日記(fragment)のとても短いお話
たまにはこんなのもいいよね?…1
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「っ…わ、」
びっくりした…!
「……ぅあー…」
クローゼットの隅から出てきた物に、俺はドキドキしながら手を伸ばした。
久々の休日。
お天気もいいし、そろそろいい加減本腰入れてって。
俺は掃除傍ら、クローゼットや物置き部屋から冬を越す為の物を引っ張り出していた。
コンパクトな暖房器具やふかふかした敷物類。
冬になると登場するあったかい色味の食器類から、そのうち絶対使うだろうって土鍋セットも出した。
それから衣類、寝具。ちょっと早いけどクリスマス小物も、すぐに取り出せるように物置きの手前に移動した。
相当熱中してたみたいで、気付くともう昼過ぎ。
お昼も食べないで作業してた。
ーーーさすがにお腹が空いた。…でもこうゆうのって勢いも大事だしね?
「ちょっと休憩しよ。何か食べよう」
うーん!って、伸び。
立ち上がって部屋を見回すと、だいぶそこらは冬仕様。
なんとか彼が帰って来るまでに片付きそうで、ホッとする。
「ーーーイノちゃん何時に帰るって言ってたっけ」
今朝の出がけに言ってた時間、そんな遅くじゃなかったと思う。
ーーーちゃんと聞いてた筈なんだけど…
「…寝ぼけてたかも…。今朝の俺」
昨夜眠りに就いたのは遅かった。
それはずっとイノちゃんとくっついてたから。
「ーーーだって離してくれないし…」
俺もくっついていたかったから、仕方ないんだけれど。
ーーーそんなわけで、朝の会話は少々うろ覚えだ。
「夕方くらいかな?」
それくらいだろうという事にして。
細々とした片付けは後回しにして。
昼食を作りにキッチンへーーーーー…
…ーーー行こうとした時、目に付いた。
クローゼットの扉から服がはみ出している。
「あー…皺になっちゃう」
これだけは仕舞い直して行こうと、扉開けた。
「冬服だからすぐいっぱいになるなぁ」
コートやジャケットの隙間から飛び出していたシャツを、ハンガーに掛け直す。
厚手の物が多いから、クローゼットは端まで埋まってる。
すると、ん?
ーーーこれなんだろう?
クローゼットの隅に黒い紙袋。
こんなのあったっけ?
ガサリとその紙袋を引っ張り出す。
見覚えない。
中に何があるんだろう?
ちょっと覗いてみようと思って、ハッとする。
「イノちゃんのかな」
だったら勝手に見ちゃ悪いよね。
「ーーー」
ーーーーーでも、もう引き出しちゃったし。
「ちょっとだけならいいかな」
こうゆう時は好奇心が勝る。
プレゼントの箱を開けるみたいなワクワクした気持ちだ。
「ーーーちょっとだけ…」
すぐ仕舞うから。そう言い訳しつつ、俺はその紙袋を覗き込んだ。
「っ…わ、」
びっくりした…!
思わず手を入れて掴んだそれ。
そろそろと持ち上げてみると、するりと滑らかに手の上に乗った。
「ーーーーーチャイナ…ドレス?」
黒地に赤い花模様。
両手で広げてみると、ロング丈のすらっとしたデザインだった。
「ーーーなんでこんな物が…」
イノちゃんが昔ステージで着た事があったかな。
そんな事をくるくると思い出そうとしても心当たりは無い。
ーーーって事は。
…って、事は?
「…あ、」
その時俺は、ある日の事を思い出したんだ。
「なぁー、隆!これ着てみてよ」
「え?」
ある日のスタジオ。
スギちゃんがにこにこしながら寄って来た。
そして手に持っていた紙袋を差し出して、着てみて着てみて!って。
「?…なぁに」
「こないだもらったの。ソロで一緒によく仕事するスタイリストに」
「ーーー?」
「ある撮影で使うつもりだったらしいんだけど、結局使わなかったって。新品で用意したから綺麗なんだけど、勿体ないからスギゾーさんどう?って」
「服?」
「うん、まぁね」
「スギちゃんは着ないの?」
「いやぁ、俺より隆のが似合うなって見た時思ったんだよね。色味とかラインとか」
「ふぅん?」
「ちょっと見てみてよ」
「え?うん」
スギちゃんがそこまで勧めてくるって事は、格好いい服なのかなって。
ちょっとわくわくして紙袋に手を入れた。
「…?」
滑らかな手触り。…シルクみたい?
シャツかな?
しっとりと、するりと滑る感じ。
俺はその中身を持ち上げて……両手でパッと広げてみた。
「⁉」
「ーーーチャイナドレスなんだけど。…なかなかいいでしょ?」
ーーーーーそうだ。
あの時のだ。
「でもなんで⁇」
確かあの時。チャイナドレスを持って呆然とする俺と、にこにこ満足げなスギちゃんの間を割ってイノちゃんが呆れ顔で溜息ついて。
「こーゆうものを隆ちゃんに勧めないでよね」
そう言って、丁重にスギちゃんに返却した筈だったと思ったんだけど…。
「それがなんでウチのクローゼットに…⁇」
ハテナ⁇だらけの頭で、クローゼットの前で考え込んでいたら。
「ただいまー!隆ちゃん」
「わっっ!」
突如背後からポンと肩を叩かれて、めちゃくちゃビビる。
えっ?って振り返ったら、そこには荷物を持ったままのイノちゃんがいた。
「っ…」
バッ、と。
慌てて後ろ手にドレスを隠した。
なんでここにあるのかもわかんないけど、なんかイノちゃんに見られるのは恥ずかしい気がして。
ーーーこんなの持っているところは、見られたくなくて。
「お、おおおおおおおか…おかえええりなさい!」
「ーーーどした?隆」
「えっ?なっ、なななななんでもっ…ないよ!」
「…や、明らかにおかしいでしょ」
「っ…お、おかしくないよ」
「嘘。じゃあ、今なんか隠したでしょ。何持ってんの?」
「(…バレてる)…別に」
「ーーーふぅん?」
「ぅ、うん…」
「ーーー」
「ーーーっ…」
「ーーーーーま、いいけどな。無理矢理聞こうとは思わないけど」
「…え?」
「だって無理強いは嫌だし」
「っ…イノちゃん」
「ーーーけどね?」
「?」
「ーーーーー隠しきれていませんよ?後ろ手のもの」
「っ…え⁉」
滑らかな素材が災いしたか。
俺の手から滑り落ちた艶やかな服地は、するりとその姿をイノちゃんに晒していた。
黒地に赤い花模様。
艶やかな光沢のある、それだけで。
ーーーきっとすぐにわかるよね…
「ーーー隆、それ」
「っ…クローゼットのっ…片付けしてたら……その…」
「ーーー」
「多分、前にスギちゃんが持ってきた…チャイナ…ドレスだと…思うんだけど…」
「ーーー」
「スギちゃんに…返した筈なのに。…なんであるのかな…って、思って」
「ーーー」
ーーーイノちゃん、何も言わない。
じっと俺を見てる。
最悪だ!
恥ずかしくって、一番見られたくない状況だったのに!
「っもぅ、何か言ってよ!」
理不尽だと自分でも思うけど。
恥ずかしくてイノちゃんに当たって。
何も言わないイノちゃんに腹が立って。
なんだかすごく居たたまれなくて。
俺はドレスをぎゅっと握りしめて憤慨した。
「ーーーーー隆」
「っ…⁉」
抱きしめられているのに、少し遅れて気が付いた。
落ち着いてって、イノちゃんの手が俺の背中をさすってくれる。
俺とイノちゃんの隙間に挟まれているドレスを、イノちゃんはちょっと視線をずらして見て。
それから幸せそうに微笑んで。
俺の耳元で。
「ーーーそれね、結局あの後スギちゃんにもらったんだ」
「っ…え?」
「よく見たら、確かに隆に似合いそうだなって。…でも、なかなか言い出しにくくてさ」
「ーーーイノちゃん…」
「ハロウィンかなんかの時に、仮装って言って着てもらいたいなぁ… なんて思ってたんだけど、やっぱり言えなくてさ」
「ーーー」
「ずっと仕舞いっぱなしだった。ーーー無理強いだけは、したくないじゃん」
「ーーー…」
スッと身体を緩めて、間近で重なる視線。
そのイノちゃんの眼差しが、言ってる。
目は口ほどに物を言う。ってやつだよね。
ーーーちょっとだけでいいから、着て見せて欲しいな。
そして困った事に。
俺はそのイノちゃんの懇願に、弱いんだ。
あの後、イノちゃんの懇願する視線に勝てなくて。
それならばせめてと、苦し紛れに…半ばヤケになって言い放ったのは。
「じゃあイノちゃんも何かいつもと違うのに着替えてよ!」
俺ばっかりじゃずるいもん!
イノちゃんと一緒ならいいよ。
「ぇえ~…俺も?」
「そう!嫌なら俺も着ないもん」
「ーーー何着ればいいのさ」
「何でもいいよー。最近着てないのとか、初めて着るのとか。なんなら何かの仮装とか」
「遅いハロウィンパーティーって感じか?」
「え?ぅ、うん」
「ん、じゃあいいよ!やろうか、二人で仮装パーティー」
「うー…うん」
ーーーーーそんな経緯でこんな事に…。
上手くはぐらかすつもりが、まさか着る事になるなんてさ…
「だいたいこれって女の人向けのでしょ⁇俺が着たってそもそも似合うわけないじゃんか」
鏡の前でブツブツブツ…
どうやって着るの⁇素肌に着るの⁇
「しかもこれ…スリット…どこまで入ってんだよ」
ロング丈のドレスだけど、両サイドに入ったスリットはザックリと際どい位置まである。
ーーーこれじゃぁ…
「いつもの下着じゃダメじゃんか」
横から見えちゃうし、せっかくの綺麗なドレスが…多分台無し。
ーーーって!
「別に台無しになってもどうって事ないけど!」
ーーーけど。
ーーーーーでも…。
「ーーー楽しみにしてたっぽい…イノちゃん」
それをわざわざガッカリさせるような事はしたくない。
俺が着て…似合うとは思ってないけど。
着てみて欲しいっていうイノちゃんの願いは、なるべくなら綺麗な形で叶えてあげたい。
「ーーー俺って…」
やっぱり、ホントに。
イノちゃんが好きなんだなぁ、って思う。
他の人の懇願なら、こんなの絶対NOだからね。
「ーーーよし」
人生に一度くらい。
大好きなひとの為ならば。
俺は服を脱いで、その黒いドレスに袖を通した。
こんこん。
寝室のドアがノックされる。
一瞬ビクリと肩が揺れたけど、いつもの調子で。
はーい。
返事を返した。
「ーーー隆、入っていい?」
「っ…ん、ぅん。いいよ、もう着替えた」
「ん、そっか。ーーーじゃあ、」
カチャ。
ドアが開く音。
さすがに明るい部屋で面と向かっては恥ずかしかったから、少しだけ照明を落とした。
窓越しのカーテンの陰に隠れて、ゆっくり近づいて来るイノちゃんをどきどきしながら待つ。
ーーーイノちゃんはどんな格好してるんだろう?
「ーーー隆」
「っ…」
「隆、」
カーテンの陰から覗いて、そこから見た彼は。
「っ…わ、ぁ!タキシード⁇」
ピシッときまった、格好いいイノちゃん。
漆黒のタキシードはとっても似合ってる。
カーテンの布に包まったまま、思わずわぁわぁ騒いだら。
イノちゃんは照れ臭そうに頭を掻いて、そんな笑うなよーって、ぐいっと俺の腕を引っ張った。
「わっ、ぁ」
「ーーーっ…りゅ…う!」
前のめりに倒れそうになって、咄嗟に支えてくれたイノちゃん。
ーーー心の準備も無いままにイノちゃんの前にこの姿で飛び出してしまって。
恥ずかしさで思わず顔を背けたら。
そのまま丸ごと、ぎゅっと抱きしめられて。
耳元で、とっても嬉しそうなイノちゃんの声が聞こえたんだ。
「…隆、めちゃくちゃ似合ってる」
「……イノちゃんも、」
照れながら、顔を見合わせて。
くすくすくすっ…
二人していきなりこんな格好して、なんだか可笑しい。
俺の背を支えるように抱きしめてくれていたイノちゃんの手が、するりと下に降りてきて腰のあたりを撫でる。
スリットが割り開かれて、素肌が外気に触れる。
それにびっくりした俺だけど、イノちゃんはもっとびっくりしたみたいに目を丸くした。
「ーーー隆…。もしかして服の下…」
「っ…仕方ないじゃん、だって…」
「ーーーん、」
いずれわかってしまうとは思っていたけど、気付かれるとやっぱり恥ずかしい。
ドレスの下は、何も着けずに着替えた。…もちろん、インナーも。
いつもの服を下に着てたらうまく着こなせないと思ったから。
「ーーー別にそれでも着こなせてるとは思ってないけどさ」
「そんな事ないよ」
「そんな事あるよ」
「ーーーないよ。…言ったろ?」
「え?」
「隆、めちゃくちゃ似合ってるって」
「ーーーっ…ん、うん」
「はじめはあんな事言ったけど、スギちゃんに感謝だ」
「!」
「こんな隆を見られたんだから」
ーーーこんな俺。
よくよく考えると、すごく大胆な格好してる俺。
でも、こんなに嬉しそうなイノちゃんを見たら。
まぁ、いっか。って、思うことにして。
思い切り甘い声で。
普段なら恥ずかしくて絶対言えないような言葉を言ってみた。
「ーーー好きにしていいよ?」
「っ…隆」
「イノちゃんの好きに」
「隆一…」
「ね、?」
「ーーーん、ありがとう」
「うんっ…ーーーん、ぅわっ!」
倒れ込んだのはベッドの上。
イノちゃんはジャケットを脱ぎ捨てて、せっかく綺麗に締めたネクタイも外してしまった。
そんなイノちゃんも格好良くてボーっとしてたら、ドレスの隙間から覗いた脚の間に、イノちゃんが身体を押し入ってくる。
「今夜はドレス着たままな?」
「っ…ばかぁ」
「なんとでも」
「ーーーーーばか」
「好きだよ隆」
「ーーーっ…うん」
始まりはキスからだ。
飽きもせずに、何度もいつまでも。
たまにはこんな、ばかみたいに甘い時間を。
end
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11/21の日記
22:48
冬の向日葵
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ツアー中。
遠征先のホテル。
大きなレストランには、ツアーを一緒に回るバンド関係者がいっぱい。
そして。
久しぶりに五人揃って食事。
真ちゃん、隆、J。
その向かいに俺と、スギちゃん。
俺とスギちゃんはギタリスト同士。
まったりのんびり。
ギター談義。
目の前に並んだ料理をちょこちょこいただきながら、何とも…すげえリラックスタイム。
スギちゃんはジャスミン茶。
俺は地ワインを傾けながら。
ひとしきり、会話も弾んだ頃だ。
ふと、スギちゃんが呟いた。
「ーーー可愛いよね」
「ん?」
「前から思ってたけどさ。改めてこうして目の当たりにすると、ホント…」
「ーーー何の話?」
いきなりなスギちゃんの言葉に、首を傾げると。
向かいの席を目配せして示したスギちゃん。
つられて前を向くと、三人のメンバーが和気藹々と。
真ちゃんが面白い事を言って、それにJが乗っかって会話が膨らんで。
そんなやりとりを隆が、あはは!って軽やかに笑う。
なんかね。
もう寒い時期だけど、周りに黄色い向日葵が散って華やかに見える。
「隆」
「隆ちゃん?」
「可愛いよね。ーーー屈託無く笑うよね」
「ーーーああ、」
思わずじっと見る。
真ちゃんとJと、楽しそうに笑う。
屈託無いって、今の隆にぴったりだ。
「ーーーイノはさ」
「ん?」
「いつも、こんなの見てんだろ?」
「ーーー」
「隆と差し向かいで、隆といるんだろ?」
「ーーーーーま、な」
そうゆう事ね。
スギちゃんの言わんとしている事を理解して。
頷いた。
羨ましいって、スギちゃんは苦笑。
「いいでしょ」
「いいね」
でもね。
俺と二人の時は、ちょっとだけ違う。
今みたいに朗らかに笑ってたと思うと、次の瞬間、変わるんだ。
真ちゃんの豪快な笑い声が響いた。
今夜のライブが最高に良かったから、気分も上がるんだよな。
そんな真ちゃんに、スギちゃんも会話に乗っかる。
Jもグラスを傾けてご機嫌な様子で相槌を打つ。
そんな中。
じっと見つめてくる、視線に気付いた。
「ーーー隆」
喧騒の中。
俺と隆だけ、静けさに放り込まれたみたいだ。
ここはホテルのレストランじゃなくて。
いつもの家の食卓。
いつも二人で行く喫茶店。
眠る前の、ソファーでのひと時。
そこにいるような。ーーーそんな錯覚に陥ってしまう。
「隆」
穏やかに、静かに。
それでいて、甘く艶やかな、隆の微笑み。
誰も見ていない瞬間に、俺にだけ見せてくれる。
これは俺だけの、大切な秘密だ。
end
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