日記(fragment)のとても短いお話









01/28の日記

23:33
二人だけの特効薬
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ちょっとした不調の時。
例えば軽い頭痛とか、なんかだるいなぁ…って時だと思うんだけど。
そんな時隆は、くっ付いてくる。

薬も何も飲まずに。
まず俺に。










仕事から帰って、風呂入って、夕飯も済ませて。
テレビの前のソファーでお寛ぎタイム…って、背凭れに身体を預けた途端。
ペタペタと向こうから隆がやってきた。
手にはブランケットを握り締めて。
俺の目の前で止まった隆の顔がちょっと気怠げで。
あれ?って思ったら。


ぎゅうっと。


ソファーの上で胡座をかく俺の膝の上に乗っかってきたんだ。



「っ…ちょ、」

「んー…」

「どうした?」

「ーーーーん、」

「隆?」

「…頭…痛い」

「頭痛?…」

「…ん」

「頭痛薬は?」

「嫌」

「…イヤとか、そーゆう問題じゃ…」

「だってやなんだもん」

「我儘言うんじゃないよ。薬飲んで早く寝なさい」

「いーやー」

「隆ーぅー」



こうなると言うことなんか聞きゃしない。
嫌々言う隆を宥めるのがどんなに大変か皆んな知らないんだ。(まぁ、教える気もないけどさ)
押し合い圧し合いしても時間体力の無駄だってわかってるから。こういう時俺は、隆のしたいようにさせる。



ピッタリ。

したいようにさせたら、俺の胸に隆がくっ付いた。
すると気付く事もある。


(…ちょっと体温高いかな?)


いつも抱きしめているからこそ、気付く異変。
触れる隆の手や頬、それから身体全体が火照ってる感じだ。

これはホントに、我儘だけじゃなくて。
ちょっとした不調かもな。




「隆」


そしてこんな時。
俺はいつも隆に言う事がある。



「んー…」

「する?」

「!」

「えっち」

「…なん、で?」

「なんでって、だってそうしたいからくっ付いてるんだろ?」

「っ…」

「甘く見んなよ。ちゃんと気付いてんだから」



こんなちょっと弱った時。
小さな不調も吹き飛ぶくらいにぐちゃぐちゃにされたいって、知ってるよ。



「っ…な…んで?」

「恋人だから」

「!」

「隆の事、誰よりも見てるって自信あるよ?」



ーーーそれにな。
こんな時に抱くお前が、俺は好きだよ。
俺は特効薬じゃないけど。
弱さも全部曝け出して、俺だけに縋るお前が。



ぷち、ぷち。
隆の着ているシャツのボタンを丁寧に外すと。
いつもより熱い肌に俺もすぐ夢中になる。


「ーーーっぁ、」


溢れる声。
ここまできてもう後戻りなんか出来ないしする気も無いけど、もう一度隆に問い掛けた。



「ーーー抱くよ?」

「っ…ぅん」

「ん、」



ほら。
押し倒されれば…もう。
頭痛なんて、どこかにいっちまうだろ?








end






2022/01/29の日記

22:46
酸素
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俺の少しだけ前を歩くアイツの後ろ姿が。



(…こんなだったっけ)



何であんなに…
儚げなんだろう…?









「あはははっ!やだぁ、イノちゃんってば」

「隆ちゃん笑わないでよー。俺は真剣なんだからさ」

「ふふふ、ごめんごめん!ちゃんとわかってるよ?」

「ーーーホントかよ…。」



俺の行く前でイノと隆が何やらお喋り中だ。
こんな光景はいつもの事だけど…。
朗らかな隆と心配顔のイノって感じで、何を話してんだか…

…と思っていたら。



イノランさーん!ちょっと来てください!



向こうでスタッフがイノを呼んでる。
ほら、呼ばれてるよ?って目配せする隆に、後ろ髪引かれるみたいに、イノは溜息をついて向こうへ行った。
その背中に呑気に手を振る隆。
にこにこして、その表情はいつもの可愛らしげ(イノ曰く…だぜ?)たっぷりな隆だ。



けど。



一瞬。
ホントに、一瞬だった。
多分俺しか気づかなかったと思うくらいの…だ。
それが妙に気になった。




「おい、隆」

「ん?あ、J君」

「ーーーーー」

「う?」

「ーーーーー」

「…ひとを呼び止めといて黙るのやめてくんない?」

「!あ、あぁ…悪りい」

「変なJ君」



で、なぁに⁇って、首傾げてこっち見てくる隆。
ーーーこんな場面アイツに見られたらエライ事だ。
他意は無えよって言っても通用しねえからなぁ…。

そんな事考えてる間も、隆はなぁになぁに?って迫ってくる。
…なぁに?と言われてもな…




「ーーーお前さ」

「?うん?」

「ーーーーー」

「…ちょっとJってば。だんまりはやめてください」

「…ああ」

「~~もぅ、なんなの?」




イノちゃんもJ君も今日は変なの!
そう言って隆は唇を尖らせた。
ーーーって、ちょっと待て。
イノも?



「そうだよー。妙に優しいし…。あ、イノちゃんが優しいのはいつもの事だけど、ちょっと違うんだよね。今日は。もっと優しくて、なんかイノちゃん泣きそうっていうか…」

「ーーー(ノロケかよ…) 泣きそう?」

(アイツが?)

「そしたらJ君もなんだか様子がおかしいし…。皆んなどうしたの?」



また、首を傾げる。
…でも、その表情はさっきまでと違う。
朗らかだけの隆じゃない。
トン…と突けば泣きそうなのはコイツの方だ。



「ーーーいやだよ」

「え?」

「いつも通りがいいよ」

「っ…」

「皆んなはいつも通りでいてよ」

「ーーー」

「だから俺は勇気が出せるんだから」




次に見た隆は、晴々した顔で。
そこにはさっき感じた儚さなんか微塵も無くて。
決意をした、凛とした隆がいて。

それで、ああ…そうか。って、わかったんだ。





「ーーー悪りい」


一瞬でも揺らいじまった自分に、苦笑するしかなかった。



心配なんか、コイツの覚悟を前にしては…泡みたいなものかもしれない。
ーーー俺らは…そうだな。
お前が最初に吸い込む、酸素みたいにならないとな。

だって酸素…空気ってさ。
それが無きゃ、歌は歌えないんだから。











「アイツの尻も叩いとくからさ。バシッと」

「え、?」

「心配顔のギタリスト」

「え、えぇ⁇イノちゃん?」

「そう」

「イノちゃんのお尻叩くの⁈ J君が⁉ やだぁ‼」

「アホ‼違げえよ!ものの例えだ!発破かけるって意味だろーが!」

「え、あ…なぁんだ!びっくりした」

「ったく…」




けらけらと屈託無く笑う隆。
難しい顔も、悲壮な顔も。何も無く。

そんなお前を、支えたいと思う。
(アイツに睨まれてもいいさ)

だってそれは、メンバー共通の想いだからさ。









end






01/30の日記

22:47
愛の言の葉
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ゴトン。



「あー…あったかぁい」


隆の手には買ったばかりの自販機ココア。
俺はコーヒー。


いつもの夜散歩だ。



寒いから止めようよ~って言ったのに。
隆はずっと家にいるの嫌だって駄々こねて。
…結局折れる俺…。
わかってるよ。隆には甘いんだ。


近くでいいよって、そこだけは譲歩してくれた隆。
それならって、いつもの自販機にのんびり歩いて夜散歩。

寒い寒いって、あっかいの買ってやったら。
隆は頬っぺたに擦り寄せて暖をとる。
しばらくすると、あっつい!って…ヤケドすんなよ?



「ばかりゅー」

「いじわるいのー」

「なんでよ」

「イノちゃんこそ」



そんな他愛ない会話。
隆とだから、愛おしい。





ふと、空を見上げた。

今夜は綺麗な三日月だ。
にっこり、笑っているみたいだ。


にっこり。
にっこり。



隣を見ると、隆もにこにこ。

ああ…。
可愛い、愛しい、幸せだ。

愛の言葉ってのは、言いたい時に言うのが良いと思う。
込める気持ちが新鮮で、リアルタイムで。


だからさ。
不意打ちで君に言うよ。
急に言うとめちゃくちゃ照れるって知ってるけど、そんな反応もいいもんだ。




「ーーー隆」

「んー?」

「隆」

「なぁにー?」

「…隆一」

「っ…ん?」




抱き寄せて、耳元で。



「隆、見てよ。月が綺麗」

「ぅ…?うん、」

「ーーー今夜は月が綺麗ですね」





カッタン。

隆のココアがアスファルトに落ちた。
コロコロ…転がった缶は、コツンと俺の靴で止まる。




目の前には顔を赤くした隆。
パクパクと酸欠の魚みたいだから。
月の下で、隆と唇を重ねた。






end







02/20の日記

23:54
スノーマン
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起きたらすっかり積もってた。
夜中の雪。

雪の朝はいつもより静かで、それで目覚めたんだと思う。
今日はオフだから、寝坊してもよかったんだけど。


「ん?」


ここで気付く。
いない。
隣でくっついて眠ってた筈の恋人。隆。
オフの前日だから心ゆくまでって、散々抱いた昨夜。
何度目かの絶頂のあと、隆はこてんと眠ってしまったんだけど。


「いない。もう起きたのか?」


隆のいた辺りのシーツを触るとひんやりしてる。
…こりゃ、雪につられて早々にとび起きたのかもしれないな。

しょうがないなぁ。

ホントはゆっくり、目覚めの朝をベッドでらぶらぶしてたかったんだけど。


「やれやれ、」


俺はベッドヘッドにかけていたガウンを羽織ると、寝室を後にした。









「あ、やっぱりここだった」

「え?あ、イノちゃんおはよー!」



テラスの窓をほんの少し開けて、その隙間から外を見ていた隆。
俺が呼びかけると、振り向いてにっこり笑った。
っていうかお前、シャツ一枚羽織っただけなんて寒いだろ⁇


「おはよう。お前早いな。ーーーそんな薄着で寒いだろ」

「ヘイキだよ!部屋の中はあったかいもの」

「そーゆう問題じゃないの。ーーーほら」


昨夜抱いた時にはだけさせたままの姿。
白いコットンシャツだけの隆が寒そうで、後ろからすっぽり、ガウンを広げて抱きしめた。


「あったかいだろ?」

「ん…ありがとう」

「もう雪に見入ってたんだ?」

「そう!早速作ったんだよ」

「ん?」

「雪だるま!ちょっと小さいけどね?」

「ハハハッ、可愛いな。頭にピックくっ付けてさ」

「帽子みたいになればいいなぁって。ーーーねぇ、スノーマンって知ってる?お話の」

「ん?ああ、絵本や映画にもなってるあれだろ?」

「うんうん。、あの映画好きなんだ。音楽も素敵でしょ?それからお話も…」

「うん」

「最後は切ない感じなんだよね」

「ああ…。そうだな」



ああいう場面って、子供の頃とか、誰しも一度は経験あるんじゃないかな。
目覚めたら、消えてしまっている…あの切ない感じって。




「ふふっ、冷た…」



腕の中の隆がびくんと肩を揺らすから。どうしたのかと思って覗き込んだら、小さな雪だるまにキスしてた。
頬っぺたを赤らめて、ちょっとだけ尖らせた唇でそっとキスする様子が可愛くて。
ヤバい。堪んない。
ーーー切ないとか、そんな事考えてた俺はどこいった?




「冷たい?」

「うん。だって雪だもんね」

「俺もしていい?」

「ぅん?この子に?」

「そうじゃなくてさ」



ひょいと、雪だるまを取り上げて。
あ…。と、目で追う隆の視界を、俺で。


ちゅっ。

まず触れるだけ。
でもすぐにもっと欲しくなる。



「ーーー俺は隆がいいな」

「っ…ん、ぇ?」

「好きになっても、溶けて消えたりしないだろ?」


返事を待たずに、今度は深く。

絡む唇に夢中になっていると、雪で反射した光が、隆をいっそう白く見せ。
このまま雪と一緒に消えそうで。
そんな事あってたまるかって思うけど、やっぱり切なくなって。

目の前の真っ白な隆を、薔薇色に染めてやろうと。
今朝は窓辺で、隆を抱いた。




end






03/10の日記

23:48
たとえば悪人の恋人
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「俺はねぇ…」

「ん?」

「きっとくっ付いて行っちゃうと思うんだ。たとえばイノちゃんが悪人でも」




ちゃぷん。




いきなりなんだ?って思うけど。
隆の今の発言が、さっきまで観てた映画の延長からのものだって気が付いた。


ーーーここは風呂場。
今夜は柚子風呂だ。
二人の真ん中あたりでシュワシュワ浮かんでいるのはバスキューブ。
乳白色の、ちょっとだけ黄色い湯。
発泡してるから、隆の白い肌に細かな泡が縁取ってる。



ちゃぱ…。



「俺が極悪非道で超最低男でも?」

「うん」

「(…即答)ーーー絶対しないけど、たとえば隆が泣いて喚いても嫌がる事をやめない最低男でも?」

「うん!」

「あのなぁ…そんな即答ばっか…」

「だって仕方ないじゃない」

「え、?」




ちゃぷ。

隆のあったかい両手が伸びて、俺の襟足のあたりで交差する。
触れ合う素肌。
隆の濡れた髪の匂いがして目眩がしそうだ。
あんまりに気持ちよくて、思わず湯の中で隆を抱きしめた。




「好きになっちゃったんだもの」

「っ…」

「好きになっちゃったから、平気なんだよ」

「ーーー」

「あの映画の彼女は、最後はもう永遠に会えなくなっちゃうけど」

「…ああ、」

「俺はイノちゃんに何されても、泣かされても、いいの。会えなくなっちゃうより、全然いい。だから、突き放されても、追い返されても、置き去りにされても付いていくよ」



ちゃぷ。



「ね、」

「ーーーん?」

「イノちゃんは?」




ちゃぷ…ん。






「ん、っ」


ちゅぷ。




堪らずに唇を重ねた。


「ーーーっ…ふ、ぁ」

ぴちゃ。

ぱしゃん…。



「んっ…ん、」



湯の音だか、キスの音だか。
わかんねぇや。





そうだな。

真っ当な道を進め、と。
太陽の下を進めと。
あの映画の悪人は、結局最後は永遠に彼女と会えなくってしまったけど。

俺はお前を道連れにすると思う。




どんな道になろうとも。
幸せにしてみせるから。





end






03/11の日記

23:27
宝石姫
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「意地悪ばかりしていた娘は、神様に怒られて、喋る度に口から虫が出てくる魔法をかけられて、優しい親切な娘は口から宝石が出てくる魔法をかけられたんだって」

「…なにそれ」

「そーゆう童話?お話があるんだよ」

「ふぅん」

「でもやだよね。口から虫って…」

「嫌だねぇ。避けようがないもんな」

「うん」

「ーーーでも、宝石も…。虫よりは全然いいけど、何で口からなんだろうな」

「あはは、ね?実際には喋りにくいよね。きっと」

「うん。って頷くだけでもひと苦労」

「こうしてイノちゃんとゆっくりお喋りできないね」

「お喋りどころかさ、キスとかも…」

「えぇ?」

「喘ぎ声もままならない感じだろ?」

「イ…イノちゃん」

「仮に隆がそんな魔法にかかったら、例えばえっちの最中なんて宝石が溢れまくってベッドの上が大変な…」

「もぅ!イノちゃん‼」

「ハハハ」




何でこんな話してんだか。
あ、そうだ。
隆が何処からか持ってきた、分厚い童話全集のせいだ。


宝石か。
何でわざわざ口から?とか、童話って突っ込みどころ満載だけど。
そうだな…。
隆の口から溢れるなら、それは宝石じゃなくて、もっといいもの。
宝石より希少で、きらきらしてて、唯一無二の。



「俺は隆の歌がいいな」

「え?」

「宝石はいらない」

「ん?」

「お前の歌声がいい」



それこそ口から溢れ出る、美しく、目には見えない宝石だ。





end






03/19の日記

23:26
一緒の時間はね。
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こんな夜もいいだろう?











一緒にキッチンに立ってた筈だった。
台の上には所狭しと並んだ野菜。
すでに切ってザルに盛ってあるもの、まだ洗い途中のもの。
これから封を開けるもの。様々だけど。

どういう流れでこうなったかは、もう忘れたしどうでもいい。
今夢中なのは、目の前で甘く喘ぐ隆だけだ。








「ほら、隆…」

「ぁんっ…」

「気持ちイイ?」



キッチンのカウンターに隆を持ち上げて、すでに服を脱がせた脚を割り開く。
中心で勃ち上がる隆自身を口に含んでやると、隆は身体を震わせて涙を零した。



「やっ…離し…て!」

「だめ。ーーーほら、気持ちイイんでしょ?」



しつこく先端を舌で刺激すると、隆はすぐに達してしまって、俺の口内にいっぱいに吐き出した。



「んっ…んん、やだっ…」

「っ…は、」


飲み干して、ペロリと舌舐めずりすると。隆は顔を真っ赤にして手を振り上げた。


「イノちゃんっ…ばかぁ!」

「なんで?隆のなら、いくらでもいいよ?」

「それがばかなの!」



ぽかぽかと俺の頭を叩く隆。
でもさ、そんなそそられる格好してそんな反撃…逆効果だよ?

こっちおいでって。
隆をカウンターから降ろして、床の上で隆を膝に乗せて抱え込む。
今後は俺も気持ちよくなる番って、隆を抱きしめたら汗ばんだ首筋が目の前にきて、俺はここぞと舌先で舐めた。


「あっ…やだぁ」

「言っただろ?だめって。こっから先は、一緒に気持ちよくなんの」

「え?ーーーっ…あっ…やぁ…」




ジーンズのジッパーを降ろして、俺は熱くなったままの自身を取り出して。
後ろから滑り込ませた指先で隆の後孔を弄ると、すぐに俺自身を挿れて突き上げた。



「ーーーっ…あんっ…あっ…んんっ…」

「ーーーっ…はぁ、隆っ…」

「やだっ…も、イっ…ちゃ…う…」

「っ…いいよ、ほら…イけよ」



濡れた音を響かせて、ここがキッチンなんて忘れるくらい求め合う。



「あっ…ぁあ、イノちゃ…っ…」


ホント…。こんな場所で何してんだろうって呆れるけど。
もうここでやめられない。
こんな隆を、抱きしめてしまったら。

離せないよな?















ーーー調理は進まない。



「…言い訳じゃないんだけど…。要するに、いつもと違う場所ってさ」

「ーーーうん」

「シたくなるんだよな」

「っ…皆んなが皆んなそうじゃないもん!」

「はははっ」

笑い事じゃないの!って、最近よく怒られてる気がするけど…。
いいよな?

好きだから、どんな時でも愛してあげたいんだよ。







end…






03/27の日記

23:20
おちる。
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何処へ行くの?




足元は波一つない、水鏡のような海。
太陽の下を雲が流れる度に、青緑色や薄紫色や橙色に色を変える。
透き通った、何処までも続く遠浅の海。




「何処へ行くの?」

「ん、?」



道筋はない。
陸もない。

そんな浅い水の中を二人で歩く。
貴方は黒いシャツ。
俺は白いシャツ。
ラフなジーンズを足首で捲って。
足元は裸足。

手を繋いで。
ほんの少しだけ、貴方が前を歩く。





ぱちゃ…ちゃぷっ…

ぱしゃん。




「ーーー何処に行くのかわかんないけど、いっか。楽しいから」

「隆、楽しいんだ?」

「うん、だってイノちゃんと一緒。だからいいんだ、何処へ行くのかわかんなくても」

「ーーー…隆」

「一緒なら、いいの」



貴方は黙ってしまった。
何処へ行くのか、俺は本当に知らないんだけど、貴方は知っているのかもしれない。

でも、訊かない。
教えてくれるのなら、最初の問い掛けでいつも話してくれるもの。
話してくれないって事は、きっと何かがあるんだよね?
ーーーだから今回は、敢えて訊かない。

もしも、もしも…ね?




「隆」

「え?」



イノちゃんはぴたりと足を止めると、ジーンズのポケットを探って、赤い…



「赤い、リボン?」

「結んでいい?」

「え、」

「俺と隆の手首を、これで」



離れないように。
この凪いだ海の、ほんの数歩先に。
突如断崖が現れても、離ればなれにならないように。



「いいよ」

「ん、」

「結ぶよりも、もっと」

「もっと?」

「キツく、かたく」

「いいよ。もう解けないぞ?」

「そうじゃなきゃ困るでしょ?」

「くっくっ、そうだな」



向かい合って、互いの手を伸ばす。
貴方は左手。
俺は右手。
互いの利き手は、あなたのモノ。
黒と白の隙間で、赤い色が二人を結び付ける。


ーーーこれって、まるで。



「隆」

「はい」

「この数歩先は、断崖かもしれない。海溝の口が、俺たちを待っているかもしれない」

「ーーーはい」

「それでも、」

「ーーーーー」

「ーーーいいか?」



当たり前でしょ?



「はい!」



ぱちゃ…
ぱちゃん。

ぴちゃん。





「ーーーあ、」

「底が見えないな」

「…っ…ぅん」

「怖いか?」

「っ…」

「ーーー引き返す事もできる」

「…え、?」

「今なら…まだ」




「嘘ばっかり‼」




イノちゃんにぎゅっと抱きついて、そのまま断崖の淵から身を躍らせた。


「っ…隆」

「引き返すなんて無理だもん‼」

「ーーー隆一っ…」

「他に誰がいるの⁇」



行き着く先なんてわからない。
わからないけど、これは幸せでしかない。
落ちて行く間に、イノちゃんはずっとキスをしてくれた。
太陽の光が届かなくなる一瞬前に見た彼は、優しく幸せそうに笑ってくれてた。
だから俺も、黒と白と赤が見える最後の瞬間に。



「愛してる」









行き着く先は、そうだね。
二人きりの愛の底なんだ。






end






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