日記(fragment)のとても短いお話
03/09の日記
23:22
涙・コーヒー・チョコレート。それから、君。
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ーーー…あー。
…だめだ。
俺は常々。散々隆の事を、泣き虫だなんてちょっかいだしたりしてるけど。(…愛ある、ちょっかいだからな?)
それは泣いている隆を見ると、胸の辺りがきゅんとして、どうしようもなくなるから。隆が愛おし過ぎて、ちょっかいの一つもかけてやらないとやってらんない。…ってのがホントのところなのかも…
(ーーーイイ性格してるよな…俺)
「ーーーぐす…っ」
…お?
今、鼻啜ったの誰だって?
ーーー隆…だと思ったら、今回は違うんだ。
誰?
…え。ーーー俺?
「っ…」
ーーーーー俺。
そう。
泣いているのは…俺。
「ーーーっ…あー~~」
自分の家の、寝室。
時間は昼下がり。
天気も上々。
春になりかけた、ちょっと肌寒い。
とある日だ。
「…っ…くっそ…」
ささやかな悪態をついてみても、俺の目から流れ出るのは間違いなく、涙。
その辺に置いてあるティッシュ箱を引き寄せて、溢れる涙を片っ端から拭き取っていく。…けど。
「あああ~~…っ…もう」
なんでこんなに泣けるんだろう?
ーーー考えてみても、これってゆう理由は無い。
…ただ。
一年に一度とか、半年に一度とか。
俺はごくたまに、こうして泣けてくる事がある。
ーーーなんか、こう。
心の中に感情の泉があって。一年とか、半年とか。じっくりじっくり、いっぱいになった色んな感情が。遂には溢れて。堤防が決壊するみたいに涙が溢れてくるイメージだ。
特別悲しいとか、悔しいとか。そんな事がキッカケで泣けてくる訳じゃ無いから。
意外にも冷静で、分析なんかしてる…俺。
音楽に感動して泣ける時の方が、心の中は大騒ぎかも。
でもまあ、泣けるって。
いい事だよな?
「ーーー…はー…ぁ…」
ーーーしかし。
泣き過ぎだ。
なんかスッキリしたけど、疲れた。
…つか。
「ーーー…腹減った」
ぐぅ…
情けない、腹の虫。
そういや隆も、泣いてたかと思ったら、お腹空いた…って、言うよな。
ーーーそれと同じか…。
エネルギー使うんだな…。
涙はぽたぽた。
腹はぐうぐう。
どうしたもんかって悩んだけど。
取り敢えずなんか食おうって。
馬鹿みたいだけど泣いたまま立ち上がった。
「ーーーあの…」
「…ん?」
「あの。…イノちゃん?」
「っ…ーーー隆?」
おずおずと、寝室を覗くのは…隆だ。
手にはトレーを持って。
そこにはコーヒーとチョコレート。
「ーーーあのっ…ごめんね?別に覗こうって思った訳じゃないんだけど…」
「あ…ーーーうん」
「…その。ーーーそろそろ…お腹空くんじゃないかな…って。…思って」
「っ…!」
「ーーーいっぱい泣くと…お腹空く…でしょ?」
ーーーだから、どうぞ。って。
隆ははにかみながら、トレーを差し出した。
コーヒーと。
チョコレート。
隆の、真心。
一瞬の間に、胸いっぱいになる。
…俺。
「ーーー経験者は語る?」
「っ…ん…もぉ!」
「くくっ…。ーーーでも、ホント。すげえ腹減った」
「!…でしょ⁉」
「うん。ーーーありがと。隆」
隆のしてやったり!って顔が超可愛くて。
涙なんか止まっちゃったよ。
「ーーーありがとな?…隆」
「ーーーうんっ」
トレーを片手で受け取って、もう片手で隆を抱き寄せる。
また半年後か、一年後か。
すげえ泣きたくなった時。
どうか、また。
俺にコーヒーとチョコレートと。
それから君を。
俺にちょうだい?
end
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03/14の日記
23:21
星のカケラ
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「あれ?イノランさん、それなんですか?」
「ん?ああ、これ?」
控え室でステージ衣装に着替えながら、葉山君がテーブルに置いた、小さな丸っこい瓶を指差した。コルクで蓋がしてあって、中には黄色のトゲトゲがいっぱい。
「これ、星のカケラ」
「ーーー星の…ですか?…でもなんか、金平糖にも見え…」
「ああー、まあ。そうとも言うよな」
「あ、やっぱり金平糖なんですね?」
「…まあ、そうゆう事にしといて。これは星のカケラ!ーーーだってくれた本人がそう言ってたし」
「ーーーくれた本人?…隆一さんですね?」
「っ…何故わかる」
「わかりますって。イノランさんにそんな事言いそうなの、隆一さんしかいません」
葉山君。腕を組んで、若干の呆れ顔。
ーーーさすがだよなぁ。葉山君はもうすっかりイノ隆マスターなんだ。
昨夜の事。
翌日のライブの準備をする俺に、隆がちょこちょこ寄って来て、これ持って行ってって。
手渡されたのは丸っこい小瓶。中には小さな黄色のトゲトゲ…金平糖だ。
ーーー見た目はすげえ綺麗だし可愛いし。隆がくれた物はなんだって嬉しいけどさ。
…何故にこれを俺に⁇
「隆ちゃんの好物じゃないの?金平糖って…」
「それは金平糖じゃありません!」
「ーーーへ?」
「これは。ーーー星のカケラです!」
「ーーー」
「星!」
「ーーーーーえっと…」
何かまた。思いついたらしい。
楽しげに微笑んで、それを俺に手渡した。
「本番前に食べてね?明日からいっぱい歌うイノちゃんに、俺からのプレゼントだから」
「ーーーありがとう。…これ、食べるとどうなんの?」
「甘いよ?」
「ーーーそりゃ…な」
「喉にも良いし」
「あ、それで?」
「うん!あとはね…」
「?」
「本番。食べてみてのお楽しみ」
「ええ~?」
「大丈夫!変なのじゃないから」
「ーーーまあ、美味そうだしな」
「でしょ?」
何を企んでんのか知らないけど。
隆の楽しそうなカオ見たら…まあいいや。
本番を楽しみにしよう。
「隆ちゃんありがと」
「えへへ」
はにかむ隆を引き寄せて。
その唇に、ありがとうのキスをした。
ーーーって、まあ。
そんな経緯の。
葉山君は興味深そうに眺めて、はい!と俺に差し出した。
「もうそろそろ出番です。食べておかないと」
「ああ、うん」
「隆一さんからのプレゼントでしょう?星のカケラ」
「だな」
パカ。
蓋を開けて、黄色の金平糖…じゃない。星のカケラを一個口に入れる。
味は…ーーーうん。
金平糖だ。
砂糖の味。
これといって、特別な味ではないんだけど。
言葉の魔法ってゆうのか。
この時すでに、隆の魔法にかかったみたいだ。
〝これは。ーーー星のカケラです〟
〝イノちゃんの歌声が、星明かりみたいに輝きますように〟
ステージも最高潮。
ピアノと、バイオリンと、チェロと。
気持ちよく、俺もギターを奏で、歌を歌う。
皆んなが見てくれている、その先へ先へ。
歌声が響く時。
飲み込んだ星のカケラが、歌声になってキラキラ輝いて見えた。
〝本番。食べてみてのお楽しみ〟
なんてことない金平糖に、こんな魔法をかけた俺の恋人を思い浮かべて、思わずカオがにやけてしまった。
ヤバいヤバいと思いつつ、再び歌に集中したら。
隣のピアニストが。楽しそうに、目をキラリとさせたのが、視界の端に映った。
end
・
03/19の日記
23:19
卒業の歌
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「ーーーあ、」
「え?」
「ねぇ。…ほら、聞こえない?」
「ーーーん?………ああ…」
「卒業式だね」
桜満開には、まだ少し早い。
三月の、今日。
イノちゃんと、ちょっと遠出した。
とある郊外の、静かな街。
海近く、イチョウ並木が続く道を歩いていたら。
聞こえてきたんだ。
白い校舎。
校門に掲げられた、小学校卒業式の文字。
それを彩る、ピンク色の花。
そしてその向こうの、大きな建物から。
体育館かな?
綺麗なソプラノと、低くなりだしたばかりの、アルトの歌声。
「ーーーホントだ。卒業式だな」
「うん。ーーー懐かしいね」
「何年前だ?俺ら」
「ええ?ーーーえっと…もう35年以上前…ですねぇ」
「そんな…⁇ーーーまあ…なるか」
「うん」
「ーーー卒業式か…」
思わず足を止めて聞き入る、俺たち。
卒業の歌。
「ーーー照れくさくってさ」
「うん?」
「卒業式。ーーーあの当時。思い出したよ」
「卒業式?歌が?」
「うーん…。歌ってゆうか、そこにいる自分が…かな?…スーツ着てさ。友達も皆んないつもと違う格好して。…在校生からコサージュ付けてもらったり、感謝の言葉もらったり」
「ああ」
「前日まで小学生だったのに、卒業式にいきなり…ちょっと大人?」
「ふふっ…そうだね。わかる。なんか一日で変わった感じってゆうかね?」
「くすぐったくって。…親も先生もさ、泣いてたりして。ーーーなんか友達とみんな一緒に別世界に行っちまったみたいな」
「ーーー特別な空間だよね?卒業式って」
「うん。…なんか、特に小学生は…って。何か思い出した。懐かしいな」
イノちゃんは歌声に顔を綻ばせて。
目を細めて、歌に聞き入る。
ーーー俺もならって。
目を閉じる。
サワサワ…
ハナミズキの樹が、そよ風に揺れる。
海が近いこの辺は、時折強く風が吹く。
「あ」
強めの風で、飾りのピンク色の花がひとつ。地面に落ちた。
俺はそっと拾うと、校門の柱の上に置いた。
「ーーーーーおめでとう。」
つい、こぼれた言葉。
こんな歌声を聞かせてもらったら、言わずにいられない。
この時代にしか歌えない。
瑞々しい…青空みたいな歌声。
〝ーーー今 別れの 時…〟
それを聞いて、俺はイノちゃんに駆け寄った。
そよ風の中でイノちゃんを見上げたら、微笑んでくれる。
頬に指先が触れた。
「ーーーどした?」
「ーーー…」
「ん?」
「ーーーーーううん」
ぎゅっと。
イノちゃんは手を繋いでくれた。
ーーー俺の気持ちが、わかるみたいに。
「行こっか」
「うん」
手を繋いだまま、歩きだす。
通り過ぎる校舎を、もう一度だけ振り向いた。
歌はもう終わっていた。
「おめでとう」
もう一度、言葉を贈る。
「隆?」
「…うん」
「隆」
別れの歌は、切なくて。
でもその先には、続きがあるって。
俺たちは、知っているんだ。
end
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03/23の日記
23:26
君の言葉
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「常々ですね、隆一さんは言っているんですよ」
たった今、神業の如く華麗にピアノを弾きまくっていた葉山君が。
フト、手を止めて。
ポロ…ン…ポロロ…ロン…
突如、曲調をメロウなものに変えて。
傍らでギターと格闘していた俺に言った。
「ーーーなに、突然」
「今ピアノ弾いてて思い出したんです。隆一さんが、時折呟くみたいに言ってる言葉」
「ーーー隆ちゃんが?」
「はい」
「なに?」
「ーーー…そうですね。…曲調で言えば、こんな感じです」
メロウな曲調は、だんだんと切なく感動的に。
ーーーちょっと葉山君…。
そのピアノだけでもグッとくるから、程々にしてくんないかな。
…本題はなんなのさ。
眉を寄せて葉山君をじっと見たら、彼はこっくりと頷いて微笑んだ。
「〝イノちゃんと出会えた人生で良かった〟…ですって」
「ーーーえ?」
「…よく言ってますよ?隆一さん」
「ーーー」
「それを聞くたび、僕は胸の辺りがぎゅうっとなるので…」
「ーーーうん」
「僕じゃなくて直接イノランさんに言ったらどうです?って言ったんですけど」
「うん」
「〝恥ずかしいから言えないもん〟…ですって…」
「っ…ーーー」
はぁ…。
あ。葉山君のため息。
ピアノは…あれ?…I forYou?
「どうするんですか?…あの可愛いひと」
「ーーーーー…な。」
はぁ…。
今度は揃って、ため息。
どうするかなぁ…。
どうする?って言われても、どうにもならない。
ただ俺は、大事にし続けるだけだ。
音楽で繋がれた俺と隆の絆を。
これからも、愛し続けるんだ。
「責任もって、愛していくよ」
「ーーーっ!」
「それしかできない。…つか」
「ーーー?」
「それが一番だよな?」
「ーーーはい」
葉山君は、I forYouを弾きながら、しっかり頷いてくれた。
「ーーーって訳で、葉山君。…これからもよろしくな?」
「はい!…え?…はい?」
「俺と隆の間に葉山君は不可欠だからさ」
「‼」
「これからも俺と隆をよろしく」
「!!!!!」
「ラブラブだからさ。…俺ら」
「!!?!??!!」
「あてられないでね?」
end
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04/06の日記
23:30
今夜はハンバーグ
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「あー…あー」
隆。
深いふか~い、ため息。
「ーーーナニ。どしたの?」
「ーーーうん」
「ん?」
「あのね?」
「うん」
「ーーースギちゃんとか真ちゃんとかJ君に会いたい」
「ーーーーーーーーーは?」
「だからね?みんなに…ーーーーー」
「聞こえてたけどさ。…なんでまた改まって?」
つい先日までライブやなんかでよく顔合わせてなかったっけ?
「だってさ…。さっきまでご飯作りながら音楽聴いてたんだけど。…ルナシーのアルバム聴いてたんだよね」
「うん」
「へッドフォンしてね?音もヴォリューム上げて」
「うんうん」
「ーーー熱中し過ぎてお肉ちょっと焦がしちゃったんだけど」
「うんうん…ーーーうん⁇」
ーーー今夜はハンバーグって…。
…焦げたのか…。
「ごめんね」
「…まあ、いいよ。ちょっとくらい焦げてても気にしない」
「イノちゃん、ありがとう!…ーーーでね?アルバム聴いてたら」
「はいはい」
「この演奏してる人たち、絶対格好いいんだろうなぁ…って思って」
「……」
「だってあんなに格好いい音鳴らせるんだから、格好いいに決まってるって思って」
「…ーーーえっと」
「ね、イノちゃんもそう思うでしょ?」
「ーーーあ、あのさ?…隆」
ーーー何やらちんぷんかんだぞ?
今更ナニを言い出すんだ?って思ったけど、要約して隆が言いたいのって…。
つまり。
「あ!」
「え⁉」
「イノちゃんもだからね?格好いいのは」
「っ…!」
「格好いいみんなの格好いい音に囲まれて、ヴォーカルのひとはめちゃくちゃ幸せ者だなぁ…って」
「ーーー」
「きっとこのヴォーカルのひとも、みんなの音が無いとロックは歌えないの」
「ーーー隆…」
隆は悪戯っぽい顔でにこにこ。
なんて嬉しい事言ってくれるんだ。
ーーーだから。じゃあ俺も。
楽器隊を代表して言葉を返すよ。
「ギタリストもドラマーもベーシストも。みんな思ってるよ」
「っ…え?」
「ヴォーカリストが君で良かったって」
時には面と向かって褒め合って。
恥ずかしいくらいに認め合ってもいいよな?
そしたら、ほら。
焦げたハンバーグだって、最高のメインディッシュになるんだ。
end
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