日記(fragment)のとても短いお話
11/24の日記
23:29
一緒にいる。…1
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例えばあとXX日で、この世界が終わるとしたら。
俺は案外、冷静かもしれない。
終わる最後の瞬間に。
この手に抱いていたいのは君だけだから。
だから終焉に向かう世界の中で。
混乱で騒めく世界の中で。
俺するべき事は、実にシンプルだ。
君を攫って、手を繋いで。
繋いだ手を、離さない事だけだから。
「俺、こーゆうのしてみたい…かも」
「ん?」
「ちょっとだけ、憧れる…かも」
あれだよ?って、隆がちょっと照れくさそうに指差したのは。
テレビにちょうど映ってる、とある映画の宣伝。
見せ場のカットを繋いで音楽と共に流れる、よくあるような洋画の紹介映像だけど。
隆が唇を噛んで、あれって言ったのは、おそらく主人公の恋人同士の…まぁ、そうゆうシーン。
「ーーーああいうのならいつもしてない?俺ら」
「っ…そ、そうだけど」
「ん?」
「…そ、だけどさ」
「ーーーじゃあ、どうゆう?」
ああいうシーン。
愛し合う行為の場面ってことだけど。
こう言っちゃなんだけど、俺と隆はなかなかにそうゆう事してると思う。
もちろんお互い忙しい身だから、会う度に一日中って事はないけど。(…ないか?)
時間を見つけてはスキンシップ、愛を確かめ合う事は大切にしてるつもりだ。
「ーーー隆ちゃん、もしかして満足できてない?」
「えっ?…ち、違うよ!」
「ーーーじゃあ…?」
「違うの!そうじゃなくて、シチュエーション…っていうか、」
「シチュエーション?」
「ん、例えば今の映画だと、終末に向かう世界での恋人達の姿も描かれているでしょう?」
「ああ、そんな映画みたいだな?」
「残された世界の時間の中でどう生きるか。何を切り捨てて、何を守り抜くか。そうゆう、極限な状態っていうか。終わりに向かう世界で、物とかお金とか何を持っててももう意味が無くて。それでも手離したくない、手離せない存在っていうのがあって。ーーー俺にとって、それはイノちゃんと歌だなぁ…って思うから」
「っ…りゅ」
「ん?」
俺の剣幕に、きょと?と目を丸くする隆。
っつか、嬉しい。
そんなにも想ってくれているのが嬉しい。
ーーーそして、それは俺もだよ。
もしもそんな世界になったら、俺はたった一本のギターを背負って、お前を抱いて離さないよ。
「ありがとう、隆」
「っ…うん」
それで、そんなシチュエーションで?
「ーーーあなたさえいれば怖いものは無いって、そんな気持ちでね?ーーー何も考えずに、何ものにもとらえられずに、欲求のままに…っていうか…。そーゆうの、」
「ーーーん、」
「してみた…い、な…って」
隆は照れて、とうとう俯いてしまった。
お前だけ。
あなただけ。
残された時間。
一瞬の間も、互いだけを見つめる。
絶望と隣り合わせの、ふたりだけの幸せ。
…実際はそんな極限状態って、すぐに体験するものじゃないけど。
ーーーでも。
「いいよ」
「ーーーぇ、?」
気持ちだけは、そこに向けられると思う。
何も気にしない。
もう、お互いしか見えない程の。
夜も更けたってのに。
助手席に隆を乗せて車を走らせた先は。
あの映画で主人公達がいた場所に似て無くはない…?
沿岸ぞいの広大な工業地帯だ。
「あの映画の舞台は荒廃しきって、崩れ落ちて、終末を待つ絶望の街だったけど」
「ーーーそうやって言うと、ものすごく救いようの無い世界だよね」
「映画だけど。あれは創りものの世界だけど」
「うん」
「いつ何かが間違って、今俺らが住む世界もあの映画みたいになってしまう可能性だって無くはないじゃん?」
「ーーー怖いよ」
俺の席の隣で、ふる…と身を震わせる隆。
車窓からの、夜の工業地帯の景色をじっと見る眼は。
巨大な鋼鉄の建物群を照らすオレンジや赤色のライトでうるうると潤んでいる。
映画で観たあの瓦礫だらけの風景を憂いで、怖いと言う。
「ーーーちょっと停まろうか」
隆の返事を待つ事なく、俺は工場に囲まれた広い無人の道路の端に停車した。
ーーー人影なんか、ここへ来て一度も見ない。
それはもちろん、こんな夜更けだ。
働く人も、今はいない時間だからだろうけれど。
逆にこの人気の無さが、ますますあの映画のワンシーンに似ている気がしてならない。
鋼鉄の街。
巨大な建物の影。
錆びを思わせる、道を照らすオレンジ色のライト。
それに対比するような。
吸い込まれるような青い夜。
瞬く星。
「そうだ隆ちゃん」
「…ぇ?」
「俺、あの映画観てて思ったんだけど。あの映画にずっと登場してた光があるなって。瓦礫だらけの街で、人の住む明かりなんか無い街で。で、今それがわかった」
「ーーー?」
「星だ」
それだけは変わらないんだなって、思う。
たとえこの先、あの映画のように終焉に向かう世界になったとしても。
逆に、ならなかったとしても。
空の中にあるあの小さな光達は。
この先何年、何百年、何億年経っても。
変わらないのだろう。
「ーーーーーふふっ」
「ん?」
「すごいね、イノちゃん」
「すごい?」
「すごいよ。だってさ、さっきまでちょっと怖いなぁって思ってたのに、今は平気になったよ?」
「ほんと?」
「うん」
うん、と。頷く隆は、確かにさっきと違って、晴ればれしてる。
照らされるオレンジ色の光は変わらないけど、今はもう震えてなんかいない。
すると隆は、うーん!と伸びをして。
悪戯っ子みたい顔して、俺の方を見た。
「なんか壮大なテーマのドライブになっちゃったね」
「はははっ、確かに!最初はさ、もっと…」
「ね?あの映画みたいに、極限の恋に憧れて…って感じで始まった事だったのに」
「やっぱその状況になんないと難しいな。特に極限状態とかって」
「うん。ーーーでも、ここへ来れたのは良かったよ。夜景、迫力あるし」
「隆ちゃん怖いって言って震えてたのに」
「それがいいんだよ。怖い時にそばにいてくれるのはイノちゃんなんだから」
「もちろん、いてあげるよ」
「うん!」
無人だけど、人の街でも。
瓦礫の風景の、無人の街でも。
俺はいつでも、君のそばにいるよ。
そばにいて、どんな状況であれ、君を愛してあげたい。
カチ。
「イ、ノ…?」
「ん?」
シートベルトを外して。
カッタン!
「わぁ!」
助手席の背凭れをフラットに倒す。
豪快に後ろに倒れる隆。
そして俺は、すかさず隆に覆い被さって。
ぎっ…
隆の手首を捕まえた。
「多分、誰も来ない」
「た、多分⁇多分って、来るかもしんないって事じゃん!」
「まぁ、全然人影無いから平気でしょ。ってか、俺はもう我慢できない」
「へ⁇」
「家にいる時からな?ずっと、お前をこうするタイミングを狙ってた」
「っ…」
「隆が憧れる極限状態なセックスじゃないけど、スリルある体験はできると思うぜ?」
人影ないけど、誰かいるかもしれない。
夜だけど暗闇じゃない。
オレンジ色に染まる、ちょっとばかり狂気を孕んだ空間で。
ーーーほら。
ちゅっ…ちゅぷ…
「っん…ふぅ、」
…っ…じゅ、
「んぁっ…」
ここは人の明りが灯る街。
だけど、ほら。
目を閉じて。
俺の温もりを感じて。
重なる肌と、唇と。
声と、匂いと。
それだけを感じて。
ここが、あの終焉に向かう、瓦礫の街に思えないか?
end
・
02/19の日記
23:57
君のルパン
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恋人にされて困ること。
嫌われること。(勘弁…)
浮気されること。(ありえないね)
無視されること。(…考えるだけで泣きそう…)
なんかこうして挙げると嫌なことばっかだけど…
俺にとっては、恋人に泣かれることも。
実はどうにも手に負えなくなるくらいに困ること…なのかも。
「っ…ぅ、えっ…」
「ーーー」
「ひっく…っ…ん、」
「ーーーーー」
隆はよく泣く。
誰の前でも…ってことじゃない。
俺の前で、隆はよく泣く。
一度泣き始めると、ここしか泣き場所が無いんじゃないか?ってくらい、心ゆくまで。
今回も、きっと胸に溜め込んでいた色んな想いや感情があったんだろう。
ふとしたキッカケで、隆の堤防は決壊して。
ぽろぽろぽろぽろ。
はらはらはらはら。
ぽたぽた、ぴちょんぴちょん。
あっという間に隆の手のひらも膝の上も水たまりが出来始める。
ーーーどした?
…なんて聞いてる場合じゃない。
良いものも悪いものも、ストレスを涙に変えて。
隆は浄化作業に忙しい。
今は話すことも難しそうだから。
こんな時はじっくり待ってあげるのがいい。
側にいて、落ち着くのを待つのが一番いい。
「えっ…ぇ、っ…」
「ーーー隆、」
「えぅっ…う…ぅぅ…」
まいったな。
今日は随分かかりそうだ。
ーーー俺は隆が泣くのが嫌だから困るんじゃないんだ。
嫌なはずない。
好きなひとが泣いてる姿ってさ、こう…きゅんとするじゃん。
守ってあげたいって、優しい気持ちが湧いてくる。
俺はそんな自分が嫌じゃないし、そんな気持ちをくれる隆にありがとうって言いたいとも思う。
困ることってね。
泣いてる恋人に、結局は何もしてあげられない自分に呆れて困るってこと。
せいぜい心を込めて抱きしめてあげるしかできてない気がする。
それが不甲斐ないっていうか…。
困るっていうか、ごめんねって気持ちだ。
でもね。
今日はちょっと、こんなのはどうかな。
泣きだしてから随分時間が経った君に。
昨夜観た映画の、あるワンシーンを真似て。
そろそろ涙を止めてあげたい。
「隆」
俺が呼ぶと、君は泣き濡れた真っ赤な目で俺を見てくれた。
頬も唇も潤んでて。
苦笑いするほどめちゃくちゃ可愛い君に。
テーブルの上のトレイから。
君が大好きな…
「隆、見て」
「…ぇ、」
「俺の手。ーーー見て」
失敗したら、笑って許してね。
だから、上手くいったらさ。
「俺の手のひら。ーーーいくよ」
「ーーー?」
何もない手のひらに。
君のルパンは魔法をかけよう。
ほら、君の好きな赤いキャンディが。
「ーーーっ…わ、ぁ」
「ーーー上手くいった?」
「うん、すごい!」
「じゃあ、お約束のセリフ」
「あ、」
「今はこれが精一杯」
やり終えて、ちょっと照れるけど。
笑ってくれた君が見られたから。
上出来って事で。
上手くできたから。
涙が止まったらしい君の唇に。
俺は心を込めて、キスをした。
end
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02/20の日記
23:25
ジムノペディ
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「…っ…ん、」
「ーーーぁっ…ぁ、」
「はぁ…っ…ぁっ…」
「ーーーっ…ぁん…っ…く、ぅ、」
夜の車内。
ここは何処だ?
ーーーああ、そうだった。
仕事の帰りに偶然隆に会って。ちょうどいいから乗っていく?って訊いたら喜んでくれた隆。
時間も時間だから途中で夕飯食べて、カーステレオで適当に音楽を流したら二人してドライブ気分になって。
少しだけ遠回りして帰ろうかって、港の方へと高速を飛ばした。
まだ寒い2月の海。
しかも平日の夜の港。
休日ならまだしも、こんな夜は人影も無い。
ずっと続く堤防の側に車を停めて。エンジンを切る。
外出る?って隆に訊いたら、寒そうだねって微笑むから。
じゃあ車の中から夜景を見て帰ろうかって、俺は再び緩くエアコンをつけた。
「ーーー」
「ーーー」
静か。
いつもは二人でいるとたくさんお喋りしてくれる隆が静かだ。
ぼんやりと車窓から外を見てる。
目の前の海上を時折通り過ぎる船舶や、遠くの方の小さなライトが隆の目に映る。
それが綺麗で、一度見つめたら目がそらせなくて。
俺は隆の横顔を眺めながら、ありきたりなことばかりを訊いてしまう。
疲れたか?
とか。
明日は何時から仕事?
とか。
その問い掛けに、隆はぽつりぽつり答えてくれるけど。
でもよくよく考えると、俺のその一つ一つの質問が。
〝この後も一緒にいられる?〟って、遠回しに探りを入れているみたいだって気が付いて。
ーーー恥ず…。
そう顔を熱くした時だ。
ずっとぼんやりしてた隆が、キシ…と。
シートを軋ませて。
俺の方に身体を寄せて。
こう囁いて、はにかんでくれたんだ。
「帰りたくない」
「っぁ…んん…」
甘い隆の喘ぎ声は、今夜はとてもささやかな声だ。
運転席をぐっと後ろに下げて、隆の腕を引いて、俺の上に跨がらせた。
最初は服越しに触ってたけど、やっぱり我慢できなくて。
でも、シートを汚すのは嫌だって隆がしきりに首を振るから、カバーちゃんと掛かってるから平気!って説き伏せた。
その頃にはもう、二人して余裕なんて無くなってて。
緩い愛撫だけで、隆は俺を受け入れてくれた。
「ぁっ…ぁ、」
「ーーーーーこん…な、とこで…さ」
「っん、」
「隆っ…だけ…だよ」
「ーーーゃっ…ぁんっ…」
こんなに気持ちよくなれるのも、気持ちよくさせてあげたいって思うのも。
俺を咥え込んだまま、俺の膝の上で俺にしがみ付く隆。
声を出すまいと、ぎゅっと俺の腕に爪を立てる。
俺の胸に顔を押し当てて、声を押し殺す。
肩が震えてる。
指先も、吐息も。
信じられないくらいに熱くて。
逆効果でしょ?
俺には。
そんなのさ。
カーステレオに手を伸ばして、曲を流す。
気が紛れるように、たまにはこんなのもいいかなって思って。
ランダム再生されるようにしている最初に流れたのはサティだ。それがこの車内の俺たちに、妙にしっくりきて。
映画のラブシーンみたいで。
「帰したくない」
めちゃくちゃに突き上げながらそう耳元で囁いたら。
隆は一瞬、ぱちりと目を見開いて。
その後すぐにくれたのは、返事の代わりの柔らかなキスだった。
end
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03/05の日記
23:58
こんな一日
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隆が、
うとうと…。
外出中 (まぁ、デート真っ最中)
朝からちょっとばかり、鼻をすすっていた隆が。
麗らかな陽気の中、歩き始めて間も無く。
くしゃみと鼻、涙目の…この症状。
ーーーこれは…。この季節のこれは。
「花粉症かな」
ずずっと、相変わらず鼻をすすりながら、隆は困ったように笑う。
「毎年そうだったっけ?」
「ちょっとはあったけど、そんなに酷くなかったんだよね。ーーーこんなに症状出るの久々かも」
「飛散量とか体調とかにもよるのかもな。ーーー鼻炎の薬とか、今持ってるか?」
「ぅうん。まさかこんなになるって思わなかったから…、ごめんね、イノちゃん。どっかドラッグストア寄ってもいい?」
「いいけど…市販薬買うのか?」
「辛すぎる。ーーーせっかくのイノちゃんとのお出掛けなのに、このままくしゃみでボンヤリ終わるのは嫌だもん」
「まぁ、そっか。OK!行こうか」
「ありがとう」
ーーーそんなわけで購入した鼻炎の市販薬。
アレルギーの薬って、そもそも自分に合うのを探すのって難しかったりあるけど。(ぜんぜん効かなかったり、逆に効きすぎたり…)
どうやら今回の隆は、眠気が押し寄せるタイプだったようで。(くしゃみ鼻水は止まったらしいから良いけどさ)
昼食後、ぶらぶらそこら辺の公園を散歩してる時。
うとうと…
歩きながら、船こいでる…
「大丈夫か?ちょっとベンチ座ろう」
「ごめ、平気」
「だめ。隆ってばうとうとしてるもん。ちょっと休憩しよ」
そう言って少々強引に隆の手を引いて、広々した公園の一角のベンチに座る。
平日のこの時間はあんまり人もいないから、俺は隆の肩を抱いて寄りかからせた。
「っ…イノ、」
「ん?いいよ、少し寝てな」
「ーーーーーせっかくのデートなのに…」
「いいんだよ。体調がイマイチの時にはそれなりのデートの仕方もあるんだから。こうやって隆を守ってあげたいって思うのも、一緒にいるから思う事だし」
「ーーーイノちゃん、」
「隆ちゃんは辛いかも…だけど」
「ん、?」
「ーーー可愛いし。ちょっとヘタってしてる隆」
「ーーーへた?」
「ごめんな?こんな事思って」
「ぅうん」
今はそれが嬉しい。
イノちゃんが側にいてくれて、それが嬉しい。
そう、小さな声で囁いて。
隆は俺の肩に擦り寄って。
白い指先が、俺の手に絡まって。
ーーーいつのまにか…
すー…すー…
気持ちよさそうな、寝息が聞こえる。
「ーーーくそ、」
「やっぱ可愛い」
「…また我慢大会かなぁ」
ぽかぽか麗らかな陽気の公園で。
緩い春の光で金色に縁取られる隆を見つめていると。
胸に込み上げるのは、どうしようもない程の幸福感だ。
絶対に誰にもゆずれない、隆を守りたい気持ちだ。
「まぁ、こんなのもいいよ」
「たまにはさ」
きみがこんなに無防備な姿を見せてくれるのは、俺だけなんだから。
end
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