日記(fragment)のとても短いお話






07/19の日記

22:40
聞かせて?
---------------








「は ぁ…っ 」

「隆」

「っ 、 、…ン …」

「りゅうちゃん」

「んっ …」

「ーーー俺…」

「?っ …ん」

「その声、大好き」

「え…?っ ぁ…ん」




吐息と熱を含んだ声の混じった、隆の声。
普段の話声と違う。
歌声とも違う。

俺しか聞くことができない、隆の声。

隆に触れて。隆を愛して。
その時だけに聞ける、極上の声。

もっと聞きたくて、隆に触れる。
掠めるだけじゃなくて、探るように奥まで。

悲しみじゃなくて、悦びで流す隆の涙が綺麗で。深く激しく、隆を暴く。



「イ ノ…ちゃ 」

「隆ちゃん」



俺を求めて伸ばしてくる両手。
優しく受け止めて、抱きしめる。
涙と汗とでぐちゃぐちゃの隆が、その瞬間に微笑みをくれる。

その微笑みを間近で見る度。俺はいつも、愛おしさで苦しくなる。



「隆ちゃんっ …りゅう」

「っ…あっ ーーーー」

「隆っ…」

「イノ…っ…もっと」

「ん?」

「もっと…呼ん で」

「ーーーーーーーーーいいよ」



どんな言葉より、名前に込める。
俺の想い。

綺麗だよ、可愛いよ。
好きだよ、愛してる。

それを全部、お前の名前に込めて。
何度も何度も、お前の名を呼ぶ。



「あっ…あ ぁん 、、イノちゃんっ…」



そしてそれに、隆が返してくれるのは。


俺が大好きな、隆の声。
俺しか聞けない、極上の…。




end






07/24の日記

23:11
夜とりんごジャム。
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夜のファストフード店。

車で出掛けた帰り道。
今日は楽しかったから、あとちょっとだけ一緒にいようって。いくつか前の出口で高速を降りた。

もう空もだいぶ前に暗くなっていて、高速を降りてしばらくした頃だ。



「ちょっと休憩する?」

って、イノちゃんが言った。

確かに、夕方頃に早めの夕飯を食べて随分経つ。お腹は空いてないけど、ちょっと何か飲んで休憩したいかも…。
そう思って、俺はイノちゃんに頷いた。


この辺りは工業地帯。この時間になると、どこも業務を終了しているようで、広い道に車も人通りも少ない。
どこかあるかなぁ…って探していたら、少し先にお馴染みのファストフード店の看板が見えた。



「隆ちゃん、あそこでいい?」

「うん、久しぶりかも」

「俺も。ーーードライブスルーもあるけど…」

「ん…ーーーあ!店内空いてるよ?」

「ーーーホントだ。…つか、誰もいないんじゃない?」

「昼間は混みそうだけどね」

「もうこんな時間だしな」

「ーーーお店の中でも…いいよね?」

「うん。貸切みたい。ゆっくり休も」



イノちゃんは広い駐車場にワクワクしてるみたい。こんなに広いのに一台も停まってない!どこに停めようって、声が弾んでる。

結局、お店の街灯の下の位置に車を停めて。イノちゃんと俺は外に出た。


中にはいると、やっぱりお客さんは誰もいない。店員さんも…数人いるだけ。
カウンターでイノちゃんはコーヒー。俺は、紅茶。いつものメニューと一緒に、あ!これ食べたいって俺が指差した小さなパンケーキ。箱の中に小さいのが何個か入ってる。

トレーに乗せて、店内を見渡して。大きな窓際の、端の席。仕切りがあって、窓からは夜の工業地帯のオレンジ色の灯りが見えて。ーーーなんか、良い。



「いただきます」


早速パンケーキをひと口。りんごのジャムが美味しい。
イノちゃん美味しいよ?食べる?って聞いたら。俺はいいよって、イノちゃんは微笑んで俺を見た。






「ーーー楽しかったな」

「ん?うん!」

「一日、あっという間」

「うん」

「このまま帰るの、さみしいな」

「うん」

「ーーーーーーー隆ちゃん」

「ん…む?」

「ーーー食うのに夢中過ぎ」

「っ …だって」

「そんな美味いの?」

「うん!」

「ふぅん?」



イノちゃんはくすくす笑いながら、もぐもぐする俺をじっと見てる。
ーーーーーちょっと…恥ずかしいよ。

上目遣いで、逆にイノちゃんを見返したら。ん?って顔で、何かに気付いたみたいで、そのまま今度は意地悪そうな顔で。イノちゃんの左手が伸びて、指先が俺の唇に触れた。


「っ ん…」

「隆ちゃん、美味そう」

「ぇ…?」



イノちゃんの指先が、俺の唇をなぞる。なぞった指先を、イノちゃんはペロリと舐めた。


「甘い」

「ん…?」

「美味いね、りんごのジャム」

「っ …」

「もっとちょうだい」

「え…」



そう言って、イノちゃんは身を乗り出すと。掠めるように、キスをした。
キスをして、唇を舐める。



「ーーーやっぱ、美味い。もっと欲しい」

「イノちゃん…っ 」

「なぁ、隆ちゃん?」

「ん…ーーーなぁ…に?」



イノちゃんがすごく楽しそう。
楽しそうで…かっこいい。
見惚れてしまって、ぼんやりしてたら。
イノちゃんが、言った。



「ーーーこのまま帰るの…やめない?」



この夜とオレンジ色の灯りに紛れて、ずっと一緒にいようよ…って。



end






07/25の日記

22:35
夢中
---------------



たまにはちょっと…。


ーーーびっくりさせたいな…って。






《夢中》







イノちゃんの指先が、俺の頬やら唇に触れて。優しくて、意地悪で、すっごくカッコいい顔でじっと見つめられると。……もう、無理。
蕩けさせられて、いつだってイノちゃんの思うまま。奪われて、隅々まで愛されて…



「ーーーーーずるい」



そんなのって、ずるいと思う。

俺はいつも、余裕なんてあっという間に無くなって。縋るものはイノちゃんだけになるのに。イノちゃんはどういう訳か、涼しい顔。愛し合って、ぐちゃぐちゃに繋がっている間だって、優しく微笑んでくれる余裕があるみたい。



「俺なんか…そんな余裕無いよ」



でもそれってさ?
まだまだ俺が、イノちゃんを夢中にさせられてないって事じゃないのかな。



「俺は余裕なんて無くなるくらい、イノちゃんに夢中なのに」



ーーー魅力が足りない?
ーーー努力が足りない?

どちらにせよ、たまにはアッと言わせてやりたい。微笑む余裕も無くなるくらい、俺に夢中にさせてみたい。



「ーーーよし」



見せてあげる。
俺も本気でその気になれば、イノちゃんを驚かせる事が出来るって。
余裕なんて消し飛んで、微笑む隙もないくらい。
















「っ …?」


「イノちゃん…」




ソファーに座って、スマホを弄っているイノちゃん。ーーーその背後から、そっと近づいて。両手を伸ばして、後ろからイノちゃんを抱きしめた。

構図的には、いつもと完全に逆。
実際イノちゃんはびっくりしたみたいで、一瞬肩を揺らして後ろを振り返った。



「ーーー隆ちゃん?」

「ん?」

「びっくりした。ーーーどうした?」

「…別に…抱きしめたかっただけ」

「ーーーふぅん?…なんか、いつもと逆だな」

「そう?」



ーーーイノちゃん、まだ余裕たっぷり。たっぷりどころか、この状況を楽しんでるっ ぽい…。
ーーーよーし、それなら。




「ーーーイノちゃん…」

「っ …隆?」



イノちゃんの首筋に顔を埋めて、ちゅっ…って唇を這わす。そのまま舌先で舐めたら、さすがに何かいつもと違うって思ったみたいで、隆っ!って身を捩るイノちゃん。
ーーーでも、今日の俺はここで終わりじゃないよ?




「だめ」

「え?」

「今日は俺がするの」

「ーーー」

「俺がイノちゃんを…愛してあげるの」




イノちゃんの前に回って、ソファーに乗り上げてもう一度抱きついて。
腕を絡ませて、何も言わないイノちゃんの唇に噛み付いた。



「っ …」

「ん…っ 」



いつもイノちゃんがしてくれるみたいに、舌で唇を割り開いて、口内を犯す。
クチュッ…チュ…って、音が響く。その音が、イノちゃんがしてくれる時の音とリンクして。今日は俺がしてあげてるのに、いつの間にかされてるみたいに気持ちいい。



「ん…っ ふ ぅ…」

「っ …ーーー隆」

「はぁっ … ん」

「りゅう…」

「ん…ンッ…?…ん?」

「ーーーくくっ…!」



ちょっと、何笑ってんの⁉ーーーーって…あれ⁇



「うそ⁉」


いつの間に‼?

俺がイノちゃんに迫ってたはずなのに、なんで俺がソファーに押し倒されてんの⁉
しかも上から見下ろすイノちゃんの顔が、可笑しさを抑えられないって感じで笑いを堪えてる。



「っ …イノちゃん!」

「ごめ…だって、隆ちゃん可愛いんだもん」

「はぁ⁇」

「一生懸命迫ってくれてんのに、やっぱりキスで蕩けちゃうんだもんな」

「っ …むぅ~~~」

「一生懸命で、可愛い。照れてんの必死に隠して抱き付いてきてくれたのが嬉しかった」

「ぇ…?」

「あんな姿見せられたら、俺が我慢できねえよ」

「ーーー」

「それにさ?」



何も言えなくなった俺を、今度はイノちゃんがぎゅっと抱きしめて。優しい声で、耳元で言った。



「やっぱりいつもの方が落ち着かない?」



ーーーイノちゃんはずるい。
ずるいし、全部わかってるんだ。

イノちゃんに愛されるのが、俺が何より好きだって事。
ーーー完敗だね。



「あーあ」

「ん?」

「イノちゃんに俺に夢中にさせて、アッと言わせてやりたかったのになぁ」

「ーーー」

「だめだったなぁ」



せっかく意気込んだのに、結局こんな結果で。
ちょっと拗ねた声で、イノちゃんを見上げる。
ーーーそしたら。




「ーーーーーーーーわかってないな」

「え?」

「隆ちゃんわかってない」

「むぅ…何?」



ムッとして、眉を寄せてイノちゃんを見たら。



「?…っ ん…」



ぐっと引き寄せられて、さっきのお返しみたいな深いキス。噛み付くような激しいキスに、わけわかんなくなった頃。イノちゃんは口付けを解いて、俺に言った。



「お前以外の誰に夢中になんの?」



初めて見た。
イノちゃんの、切羽詰まった表情で。



end






07/27の日記

22:49
聞こえなくなるのはね?
---------------



キスしてる時って。
どうしてあんなに、周りの音が聞こえなくなるんだろう?









「っ … ふ …」

「ーーーはぁっ …」



重なって、深く深く隙間もないくらい。
イノちゃんとのキス。
もうどれくらい、こうしてるだろう?



「ん…っ は…」

「りゅう…」

「っ ゃ…もっ… と」

「ん?」



ーーー深く求めれば求める程。酸欠になってるんじゃないの?って思う。
苦しくて、頭はぼんやりして。でも、気持ちよくて。相手の事しか考えられない。

周りの音も。…ほら。
シン…として、ひとの声も、車の音も、外の音も。何にも聞こえなくなる。
ーーー聞こえるのは、二人の息遣い。吐息の合間の、甘い声。どきどきと、全身に響く鼓動。絡ませた唇の、濡れた音。
ーーーそれだけ。


ずっとソファーに座ったままキスしてたけど、俺がぎゅっとイノちゃんの肩に両手を回したら。

ーーーとさっ…

イノちゃんは俺を後ろに倒して、重力に従って、二人の隙間は完全に無くなってしまった。

洋服越しなのに、騒がしい鼓動も、あったかい体温も伝わってくる。
イノちゃんの鼓動の速さが、そのまま愛の言葉みたいで。嬉しい。



「りゅう…」

「ぁ 、 ん…ん?」

「ーーーお前。すげえ、えっちな顔してる」

「だっ …仕方ない…じゃんっ 」

「ーーーすき?」

「ん…っ んう?」

「キス。…すき?」

「ーーー知ってるでしょ⁇」

「ククッ…ーーー知ってるよ」

「っ …」

「俺のキスが好きなんだろ?」

「ーーーーーーー」



余裕たっぷりな、イノちゃんの態度。
そうやっていつも俺で楽しむんだ。

ーーー何か面白くなくて。…ちょっとだけ。



「ーーー別に?」

「ーーー」

「別にキスしなくてもいいもん」

「ーーー」

「キスしなくても生きていけるもん」

「ーーーーー」



何も言わないイノちゃん。
ちらっと上目遣いで見上げると、目が合った途端に、イノちゃんは俺から離れて行った。



「ーーーーーーーそう」

「え…?」

「じゃ、もうしない」

「っ …」

「確かにキスしなくても生きていけるもんな?」

「あ…イノちゃん…」

「俺と隆は恋人同士だけど、キスしなくても、同じ空間にいればそれでいいもんな?」

「ーーーっ !」

「一緒に暮らして。飯食って。風呂入って寝て。それだけで」

「っ …ーー‼」

「キスもセックスもしなくてもいいよな?」

「やっ …」

「ーーー」

「そんなのっ …やだ‼」



そんなの…想像しただけで…。
悲しい。





「ーーー俺だってやだよ」

「!」

「隆に触れないなんてやだよ」

「イノっ …」



一度退いてたイノちゃんは。意地悪そうな顔で、もう一度俺の上に覆い被さってきた。意地悪だけど…すごく優しい顔だ。



「ーーー俺も意地悪な質問したな」

「え?ううん」

「キス好き?なんて、そんなの答えはわかってる」

「え?」

「隆を見てればわかる。ただ言って欲しかっただけ。ーーー意地悪だった」

「ーーー」

「ごめんな?」



ーーーこうゆうのが…ずるい。
そんな優しい顔で、優しい声で。
じっと見つめられたら、また、して欲しくなるんだ。


耳を澄ませてみて?
何の音がする?

ーーー車の音。鳥の声。風の音。
確かに今は聞こえるのに。



「隆…」

「ん…?」

「ーーーもいちどしよ?ーーー仲直りだ」

「…うん…。」

「…つか。ーーー苛めたくなるのはね?」

「ぅん…?」

「ーーー隆が可愛いのも悪い」

「え…?っ ーーーぁん」




今日何度目のキスだろう?
何度したって、気持ちよくて微睡みそう。
ーーーそれに、ほら。…やっぱり。


周りの音が聞こえない。
イノちゃんしか感じない。

キスが好きだし。
なによりも。

イノちゃんの事が好きだからだよね?




end







07/28の日記

23:04
ピンクのハート
---------------



やけに静かだな…って思って。
コーヒーのおかわりを淹れにキッチンに行くついでに。
リビングに寄ってみた。


リビングには隆がいるはず。

早めの夕飯の後、俺は自室で歌詞制作。
隆はリビングで歌詞制作。
21時からの洋画は一緒に観たいから、それまではお互い仕事しようねって。かれこれ2時間程前から別室で過ごしてた。

始めてしばらくは、隆の鼻歌が聞こえてたりしたんだけど。ぐっと作業に集中して、コーヒーが無くなった頃。
リビングがシン…と静かになっていることに気が付いた。

空のコーヒーカップ片手にリビングのドアを開けると。


「?」


消えたテレビの前のローテーブルに、突っ伏すような姿勢の隆が目に入った。


「ーーー」


そっと近づいて。ーーー背後から、隆を呼んだ。


「隆ちゃん」


声を掛けたら、隆は一瞬肩をビクつかせて。後ろを振り返って俺を見た。


「ーーーイノちゃん」

「ごめんごめん、びっくりした?」

「ん…大丈夫。ーーー終わったの?」

「や。コーヒーもう一杯って思って」

「そっか。ーーーあ、でも…」

「ーーーああ、もうあと少しで映画始まるな」

「ーーー仕事、進んだ?」

「まぁ、だいぶ。ーーー隆ちゃんは?」

「…うーん…。途中で詰まっちゃった」

「そっか」

「だからね?気分転換って思って、絵描いてたの」

「ほう」

「そしたら何か熱中しちゃって」

「はははっ !それで突っ伏して描いてたんだ?」



隆はちょっと照れくさそうに笑うと、座っていたソファーの隣を指差した。
まぁ、今日はもう仕事は終わろう。
映画も始まることだしね。

そう決めて、隆があけてくれたソファーの隣へ腰掛ける。



「どんな絵?」

「ん?落書きだよ~。大したものじゃないの」

「いいよ。見てみたい。…見して?」

「ええ?ーーーう…ん」



隆はテーブルに置いた紙に手のひらを置いて隠してたんだけど。
隆の顔を覗き込んで強請ってやると。渋々ながらも、はにかんで。隠してた部分を見せてくれた。

そこには。



「ーーー隆ちゃん」

「~~上手くないよぉ…」



照れつつ見せてくれたのは。
( 多分… ) マイクを持った隆と、ギターを弾いてる俺のイラスト。
黒のボールペンで描いてあって、上手く特徴をとらえてると思う。


「俺たちを描いてたの?」

「ん?…う ん 」

「ーーー上手いじゃん」

「ええっ ⁇」

「…ちょっとアンバランスだけど」

「下描き無しの手描きだもん!」

「でも、上手い上手い。俺のギターとか、細かく描いてる」

「まぁ、そこは。イノちゃんの愛機だから」

「いい加減に描けない?」

「そうだよ」

「ん…。ありがと」

「うん」

「ーーーーー良い絵だよ?」

「えへへ!…ーーーーーーーーー」

「うん」

「ーーーーーーーーーーーーあのね?」

「ん?」

「ーーーーーーーーー早く」

「うん?」

「ーーーーー……一緒に歌いたいね?」

「ーーー」

「すぐ側で…寄り添って」

「ーーー」

「イノちゃんと歌いたい…」

「ーーーーーー」

「…ね?」

「ーーーーーそうだな」

「うん」

「早く隆の為に、ギター弾いてやりたい」

「ふふっ …うん!」

「ーーーすぐ側でさ?」

「ーーーすぐ側でね?」



こんな情勢。今は我慢の時だから。
歌うときは、今は離ればなれ。

でもさ?
黒のペンで描かれた俺と隆は。
白い画面の中で笑ってる。
すぐ側で。
ギターを弾いて、歌をうたう。



「歌いきれないくらい、歌を作ろう?」

「楽しみに待とう?」



きっとその日は戻ってくるから。
だから今は。
せめて絵の中の俺たちは、寄り添って歌おう。

ーーーテーブルにあったピンク色の蛍光ペンを手に取って。
隆の描いた俺たちを、クルッとハートを描いて囲ってあげた。



end








07/29の日記

20:52
ハプニング!
---------------



「イノちゃん大変!!」



隆が血相変えて俺のところに飛んできた。



「どしたの隆ちゃん、そんな慌てて」

「ううっ…イノちゃん…スマホが動かない!壊れちゃったのかな…」

「ええ~??」



涙目の隆は画面が真っ暗なスマホを両手に乗せて、縋るような顔で俺に差し出した。



「―――どれ…」

「充電しても充電されないの…。電源押しても真っ暗なままだし…」

「――うーん…これは一度店に持ってかないとだめかも…」

「ええっ??じゃあ、今夜はブログ更新できない?」

「そ…だな。仕方ないね」

「うう…――そっかぁ…」




珍しく、シュンとしてしまった隆。
以前はこんな機械操作はマネージャー任せだったのに、隆も変わったもんだ。




「――今はブログが、ファンの子たちと繋がれる貴重なツールだから…」



できればちゃんと毎日、メッセージを届けたいんだ。…って、隆は俯いて呟いた。



――そっか。
――そうだよな…。
――――それなら。


いい事思いついて。
俺のスマホを取り出して、隆に提案。



「隆ちゃん。じゃあさ?」

「え?」

「今夜は俺のブログに、一緒に載せる?」

「――…イノちゃんの?」

「たまにはいいじゃん?こんなのもさ」

「!」

「みんなざわめきそうだけど」

「――う…うん!」

「よし決まり!早速やろっか」

「うん!」









タイトル


今夜はふたり。









隆ちゃんと一緒にいます。

イノちゃんと一緒にいます。




一緒に夕飯食って。

一緒にテレビみてました。



これからどうする?

お酒飲む?

ギター弾く?

歌うたう?

曲作る?


――でも。

とりあえず、風呂入ろっか。

それからアイス食べて。

髪を乾かし合って。

スポーツニュースみて。


そのあとは。

そのあとは…。


――――内緒。


今夜は隆ちゃんと一緒。

今夜はイノちゃんと一緒。



おやすみ。

おやすみなさい。





end









07/30の日記

22:52
Breezy Nigth Journey
---------------



いつの間にか、二人とも裸足だった。
裸足で踏み締める砂浜は、雨を含んでひんやりしてた。








何となく気分が晴れない日。
仕事の間、彼と待ち合わせして出会う瞬間。

それはしっかり隠せてたと思っていた。
ーーーなのに。



「ーーー疲れてる?」



彼…イノちゃんは、ポケットに入れていた左手で俺の頬に触れて。
気遣うようだけど、ちょっと咎める口調で。
何も言わない俺の顔を覗き込んできた。


疲れてる…のかなぁ?
はっきりした理由は思い当たらないんだけど。ーーーでも、疲れが溜まってるのかも。ここ数週間、なんだかんだでいつも動いてたから。


多分、困った顔して首を捻る俺に。イノちゃんもちょっと困った顔して、優しく微笑んでくれた。



「気分転換、行こっか」



行き先も決めずに車を走らせるその先は、だいたいあそこだ。

俺とイノちゃんが好きな、いつもの海岸。
青い空の下でここへ来るのが、本当は一番好きなんだけど。
今日はあいにくの空模様。
長引く梅雨空は、今日も健在。
薄い雲が満遍なく広がって、グレーの空。
ひんやりした、湿った大気。
こんな日は、海の色も黒を混ぜたような青色。白い波とのコントラストがはっきりしてる。



仕事の後だったから、二人とも革靴を履いてた。さすがにそのまま砂浜は歩けないから、靴は車に置いてきた。俺は羽織ってた薄手のジャケットも脱いで、シャツとジーンズ。潮風がシャツの裾を翻す度、素肌の上を風が通る。



イノちゃんと二人、波打ち際までゆっくり歩いた。



「りゅーちゃん」

「…ん?」

「ちょっと、気分転換できそう?」




ーーーそうだ。イノちゃんは、そのつもりでここへ連れて来てくれたんだった。

俺を気にしてくれてるんだ。
時折じっとこっちを見て、目が合うと笑ってくれる。
それが、嬉しい。
こんな時に一緒にいてくれるのがイノちゃんで。

だから俺は、もっともっと…





「ーーーーーーん…でも、もうちょっと」

「ん?足んない?」

「…うん」




もっともっと…





「じゃあ、手。繋ご?」

「っ…ーーーうん」




俺が手の伸ばすより先に、イノちゃんの手が俺を捕まえる。捕まえた手はすぐに絡んで、指先がぎゅっと温もりを閉じ込める。




「おいで。隆ちゃん」

「うん。ーーーでも、どこに?」

「うー…ん。まぁ、どこまででも」

「ーーーずっと?」

「ーーー俺はそのつもりだけど?」

「ずっと?」

「離すつもり無いけど?」




半歩前を歩くイノちゃんが振り返って、俺を見る。さっきみたいな笑顔を想像してたのに、その表情は、真剣。

その真っ直ぐな表情に、胸が高鳴った。






手を繋いで、砂浜を歩いた。



「ーーーイノちゃん」

「ん?」

「俺ね、多分今日。疲れてたんだ」

「うん、そうだと思った」

「ーーーでも、もう平気」

「ん?」

「すっかり、なんか疲れが消えた」

「ーーーそっか。…良かった」

「イノちゃんのおかげ。ーーーありがとう」

「どういたしまして」

「ーーーーーーでね?イノちゃん」




ピタリと歩みを止める。
そうしたらイノちゃんも止まって、俺を見た。




「今の短時間で、どうしても譲れない願いができた」

「ーーーーーーー」

「イノちゃんが一緒じゃないと叶わないの」

「ーーーーーーーーーーーなに?」




イノちゃんの表情が、また。
真剣。
胸が高鳴る。




「イノちゃんって呼んで。ーーー呼んだら」

「ーーーーー」

「なに?って、返事してくれる場所に…いて欲しい」

「ーーーーーー」

「俺もイノちゃんの不調とか、すぐに気付ける場所に…ずっといたい」

「ーーーーーーーー」

「だから…ーーーーつまり…」

「ーーーーーーーーーーーーーーー側にいていいんだろ?」

「っ…」

「隆も側にいて」

「ーーーーーーーーーーーうんっ」




ぱらぱらと降り出した雨の砂浜で。
俺とイノちゃんは抱きしめ合った。

言葉にはしないけど、お互いの中に確かに存在する気持ち。



お前しかいないよ。
あなたしかいないの。



強めの潮風が雨と一緒に俺たちも巻き上げる。反動で見上げた空の向こう。

雲の隙間から、光が差して。
目の前の恋人が、きらきら輝いて。
俺とイノちゃんは、誓いのように。
唇を重ねた。



end






08/06の日記

23:05
宵の祭り灯。
---------------



夏の夜は。





「イノちゃん、早く早く!」

「はいはい。隆ちゃん待って」




仕事をがっつり終えた後だってのに。
相変わらず今日も夜まで元気な隆。
俺はこの時間になると、若干まったりモードだ。仕事の後は家に帰って、ソファーでのんびり寛ぐのがいい。
ーーーけど。

今夜ばかりはそうも言ってられない。



「お祭り!屋台もいっぱいの夏祭りなんてホント久しぶり‼」

「俺も。この辺来るのも久々だよ」

「いいよね、この感じ。なんか地元の雰囲気溢れてて」

「真ちゃんに感謝だな」




今日のスタジオに、大荷物を抱えて登場した真ちゃん。
何持って来たの?って聞く俺と隆の前で、真ちゃんは嬉々として荷物を開けた。



「浴衣?」

「そ!今日さ、祭りがあんのよ。夏祭り。ウチの隣町のね?」

「へぇ」

「ホントは俺行きたいんだけど、今夜ラジオ収録でさ。残念だけど行けないの」

「そっか…。真ちゃんお祭り好きだもんね」

「だからさ。代わりっちゃなんだけど、お前ら行かないかな~?って」

「ーーー俺と隆?」

「そうそう。お前ら今日はスタジオの後はフリーだって聞いてたからさ。ほら。二人分の浴衣持ってきたんだぞ?」

「ええ~?俺たちに?」

「そ!隆ちゃん屋台いっぱい出るぞ。イノにおねだりしてさ」

「屋台!」



うわ。隆の目がキラキラ輝いてる。
ーーー好きそうだよな…。
屋台か…。金魚すくいとか、綿飴とか?
あ!りんご飴とか食ってる隆とか…ーーーヤバイ…。それは可愛いかも。

悶々と想像の渦に巻き込まれてる間に、隆は早速藍色の浴衣を羽織ってはしゃいでる。


「イノちゃんどお?似合う?」

「ーーーーーー似合う」

「あっははは!イノ、隆ちゃんに見惚れてんだろ」

「え?」

「ーーーーーいや…」

「ん?違うの?」

「イノちゃん…」

「あ…。ーーーーーーはい。…見惚れてた」


だって可愛いんだよ。
藍色の浴衣と、紅色の帯が。
隆にめちゃくちゃ似合ってた。





そんな訳で、真ちゃんに貸して貰った浴衣を着込んで。俺たちは二人並んで、夏祭り。



「イノちゃんも似合うね」

「ん?そう?」

「うん!深緑の浴衣と黒の帯。格好いいよ?」

「ーーーありがと。…隆もな?」



嬉しそうに微笑む隆が。
いつも可愛いって思うけど。今はまた特別さ。
やっぱりいつもと違う姿っていうのは、それだけでドキドキする。
きょろきょろと楽しそうに辺りを見回す隆は、宵の空気に馴染んで、なんだか色っぽい。
可愛いな、綺麗だな…なんて思ってる俺の前で。隆は早速。



「イノちゃんあれ食べたい」

「ん?」



隆が指差したのは何とりんご飴。
俺の妄想が読まれたのかと思ってドキリとする。
ーーーそんな動揺に気づかれないように、俺は隆を連れてりんご飴の屋台に立ち寄った。
代金を払ったら、好きなのどうぞって。
たくさん出来上がってる真っ赤に輝くりんご飴を、隆はじっと見て。手を伸ばしてひとつ取った。
ありがとう!って店主の声を聞きつつ、俺たちはまた歩き出す。



「イノちゃんありがとう」

「どういたしまして」



隆ちゃんは早速、ぺろぺろと飴を舐めてる。真っ赤な透明な飴を、隆の赤い舌と唇が口付ける。そうしたら、赤い飴の色素が隆の唇をいっそう赤く染めた。



( ーーーーー至福 )



隆を見てるだけで幸せだ。
りんご飴…素晴らしい。
甘い物は苦手だけど、こんなのは大歓迎だ。



またまた自分の世界で、至福やら感激やらで渦巻いていた俺を余所に。隆はまた足を止めてじっと見てる。
今度はなんだ?

隆の視線をずっと辿ると。

ーーーアクセサリーの屋台だ。


アクセサリーっても、激安のおもちゃっぽいそれらが並ぶ店。
子供とか、若い女の子や男の子が喜びそうな感じだ。
ーーーそんな店の、ある一点を隆はじっと見てる。それは…



「ーーーあれ欲しい?」

「え?」

「じっと見て」

「う…ううんっ」

「そう?」

「う…」

「ーーー欲しいんだ?」

「っ…」



食べかけのりんご飴を握り締めて、俯いてしまった隆。
恥ずかしそうに唇を噛んで。

そんなん見せられたらさ。




「ーーーーーちょっと待ってな」

「…え?」



隆を置いて、俺は例の屋台へ。
迷わず、あるひとつの物を手に取って代金を渡す。




「お待たせ」

「イノちゃん…」

「こっち。ーーおいで」



隆の手を繋いで、メイン通りをそれて細い横道の電柱の陰へ。
そして隆の左手をとって、その薬指に嵌めてやった。



「!」

「可愛いよね。おもちゃの指輪」

「っ…なんで?」

「ん?わかるさ。」

「っ…!」

「隆の事ならな?」



一瞬の間を置いて、隆は嬉しそうに笑った。こんなおもちゃの指輪を欲しがる隆も、つけてもらって喜ぶ隆も。俺にとっては最高の恋人だ。

ーーーだから。
実はさっきからずっとしたかった事。



「隆」

「ん?」

「りんご飴美味い?」

「美味しいよ?」

「ーーー俺も欲しい」

「うん?いいよ?齧ってみる?」

「ん?ーーーや、そっちじゃなくて」

「ーーーえ…?」

「こっち」



隆を電柱に押しつけて。
一瞬の隙をついて、キスをした。

目の前の隆がりんご飴みたいだ。
甘くて、真っ赤になって。

宵の祭り灯に照らされて。






end







08/12の日記

22:58
J☆
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夕飯食って、さて。テレビの前に風呂でも入るか…って思ってる時だった。


突然鳴るインターフォン。
こんな時間に何だ?と思いつつ出てみると。
そこに居たのは…




「J君こんばんは!」




ウチのヴォーカリストだった。







J君いきなりごめんね?
すぐ帰るからちょっとだけいい?って。
隆は言葉とは裏腹に、お邪魔しまーす!なんて気楽に言いながら、スタスタとリビングに進んで行った。




「あ、隆!」

「えー?」

「…お前…ひとりで?」

「え?うん、まあ」

「アイツは?」

「アイツ?」

「イノだよ!お前の彼氏!」

「あ…イノちゃん?ーーーんっとねぇ」

「アイツはお前がここに来るって知ってんだろうな⁉了承は得て来たのか⁇」

「ええ~?なんで?」

「怖えーからに決まってんだろ!妙な疑い向けられんのは御免だからな!」

「あはは!イノちゃんそんな怖くないでしょう?」



J君大袈裟~。なんて、いい気なもんだ。
年々、自由さを手にして。豪快さも、おおらかさも、男らしさも増してって。それに比例するように、全身全霊で隆を愛するようになった幼馴染み。

強さと優しさを手にした分。時として、敵に回したくねえなぁ…と思う事もしばしば。
要するに、コワイ。
こと。隆に関しては余計に…だ。




「イノが知ってんなら良いけどよ。…で、なんかあったのか?」

「ええっ⁉J君、自分の事なのに!」

「ーーーは?」

「J君、今日は誕生日でしょう?」

「ん?ああ、まぁな?」

「反応薄っ!ーーーもう!俺はJ君にお届けに来たんだよ」

「ーーーお届け?」

「そう!じゃあまずこれ。俺と葉山っちからね?じゃじゃ~ん‼バースデーケーキ☆」

「ーーーなんでまたド○え○ん風なんだよ…」

「お誕生日って言ったらケーキでしょ?葉山っちと一緒に買いに行ったんだよ?」

「あーマジ?そっか、サンキュ!あとで葉山君にも言っとくわ」

「うん!ーーーでね?」

「ん?」

「ハイこれ!預かって来ました」

「ーーーバースデーカード?」

「そう!ーーー俺もね?自分で渡しなよって言ったんだけど…」

「うん…」

「いまさら面と向かって渡せねえって。照れてるみたいだったから、俺が代行したの」

「ーーーそっか」

「ーーー誰からかわかる?」

「ん?…そりゃー、わかんだろ」




相変わらずの、丸みのある字。
アイツしかいないじゃん。




「じゃあねJ君!確かに渡したからね?」

「ん…おう!なんだ、もう帰んの?」

「イノちゃんが下で待ってるの。これから一緒にご飯を食べて、イノちゃんの家に行くんだぁ」



えへへ…って。嬉しそうに笑う隆。
なんだよ。アイツ来てたのか。
…ったく。天の邪鬼つーか何つーか。

ーーーでも。
そんなベタベタな関係じゃないから、俺とアイツは腐れ縁を続けてこれたんだろうなぁ…




「バイバイJ君。今日はお誕生日おめでとう!」

「おう!隆、サンキューな。葉山君にも、まあ…アイツにもよろしく」

「うん!」



おやすみなさい!って。隆はまた賑やかに帰って行った。ーーーなんだろ。隆が来てくれたおかげで、いつもの夜が、ちょっと華やいだ。








「ーーーで。何だって?」



手渡されたバースデーカードを。照れかくしで、独り言を言いながら封を開けた。
ホントに今更、手紙を渡し合う仲でも無いから。やっぱ、照れる。

封筒からカードを出して二つ折りのそれを開くと。
そしたら中から、アイツのピック。
ーーーそれから。

シルバーの油性ペンで、でかでかと。

馴れ合いなんか皆無の。でも、愛情たっぷりの、たったひと文。



ーーーこれからもよろしく‼ーーー




end

happy birthday☆J






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