日記(fragment)のとても短いお話









07/26の日記

23:33

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脚を抱え上げられて、繋がる身体。

思わず彼に絡ませる両腕は。
不安定さからか。
ーーーそれとも。




「っ…あ……っ…ぁ」

「隆っ…」




ぽろぽろと、涙が溢れる。
抱き合う間、俺は時折こうして頬を濡らす。

何の前触れもなく泣き出す俺を見て。
彼はいつも微笑んで、目元に唇を寄せてくれる。




「泣き虫」




仕方ないじゃない。
止まらないんだから。

涙の理由。
気持ちいいから?
愛おしいから?
ーーーそれとも。



唇を重ねる時。
唇だけじゃなくて。
身体も指先も全部。
前髪も吐息も全部。
全部全部、彼と重ねて。

息苦しくなって、境目もどこだかわからなくなって。
切れぎれの呼吸の隙間で、名前を呼んでくれる時。

もう。
もう、このまま。

とけてしまっても構わないと思う。
いつか離れる時が来るのなら、いっそ。














「イノちゃんは、どうして俺と出会ってくれたの?」

「ん?」




情事の合間。
ぐしゃぐしゃのシーツの上。
ようやく整いだした呼吸の俺を、イノちゃんは優しく抱きしめてる。




「どうして、俺を」

「ーーー」

「好きになってくれたの?」




もぞもぞと抱かれた腕の中から顔を上げて。
至近距離で彼と視線を合わせる。

イノちゃんはじっと俺を見つめると。
ふ…と、表情を緩めて。
こう言った。




「ーーー重要?…それって」

「…そうじゃないの?」

「もちろん最初に隆を好きになって、こうして一緒にいたいって思う理由…ちゃんとあるけどさ」

「うん」

「…なんていうかな。ーーー果てが無いって、思い始めてるから」

「…果て?」

「そう。想いの果て」

「ーーー」

「いつからか…忘れたけど。ああ、俺が隆を好きな気持ちって、終わりが無いなって思い始めたんだ」

「っ…」

「それまでは、時々ね?今みたいに隆を抱いてる時とか、隆の歌を聞いてる時とか。ココロん中がぐちゃぐちゃになるくらい怖くなる事があった」

「…怖い?」

「うん。ーーーどうなっちゃうんだろ?このままもっともっとお前を好きになったら、俺死ぬんじゃないか?って」




ーーーあ、それ。わかる。




「ーーーでもね」





ギシッ…。




俺を横抱きにしてたイノちゃんは、体勢を変えて。今度は俺を上から見下ろした。
指先が、俺の髪から頬へ、唇へ移ってく。





「勿体ねえって、思って」

「ーーーえ?」




ちゅっ…



「ん…っ」



「一緒にいる時間。無限じゃないじゃん。生き物である限り、いつか…は、あるんだから」

「ーーーーーん…っ…うん」

「だから勿体ない。せっかくの隆との時間、怖がるより、不安がるより。もっともっと…って思った。どんどん好きな気持ち上書きして、果てが無くなればいいんだって。ーーーだから、好きになった理由はちゃんと忘れて無いけど。それにばっかり囚われない事にしたんだ」

「ーーーーーイノちゃん」

「隆に恋してるって事だけ、ちゃんともっていればさ?」





にっ。
イノちゃんの笑顔。
上から降って来て、俺もつられて笑った。

すとん…と。
気持ちが落ち着いた。
言われてわかった。
俺は怖かったんだ。
次から次へと溢れてくる、イノちゃんへの想いが。
のまれそうで。
溺れそうで。

ーーーでも。
そっか。


上限を決めなければいいんだね?

俺がよっぽど、晴々したカオしてたのかも。




「ーーーナニ。」

「ん?」

「隆は何を悶々としてたわけ?」

「ーーーん、してたけど…」

「ん」

「晴れた」

「!」

「ありがとうイノちゃん」

「え、俺のお陰?」

「うん!」




晴々ついでに、もう一度イノちゃんに両腕を絡ませる。
ーーー上限無くしていいんだもんね?
もっともっと、いいんだよね?




「隆、積極的」

「覚悟して」

「ーーー」

「ーーー俺を幸せにして」

「ーーーっ…」

「俺はイノちゃんを幸せにするから」

「隆」




ねぇ?



「恋してるよ」




end






07/30の日記

23:50
マイウェイ
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本当に、大好きだと思う。

ーーー大好きってゆうか、もう無いと落ち着かない。
身体の一部。
生活の一部。
…ううん。
生活の大半。
人生そのもの。
これがあるから、今がある。

俺の呼吸。
俺の血肉。
俺の生命。




音楽。
歌。








「あれ聴いた時さ。なんて神聖なんだろうって思ったよ」


「ん?」


「どんな讃美歌よりも、どんな歓びの歌よりも。…俺にとっては、響いたし、一番」


「ホント?」


「うん」


「ーーーだとしたら、嬉しい」


「嬉しい?」


「うん!すっごく、嬉しい!」


「ーーーうん」


「全部。全部ぜんぶ、ぜーっんぶ!込めて歌ったから」


「ああ、」


「イノちゃんに伝わって、嬉しい」


「伝わってきたよ」


「歌ってあげる」


「…隆」


「歌いたい」




この声を歌を支えてくれる愛してくれるあなたへ。

この歌を。




マイ ウェイ。




end






08/09の日記

23:24
じっ…。
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じっ…






茶色がかった黒い瞳が。…じっ。


つぶらな瞳って表現がすごく似合うと思う。
隆の、相手をじっと見つめる瞳だ。







「隆ってさぁ、ライブ中でも…こう。じ…っ…って見てくるよね」



まさにこれからライブっていう状況の控え室。楽器隊四人が寛ぐ部屋で、髪を整えながらスギゾーが言った。
唐突なスギゾーの言葉に、俺たち三人は顔を上げつつも。…同意。




「隆ちゃん可愛いんだよ‼︎歌いながらクルッとドラムの方向いて、じっと見つめてニッコリ笑うんだもんなぁ」


…って、デレデレの真ちゃん。


「結構…テクニックいる速弾きの時にさ。…側に寄って来て、じっ…と見んの。…あれ気になってさ…」


…って、嬉しさ隠してるつもり…まんざらでも無さそうなJ。




みんな隆の瞳に弱いんだ。





「イノはよく平気だな」

「そうそう!よくくっ付いてコーラスとったり、パフォーマンスしてんのに」

「なんかコツあんの?見つめられても平気になる…」



「平気じゃないよ。全然」



キッパリと言ったら、三人とも意外そうな顔。

ーーーそんな、平気そうに見えてたの?



「恋人同士だから」

「慣れてて平気なのかと思った」

「な」



ーーー慣れてて…って。
ーーー恋人同士だから…って?


全然そんな事ない。
寧ろ逆じゃない?
好きな奴に見つめられたら、それこそシチュエーション問わず。デレデレになって骨抜きになるのは誰よりも俺じゃないのか?


ーーーしかし、どうにか表の場でそれをこなせてるのは。
やっぱりコツなのかな?
俺は…そう。
ライブの時とか、人前で。隆にじっと見つめられてドキドキした時は…こうする。



「ーーーあのね、そんな時。俺は…」


「イノちゃーん!」




言いかけたタイミングで。
支度を終えた隆が俺らの元へやって来た。

ーーー今日も髪ふんわり。衣装ひらりん。
…可愛いな…。

…っていう早々にときめいてしまった気持ちは飲み込んで。
とことこ駆け寄ってきた隆を、手招いてソファーの隣に座らせた。




「みんな何話してたの?」

「ん?ーーー俺らのヴォーカリストについて」

「え?…俺…の事?」

「うん」

「ーーーなぁに?」

「可愛いなって」

「っ…ぇえ?」




…じっ。




きた。
隆の、じっ…。

何かを探るように、訴えるように。
縋るように。見つめてくる。

周りに三人がいるのにお構いなしだ。


ーーーいいよ。ちょうどいい。
こんな時、俺がどうしているか。
教えてあげる。




「ーーー隆」

「っ…?」

「隆…」

「ぇ…」




ひそ…。



くっ…と、隆を引き寄せて。
隆の耳元で、小さな囁き。
周りには聞こえない声で。
隆だけに届くように。
それが爆音の中のライブ中でも。
隆にだけは聞こえる声で。

隆の見つめる瞳に太刀打ちできる、今の俺ができる方法。




〝好きだよ〟



囁く。
その行動で、何とか乗り切る。
容赦なく向けられる、隆の瞳を。





いつもその後にくれる。
最高の笑顔を期待して。





end






08/11の日記

23:15
イノ隆
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ぽ。


ぽた。

ーーーーーザザ…ザン

ぽ…。ぽ、ぽ。

ーーーーーザー…ザザ…

ぽちゃん。



ーーーーーザザー…





俯いた視界に見えるのは。浅い浅い、明るい波打ち際。
厚みの薄い、澄んだ海水の下で、砂が波に攫われる度に模様を描くのが見える。
ゆらゆらした、波の模様。

…ついでにゆらゆらしてるのは、俯く俺の視界だ。






ぽちゃん、ぽちゃん。




涙が溢れ落ちる。
さっきからだ。

足元の大きな海に、俺が溢す小さな海水が混じる。
とけて見えなくなって、海の一部に。





「っ…ぐす」



ザザ…ン




「ーーーぐし…っ、すん」



ザバッ…ン




全部全部、流れ落ちればいい。

気持ちが溢れて、止まらなくて。
この涙も止まらないんじゃないか?って思っちゃう。




ザザ…ザン





サクサクサク…サク…サク…サク……サク…




足音が聞こえる。

それが誰のものか、俺は知ってる。


………サク……………サク。









「隆」



「ーーー見ないで」


「何で?」


「今は、だめ。ーーーーーぐちゃぐちゃ」


「別にいいだろ。俺しかいない」


「っ…ゃ、だ」


「ぐしゃぐしゃに泣いてるお前を放っておけって?」


「ーーーっ…いい、よ」


「無理だろ」





サクサクサクサクサク……ぱちゃ、ばしゃ…

ぱしゃん。






「っ…イ、」



見られないように俯いてたのに。
涙の痕跡を残さないように波打ち際にいたのに。


イノちゃんはお構いなし。
濡れるのも気にしないで、俺の前に回り込んで。
ちょっと荒々しく。
俺を抱きしめた。

海と空しか無かった俺の視界が。
全てイノちゃんに塗り替えられる。



「っ…ン」



強引に顎を掬われて。
俺の視界の先はイノちゃんだけ。


ちょっと怒ってる顔。
俺は泣いてる顔。
俺は泣いてる顔。
俺は泣いてる…
俺は泣いてる…

泣いて、泣いて、

泣きやめないでいたら。





「泣き虫」

「ばーか」

「意地っ張り」

「甘え下手」

「…けど。…可愛い」

「可愛い」

「可愛い…」




「俺の隆」





次に見えたのは、優しく笑うイノちゃん。



俺が泣いてる理由も聞かず。
泣きやめない訳も聞かず。

優しく笑って、優しく抱きしめて。

俺が何か言う前に、唇を重ねてくれた。





「隆が泣いてるの見ると、どうしようもなく込み上げてくる優しい気持ちが全てだから。だから俺はここにいるよ」



ーーーっ…うん。



「ーーーそれってさ、愛おしいって気持ちだよな?」




ーーーうん。




愛おしさで潰れそうな俺を。
イノちゃんは愛おしい気持ちで包んでくれた。
全部お見通しみたいな微笑みで。




「隆にだけだよ」


その返事がしたかったけど、言葉に出来なくて。
言葉の代わりに。
海と涙の味の残る唇をあなたに。





end








08/13の日記

23:17
左手
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イノちゃんの左手。
イノちゃんの利き手。

俺の右手。
俺の利き手。



向かい合う時、互いの利き手は。
互いだけに伸ばされる。









「ーーーっ…ぁ」

「りゅう」




ベッドに潜り込んだあと。
微睡みかけたところで繋がれた手。
今夜は夜更かししちゃったから、もう寝ようねって言ったのに。
隣のイノちゃんの手が、隣の俺の手を手繰り寄せて。
絡ませて。そのままイノちゃんは、俺の上に覆い被さった。




「ーーーーーも、寝る…じゃ、ないの?」

「ーーー眠い?」

「…へい…き」

「わりい、微睡んでたよな」

「ーーーん…」

「でも、いいか?」

「…イノ…ちゃ、」

「隆の隣にいたら、我慢できなくなった」



ーーーーーばか。



「ーーーいい?」

「ん…ーーーいい…よ」





こつ。

額同士がぶつかって。
繋いだ利き手同士は、ぎゅっ…と。

暗闇の中でも、こんなに近くにいるから。
彼の表情がよくわかる。
俺を抱く前の、優くて、意地悪で、ちょっと色っぽいカオだ。




「ーーー隆、可愛い」



ーーーなんで?



「もう、目も唇も、うるうるだよ?」



ーーー俺の表情もバレてるんだ。
そりゃそうだよね。
だってこんなに近くに…ーーー

…近くに



ぎゅっ。

合図みたいに、繋いだ手に力がこもった。










「ん…っ…ぁ」

「ーーーはぁ、」

「あっ…ぁ」



重ねた唇。
利き手は繋いでいるから、片手で俺の身体を弄っていたイノちゃん。

でも、離さない。
指先が絡まって、ひとつになったみたい。
だから俺も、利き手と反対の手を、イノちゃんの背に回した。




「ーーーっぁ…ん」

「りゅ…ーーー手、熱い」

「ぁ…、だっ…て」

「ーーー…ん?」




イノちゃんの手が熱いからだよ。




「ーーー手、離して、両手で抱いていい?」

「っ…ゃ、だ」

「隆」



俺がぶんぶんと首を振ったせいで。
イノちゃんは緩めかけた左手を、もう一度絡ませ直す。




「こうしていたい?」

「ーーー…うん」

「ーーーなんで?」

「だって、だっ…て」




向かい合う時に、真っ直ぐに向けられる。
互いの利き手。
身体に一番馴染んだ手で、あなたと繋がる。


イノちゃんは左手。
俺は右手。


快感に溺れそうで怖くなる瞬間。
繋いだ手の感触が、俺の目を覚ますから。


それにね?



「ーーー好きだから。…イノちゃんの手」

「りゅう…」

「大好き」



ーーー音楽を奏でて、俺に優しく触れる。
イノちゃんの左手。



この手を包むのは俺でありたい。
この手を守るのは、俺の右手でありたい。





「ーーーっ…ん、ぁ…イノちゃん」

「勘弁してよ…隆」

「?」

「ーーーそんなさ。…可愛すぎだ」




困ったように、微笑むイノちゃん。

俺もつられて、微笑んだ。





「この左手を塞いでいいのは、お前だけだよ」






end






08/16の日記

23:41
あの雪の。その曲の。
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僕達がユニットを組んで、強化?合宿を行った、海外のとある湖畔。
メンバー三人と、スタッフと。

今思い出しても、あの時間は何とも閉鎖的で、神聖で、密やかな時間だっただろうと。

ーーー僕は今でも時々思い出すんだ。














白銀の世界。

一面の雪。

山奥の湖畔の一軒家。

ご近所はナシ。

店は遠い。

レストランもナシ。

よって、数日おきに買い出しに行き、自炊が主な生活。

目的は音楽。

音楽漬け。

そんな、ユニットの合宿。








痛いほどに冷えた外気とは裏腹に、この一軒家の中はポカポカとあたたかい。
これはなかなか日本ではお目にかかれない、立派な暖炉のお陰だ。

朝に夕に、気が向いた者が外の小屋から暖炉用の薪を取りに行く。
ちなみに今朝はイノランさん。
俺も行く行く!って薄着で騒いでた隆一さんは、風邪引くからそんな格好じゃダメ!ってイノランさんに叱られていたっけ。

朝に焚べた薪は、暖炉の中で燃えて、じんわりと部屋を暖めてくれる。
こうなると隆一さんみたいな薄着でも平気だ。
僕も楽譜を書くときは、暖炉の部屋のテーブルを陣取る事が多かった。



日中はとにかく音楽。
ユニット用の曲を作るために来たんだから当然なんだけど。
このユニットの醸し出す雰囲気が、この雪に閉ざされた僕達の居場所にぴったりに思えて。
溢れるように湧いてくる曲達に、なんだか早々に親近感を感じたものだ。











「今日の夕飯はカレーがいいなぁ」



今日の音楽もそろそろ終わりかなって頃、隆一さんが伸びをしながら言った。
すると隣でギターを抱えていたイノランさんが、ハハッ…と笑って茶化す。




「隆はカレー好きだよな」

「カレーは間違いないんだよ?それに昨日はパスタだったし」

「その前はカレーじゃなかったっけ?」

「っ…~~こないだカレーの材料いっぱい買ったからだもん!早く食べないと」

「はいはい」

「~もぅ!ーーー葉山っちもカレー好きだよね?」

「え?…ええ」

「葉山君優しいから」

「えー?」

「いえ、ホントに好きですよ?カレーは合宿の定番って感じもするし」

「そうだよね!ほら!葉山っちもこう言ってるよ?」

「ーーーはいはい」





ーーーって、まぁ。こんなやり取りにも慣れてきました。

結局この日の夕飯もカレー。
隆一さんが玉葱の皮をえらく丁寧に時間をかけて剥いている間に、イノランさんが米を研いで、鍋の準備と器具の用意をして、ジャガイモ、人参カットと、鶏肉の下ごしらえ。さらにキャベツスライスとトマトとチーズのサラダを作り終えるという手際の良さを見せてくれて。そこまでした頃ようやく。



「出来た!イノちゃん、玉葱剥けたよ!」



って、にこにこしているのを見て。しかもそれを色々つっ込まずに、ありがと。って笑顔で受け取るイノランさんに。
その愛情の深さに。
僕はほぅ…っと、感嘆のため息をついた。






「いただきます」





カレーは美味しかった。
サラダももちろん。

イノランさんと隆一さんの、合作と思うと。
ーーーあの調理の一連のやりとりを思うと。
このカレーが、なんとも愛おしくて。
そりゃ美味しいに決まってるよな…なんて。
有り難く美味しく平らげた。




作ってもらったので、片付けをしていると。
イノランさんと隆一さんは、スッと席を立った。

ちょっと散歩してくるね。って。
ーーーこの極寒の夜に?って思うけど。
こうして二人が席を立つのは今日が初めてじゃない。
夕飯が終わる頃、いつもだ。
初めは心配してた僕も、もう慣れたもので。




「じゃあ今夜もコーヒーとココア用意してますね」

「うん!葉山っち、ありがとう」

「すぐ帰るから」

「はい、気を付けて」



こんな感じで。

コートとマフラーを身に付けて、二人は夜の湖畔へと出向くらしい。




残った僕は、スタッフたちとトランプやボードゲームなんかして過ごす。
お代わりのコーヒーを淹れる頃、二人も戻るんだけど。

ーーー今夜は、遅かったんだ。


時間にすればそうでもなさそうだけど、こんな極寒の地だから。
ちょっと心配になってしまって。
どうしようか迷いもしたけど、結局。
様子を見に、僕も外へと出たんだ。






ーーー足跡。
二人分のだ。


ーーーっても、あれ?
湖畔には続いていない。
続くのはーーーーーーーーすぐそばの駐車場の方?




でも。
戻ればよかった。
変な好奇心見せないで。

立ち並ぶ白樺の木に。
僕は、慌てて身を隠した。











「……っ…ぁ」

「ーーーーーーーりゅ、ぅ」

「ん、っ…ん」




白い吐息。
降りしきる雪。
ここまで乗ってきたオフロードカーの陰で、二人。



ーーー寒くないのかな。

そんな当たり前の事しか頭に浮かばなかったけど。
寒そうじゃなくて。
むしろ、暖かそうで。

こんなところで密やかに唇を重ねる二人が、すごくすごく。
可愛らしくて、愛おしくて。

まるで夕飯のカレーみたいに、愛情いっぱいな。







だめだ。
これ以上は、見ていたら。
そう思って、そっと踵を返した時に。

小さな小さな声で、聞こえたんだ。




「ーーー隆。…寒い?」



「うぅん、」


「ん?」


「ーーーーーーあ つ い …… よ」













さくさくさくさく…




パタン。







「アイスコーヒーと、アイスココアの方がいいだろうか…」




参った。
僕も熱くなってしまった。



あの声。
あの、声。




あの声で、歌うんだ。





僕達の歌は、だからなんだ。
聞くと、胸が軋んで。
切なくなるのは。





end







08/17の日記

22:22
夕焼け
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夕焼け空のーーーーーーー

ーーーーーーもう人気のない公園の。



オレンジ色に染まっている、点在する遊具の中の。

滑り台。







「りゅーうちゃん」

「ん?あ、イノちゃん」

「悪りい、すっかりうたた寝してた」

「イノちゃんよく寝てた」

「昨夜帰るの遅くてさ。ごめんな?」

「ううん、ヘイキ」

「ーーーーーもう夕方だな。…って、隆ちゃんずっとそこにいたの?」





見上げる先に滑り台。
そこの天辺で、隆は膝を抱えて空を見てた。




「こんな大の大人が滑り台占領するなんて、ちっちゃい子がいる時間帯じゃ無理でしょ?」

「まぁ、な?」

「だからここぞとばかりに滑り台を堪能してます。ちなみにイノちゃんがベンチで寝ている間にブランコもジャングルジムも鉄棒も遊んだよ!」

「…さすが隆」

「夕暮れになって、夕焼け空がすごく綺麗だから。最後は滑り台に登ったの」

「ーーー景色、いい?」

「うん!ずっと向こうの住宅地まで見えるよ。この公園が高台にあるから、余計に景色良いんだろうね」

「そっか」




俺ににっこり微笑んだ隆は、再び夕焼け空に惹かれるように空を見上げる。
隆の顔がオレンジ色に照らされて、離れている所からでも、瞳が輝いているのがわかった。

ーーーそんな隆を見ていたら。ぎゅうっ…と、胸が切なくなった。




(ーーーなんでだ?)



首を捻るも、この光景を見た覚えがある気がして。それがいつだったか、記憶を辿る。




(いつだったか…何処でだったか…)




「あ」



ピン…と弾かれたように思い出したのは、去年の夏。
俺の家のテラスから、じっと夕焼け空を眺めていた隆。

昼過ぎには帰るねって言って出掛けた仕事だったけど。押しに押して、時間に帰れなくて。
結局家に帰り着いたのは夕暮れ時で。
帰ったら一緒に行こうって言っていた買い物も行けなくて。
隆に可哀想な思いをさせてしまった時だ。

慌てて部屋に入った時、隆は夕焼けのオレンジ色に染まっていた。


ーーーおかえりなさいって言ってくれた隆は、寂しさを隠した微笑みを浮かべてた。






(あの時だ。ーーーあの時と同じ…)





ひとりでいる時の隆は。
時折、ひどく寂しげに見えるんだ。






「隆ちゃん」

「え?」

「おいで」

「ーーーーーへ?」

「そっから飛び降りて」

「ーーーっ…え、飛び…⁇」

「受け止めてあげるから。おいで」

「っ…で…でも、イノちゃん」

「ん?」

「さすがに、重い…よ?こんなとこから降りたら」

「大丈夫」

「…でも」

「受け止める。全部」

「ーーーっ…」

「ーーーだから、おいで?」





ーーー寂しいなんて、思わせたくなかった。
(側にいながらうたた寝してたの俺だけど…)

俺がいる所では、温もりだけをあげたい。





滑り台の手摺に掴まって、じっと俺を見つめる隆。
唇を噛んで、いいのかな?ってカオしてる。



ーーーいいんだよ。
俺がそうしてあげたいんだから。


両手を広げて待っていたら。
隆は意を決したみたいで、手摺を乗り越えた。
大人にとってはそこまで高くはない滑り台だけど。
こんなシチュエーションは、ちょっと胸が高鳴る。

大好きなひとを。
ちゃんと、受け止めるんだ…って。
夕焼け空に照らされる隆はとても綺麗だけど。
寂しげな顔は、もうさせたくない…って。




「ーーー…もぅ、ホントに行くよ?」

「いいよ」

「落とさないでよ?」

「落とすもんか」

「っ…」

「大切なんだから」




そう言ったら。
隆はコクンと頷いて。
掴んでいた手摺りの手を、パッと離した。




「ーーーーーイノちゃんっ…」

「隆」



一瞬、逆光で見えなくなった隆の表情が。
腕の中に確かな重みを感じた瞬間に、目の前に映る。

その表情に、心奪われた。



「ありがとう、受け止めてくれて」

「ーーー当然でしょ」

「…ちょっとよろけた?」

「…てない」

「ふふっ」



「ーーー隆」

「でもホントに、ありがとう。嬉しい」

「ん」


「大好きだよ?イノちゃん」




俺に抱えられたまま微笑む隆は。
さっきまでと全然違う、柔らかなもので。

寂しそうな感じはどこにもなくて。


誰もいないのをいい事に。
もっと確かな温もりを。

どちらからともなく、唇を重ねた。




end


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