
考えた事もなかった。
なんでかって…。
なんでだろう。
ーーー多分、もう癖だ。いつも一緒にいるから、無意識に隣になるんだと思う。
もちろんただ一緒にいるわけじゃないよ。
その根底にあるのは。
…好きだからだよね。
「…反応も一緒かよ」
ちょっと呆れ気味で苦笑いのスギちゃんに、俺たちは顔を見合わせて頷き合った。
「なんで?って…なんでだ?」
「ん…。わかんないけど、無意識だよね」
「そうだね。意識はしてないけど…。ん?してんのか?」
「無意識でも隣にいたいって思ってるから、結果的に隣にいるんじゃない?」
「だな」
一応の結論に辿り着いて、俺とイノちゃんは微笑み合う。
そしたらそれを向かいの席から見ていたスギちゃんは、今度は大きなため息をついてまた苦笑い。
そしてそのスギちゃんの隣から、真ちゃんとJ君も首を突っ込んできた。
「イノと隆ちゃんが一緒にいるところ見るとねぇ、安心すんだよな!なっ!J?」
「んぁ?あー…あーまぁな?」
「キャッキャと戯れあってたりさ、微笑ましくてさ。癒されるっつーの?」
なー!J ‼
にこにこ真ちゃんに名指しされて、J君はちょっとタジタジしてる。
J君にしてみたら、幼馴染 ( イノちゃん ) の前で安心するとか癒されるとか ( そうなの? ) 。本人についてコメント返すのって照れもでちゃうんだと思う。
だから話題転換と思って。スギちゃんとJ君とか、真ちゃんとスギちゃんとか、J君と真ちゃんって組み合わせだって仲良しでしょ?って言ったら。隣にいたイノちゃんが、ルナシーは皆んな仲良しって事だねってまとめてくれた。
そんなメンバーとの会話の間も。
皆んなからは隠れて見えない、テーブルの陰で。
俺とイノちゃんの手は、ずっと繋がれていたんだ。
やっぱり、無意識。
無意識だけど、確かにお互いを求めて、温もりを引き寄せる。
「イノちゃん」
「ん?」
「今日は楽しかったね」
仕事を終えて、二人でイノちゃんの家に帰って。
夕飯は食べて帰ってきたから、お風呂に入って、ちょっとだけお酒とテレビ。
でも、もうベッド行こ?って、イノちゃんが早々に言ったから。俺は頷いてイノちゃんに差し出された手を繋いで、寝室へと向かった。
先にイノちゃんが入って、すぐに俺も布団に足を滑り込ませる。
触れ合うお互いの足先は、まだ少しだけひんやりしてる。
ちょっとだけ冷たいね。って言ったら。
すぐあったかくなるよ。って、イノちゃんは言いながら、するっ…と脚を絡ませた。
それだけの事なのに、身体の中が熱くなりそうで。
恥ずかしさを押し隠すように、ここでもまた話題転換…と思って。今日の事を思い出して、イノちゃんに言った。
今日は楽しかったねって。
「楽しかった?…んー…まぁ、そうだね」
「皆んな仲良しだねって、イノちゃん上手くまとめてくれたし」
「ん?ふふっ…大人になったよね?俺らもさ」
「随分前から大人なんだけどね。丸くなったんだよね」
「そうそう」
イノちゃんはまた、ふふっ…と笑って、俺の方に手を伸ばす。
布団の上に投げ出していた俺の手を。イノちゃんの手が探り当てて、重なって。
そのまま指先を絡ませて、ぎゅっと包み込んでくれた。
あったかい、イノちゃんの手。
いつも隣にある、優しい手。
ほっこりした気持ちになって、安心する。
「ーーーあ…」
「ん?」
「ね、イノちゃん」
「どした?」
「あのね?ーーーイノちゃんと手を繋ぐと、あったかくて安心して。その俺を見たから、真ちゃんも安心するって言ったのかな?」
俺の言葉にイノちゃんは一瞬ぽかんとした顔。
そして今度はじわじわと意地悪い顔になってきた。
あれ?と思ってたら、繋いだ手をグッと布団に押し付けられて。見上げたらイノちゃんが見下ろしてて、なんかいつの間にか、押し倒されたみたいな状態になってた。
「安心も、嬉しいけどさ?ーーー俺は違うよ」
「え?」
「隆ちゃんと繋いだ手。隙あらば、そのまま引き寄せて抱きしめたいって、いつも思ってる」
「ーーーっ…」
「抱きしめたら、キスしたいって。キスしたら抱きたいって。ーーーそれって俺だけ?」
「イノっ…」
「なぁ、隆ちゃんは?ーーーホントに、安心だけ求めてんの?」
探るような、試すような、意地悪なイノちゃんの瞳。でもその奥には、やっぱり優しい色がちらついて。ーーー俺を求めてくれる、激しい色も揺らいでて。
「そんなわけない」
「ん?」
「手を繋いで、イノちゃんに触れたら。いつもどきどきして、もっと先が欲しくなる」
「うん。ーーで?」
「ーーーーーっ …だから」
「ん」
「ーーー手、離さないで。このまま、愛して」
「ーーーいいよ」
嬉しそうに。
イノちゃんはにこっと微笑んでくれて。
おちてきたのは、優しいキス。
でもそれも最初だけ。
優しさに、激しさも熱さも狂おしさも混ざってくる。
「んっ…ぁーーーーー…」
「りゅうちゃんっ …」
「ーーー離さな…っ…で」
イノちゃんが大きく頷くのが見えて。
離さねーよ。って甘くて低いイノちゃんの声が、耳元で囁いてくれて。
嬉しくて、愛おしくて。
俺は全部曝け出して、イノちゃんに縋り付いた。
俺とあなたの、手と手。
指先をさ迷わせて、触れて、手繰り寄せて、絡め取る。
手を繋ぐ。
繋いだ手は離れない。
離したくない。
離れられない。
手と手。
end
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