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●葉山くんのドーナツ
ずっと好きだった、尊敬するバンド。
その新曲制作に参加出来るなんて。
その日が待ち遠しくて。
でも緊張もして。
期待と不安。
その瞬間に立ち会える喜び。
僕の生みだす音と。
そしてささやかながら、気持ちを込めた贈り物を持って。
メンバーの皆さんの元に、訪れたいと思います。
《葉山君のドーナツ》
隆一さんとイノランさんとは。
今やもうユニットのメンバー同士。
はじめこそ緊張もしていた、三人での曲制作。ライブ等々…。
でも気さくな人柄の二人のお陰で、あっという間にユニットの一員として打ち解ける事ができた。
ユニットの他にも、それぞれのソロ活動で一緒にステージに立ったりもしているし。
三人でご飯を食べている時なんかに、フト。
大好きなあのバンド。
ルナシーの5分の2の人達と今一緒に居るんだ…。と、心が震えてしまう瞬間が訪れる。
隆一さんもイノランさんも。
僕は大好きだ。
彼等の出す音はもちろんなんだけれど。ーーー…なんと言っていいのかわからないのだけれど……雰囲気が。
二人が揃った時の、独特の空気感。
…長い間、一緒にいた間柄のせいなのだろうか…?
言葉は無くても通じ合う…というか。
目は口ほどに物を言う…とはこの事だと頷いてしまう程。まるでお互いに触れ合うように重なる視線。
うっかりすると火傷しそうな感情の交差。
ユニットの曲達には、間違いなく。
そんな空気感が充満していると思う。
そんな二人の。
5分の3のメンバーも加わった、五人戦隊ならぬ…憧れのルナシー。
まさかレコーディングに参加する日が来るなんて。
嬉しくて、感激で。プレッシャーも山盛りで。
でも隆一さんも、イノランさんも。
一緒に曲を作る事を喜んでくれて。他の三人のメンバーも、手を取り合ってくれて。
これはもう、やるしかないなと。
意気込みを強く、心に刻んだのだ。
いよいよ迎えたレコーディングの初日。
スタジオに赴くにあたり、僕は数日前から悩んでいた。
差し入れを、どうしようか…という事で。
初めて会う人達ではないけれど。でもここは、ちょっとした心遣いは必要かと思ったから。
持っていくことを決めたら。次に悩んだのは、何を持って行くか…という事。
ーーーーー。
ーーーーーーー何がいいだろうか…。
メンバー一人一人の顔を思い浮かべて。あらゆる候補を捻り出すも。
いまいちピンとくるものが無い。
うーん…とかなりの時間を費やして考えても、逆に考えすぎて考えが纏まらなくなってきた。
ーーーどうしよう…。
そうだ!僕はルナシーのファンでもあるんだから、SLAVEの一員として考えればいい。ーーー何がいい?
もういっそのこと一人一人にファンレターを書くという手も…
いやいや、なに考えてんだ。
ーーーというか、そもそも差し入れとは、どういう定義があるのだろうか。
差し入れというと、やっぱり食品が多い気がする。
食べ物の方が無難だろうか。
最早完全に飽和状態になった思考。
しかしここで、延々と考えていた事が連想ゲームのように繋がって。
あるひとつの結論を導き出した。
SLAVE→語り継がれる伝説→秘話→ルナシー秘話→色々ある→その中で→差し入れの秘話→隆一さん→加入の際→持って行った→差し入れ→食品→ドーナツ→donuts‼
「これだ」
「おはようございます!」
集合時間よりだいぶ早めに着いた筈だったのに、そこには既にメンバーみんな集まっていて。
思わず慌てて恐縮してしまう。
「なんかねぇ…多分みんな楽しみでね」
そんで早く来ちゃったんだよ。
大丈夫だよって、Jさんがニッと笑って言ってくれた。
スギゾーさんと真矢さんも集まってきて、楽しみにしてたって。今回はよろしくね。
そんな風に気さくに声をかけてくれる。
じん…としてしまって、取り合った手にも熱がこもる。
そして。そうだ、と。
持って来た差し入れの箱をJさんに手渡した。
箱を見た三人は、すぐに中身が何かわかったようで。
「葉山君、昔の隆みたい」
「アッハッハ‼ 数足りなかったりして」
「大丈夫です、その辺はちゃんと、行き渡るように」
そう。
ここ来る途中で寄ってきた、あのドーナツ店。
メンバーとスタッフみんなに行き渡るくらい、たくさん買って来た。
今回はバンド加入って訳じゃないけれど。
一緒にモノを作る、仲間になれるのだから。
かつての隆一さんの、真似をしてみたんだ。
きっとドキドキしている今の僕の気持ちは、あの時の隆一さんと同じなんじゃないかなぁ…。
横長の箱三つ分と、ひとつだけ分けて紙袋に包まれたドーナツを見て、Jさんが首を傾げた。
「これだけ別になってんの?」
「なにこれ?」
「あ、それは…」
「色んな種類のちっちゃいのがコロコロ入ってんね」
「へぇ、今こーゆうのもあるんだ?」
「昔は無かったよな」
「はい。それは隆一さんとイノランさんので」
「?ーーーーアイツら?」
「はい、お二人で食べる用に…」
「⁇…なんでアイツら一緒に食うの?」
「え?…いえ、いつも…」
「ーーーーーいつも?」
「あ、はい。隆一さんとイノランさん、いつも仲良くシェアして食べてる事多いので」
「へぇ⁇」
「ユニットのツアーの時なんかもそうでしたよ?大体いつも一緒にくっついて…」
「…」
「…」
「…」
「仲良いですよね。ルナシーでも、昔からあんな感じだったんですか?…っていうか、隆一さんとイノランさんはどこにいるんですか?」
そういえば、まだ顔を見ていないと三人に問いかけると。
?ーーーあれ?…なんか…微妙な空気が…。
「あ!葉山っち、おはよう‼」
「おはよ~葉山君」
微妙な空気を霧散するかのように、隆一さんとイノランさんが現れて、この場が一気に賑やかになる。
にこにこしている隆一さんの目がキラリと光って、テーブルに置かれたドーナツの元に素早く寄って来た。
「すごいたくさん!葉山っちが持って来てくれたの?」
「はい」
「さっすが葉山君!隆ちゃんのオマージュ的な事をするって…わかってるね~」
「あ!ちっちゃいのコロコロだ~。これ貰っていいの?」
「はい、お二人用に…」
「ありがとう!」
Jさんの目の前に置かれた、今話してたドーナツ。隆一さんはチョコレートのかかった一口サイズのそれを指で摘むと。
「イノちゃん、はい」
「ん?」
「あーん、して?」
「え~?食わしてくれんの?」
「うん!だっていつも、あーんってしてるでしょ?」
「ん、ありがと」
隆一さんの手から、ぱくりと一口で食べたイノランさん。
もぐもぐごくん…。とした後、今度は反対に、隆ちゃんはどれがいい?って隆一さんに聞いている。
目の前で繰り広げられる。
二人の甘い世界。
初めの頃は ( いや、今も時々そうだけど ) いちいち目のやりどころに困っていた僕も。
今はもう、慣れたものだ。
それに二人は、お互いに夢中に見えて。その実、僕に意識を向ける事を忘れない。
ちゃんと、気にかけてくれているんだ。
2:1になりそうになると、その場の空気をあっという間に緩めて、1:1:1に瞬時に変化させる。
別の取り合わせの2:1になる事もあるし、完全にまとまった3になる事もある。
そんな風に柔軟に空気感を変えながら、その隙をついて。
隆一さんとイノランさんは、誰も立ち入れない空気を要所要所で出してくるのだ。
でも僕は、そんな二人が嫌いじゃない。
立ち居入り過ぎると、二人の秘密の部分に触れそうで、慌てて足を引っ込める。
そんなスリリングで、ミステリアスで、切ないくらいに甘くて愛の溢れた空気。
この二人と創り上げる音楽が堪らなく大好きで。出来る事ならずっと一緒にいたいと願ってしまう。
「葉山君」
にこにこと。Jさんと、スギゾーさんと、真矢さんが。僕を手招きして、奥のテーブルの方へと移動した。
「今日さ。今夜、仕事のあと時間ある?」
「え?ーーーええ、はい」
「飲み行かね?」
「俺ら四人でさ」
「僕達四人…ですか?隆一さんとイノランさんは?」
「あー…まぁ、アイツらはまた今度全員でさ」
「はぁ」
「もっと葉山君と、早く打ち解けたいし。ーーー喋りながら飲もうぜ?」
「あ、はい。是非!」
「おっし!決まり‼」
「はい」
「…つーかさ、葉山君」
「?…はい」
「あの二人とユニット組んで活動してって…すげえよ。ーーー色々、」
「最近のアイツらの事。葉山君の方が知ってる事多そうだし、聴いてみたいんだよね」
「そう…ですかね…?」
この三人より僕の方が知ってる事があるのか、ちょっと些か疑問だけれど。
でも。
期待に満ちた三人の視線を受けたら。
そうなのかな?って、ちょっと誇らしくて。
今晩が楽しみになった。
たくさん話してあげたいと思う。
僕が過ごして来た、隆一さんとイノランさんとの時間を。
尊敬する三人へ。
愛すべき二人と僕の。
Tourbillonの日々の事を。
end
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