3
●涙
隆が泣いてる‼
そう言って、バタバタと楽屋に飛び込んで来たのはスギちゃんとJ。
「……」
「おいイノっ!隆が」
「…聞いてるって」
血相変えた二人に囲まれて、両方から腕を掴まれて。…うるさい。腕痛いっての。
「ーー泣きたい時だってあるでしょ」
「オマエっ …それでも隆の恋人か⁉」
「…ちゃんと恋人だけど」
キスもその先もちゃんと毎日してるし愛してるよ?って言ったら、ぐっと言葉を詰まらせたけど。でもっ‼と逆に詰め寄られた。
「心配じゃねーのかよ」
「泣きたい時に泣けない方が心配だよ。いいじゃん別に、泣いて発散できるなら」
「ーーーまぁ、そうだけど…」
「今はひとりになりたいかもしんないし。後で様子見に行くから」
そういえば真ちゃんは?
姿が見えない彼の行方を聞いたら。
「物陰から隆の様子を見守ってる」
何て言うから。
俺は大袈裟にため息をついて、見てくるわ…。と、腰を上げた。
つくづく隆は皆んなに愛されてんだなって、こういう時思う。
いつもにこにこしている隆だから、こうやっていつもと違う顔を覗かせる時。
それを目の当たりにしてしまった時。
慣れてないと。正直、焦る。
隆と付き合い出したばっかりの時は、俺もそうだった。
恋人になった時から、次から次へと惜しみなく見せてくれる、はじめての隆に。
戸惑う反面、俺はどんどん隆に惹かれていった。
そして、俺にしか見せないって事が。
俺を夢中にさせた。
( 理由は分かんないけど、たぶん不可抗力だったんだろうな )
見つかるような場所で涙を見せて、メンバーに心配させるなんて。
オンとオフをしっかり使い分ける。いつもの隆なら、そんな事は良しとしないから。
二人に聞いた事務所内の別室に赴くと。成る程言っていた通り、真ちゃんがドアの隙間から心配そうに中を伺ってた。
「真ちゃん」
声を掛けると真ちゃんはびっくりした様子で振り返って、待ってましたと言わんばかりの形相で迫られた。
「イノっ 隆ちゃんが!」
「聞いた。そんな…大丈夫だって」
「だってよぉ…」
真ちゃんは眉を下げて、いつもの豪快な迫力はどうしたって感じで。
また見えないドアの向こう側を見つめてる。
ーーー隆。ホント、みんなに愛されてるよ?
俺は溢れる苦笑を隠せずに、真ちゃんの肩を叩いて言った。
「様子見てくるから。アイツらと待ってて?」
名残惜しげにその場を後にする真ちゃんを見送ると。
俺は軽くノックして、ドアの隙間から中に入り込んだ。
太陽光が射し込む明るい部屋で。隆は窓の方を向いて、パイプ椅子に座って俯いている。
「隆」
びくっと肩が揺れて、俺の方に隆は振り向いた。
その目には三人の言うように涙が溢れていて。随分泣いたのか、頬も目元も赤くなっている。
「イノちゃん…」
近くにあった椅子を引き寄せて、隆の隣に並んで座る。
「…隆ちゃん、どした?」
「え?…」
「アイツら心配してたよ。隆が泣いてる!って」
「ぇえっ ?」
「…なんか、あった?」
隆の目元に手を伸ばして涙を拭うと、隆は慌てたように首を振る。
「ち…っ 違う 」
「え?」
「確かに俺、泣いたけど…。っていうか泣くつもり無かったんだけど」
「うん」
「ーーーーーーーー…怒んない?」
騒がせてしまって、って事だよな。
やっぱり不可抗力だったんだ。
チラリと見上げたバツが悪そうな顔の隆が、なんだか可笑しくて。
それに怒る理由なんてないから、俺は微笑んで隆の髪を撫でた。
「怒んないよ?」
「ーーーうん…」
ずっと両手で胸に抱えていた物を、隆はそっと見せてくれた。
それは。
「雑誌?」
俺ら、ルナシーのインタビュー記事が載っている、最新の音楽雑誌。
ーーーこれはまだ発売前のはず。
???が並ぶ俺を見て。
隆ははにかんで、教えてくれた。
「さっきスタッフが見本誌持ってきてくれて、見てたんだけど…」
「…うん」
「みんなのインタビュー読んでたら、レコーディングの事とか…思い出して。ーーー…感極まったって、言うのかな…」
なんか感動して泣けちゃった。
そう言って、えへへ…と笑う隆。
「ーーーーーーーー」
なんか、ほっと力が抜けた。
なんだかんだ言ったって、恋人の泣く姿には動揺する。
「隆」
ぎゅっと、抱きしめる。
「良かった」
「ーーーごめんね、なんか心配させちゃって」
「いいよ。隆がどんだけルナシーを愛してるか、見せてもらったから」
「ーーうん」
「アイツら大騒ぎしてたけど、真相がわかれば安心するよ」
「うんっ 」
ーーーでもさ?
「…でも、隆?」
「ぅん?」
「今回のは仕方無かったけど…」
「……」
「ーーーーー俺の前だけで泣いてよ」
「…イノちゃん」
「俺の前では、我慢しなくていいからさ」
「ーーーーーうん」
「オフの隆は、独り占めしたい」
「うん、俺も」
「え?」
「こんな照れる台詞言うイノちゃんは、俺だけのだよ?」
「うん」
「ふふっ…」
密やかにくすくす笑い合いながら、いつの間にか重なる唇。
隆の両手が俺に絡まって、溢れる声に無中になる。
「ンっ …ん…っ 」
止まらなくなって、離した唇を隆の首筋に移した時。
カタ…と。
ドアの方で微かな音。
…それに続いて
ーーーばか!聞こえるだろっ
ーーースギの声のがうるせーっての!
ーーーオマエらいいから静かにしろっ
( …丸聞こえだっての )
どうするかな…と、唇を這わせながら考える。
でも、隆には聴こえてなさそう。
蕩けきった顔で縋り付いてくる。
( まぁ、いいか )
内鍵は閉めてあるから、見られる事は無い。
もう少しだけ待っててもらって。
あとでアイツらにも教えてあげよう。
隆の、涙のわけを。
end
.