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●甘える
「ーーーーー…あー…えっと、」
「よぅJ、はよ~。早いね」
スタジオのドアの所で、時が止まったみたいに動かなくなったJ。
俺は空いている片手を挙げて挨拶する。
なかなか部屋に入ろうとしないJに、傍らのテーブルに置いたコーヒーカップに手を伸ばしつつ声をかけた。
「入んないの?」
「え…入っていい状況なの?これ」
「別にいいよ」
「あ、そう?…じゃ」
そう言ってようやく部屋に入るJ。
その視線はしかし、俺の方から離れない。
Jは持っていた荷物を置くと椅子に腰かけた。
「………」
「なんだよ?」
「ゃ…。それ、隆だよな?」
「他に誰がいんだよ」
「ーーーーーー…見てもいい?」
良いよ。と、俺が言う前に、Jは立ち上がってこっちに歩みよる。
ソファーに座って寛ぐ俺の胸には、ペッタリと抱きついて眠っている隆。
「かわいいでしょ?」
「ーーーどうコメントしたらいいの?」
「思ったまんまに言えば?」
「あーーー…じゃぁ」
「うん」
「ーー…コイツ睫毛長ぇな。…初めて見たかも。隆のこんな…」
「眠ってる隆?」
「それはあるけどさ。そうじゃなくて、こんな風に誰かに甘えるみたいな」
「あげないよ?」
「わかってるよ。…つーか、お前が怖くて、手ぇ出せねーっての」
Jは肩を竦めると、「俺コンビニ行って来る。時間までごゆっくり」と言って部屋を出て行った。
今…とゆうか。もうかれこれ二時間も前から、俺はこの体勢でいる。
最近俺も健康的になって早起きするようになって。今日の予定は、ルナシーの新しいアルバムのレコーディング。隆の歌入れとアレンジ。
早く着いてゆっくり時間過ごすのもいいな…と思って、集合時間よりだいぶ早く来た俺。
ところがスタジオに着くと既に先客がいた。
「隆ちゃん?」
「あ、イノちゃんおはよ~!早いね」
「いや、隆ちゃんも早いよ。いつから来てたの?」
「一時間くらい前かなぁ?ジムで軽く動いてから来た」
「相変わらずタフだな」
「…だって、今日から数日はさ…」
「ーー歌入れだもんな」
「うん。…なんかしてないと落ち着かなくて」
そう言って。
隆は自分の喉元にそっと触れる。
無意識だろうか。
その表情はいつもの柔らかな隆のものとは少し違って。
どこか必死な。
無理して微笑んでいるようにも見えた。
「隆?」
「あ、ごめんね。…なんか緊張しちゃって」
「…喉、どう?調子悪い?」
「悪くはないんだけど…。ちゃんとお医者さまにも診てもらってるから。ーーー…でも、どうなっちゃうだろうって…」
「……」
「でも歌い切るよ。ちゃんとこの日に照準合わせてきてるから」
ごめんね。って、隆は微笑んでもう一度言った。心配かけてるって、思ってんだろうけど。
「………」
でもさ、隆。
そんな〝ごめん〟なんて。俺はいらない。
そんな言葉なんか無くても平気なくらい、俺達は想いを重ねてるだろ。
だから。
俺はそんな事くらいじゃ揺るがないって。
生半可な気持ちで隆の側にいるんじゃないって。
教えてやりたくて。
隆の手を掴んで、言ってやった。
「隆。仕事開始まで、まだ時間ある」
「ぇ?ーーーうん…」
「だから今はオフの時間。自由だよ?」
「ーーーーー」
「オフの間。俺はお前の何?」
「っ…」
「ん?」
「ーーー…っ …恋人」
「よくできました。」
にっこり笑ってみせて、掴んでいた手をぐいっと引く。
バランスを崩した隆を受け止めると、倒れまいと隆もしがみついてきた。
俺の胸元にくっついて、ほっぺたを染めて顔を上げる隆。
オフにしか、俺にしかしない表情。
「俺には見せてよ」
「ぇ、?」
「受け止めてあげるから」
弱さも、不安も。
もっと。
隆の側にいるようになって。
俺も歌うようになって、わかったんだ。
隆の裏側にある。歌う事への情熱や覚悟。全て。
「いま俺に出来る事ある?」
「ーーー…それは、」
「ん?」
「恋人としての、イノちゃんへのお願いでもいいの?」
「もちろん」
「…じゃあ…ーーー魔法をかけて」
「魔法?」
「きっと歌いきれるって、魔法」
ココに。と、隆は自分の喉元を指差してにこにこした。
「ーーいいよ」
隆をソファーに誘って一緒に座る。
期待の眼差しが向けられるから、どうしてやろう…と悪戯心が湧いてくる。
魔法使いみたいな、いかにもな演技をしようか…と思ったが、やめて。
隆の首筋に指先を這わせて。
真面目に。
心を込めて。
唇を寄せた。
白い首筋に、小さな赤い印をつける。
隆の身体が震えて、濡れた目が見てる。
「魔法、効いた?」
「ーーーん。効いたよ」
「良かった」
「うん……ね、イノちゃん…」
「ん?」
「ーーーーーーもういっこ、お願い」
ぎゅっと、隆の腕が俺の背に回されて。胸に顔を埋めて、抱きついた。
「お願い…イノちゃん…」
震えてる。
その身体を閉じ込める。
「このまま、抱きしめてて」
いいよ。
全部、受け止めてやる。
だから今は。
このまま、ここで。
少し眠りな?
end…? ↓↓↓
「…入っていい?」
「おかえり。隆ちゃん起きてるよ」
「あ!Jおはよー」
「おー。」
「Jどこ行ってたの?あ、コンビニ?」
「ん、隆これやる」
「え?あ!わぁいプリンだ!Jありがとう‼いただきまぁす」
「……」
「ーーーイノは、缶コーヒーいる?」
「サンキュ」
「J君優しいね!ね、イノちゃん!」
「そうだね」
「ーーーーー隆…。美味そうに食うな」
「だろ?もうね、一緒に飯食ってると幸せで腹いっぱいになるよ」
「へぇ」
「でもあげないよ?」
「わかってるよ!」
end .
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