日記(fragment)のとても短いお話
08/26の日記
23:39
こんな夏の夜
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「ねぇねぇ、アイスも買っていい?」
「ん?ああ、いいよ。持っといで」
「うん!わぁい」
ととと…。
隆は通路の向こうのアイスケースにまっしぐら。
ーーーホンット、好きだよなぁ…アイス。
俺と隆は、現在コンビニ堪能中だ。
先に行ってしまった隆を追いながら。やれやれって、俺も通りすがりの冷蔵ケースから、アイスコーヒー用の氷の入ったカップを取り出して。
既にアイスコーナーに張り付いてる隆の背後からニュッと顔を覗かせた。
「どれにすんの?」
ビクッ。
一瞬、隆の肩が跳ねたけど。
俺は気にせず、冷蔵ケースの陰で隆の手を手繰り寄せる。
死角になるから、多分、誰にも見えてない。…と、思う。
「~っ…ちょっと、イノちゃん」
「ん?」
「人前」
「平気だよ。見えてない場所」
「…もぅ」
唇を尖らせつつ、隆もまんざらじゃなさそうだ。
睨みつける目は、嬉しそうに弧を描いてる。
で、どれにすんだ?ってもう一度聞いたら。
隆はちょっと迷ってから、アイスケースに手を入れた。
「氷いちご」
「…いちご」
チリーン。
リ、ン…
そんな涼やかな音が頭の中を通り過ぎる。
縁側で浴衣を着た隆が氷いちごを頬張る…。
そんな妄想…じゃなくて。想像。
ーーー毒されてる。…完全に。
再び、やれやれ。
でも。
まぁ、いいか。楽しいし。
一緒にいて楽しい。
隆といて、めいっぱい楽しんでる自分を自覚する。
それっていい事だよな。
隆のアイス、俺のアイスコーヒー。
会計をしている間に。
「イノちゃん、これも!」
レジ横にあった単品売りの花火。
二本入りのを、サッと。
隆はレジのお兄さんに渡した。
ありがとうございました。
そんな挨拶を背中に聞いて。
俺は隆に問い掛けた。
「花火すんの?」
「…今年まだしてないもん。ーーーやっぱりやりたいじゃない、夏は」
「ま、ね」
俺のライターがあるから、なんとかなるか。
この先の広場でできそうだしな。
「一本づつだけど、気分は味わえるな」
「うん!」
アイス食べつつ、コーヒー飲みつつ。
てくてく歩いて着いたのは。
いつも行く公園の、その奥に広がる多目的広場。
ここに着くまでに飲みきってしまった俺のアイスコーヒー。
その空容器に公園で水を汲んで。
広場の端の方で、花火を取り出した。
「ライターだから、イノちゃん気を付けてね」
「着けてもすぐに出火しないだろ」
「そうだけどさ。ちゃんと下向きにして」
「ん。…いくよ」
シュッ。
ライターを擦って、まず隆の花火に火を付ける。
先端に着火を確認して、次は俺の。
しゅあああああ…
明るい黄色の火。
二本分の花火の明かりが、俺達を照らす。
たったこれきりだと思うせいか、妙にしんみりしてしまう。
「ーーー綺麗だね」
「ん。そうだな」
「…でも、」
「ん?」
「もう終わりそう…」
勢いよく噴き出していた火は、だいぶ小さくなった。
明かりもだんだん、小さく…小さく…
小さくなる火が、なんだか物寂しくて。
火が消えてしまう前に。
隆の肩を引き寄せて、視界を塞ぐみたいにキスをした。
「…いちご」
「っ…ん、ん?」
「隆の唇、いちご」
「…アイスの?」
「美味いよ?」
「っ…!」
かぷ。
…反撃をくらった。
唇を噛まれた。
でも、全然痛くないんだけどさ。
消えゆく花火の明かりの中で。
それでもその表情を映し出してくれた。
隆の、照れ隠しの微笑みを。
end
・
09/10の日記
23:52
特等席
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ここからは実に良く見える。
ある意味、特等席かもしれないな。
「ねぇねぇ真ちゃん」
「んー?どした?隆ちゃん」
「お願いがあるんだけど」
「ん?」
「お願い」
「ーーーーーお願い?」
「うわぁ!広ーい!」
「広いって…。隆ちゃんのとこからも同じ景色じゃないの?」
「え、全然違うよ!真ちゃんとこからは…広いし高いもん!」
「そっかぁ?」
「いーなぁ、真ちゃん。いっつもこんないい景色のところでドラム叩いてるんだ」
「まぁ、そうね。ドラマーの特権ってヤツかもな?」
ドラムセットの前に座ってみたい!って懇願されて。
隆ちゃんをステージ上の俺の定位置に招待した。
嬉しそうな顔で、隆ちゃんは座るなり。
広ーい!
高ーい!
って、大はしゃぎ。
そんな大喜びされちゃぁ、俺も嬉しくなってスティックまで持たせてやった。
トントンタンタン。
シャーン!
隆ちゃんは好きなようにドラムを鳴らして、にっこり笑って。
「ここからだと何でも見えるね!真ちゃんに隠し事はできないなぁ」
なんて言うもんだから。
そう言えば…って。常々思っていた事を、いい機会だから隆ちゃんに言ってみた。
「ライブ中さ、よく後ろ向いてやってんじゃん?」
「え?」
「ほら、イノと隆ちゃんがさ。客席に背、向けて」
「ーーーえ、」
「ちゅっ。って、よくやるだろ?」
「っ…あ、」
「多分、お客さんに見られないように咄嗟に後ろ向くんだろうけどさ。ーーードラム席からは全部見えてるんだよね」
「っっぁ…」
「ああゆう風に仲睦まじいの見るとさ。なんかほっこり幸せになっちゃってさ」
「…幸せ?」
「可愛くってさ。ドラムにも力入るってもんだよ!」
「ーーーそ、なの?」
「そーなの!これからもイノと仲良くな?」
「っ…うん!」
そう。
ドラム席は特等席。
君たちの幸せそうな姿を見られる、俺だけの席なんだ。
end
・
09/15の日記
23:24
月にかえる
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《月にかえる》
じー…っと。
さっきから隆は、月を見てる。
照明を落としたリビングの。
開け放たれた、テラスの窓。
秋口の涼しい夜風で、緩く揺れるカーテンに包まれて。
今夜はぽかりと浮かぶ丸い月を。
隆は魅せられたみたいに、じっと。
コーヒーとココアの湯気が立つカップを二個持って。
俺は月明かりに満たされたリビングに進む。
時折ふわっと翻るカーテンに埋もれたみたいな隆。
それでも頑なに動かずに空を見上げる様子が可笑しくて、俺はそっと微笑みで口元を崩した。
「隆」
「…あ。美味しそう」
「開口一番、それかよ」
「ココア?ありがとう。なんかね、匂いが美味しいよ?」
にっこり笑ってカップを受け取る隆に気分良くなりながら。
俺も隆の隣に並んで腰を下ろす。
ふーふー。
白い湯気をまき上げながらココアを冷ましてる。
こんな光景が似合う季節が来たんだと、ついこないだまでの残暑を思い出して…しみじみ。
しばらくお互い無言で飲み物を堪能してたけど。
俺は側に置いたトレーにカップを乗せると、隣の隆の方を向いた。
「月、見てたの?」
「ん?ーーーうん。なんで?」
「や、あんまりにも熱心に見てたからさ」
「月に帰ると思った?」
くすくす笑って、隆も俺を見る。
ーーーいつも思うんだど、こうゆう時の隆は綺麗だ。
黒髪が夜空にとけて、月明かりを受けた瞳や唇は艶々と光って。
(もちろんいつだって綺麗だし可愛いからな?)
ーーーでも格別なんだ。
「月に帰るだって?」
「ふふっ、もしそうだったらどうする?」
「それって隆が俺の側からいなくなるって事?」
「う…ん、そうなのかな?でもほら、かぐや姫はそうだったでしょ?」
「ーーーああ、」
「満月の晩に、地上のひととはお別れしたでしょ?」
ーーー。
「ね?」
ーーーーー冗談じゃねえよ。
「誰が、」
「え…うわっ?」
ほぼ体当たりだ。
ぶつかるみたいに隆を抱きしめた。
ぎゅうぎゅう腕に閉じ込めていたら、隆はうーうー言ってちょっと苦しそうだから、少し腕を緩めた。
「んもう!例えばだから!俺がイノちゃん置いていくわけないでしょ⁇」
「例えばでも」
「…もう」
「だって嫌だし。隆が月に帰るなんてさ」
「ーーー」
「絶対嫌だよ」
「ーーーーーイノちゃん…」
「ん?」
「イノちゃん」
「なに?」
「あのね?ーーー無理だから大丈夫だよ」
「…」
「かぐや姫は汚れてない、綺麗なひとだもん。だからきっと月に行けたの」
ーーー綺麗?
ーーーーー綺麗って言ったら、隆もじゃん。
「俺はもう、ぐちゃぐちゃになってるから。月には行けないよ」
「ーーーぐちゃぐちゃって、なんだよ」
「そのまんま。ぐちゃぐちゃにイノちゃんと愛し合ってるから、もうダメだよね。きっとね、月に門前払いくらうと思うよ?」
「ーーー門前…って」
「だから無理。俺はここにいるしかないんだよ。地上から、月を眺めて歌うんだ」
「ーーー」
「イノちゃんの側でね?」
そう言って、ふわりと微笑んだ隆。
言ってる事は結構すごくて、聞き返したいくらい嬉しい言葉だったけど。
「ぐちゃぐちゃに…か」
確かにそうだ。
こんな月夜は、隆と繋がりたいと思ってしまうから。
「ぐちゃぐちゃになるか?今夜も」
「ーーーうん」
手を伸ばされる。
その手を絡め取る。
重なる体温に、隆ははにかんで目を閉じた。
ーーーーーでもな、隆。
月には門前払いくらっても。
俺にはやっぱり、誰よりも隆が綺麗だと思うよ。
end
・
10/10の日記
23:27
たまにはこんな夜。
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イノちゃんに騙されてる気がすると、隆は言った。
何が?なんも騙してなんかないだろ。って言ったら。
「だっておかしいもん」
「だから、何が」
「こんなのって」
「ーーー」
「歌う隙もないくらい、歌にする余裕もないくらいなんだよ。ーーイノちゃんになんか…魔術でもかけられたみたい」
「…だから、なにが?」
ーーーーーっていうかさ、あのなぁ。
俺、ひとなんですけどね。
よくわかんないけど、そんな術なんかできるわけねえだろっての。
つか、今のこの状況でよくそんな余裕ある発言ができたもんだ。
俺にベッドに沈められて、愛撫されてる状況で。
逸れてしまっているらしい隆の意識を戻したくて、真下に見える隆の胸の先端を指先で弄った。
「集中しろって」
「んぁっ、あ」
「俺は魔術師でも魔法使いでもないよ。隆の恋人だ」
「っ…わかっ…てる」
「なにも騙したりなんか、してないでしょ?じゃあ今この状況も、嘘偽りだって思うのか?」
グッと隆の脚を割り開いて、身体を押し入れる。
反応して既に濡れているそこに、俺の先端でぬるぬると擦ると。
隆は首を振って涙を散らした。
「嘘じゃっ…な、」
「騙されてるって言ったくせに」
「違っ…!そ、ゆぅ意味じゃない…の」
「じゃあどんな?」
一応疑われた身としては、この際ちょっと虐めてみたくなる。
怒っちゃいないけど、たまにはこんなのもいいだろ?
欲しがっているのがわかる、隆の後孔に。
勃ち上がりきってる俺自身をあてがって。
焦らすように、今度はそこを擦る。
ほら、素直に言わないと、あげないよ?
何を思ってあんな事言い出したのかわかんないけど。
教えてよ。
「ん、んっ…早っ…」
「言って?そうしたらあげる。だってこのままじゃ、腑に落ちないままだ」
「あっ…ぁあ」
「ーーー心から、気持ちよくなれないよ?」
こんなにくっ付いてるのに。
今は少しだけ、隙間に壁があるみたいだ。
ーーーなぁ、騙されたって。魔術って何のことだ?
唇を噛み締めて、頑なに俺から視線をずらしていた隆だけど。
ほんの少しだけ、俺の先端を隆に埋め込むと。
隆は観念したみたいに、俺を見上げた。
潤んだ目で。
上気した頬で。
「好き、過ぎ…て。それが、」
「え?」
「こんなに好きなの、おかしい…もんっ…ーーーイノちゃ、に」
「ーーーーー」
「魔術でも、かけられた…みたい」
「っ…ーーー」
「ぁあっーーーーー」
一気に隆を、貫いた。
隆の深くまで、俺で満たされるように。
手を重ねて、ぎゅっと繋いで。
隆を揺さぶりながら、キスをした。
「隆っ…りゅ」
「んっ…ん、んーーーぁんっぁあ…」
「ーーー隆っ…お前」
確かに魔術かもしれない。
でもそれは魔性のものじゃなくて、愛に溢れるもの。
しかもそれは、隆だけじゃなく。
俺にだってーーーーーー
「ーーーーー俺だって、堕ちてる」
「え?ーーーっ、ぁっあ、あ」
「お前っ…に」
お互いさまだ。
俺たちを離さないのは、互いが互いを魅了してやまない。
愛ある魔術だ。
end
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11/10の日記
22:49
俺にとって
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「イノ最近どうよ?」
「…どうって、どう?」
「なんかあんの?趣味的な」
「趣味?ーーー音楽?」
「…や、それはさ」
「趣味と実益と天職と…音楽の無い暮らしは無理です」
「そりゃ、そうだろ」
「Jもでしょ?」
「当たり前だ」
「 そーゆう事聞きたかったんじゃ無くて?」
「そうだよ。音楽じゃなくて」
「んー…。でも結局は音楽で繋がってる気はするけど…」
「うん」
「えっとね。ーーー隆…かな」
「ーーー隆一?」
「まぁね?」
「…隆」
「隆と過ごして、隆と遊んで、隆と出掛けて、隆と車乗って、隆と飯食って、隆と見つめ合って、隆と触れ合って、隆に触って、隆とキスして、隆とセッ…」
「はいはい、ストップ。」
「ーーーこっからがいいとこなのに」
「聞かずともじゅうぶん」
「…そ?」
「ーーーーほんっと」
「ん?」
「愛されてんなぁ」
「ーーー誰に?」
「隆だよ!お前に隆はベタ甘に愛されてんだろ」
「逆もだけどね」
「………」
「俺は隆に。隆じゃなきゃいやだよ」
「ーーー」
「ーーーそろそろ休憩終わりかな?」
空になったコーヒー缶を持ち上げて。
自販機コーナーのある通路の向こうを通り過ぎた黒髪の彼に微笑んだ。
そんな俺に、Jは肩を竦めて苦笑い。
俺から音楽を取ったら?
俺から隆を取ったら?
ーーー有り得ないよ。
end
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