日記(fragment)のとても短いお話









12/21の日記

09:06
挿話3…ちかく。
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ちかく、に。いるのに。


ソファーのこっち側とこっち側。
イノちゃんはヘッドフォンをつけて、音楽に夢中みたい。
緩く目を瞑って、膝の上に置いた指先は軽やかなリズムをとる。
周りの音を遮断して。
もしかしたら、気配すらも。




「ーーー」



ーーーーちかくにいるのに。
俺はそんな彼の側で、じっと待つ。


(せっかくのオフの夜なのにな)



だいぶ温くなったミルクティーをちびちび飲みながら。
なんでもないフリしながら、本を開いたりして。
俺も冬の夜の余暇を楽しんでますってカオして。



ーーー違うのに。
ほんとは全然、そんなんじゃないのに。



(ほんとはもっと、ちかくに寄って)

(感じたいのにな。ーーーイノちゃんとの時間)



でも、音楽が好きって知ってるから。(だって俺もだもの)
音楽に夢中なイノちゃんに、今は音楽聴かないで…なんて言えない。






俺を見て。
側にいるよ。
こんな夜はもっとちかくにいたい。





(ーーーなんて、言う勇気ないや)



ふぅ、とため息。
温いの通り越して冷たくなったミルクティーを飲み干して。
手に持つ本をパタンと閉じた。




(お風呂入ってこよう)


ーーーと、立ちあがろうとしたら。





「ーーーーーおいで」

「…ぇ、ーーーーーわっ…」


クッと手を掴まれて、引き寄せられて。
俺は思わず転びそうになるけど、爪先に力を入れてぐっと耐えて。
でも、もう一度ぐいっと引っ張られた時には、堪えられなくて。



ぽすっ。



「ふにゃっ…」



「隆。猫?」

「ち…違、」

「あったかいし、手触りいいし」

「っ…」

「いい匂いだしさ?」

「ーーーイノ、」



ぽすっ!と俺を受け止めたのはイノちゃん。
さっきまで着けていたヘッドフォンを首からかけて、ちょっと意地悪い顔で笑ってる。



「おまたせ。ごめんな?」

「なん、で?」

「ずっと待っててくれたでしょ?」

「っ…‼︎」

「ーーー隆が待っててくれてんのわかってたから、あと一曲、あとこれでおしまい!って思いつつもやめらんなくて」

「ーーーいいよ」

「ん、ごめん。でも隆が立ち上がったの見て、やっぱ途中で止めた」

「なんで?いいよ、最後まで聴いて」

「アルバムならいつでも聴けるし。ーーーじゃなくってさ、」

「?」

「隆」



ぴた。
俺の頬っぺたに触れて。
むにむに。
イノちゃんの手が遊んでる。


「ん、ふふっ」

「笑った!」

「む?」

「やっぱそうでなきゃ」

「?」

「隆は笑ってなきゃ」

「ーーーイ…っ…」



…ノちゃん。って言葉は、発する前に塞がれた。
イノちゃんの唇に、最初から深く。



「ーーーっ…は…」

「ん、」

「…ふっ…ぅ、」

「……なぁ、」

「ん…?ーーーーーぁ、」




とさ。




「シよ」

「ひゃ…っ…」

「ーーーーー隆」

「ーーーっ…ん、んん…」




キスに夢中になってたら。
そのままソファーに倒されて。
咄嗟に絡ませたイノちゃんの首筋にはヘッドフォン。
俺はそっと外して。



「ーーーぁ…っ…ん…」

「…りゅ…」




ぽとん。


落としたヘッドフォンはソファーの下のラグの上に。

ねぇ。
今は音楽よりも、俺がちかく。







end






12/23の日記

23:34
挿話。…空の向こうの。
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夕飯後に自室で軽く仕事してリビングに戻ってみると。
風呂上がりの筈の隆の姿が見えないって気付いた。


〝イノちゃんがお仕事してる間にお風呂はいっちゃうね〟


そう言ってたのに。






「りゅーう」



風呂上がりだから家の中にはいる筈。
しかもこんな寒い冬の夜。
あったかくしてるリビングにいると思ってたんだけどな…



「隆?どこー」

「仕事終わったよ」



まるで隠れんぼしてるみたいだ。
隆の部屋や、出てきたばかりの俺の部屋、キッチンとか、洗面所とか。
ひとつひとつ探すけれど、隆はいない。



「ーーーどこ行った?」


洗面所を探した時についでに見た感じ、ドライヤーやなんかは冷え冷えで使った形跡がなく。
…って事は、まさか濡れ髪のまま⁈
全て憶測だけど、やりかね無い恋人に早く探さないとと焦る。




「隆、隆ちゃん」

「どこー⁇」

「まさか濡れたままじゃないよな⁈」

「りゅうー⁈」

「ーーーーーー」

「ーーーーーーーーー返事しないと、」


「襲うよ」





はっ…くしゅ!



「!」




いま聞こえた。
何処にいるのか、小さかったけど。
確かにそれは恋人の声。
ってか、くしゃみ。

…くしゃみ。









「隆っ‼︎」

「ふぁっ…?イノちゃん⁇」

「イノちゃんじゃない!何やってんだお前!」



案の定だ。
なんて奴!
風呂上がりのくせにロクに髪も乾かさないで、こともあろうにテラスに出てやがる!




「あのねぇ、」

「風邪!ひくでしょう」

「平気だよぉ、お風呂から出てほかほかだもの」

「外がどんだけ寒いと思ってんの!湯冷めするっての」

「ん、でもね」

「⁇」

「ね、見てみて」

「え?」





鼻の頭を赤くしながら、隆はにっこりして目の前の空を指さす。
暗い冬の夜空には、向こうのビル群の灯りと今夜は半分の月。
そして。





ど、ん…

どど…ん





「ーーーーーあ、」

「ね」

「花火、か」

「明日はクリスマスイブで、今夜は土曜日だものね」

「ーーーどっかで打ち上げてんだな」

「うん」



そっか。
これを見つけてじっとしてらんなかったんだな。
俺も隆の側に立って、同じように空を見る。
ーーーと。




「ーーー」



ふる…


隆が微かに肩を震わせたのを見た。
無意識か、両手で腕を摩ってる。

ーーーそりゃそうだ、寒いんじゃん。






「ほら」

「っ…ふぁ、」




後ろから抱きしめる。
腕の中の身体はまだあったかいけど、濡れた髪はひんやりと冷たい。




「あと1分な」

「ぇ、?」

「花火。あと1分見たら、部屋に入る」

「…1分」

「それまでこうしててやるから」

「イノ、」

「冷え切ってる。一緒にもう一度風呂入ろう」

「っ…ぅ、うん」




ぎゅっと。
隆の手が俺の腕に縋り付く。
1分後の事を考えたら、幸せで俺はそっと微笑んだ。





どん…どん…

どぉ…ん…




1分…。
もう、あと30秒くらい…



濡れた隆の髪の冷たさを頬で触れて感じていたら。
その僅かな時間も待てないって。
肩を抱き寄せて顎を掬い上げた。






「隆、」

「ーーーなぁ…」

「ーーーこっち、」

「…に、?」

「見て」



冷えてんじゃん。
唇も。



「…っ…ぁ、」

「隆」

「ーーーーーっ…ん、」





はやく、あっためてあげたい。






end





01/01の日記

11:12
挿話…20231231-20240101
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寒…

冷えるなぁ


布団の外にさらされた手や顔がひんやりしてる。





「あ」





薄暗い寝室に視線を彷徨わせて、ハッと気がついた。





「ーーー寒いはずだね」



エアコン。
いつもは冷え込む明け方に合わせてタイマーをかけるんだけど、それを昨夜は忘れてたみたい。

ベッドサイドのテーブルに視線を向けると…リモコンは…なし。
ーーー向こうの棚の上かなぁ。




「寒い」




ぎゅっと布団を引き寄せて丸くなる。
こうすればエアコンが無くてもあったかい。
このままもう少しねむろう。






ーーーと、思ったら。







pipipi



「ぇ、?」





pipipipi





小さな明かりがちかちか。
それから俺を呼ぶ着信音。

ベッドサイドのテーブルに置いたスマホが着信を報せてる。






「ーーーーーん、誰…」



スマホも小さな明かりにも眩しくって目を細めて。
なおも鳴り続ける画面を見ると。
それは。





「ぁ、」




ぱっと目が覚める。
だってその名前を見たら、もう自動的に身体がシャキンとしてしまう。




「イノちゃん」




イノちゃんの名前の斜め上には現在の時刻。
それが今は明け方だって事を教えてくれる。






「はい、」

『隆?ーーーごめん、やっぱまだ早かったかな』

「ぅうん。ちょうど起きてたところ。大丈夫だよ?」

『そっか、よかった。ーーーあのさ、』

「うん?」

『いま俺ね、自分ちのテラスから外見て隆に電話かけてんだけど、』

「ーーーうん」

『もうちょいで太陽が顔出しそうで』

「ーーーぁ。初日の出?」

『そうそう!このまま電話しながら隆と見られたいいなぁって。ーーーどう?』

「!いいよ!ちょっと待っててね、俺も」

『あったかくすんだぞ』

「はぁい」





イノちゃんの提案に、俺はますます目が覚めて。
寝衣の上からふかふかのストールを羽織って窓を開けた。



「…っわ、寒い」



寒いんだけど、でも。
清々しい空気。
あたりはまだ人影も見えない。





「イノちゃん」

『出られた?』

「うん!」

『我慢できないくらい寒くなったら無理しないで言えよ』

「大丈夫だよー。だってこんな瞬間は一年に一度で、今この時だけのものだもの」

『ん、』

「イノちゃんと見たいよ。新しい太陽」




そう言ったら、電話の向こうのイノちゃんは嬉しそうに笑った…声で。
じゃあさ、って。





「今日、日が出たあとね。一緒に過ごせる?』

「っ…」

『着替えて、朝飯がてら会わない?もちろんそのまま一日過ごせるし』

「いいよ!もちろん‼︎」

『はははっ、よかった!』





イノちゃんとモーニング。
イノちゃんと今年初めてのデート。


今日の予定を思い描いただけで顔が緩んでしまう。





「早くイノちゃんに会いたい」

『!』

「ーーー早く会いたい」

『隆』





俺も。




耳元で、囁くようなイノちゃんの声。
くすぐったくて、耳元にそっと触れたら。






「ーーーーーーーーあ、」

『ん?おー、隆の方も見える?』

「うん!ーーーーー眩しい、光の線」

『もうじきだな。ーーーーー太陽』







蛍光オレンジが地平線を縁取って。
瞬きする間にもどんどんその幅は広がって。
まるでオレンジの果実みたい。
新しい太陽が姿を見せる。






『ーーーよかった、隆と』

「ん、」

『見られてさ』

「ん。俺も、イノちゃんと」

『よかった?見られて』

「うん。ーーーーーね、早く」

『うん』

「会いたい、イノちゃん」

『俺も。ーーーもう準備して会いに行くよ』

「ん、待ってていいの?どこかで待ち合わせでも」

『ーーーん、えっとね。ーーーーーじつは、』

「?」







『もうすぐそこ。
隆の家のそばの高台で見てる』






だから迎えに行くよ。
俺も隆に早く会いたい。

だって。






じゃあ着替えて準備するねって、通話を切ろうとしたら。





『隆』

「ん?」

『今年もよろしくね』

「うん、こちらこそよろしくね」





そして。






『ーーーりゅう』

「ーーーん』

『今年もね、全力で』

「っ…」

『隆のこと好きだから』







じゃね。


って、イノちゃんは通話を切った。





「ふふっ、」




最後の〝じゃね〟が照れを隠してるってわかってしまって。
俺は嬉しくて顔が緩む。





「俺も後で言おう」




今年もあなたのことが大好き。
ずっとずっとだよ?


ーーーって。










end






01/11の日記

04:51
挿話
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《待ってるんだけど…》








ガタン
ガタガタ…バタン!




「ーーー」




ガサガサガサ
ごそごそごそ




「ーーー」




カタカタ
ごとごと
ガタン!




「ーーーーーーーー」





ーーーまだ?




「ーーーーーはぁ。」




デカい溜息は致し方なしと思って欲しい。
俺の今の状況を説明したら皆思うだろう。
哀れみの表情を向けてくれるだろうと思うんだけど、どうだろう。


俺の恋人は何を思いついたのか大捜索に忙しい。
自室の荷物を引っ掻き回してドタバタとにかく賑やかだ。
や。
別にいいんだ。
部屋の荷物を引っ掻き回そうが何しようが。
だって隆の物なんだし、隆の部屋なんだから。
問題はそのタイミング。
今の状況だ。

順調に仕事を終えて帰ってきて、隆も今日は早帰りだったからふたりで夕飯作って食べ終えて。
そのうち順番に風呂に入って、隆は先に上がってブログの更新なんかしてたりして。
テレビ観ながらコーヒー飲んだり菓子食ったり。
その時観てたテレビが洋画でなかなか雰囲気いいストーリーで。
くっついて座ってるソファー。
隆の肩をそっと抱いたら、隆の頭がコテンと俺の肩におちてきて。
そんなんなったら気分も盛り上がるってもんだろう。
隆の頬をすりすりと撫でると、じっと潤んだ目で見上げてきて。
先を促すように軽く唇を重ねたらもう止まらなくなった。




キシ。




「…っ…ぁ、はぁ」

「ーーーーーいい?」 

「ぅ、ん」



隆を押し倒してキス。
髪を撫でながら、片手は隆の寝間着をはだけさせるのに忙しい。
ボタン外してするりと肩を露わにさせて。
隆の気持ちいいところに触れようと指先を伸ばした…そんなタイミングだ。




「あ。」

「ーーー」

「イノちゃんのごめん、ちょっと」

「ーーーえ」

「ちょっと待って」

「……待って?」

「思い出しちゃった。ちょっと部屋行ってきていい?」

「ーーー」



行ってきていい?と聞いてくれてはいても。
隆ははだけた姿のまま俺の下から抜け出して。
ごめん!すぐ戻るねーって、行っちまった。


ーーー寸止めもいいとこだ。
こんな…セックスに待ったされる事ほど間抜けなもんって無くないか?




「ーーーーーはぁ…。」




ぼふ。

脱力してソファーに身を沈める。
隆の温もりが僅かに残ってて尚更複雑な…。




「もう今日はいいよ」


ーーーとか言えたら楽なんだろうか。
アッサリと熱が引けばそれも言えるだろうけど。
隆だから、それは難しい。
隆に対しては、自分でもびっくりするくらい引く事がない。
いつだって求めてしまう。
こんな仕打ち?を受けたって。








ガタガタ。
ゴソゴソゴソ。



バッターン!



「ーーーーー」




で。
待ちの時間ってわけだ。




「ーーーーー何やってんだか。俺のお姫様は」


呟いて、苦笑。
そんなのも可愛いと思ってしまっているから。






「イノちゃんごめんね!」




パタパタと、隆は手を合わせながら戻ってきた。
済まなそうな顔してる。
それを見たら、もういいよって思ってしまう。
ほとほと弱い。
隆に。





「いいよ」

「…ん」

「ーーーーーおいで」

「イノちゃん、」




キシ。



隆の手を引いて、そのまま俺の膝の上に向かい合うように座らせる。
跨ぐ格好をさせられて、隆は恥ずかしそうに頬を染める。




「何してたんだよ」

「ーーーーん、」

「待ってたんだけど」

「ぅ、ごめん」

「いいよ。ーーーでも、何してたのか聞いていい?」

「ーーーん」



スル。


「…っ…ん、」

「ほら」

「ーーーぁ…っ…イノ、」

「ナニしてたの?」

「ぁん…っ…ゃ、」



肩からシャツを落として、さっき触れる寸前だった乳首を甘噛みする。
答えを求める間も隆に触れるのを再開すると。
隆はぎゅっと俺にしがみ付いて声を溢す。



「ーーーっ…んん…待っ…」

「これ以上待てないよ」

「ぁんっ、」




下着の中に手を入れて、もう反応してる隆自身をゆるゆると扱く。
ぬるぬると濡れて、その濡れた指先で後孔を解す。
俺の膝の上で跨っているから、隆は無意識にも動いて先を欲しがった。
俺だってもう、早く隆に触れたい。




「ーーーー挿れる…よ」

「ぅんっ…ん…ぁ、」

「ーーーーっ…隆…」

「ぁあ…ぁ…っ…あぁん…」




隆と繋がれば。
もうどうでもいいんだ。
待ちの時間も、ワケも。
もう、どうでもよくなる。
それくらい、幸せな感覚に支配される。












「で、なんだったんだ?」

「…えっとね」

「うん」




裸のまま俺の胸に抱かれてる隆が。
言いにくそうに、教えてくれた。



「えっとね?」






end







01/30の日記

03:47
あるピアニストの…
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《あるピアニストの試練》









動けないんです。

動けないんですよ。

動けないんですってば。





それから。




ーーーあの。
集中させていただく事はできないでしょうかね。



いいんです。
もちろん。
アップテンポで軽やかに、楽しく!な、曲の時は、もちろんいいんですよ。
僕だってノリたいし。
そうゆうのは大好きなんで。

そうではなくて。
僕が言うのは、複雑かつスピーディーな運指が必要な時とか。
あとは入り込んで弾き語るような、そうゆう時です。

ピアノと僕と。
ステージにいながら、ふたりになりたい時もあるんです。
ピアノは僕に繋がれて。
僕はピアノに繋がれる。

恋人同士みたいだね!って、あのひとなら言いそうだ。

いいんです。
この際、もう。
僕とピアノの関係が。
恋人同士でも、友人でも親子でも、なんならSLAVEでも。


僕は心のままに鍵盤に触れるだけ。




そんな時に…






「葉山っち!」

「葉山くん!」

「どう?」

「元気⁈」

「ライブ」

「たのしんでる⁇」

「ライブ」

「たのしいね!」





ーーーーー入れ替わり立ち替わり。
このユニットのヴォーカリストとギタリストはお構いなし。
これは試練。

身軽な彼らは縦横無尽にステージを駆け回る。
ピアノに繋がれて動きようのない僕の側で。
間違えないぞ、と。複雑な譜面と対峙する間も。

彼らは僕に向けるんだ。


心底、楽しそうな笑顔を。
この3人でステージにいる事が堪らなく幸せと言わんばかりに。





「ーーーーーそうですね」



すると、ほら。
僕はゆるゆると力が抜けて、後に残るのは彼らに返す微笑みで。



「たのしいです」

「あと」

「幸せです」





あなたたちと、ここにいられる事が。








《あるピアニストの幸せ》






end








02/02の日記

04:03
可愛いひと
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隆一さんが、スタジオの自販機コーナーの前で。




「ーーーーーぅ、ん…と」




唸ってた。
ちょっと難しい顔をして。







「どうしました?」

「ぇ?ーーぁ、葉山っち」




ちょうど飲み終えたミネラルウォーターのペットボトルをリサイクルBOXに入れながら、僕はそんな隆一の背後から声をかけた。

ぴくん。

小さく肩を揺らして、彼は僕に振り向いて苦笑した。




「…あのね、」

「はい」

「ちょっと迷っちゃって」

「ーーー迷う?」

「…うん」

「何がですか?」



そう問いかけつつも、自販機の前で悩むって言ったら買おうとしている飲み物についてしかないよなぁ…って事に気付く。




「飲みたい物が決まらないんですか?」

「…ん。ーーーっていうかね」

「はい」




隆一さんは、相変わらず苦笑したまま。
目の前で煌々と光る自販機を指差して。
その人差し指は、くるくるっと回って、行き先に躊躇うように落ちていく。

自分の事はこっちが驚くくらい、キッパリはっきり決めてはガンガン進む隆一さんには珍しい。
ーーーと思ったら。





「イノちゃんにあげる…」



ーーーああ、なるほど。
彼の名前を聞けば、揺れる決断力の訳がわかる。



「コーヒー、どれがいいのか迷って」





青いのや赤いのや、金色の缶。
黒いのや、虹色のや。
隆一さんの愛する彼が好む無糖コーヒーは種類が多い。




「一度迷ったら、決断力無くなっちゃって」



えへへ。って、また苦笑い。





「どれがいいかなぁ…」






(ーーーどれでも良いと思うけどなぁ。ーーー種類なんて彼にとっては二の次で。隆一さんからっていうのが最重要なんだと思う)

 

(そーゆうのに気付いてない隆が愛おしくて堪んない。…って、あのひとは言いそうだ)





ふぅ…。と、小さくもらした僕の溜め息には気付かない隆一さんに。
この場に居合わせた、せめてのも…と。





「隆一さんが今好きな色にすればいいと思いますよ?」

「ーーーえ?…俺?」

「はい」

「…イノちゃんが好きな色じゃなくて?」

「隆一さんが好きな色の方が、隆一さんからのプレゼントだなぁってイノランさんも喜ぶと思いますよ」

「!」

「そうゆうひとだと思います。イノランさん」

「っ…ーーーーそっかぁ、」

「はい」

「ありがとう葉山っち」




ぱっと、晴れやかな微笑み。
僕の言葉がアドバイスになったなら、それは嬉しいこと。






かしゃ、かしゃん。

コインを入れる。
じっと、隆一さんが見えげる視線の先には。
赤いコーヒー缶。
手を伸ばす。
ボタンに触れて、ピッ。



ごとん。



(ーーーーー薔薇色の頬。コーヒー缶の向こう側にいる彼を見ている様)



好きなひとに一生懸命何かを選ぶ様って、こんなに…






(可愛いものなんだ)







end






02/03の日記

07:56
愛すべき。
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「はい、どうぞー」




オヤツですよ。
そう言いながら俺と隆が寛いでいたスタジオのテーブルに、トン、トン、トン。

葉山くんが三つの皿を。

カチャ。
それと、銀色の華奢なフォークも三本。

ーーーーそこには。




「ロールケーキ…」

「わぁい!葉山っちありがとう」

「節分ですからねぇ」

「あ。恵方巻きってこと?」

「はい、最近は恵方巻きも色んな種類ありますね。こちらは僕の近所のパティスリーのケーキなんですが…。今日のオヤツにちょうどいいなって買って来ました」

「…それは…。ありがとう葉山くん」

「はい、召し上がれ」



なんつってる間にも、隆はいただきまーす!はむっ!っとケーキを頬張ってご機嫌(実に可愛らしい)だ。
厚めにカットされたロールケーキは色鮮やかにフルーツが詰め込まれて美味そう。
じっと断面を見つめる俺と、むぐむぐ美味そうに食う隆を、葉山くんはコーヒーを啜りながらにこにこ見てる。

…しかし。



「この皿とフォークは、」

「あ、僕の私物で」

「え、家から持って来てくれたの?」

「せっかくの節分ロールケーキだから紙皿じゃあ味気ないかなぁって」

「ーーーフォークまで、」

「ね!葉山っち、用意がいい〜!」




こうゆうところマメだよなぁ…って感心しながら、俺も有り難くケーキにフォークを入れる。
すると葉山くんはずっとにこにこしながらこう言った。




「僕たちトゥールビヨンもある意味ロールケーキというか」

「ーーーあ、渦巻き?」

「まぁ、形状は同じって事で」

「ははっ、そうだな」

「節分を一緒に過ごして、今年も仲良くできたらいいなぁ、と」



そんな風に葉山くんは遠くを見ながら言うもんだから。
俺は隆と顔を見合わせて。
隆はフォークを握ったまま、ぱちぱちっと瞬きして。そんな様子がまた(くそ…可愛い…)って思って。

ーーーそんなさ。…そんな俺らなんだから。




「俺、この三人がギスギス雰囲気悪りぃとか想像ができない」

「あはは、そうだよねぇ」

「この先も言い争いとか絶対しなさそう」

「ホントですねぇ」


追い出された鬼も迎えて、生まれてきた福も愛でて。
一緒に音楽しない?って引き込みそうな俺らだから。



「こんな朗らかなバンドって、俺見た事ないよ」







end


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