日記(fragment)のとても短いお話






02/06の日記

22:38
我慢しないでよ
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ずりっ…




「ーーー…っ…」



ずっ…




ーーー痛い…

足。

踵。

…靴擦れだ。











数日前。
新しい靴を買った。
時々覗きに行くお店の店頭に飾られていた。キャラメル色の、カジュアルな革靴。
見た瞬間に、良いなって思って。
早速試着させてもらって、店内をちょっとだけ歩いてみた。

履いて、数歩。



(…あ)



もしかしたら、しばらくすると痛くなるかも…⁇って、なんとなく思った。
でも、決定的な痛みは無いし、キツい感じも無かった。何より良いなって思った印象が強くて。俺はこの靴の購入を決めたんだ。



その、数日後。

イノちゃんに誘われたデート。
恋人と会うのは、いつだって嬉しい。
気合も入るよね?
俺は買ったばかりのキャラメル色の靴を履いて出掛ける事にした。





「隆ちゃん、新しい靴?」

「うん!ちょっと前に買ったんだよ」

「ーーー似合うよ。キャラメル色、隆ちゃんにぴったり」

「えへへ」




靴好き、お洒落好きなイノちゃん。
すぐに俺の靴を見て、良いねって言ってくれて。
やっぱり今日この靴で来て良かったって思った。

イノちゃんとショッピングして、映画を観て、食事をして。
そんな楽しい時間はあっという間。
気が付くと、太陽は傾き始めてて、夕方の訪れを告げる。


そんな頃からだった。




(…どうしよう…。今頃になって…)



ずりっ…



(ーーー踵…痛い)




夕方頃になると脚って浮腫だすって、靴屋さんに聞いた事がある。
朝はちょうど良い靴も、夕方頃に急にキツく感じる事があるって。




(…多分、それだ)



しかも、おろしたての靴。
まだ十分に履きこなしていない靴。
今日は一日、たくさん歩いた。

そんなのが重なって、今俺の踵は靴擦れを起こしたんだ。




(痛い…痛い…ーーーそっと歩くだけで)



ーーーでも。
隣には、嬉しそうに、楽しそうに笑うイノちゃん。
せっかくのデートを、俺のせいで台無しにしたくないよ。

もう少し…
もう少し…ーーー我慢しよう。
どこかに座って休憩すれば、少しは治るかもしれないし。




「隆?」

「…あ、え?」

「どうした?声かけてんのに…。疲れた?」

「う…ううん!ごめんね、ボーっとして」

「ーーー」

「大丈夫だよ?」

「ーーー…。ーーーずっと歩いたし、ちょっと休もうか」

「あ…ーーーうん。そうだね」





ーーーイノちゃんは俺の手をとって、歩いていた大通りの横道に入った。
どこ行くの?って思ったけど…イノちゃんには悪かったけど、内心、ホッとする。
ちょっと休める。
靴…脱げたらいいんだけど…。

横道をぐんぐん進むイノちゃん。
ホントに、どこまで行くんだろう?

ーーーって…




「え?」



イノちゃんが俺を連れて行ったのは、ホテル。
この辺りは観光地だから、ホテルがいっぱいある。そのうちのひとつの、大きなホテル。呆気にとられる俺をよそに、イノちゃんはテキパキとフロントで手続きして、カードキー片手に戻って来た。



「ほら、行くよ」

「あ…」

「景色が良い部屋だ」

「ーーーうん」



…今日はこの後イノちゃんの家の予定だったから。
着替えとか何にも持ってない…
ーーーここ…泊まるの?




「イノちゃん…あの」

「今夜は俺ん家に来る予定だったけど、良いだろ?」

「ーーーう…ん」

「着替えなんかどうにでもなる。…それより」

「ーーー?」




キーでドアを開けて、部屋に入るなり…。




「っ…ーーーぁっ…」

「ーーー」




薙ぎ倒されるように、身体をベッドに沈められて。びっくりして動けないでいたら、イノちゃんが上から俺を見下ろした。

ーーーちょっと、こわい顔で。




「ーーーなんで言わない」

「え…?」

「足。ーーー痛いんだろ?」

「っ…ーーーイノちゃん…知って…」

「当たり前だ」



イノちゃんは、少々乱暴に俺の靴を脱がした。そして見るなり、小さく舌打ちして。
俺の踵についた、擦り剥けた傷に。
そっと唇を寄せた。



っ…ちゅ



「イっ…」

「ーーー痛い?」

「違っ…くて、そんなとこ…汚いよ」

「いい。」

「え…?」

「隆の全部、愛せるから」

「イノちゃんっ…」

「でもな?ーーー隆」

「ーーーぇ?」

「我慢させんのは、御免だ。」

「ーーー」

「俺が側にいるのに、辛いのとか痛いのとか。我慢させたくない」




…ギシ




イノちゃんが、覆い被さって。
服の裾から、手を差し込んでくる。
唇が俺の首筋に触れて。
ーーーどうしよう…

頭が、ふわふわする。




「ーーーあ…っ」

「じっくり…」

「んっ…んーーー」

「触って…愛してあげる」




指先で肌を撫でる、緩やかな愛撫。
唇を舌先で触れて、啄むようなキス。
もどかしくて、物足りなくて。
身体が震える。
甘い痺れで、おかしくなりそう…



「あっ…ん…ゃ、足りない…よ」

「えっちな隆ちゃん」

「だっ…て」

「ーーー気持ちいい?」

「っ…ーーーん」

「ん。良かった…。ーーー隆?」

「っ…?」

「快感で、足の痛みは…どう?」

「!」

「痛くないだろ?」




にこっ…と。
イノちゃんの優しい顔。


ーーーそうゆう事?

イノちゃんの思惑に気付いた途端。
熱いものに貫かれて、何も考えられないくらいに、愛される。



「快感は痛みを凌ぐだろ」

「あっぁ…あ…ん」

「俺が…いる限り…ーーー」

「んーーーっ…」

「我慢なんかさせねえよ」



気持ちいい…痛い…

いたい…

ーーーいたい……気持ちいい

気持ちいい…きもちいい…



本当だ。
いつの間にか、靴擦れの痛みなんか。
どこかにいっちゃった。










急な宿泊の翌日。
ホテルの朝食のついでに立ち寄った売店で、イノちゃんが買ってくれた物。




ペタ。



「はい、できた」

「ありがとう」

「ーーー無理、我慢。もう、絶対すんなよ?」


俺の前ではな?

…って。
買ったばかりの絆創膏を貼りながら、イノちゃんはまた、にこっと笑った。




end







02/07の日記

22:33
欲しいもの
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膝を抱えて。
俯いて。
悲しみや、やるせ無さの淵に腰掛けて。
溢れそうな涙を、ぐっと我慢している時。


欲しいのは、形あるものじゃない。


甘いお菓子もいらない。
花束もいらない。
アクセサリーもいらない。

何より心から欲しいと願うのは。

形無い、あなたの言葉。温もり。
それだけでいいんだよ。






思うように、歌えなかった。
大切に作り上げた、彼が原曲をくれた歌だった。
過程でも。
一緒にアレンジして、演奏して、一緒に完成までもっていった。
ーーーそれなのに。
始めてこの曲を披露する場で。

この曲に込める想いが強く過ぎて、空回りしてしまったのか。
今日はコンディションを上手くコントロール出来なかったのか。

いずれにせよ。
遠く高く届けたかった声は。
悲しいくらいに、かき消えた。









「イノランさん」

「ーーー葉山君。…隆は?」

「それが…楽屋に、ずっと…」

「閉じこもってる?」

「ーーー…はい」

「ーーーん。そっか」

「……あの、イノランさん」

「ん?」

「ーーーこんな事、隆一さんに言ったら怒られそうなんですけど。…でも」

「うん」

「ーーー今日みたいな歌をうたう隆一さんも、僕は好きなんです」

「ーーーうん。」

「アルバムに閉じ込める歌も勿論大好きなんですけど」

「ーーーうん」

「なんか。色々ギリギリのところで、色んな想いを抱えて歌う。ライブの隆一さんの歌…。ーーー何というか…」

「ーーーヤバいよね?」

「っ…はい」

「ギリギリで、溺れそうで、苦しそうで。…けど、そこが綺麗でエロくてヤバい」

「!」

「俺もそんな隆、めちゃくちゃ好きなんだけど。どうも本人は…その魅力に気付いて無い時があるみたいでさ」

「…ああ、」

「一旦、ああなると…。しばらく膝抱えちゃうんだ」

「…イノランさん」

「ーーー大丈夫」

「え?」

「ーーー葉山君がそんなに心配してくれたからさ」

「っ…そんな…僕は」

「だから大丈夫。あとは…ーーー俺に任してもらって、いい?」




To be continued…







02/08の日記

22:52
欲しいもの・2
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ずっ…




鼻を思い切り啜った。



「ーーー泣くもんか」


啜ったら涙の味がしたのは、気付かないフリ。抱えた両膝の天辺に、ジーンズに小さな濡れた痕があるのも気付かないフリ。


楽屋の時計に視線を移すと溜息が洩れた。ここに来てもう一時間は経っているみたいだ。



「ーーーはぁ…」



…そろそろ皆んなの所に戻らないと。
ライブは今日だけじゃない。明日もある。
俺がいつまでもここに閉じこもっていたら、皆んな打ち合わせが出来なくて困ってしまうもの。

ーーーイノちゃんと、葉山っちの所に…。

きっと彼らも、失望しただろう。
せっかく作り上げた最高の曲が。
ーーーあんな

込めた感情が先行して、し過ぎて…
苦しいほどの声しか出せなかった事に。



「はぁ…」


また溜息。



(…でも)




「ーーー戻ろう…」



一度顔を洗って。
何事もなかったように装って。


ーーーなんて。



「バレてるよね…」



勘のいい、ギタリストの恋人。
気遣いの、ピアニスト。



「……」




彼らの顔を思い浮かべながら、楽屋の洗面台で顔を洗う。
冷たい水が、ポタポタと顎を伝って。

鏡に映る俺が。



(ーーーホント。泣いてるみたいじゃんか)



見たくなくて、タオルに手を伸ばす。
ーーーと。
置いておいた筈の棚には無くて、そのかわり。



「はい」


「っ…?」




フワリとタオルが触れたのは。
俺の手じゃなくて、濡れた顔。
いなかった筈の声が聞こえて、俺は思わず濡れたままの顔を上げた。



「隆、濡れてる」

「んっ…」

「拭いてあげる」

「っ…あ、イ…ノ」



もふもふと手加減無しで拭くものだから。
苦しくなって、変な声が出た。




「ちょっと、隆…」

「ーーーんっ、ん?」

「えっちな声出さないでよ」

「⁉」




何言ってんの⁉…って気持ちを込めてタオルをかき分けて、キッと睨んだら。
そこには。
意地悪そうに、優しく微笑むイノちゃんがいた。





To be continued…






02/09の日記

22:43
欲しいもの・3
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「ちゃんと、もっと拭いてあげる」

「っい…い、自分で」

「ーーーそ?」

「そう!」



イノちゃんからタオルを奪って。
ゴシゴシ拭くと、イノちゃんは、ダメだよって窘めた。



「ーーーほっといてくれないの?」

「ほっといてほしいの?」

「っ…ーーーほしい…よ」

「嘘」

「嘘じゃないもん!」

「それこそ嘘だね。…ホントはほしいくせに」

「…え?」

「俺に側にいてほしい。声をかけてほしい。話を聞いてほしい。慰めてほしい。ほしい…ほしい…。隆ちゃん、ほしいものばっかりだろ?」

「っ…ーーーーー違っ…」

「…わない。…じゃあいいよ?ホントに俺、向こうに行くよ」

「…え」

「葉山君も向こうにいるし。ライブ終わった後で腹も減ってるし」

「ーーーっ…」

「ほっといてほしい隆ちゃんの側に無理矢理いるより、他のことしてるから」

「ーーーっ」

「ーーーーーーーーどうする?」



…そんな…矢継ぎ早に言わないでよ。
俺だって、今日の歌について真剣に考えてたのに。
考える余裕もくれないの?
意地悪…
ーーー意地悪っ!





「ーーー…大好き」

「ーーー」

「大好き。…イノちゃん」



ーーーあれ。
俺…なんて?

意地悪って、詰ろうと思ってたのに。
今口から出た言葉…



「ーーー好き…」



突き詰めて突き詰めて。
行き着いた先にあるのは、やっぱりあなたの事が…



「好き」



「ーーー…えっと。…隆?」

「…ん?」

「めちゃくちゃ嬉しいんだけど。…返事になってなくない?」

「ーーーそっかな」

「そうだ…と、思うけど…」


ほら。イノちゃんも困惑してる。
そうだよね…
ーーーでもね?

大好きなイノちゃんに貰った曲だから…悔しいの。


「ーーーイノちゃんがくれた曲…もっと上手く歌いたかった」

「ーーー」

「ーーーなのに。あんな…声で」

「ーーー」

「せっかくの曲…ごめ…」

「謝んな」

「ーーーえ?」

「やっぱね…」

「?」

「お前、気付いてないんだ」





To be continued…






02/10の日記

23:04
欲しいもの・4
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「ーーーなにが」




相変わらずイノちゃんは意地悪そうに口元で笑って。
馬鹿にしてんの?って思っちゃう。ちょっと…ムカ。



「だから、隆の歌」

「俺の歌が何?今日は上手く歌えなかったって言ってるじゃない」

「だからそれがわかってねえの」

「っ…ーーーわかんないよ!だって今は悔しさでいっぱいなんだから。自分を褒めてあげる余裕なんてないの!」



言い合いになりそうな雰囲気。
いけないと思いつつも、自分の不甲斐なさが堰を切って溢れてきて止まらない。
イノちゃん相手に声を荒げてしまって、自己嫌悪に陥りそう…

ーーーすると。



「ーーーじゃあいいよ。俺が言ってやる」

「…っ…?」



イノちゃんはタオルを払うように放ると、俺の両肩をぐっと引き寄せた。

ーーー目の前にイノちゃんの顔。
真剣だけど、じっと俺を見つめる目。
そらせないくらいに視線を絡め取られて、恥ずかしい…。
そんなに見ないでよ…って言おうとしたら。
もっと身体を引き寄せられて、唇同士が重なった。



立ったまま抱く竦められて、キスはすぐに深くなる。
ーーー次第に脚ががくがくと震えてきて。イノちゃんに縋り付かないと立ってられない。



「…っ…ふ、ぅ」

「隆」

「ーーーんっ…ん、、ぁ」


ーーーちゅ…っ



「っ…んーーーぁ…ん」


「りゅ、う…」



ーーーちょっと…
苦しい…酸欠になりそう…

ーーーだけど。

…どうしよう
ーーーーきもちいい…よ



自分でわかる。
自分ではどうこう出来ない、きもちいい声が自然と出てしまう。
コントロールできない。
恥ずかしいのに、抑えられないんだ。

…でも。
この感じ。
何かに似てる。

きもちよくて。
技術よりも、気持ちが優先して溢れてしまう…

ーーーそうだ。
ーーー歌だ。

込める想いが先行し過ぎて。
歌う事がきもちよくて。


…そう。
今日の、歌みたいに。




「っ…ーーーあ…イ、ノ」

「隆…ーーーヤバ…」

「ーーーっ…はぁ」




やっと、キスを解かれて。
額と額をくっけて。
目の前で肩で息をするイノちゃんは、やっぱり笑ってる。
ーーーでも。
今度は意地悪そうじゃなくて…すごく優しい顔で。




「ーーー今の感じ…わかるだろ?」

「…ん」

「上手い下手とかじゃなくてさ。…つか、隆ちゃんの歌はどんなだって上手すぎなんだけど。…今日の歌は、今みたいな感じだったよ?」

「ーーーキスしてる時みたいな?」

「すげえ気持ち良さそうで、エロくて。隣で聞いててヤバい。そんなの」

「ーーー…俺…そんなだったの?」

「そうだよ。葉山君も言ってたもん。ギリギリの隆一さんの声も好きだって。俺もそう思うよ?」

「ーーー…そうなんだ」

「…隆は上手くいかなかったって思うかもしんないけど。…俺は嬉しかった。原曲者として。だってそれくらい、隆が気持ち込めて歌ってくれたって事だろ?」

「っ…う…うん」



イノちゃんは、すごくすごく嬉しそう。
…そうか。
もし俺が逆の立場だったら。
やっぱり嬉しいって思う…。

理性が飛んでしまうくらい。
心を込めて、歌ってくれたら。




「お礼にほしいもの、言って?」

「え?」

「隆ちゃんにあげる。俺の曲をきもちよく歌ってくれたお礼。…なにがいい?」

「ーーー欲しいもの?」

「なんでもいいよ?」



こんな事を言い出すイノちゃんは、やっぱり嬉しそう。にこにこして、俺を見てる。


ーーーう…ん。



「物はいらない」

「ーーー」

「食べ物もアクセサリーもいらない」

「ーーー」



じゃあ何がほしい?



「ーーー言っていいの?」

「ーーーいいよ?」



「イノちゃんがくれる…ーーー」


きもちいい事が、ほしいよ。




end







02/23の日記

23:12
隣に座る…INO &Jの場合
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ホント偶然だった。
ラジオの収録が終わって、ロビーまで降りたら。



「あ」

「あ」



ばったり。
Jと会った。

Jはロビーのソファーでスマホを弄って、手持ち無沙汰みたいで、なんだか落ち着かない。



「J何してんの?仕事?」

「そりゃそうだろ。散歩でこんなとこ来ないだろ」

「…まあ」

「マネージャー待ってんだよ」



聞いてみると、Jのラジオ収録中に急遽マネージャーが別件で席を立たなくてはならなくなったらしい。
Jは今日はマネージャーの車。
終わる頃には戻るから、ロビーで待っててって。
…で、こうしてここで待ってるってわけだ。


「ーーー立て込んでんのかな…仕事」

「んー…超多忙って言ってたな」

「ーーーもうタクシーで帰れば?」

「そう思ってさっきマネージャーに電話したんだけどよ。もう運転中みたいで出ねえんだ。こっち向かってて行き違いになるのもなんだしさ…」

「ふぅん?」



こうゆうとこ、優しいよな。Jって。

再びスマホに目を向けるJを眺めつつ、そんな事を思っていたら。



pipipi…pipipi…



突然鳴り響くJのスマホ。



「はい。ーーーおつかれー!…ん?ーーーうん、終わったよ。うん。ーーーそうなんだ?…ん、了解っス。…いやいや、大丈夫だよ。そっちもお疲れ様。はい、はーい」



pi



「ーーーどしたの?」

「ん?ーーーんー。マネージャーからでさ」

「うん、」

「向こうの仕事が延びてて終わんないって」

「ーーー」

「迎えに来るのが遅れるから、申し訳無いけどタクシーで帰ってってさ」

「そっか…」

「まあ、仕方ねえよな。それに俺は帰るだけだから、なんとでもなる」



さて、そんじゃタクシー呼ぶかー
って、再びスマホを操作するJ。
タクシーの電話番号を探すJの傍ら、思いついた。



「J」

「あ?」

「ーーー乗ってく?」

「え?」

「俺、自分ので来た」

「マジで?」

「送ってやるよ」








「助かる~、サンキュ」

「はいはい、どうぞー」




そういや、Jを乗せるのって…どんくらい振りだ?
全然思い出せないくらい前な気がする。

俺もJも運転が好きだし。
それに俺の助手席は、いつからか隆の指定席になってたから。


助手席でシートベルトを締めるJってのが、すげえ新鮮。
サングラス越しに思わずじっと見てしまったら。



「いいぜ?もう、出発して」

「ああ」



なんかちょっと、ぎこちない。
変な感じでくすぐったくて。
紛らわす為にカーステレオをつけて、出発した。







「あー…くっそ。腹減った」



走り出して少しして。
Jが外を見ながら呟いた。



「…なに。昼飯食ってねえの?」

「ーーーマネージャーの車ん中」

「え?」

「行きに買って、そのまま置きっぱなしにしちまった」

「ああ~…」

「癪だから、家で食う」

「ーーーなんだよ、その変な意地」

「いいだろ別に。今思い出したんだよ。昨夜の飯の残り」

「なに?」

「カレー」

「いいじゃん。昼飯って感じだ」



カレーか。いいな。
昨夜はうちは鍋だったから。
今夜はカレーにしようかな。
隆も好きだしな。


くるくるっと、今夜の献立を考えて。
Jを送った帰りに買い物して帰ろうと予定を立てる。
…と。




「ーーー腹減った…」

「ーーー」



また言ってる。
マジで空腹なんだ。
ーーーそっか。


ちょっと不憫に思えて、なんかあったかな…と思いを巡らせ。

あ、そうだ。




「J」

「ーーーあ?」

「そこ。ダッシュボード。開けてみ」

「…?ここ?」



Jは言われるまま、助手席のダッシュボードを開けた。
すると。

ザクザクと詰まった、ダッシュボードいっぱいのオヤツ。飴だのチョコだの色々だ。


「うわっ!なんだこれ⁇すげえ」

「オヤツいっぱいでしょ?」

「お前…運転中、こんな食うの?」

「違うって。俺のじゃねえよ」

「あ?ーーーーーあ!」

「うん」

「隆…か!」

「ま、ね?」

「ーーー」

「いいよ?食って」

「ーーー隆のなんだろ?減ってたらアイツ怒るんじゃねえ?」

「大丈夫だよ。俺が勝手に入れてんの」

「へ?」

「ーーー隆とデートとか行って渋滞にハマったりするとさ。だんだん空腹で元気なくなってくるんだよな…アイツ。だから」

「へぇ」

「そのまま不機嫌になって、夜に影響でるのはよろしく無いんでね」

「ーーー夜…」

「夜。…まあ、行い…。」

「……良い彼氏もったよな…隆も」

「隆にだけだけどな?」

「ーーーじゃあ尚更じゃん。お姫様用のオヤツなんて畏れ多くて食えねえよ」

「だから大丈夫だってば。俺が補充してんだから」

「…あー…そ?ーーーじゃあ」



Jはちょっと躊躇った風情で、ダッシュボードに手を伸ばす。
取り出した、ひとつのチョコレート。
もっといいよ?って言ったけど、これでいいってさ。



「ーーー甘…」

「そう?普通のチョコだけどね」

「んー…なんつーの?想像したらさ」

「ん?」

「ーーーお前の隣でさ。隆が…」

「ーーー」

「幸せそうに食ってんだろうなって」



「ーーーーー……そうだな」




俺の隣でオヤツを頬張る隆。
嬉しそうに、いつだって笑うから。
その流れでする、隆とのキス。
それを思い出したら…。

早く隆に会いたくなった。

…って、そのままJに言ってみたら。
Jは苦笑して、ククっ…と笑って言った。



「甘甘すぎて、俺は早くカレー食いてえよ」




end




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