日記(fragment)のとても短いお話






04/28の日記

21:49
家の中で。
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「ねえねえイノちゃん?」

「ん?」

「あのね。雨の日とかさ」

「うん?」

「雪の日とかね?」

「ーーーうん」

「今のこの情勢もそうなんだけど」

「ーー外に出にくい日?」

「そう」

「?…うん」

「家で一緒にいられるのがイノちゃんで良かったなって」

「ーーーん。」

「ね?」

「うん。ーーー俺も」

「えへへ」


俯きがちな日々でも。
小さな幸せを。君と。



end






05/03の日記

22:53
左手薬指
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「イノちゃん、なにしてんの?」

「んー?あのねぇ、アクセサリーの整理」

「へぇ…うわぁ、いっぱいあるね」

「うん、たまっちゃうんだよね」

「かっこいいのがたくさん!あ、これ昔よくライブでつけてたよね?」

「そうそう、お気に入り見つけると暫くそればっかりになっちゃう」

「ふーん」

「隆ちゃんはあんまりしないよね?」

「そうだね、たくさんは持ってないかな」

「そっか」

「うん」

「…」





「隆ちゃん」

「ん?」

「手、かして?」

「手?」

「それ右手。違くて左手」

「?…左手⁇」

「ん」

「何して…?ーーーーっ⁉」

「ーーーん。…ほら、ぴったり」

「イノちゃん⁉」

「昔気に入ってつけてたシルバーリング。隆ちゃんにあげる」

「ぇ…?」

「そんなゴツくないからいいでしょ?」

「いのちゃん…」

「ちゃんとしたエンゲージリングとかじゃないけど。まぁ、シルシ。俺の大事なひとですっていう」

「っ…」

「ーーーーーもらってくれる?」

「う…うんっ」

「ん」

「イノちゃんありがとう!」


end







05/07の日記

21:57
こんなユニットが大好きです。
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「葉山っち!」

「あ、隆一さん。どうしたんですか?」

「かくまって!」

「はい⁇」

「イノちゃんが来ても、俺は来なかったって言って!」

「えぇっ⁉」

「あ‼もう来ちゃう!葉山っちお願いね!」

「えっ⁉えぇ…あ、はいっ!」



…………

「葉山く~ん」

「…イノランさん」

「ねぇねぇ、隆ちゃん来なかった?」

「‼ーーーや。…」

「ん?」

「やー…。来てない…ですかね」

「…」

「うん。来てないですね」

「ーーーそっか…」

「はい」

「…」

「…」

「……」

「……」

「……………」

「ーーー……っ…」

「…………………………」

「ーーーーーーーーーっっっ…」

「…………………………………ホントは?」

「っっ…ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー来ました!」



「もうっ‼葉山っち、もうちょっと頑張ってよ‼」

「ーーーへ?りゅ…隆一さん⁉」

「対イノちゃんの耐性みてたのに~」

「ーーーーえ?」

「今度三人でユニットの合宿だよ?今からイノちゃん対して耐性つけとかないと!」

「えぇ…?」

「きっと濃~い合宿になるよ?」

「ーーーマジですか」

「うん。無事に音楽に集中して帰れるように」

「ーーーーーちょっと…怖くなってきました」

「だからホラ、特訓特訓!」

「ーーー何から始めれば…」

「じゃあまずは、にらめっこから」

「目。そらすなよ?」

「その次は、俺とイノちゃんが二人きりでいる部屋に平然と入って来る特訓ね?」


( ーーーめちゃくちゃハードル高いんですが… !)


「頑張って楽しい合宿にしようね!」

「よろしくな!葉山くん」


「っ…こちらこそ!」



end








05/10の日記

21:45
お出迎え。
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「うっわ‼…びっくりした…」



仕事を終えて、家に着いて。
いつもみたいに、ただいま~って言いながら玄関に入ったら。


「りゅ…隆一…くん、人形⁇」


…なぜここに。
玄関にズラリと並んだ、大小様々な隆一くん人形。
ーーーあのにこやかな顔で、一斉にこっち向いてる。


( …ちょっと…。コワイかも… )



靴を脱ぐのも忘れてその場で立ち尽くしていたら。あっ!イノちゃんおかえりなさーい‼と、この人形のモデルになった恋人がパタパタと笑顔で出迎えてくれた。



「隆ちゃん、これなに?」

「ん?俺の人形」

「それはわかるって!そうじゃなくて、なんでこんなに並んでんの⁇」

「えへへ~!あのね?うちの整理してたら、昔のソログッズと一緒にたくさん出てきたんだよね。でね?せっかくだから、たまには日の目を見させてあげようと思って持って来たの!たまにはこんなお出迎えもいいかなって」


どうだった?びっくりした?新鮮だったでしょ?ーーーなんて、隆はニコニコしてる。

ーーーまったく。
俺の恋人はホントにこういう事が好きだ。
子供みたいに喜んで、楽しんで、そこに俺を巻き込むんだ。
でも何だかんだ、いつのまにか隆のペース。結局、一緒になって俺も楽しくなってくる。



「ーーー」


隆のニコニコ顔を見ていたら、ちょっと意地悪したくなってきた。
帰宅早々、驚かされたんだからさ。
これくらいの仕返しは良いよね?



「ーーーしばらくは隆一くん人形がお出迎えしてくれんの?」

「うん、いいよ!」

「へぇ。…ずっと?」

「ずっとでもいいよ?」

「ふぅん?」

「ーーー?」

「ーーーーー…じゃあ、隆ちゃんさ?」

「うん⁇」

「これからは隆一くんがお出迎えならさ。ーーーもうしなくていいんだ?」

「え?」

「隆ちゃんはそれでいいんだ?」

「…何…が?」

「〝ただいま〟と〝おかえり〟のキス」

「っ…‼」

「ーーーもうしなくていいの?」

「っ…ーーヤダッ‼」

「ーーー」

「だめだめ! そんなのヤダよ!出掛ける時と帰った時はイノちゃんとキスしたいもん!」

「ーーーーーーーー」



勢いよく叫んだ隆は、言ってからハッとして恥ずかしそうに俯いてしまった。



「ーーーやっぱり隆ちゃんに一番にお出迎えしてもらいたいなぁ」

「っ…」

「隆一くんも嬉しいけど。…俺は生身の隆ちゃんがいいな」

「っ…イノちゃん」

「いい?」

「ーーーっ…うん!」

「じゃあ、やり直し。」

「うん…」




「ーーーただいま」

「おかえりなさい」



たくさんの隆一くんに囲まれて。
まるで祝福されてるみたいでくすぐったい。

そんな玄関先で。
俺と隆は、今日もキスを交わしたんだ。



end






05/11の日記

21:09
お出迎え・2
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「わぁっ‼…びっくりした~」



仕事を終えて、家に着いて。
いつもみたいに、ただいま~って言いながら玄関に入ったら。


「イノちゃん…!…の、アクリルスタンド…?」


…昨夜の俺のマネ…?
玄関にズラリと並んだ、大小様々なイノちゃんのツアーグッズのアクリルスタンド。
ーーーあの爽やかでカッコいい顔で、一斉にこっち向いてる。


( …ちょっと…。照れちゃう…かも )



靴を脱ぐのも忘れてその場で立ち尽くしていたら。あっ。隆ちゃんおかえり~!と、このたくさんの小さなイノちゃんのモデルになった恋人がのんびりと笑顔で出迎えてくれた。



「びっくりした?」

「びっくり…ってゆうか、俺のマネしたんでしょ⁉」

「あはは!そうそう。事務所からいっぱい持ってきちゃった」



どう?びっくりした?って嬉しそうなイノちゃん。
嬉しいよ?帰宅した途端、カッコいいイノちゃんにお出迎えしてもらって。

ーーー…でも。

でもさ?

じーっと姿勢を低くして小さなイノちゃんを眺める俺に、本物のイノちゃんは首を傾げた。


「どしたの隆ちゃん?じっと見て」

「んー…。なんかさ?」

「うん?」

「イノちゃんのツアーグッズってカッコいいよね?」

「え?」

「たまに面白いのあるけど。…基本カッコいいの多いと思う」

「そ…かな?」

「うん」

「…」

「いいな。俺もキリッとしててシャキッとダークでカッコいいのにしようかな…」

「だめ」

「え。ーーーなんでだめ?」

「カッコいい隆ちゃんはルナシーでもいいじゃん。ソロの隆ちゃんはかわいいのがいいの!」

「え~⁇」

「自然で、素で、ほわほわしてて、にこにこしてて、小悪魔で、かわいいのがいい!」

「ーーーそ?」

「そうだよ!その方が俺はいい!」

「…」

「甘々で、ちょっとぬけてて、笑顔が可愛すぎてヤバくて、でもひとたびステージに立ったら何だこのトキメキが止まらない歌声は!みたいな。もうこの歌声の隣でギターが弾ける人生に心からの感謝を!ってホントに思うんだよな。だからさ…」



「…もう部屋入っていい?」



end






05/18の日記

21:03
目撃。
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「おはよ~」

「あ、スギちゃんおはよ」

「おーっす!イノ。…と、隆?」

「うん。隆ちゃん」

「…寝てんの?」

「うん、もう30分くらいかな?」

「へぇ」

「ーーー…ん?」

「ちょっと、見ていい?」

「別にいいけど」

「ん…。ーーーイノにぺったりだな」

「うん」

「ーーいつもこんな感じなの?」

「ん…まぁ、割と」

「へー。…ーーーねえねえ隆ってさ、イノの前だとどんななの?」

「えー?」

「甘えてくるとか?」

「…んー…。逆かな?」

「え?」

「どっちかってゆうと、甘え下手。気遣い気遣いで、甘えたいの我慢してる…みたいな」

「へぇっ 。なんか意外」

「ホントはもっと甘えて欲しいんだけどねぇ」

「ふーん?」

「でも、たまーにだからこそ、甘えてくれた時は超絶に可愛いんだよね…」

「ほう。ーーー語るねぇ」

「語りますよー」





「ーーーふぁあ…」

「あ、隆ちゃん起きた?」

「ん…ぅん。ーー」

「あれ?寝ぼけてる?」

「ーーーーー…イノちゃん…」

「ん?」

「ーー…ここに…いて」

「ん…ここにいるよ?」

「ん…ーーー……z z z…」

「ーーーまた寝ちゃった?」

「z z z…」

「隆ちゃん、寝ぼけてたみたい」

「っ …ーーー」

「ん?ーーースギちゃん?」

「ーーー可愛…っ …」

「あげないよ?」



end








05/20の日記

22:39
5月20日、今日の最後に。
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「りゅーちゃん、ちょっと散歩行こ?」

「うん」



夕飯を食べて、テレビを観ながらまったりしてた時。CMに切り替わったタイミングで、イノちゃんが夜の散歩に誘ってきた。





5月の。
この季節特有の。日中は暑いくらいなのに、夜は冷んやり…っていう夜の空気の中。俺とイノちゃん、並んで夜道を歩く。
先日あまりに暑い日があって、今年も棚から引っ張り出したサンダル。
近所を散歩するだけだから…って。二人ともサンダルをつっかけて歩く。



「気持ちいいね」

「うん。清々しいね」

「ん…。今夜はどこまで歩く?」

「隆ちゃん、ご希望のコースが無かったら、俺に任せてもらっていい?」

「うん?いいよー」


俺が頷くと、イノちゃんは嬉しそうに微笑んで。先立って、俺の一歩先を歩き出す。

清廉な夜道を。
珍しいくらい静かに、俺たちは進んだ。





「いらっしゃいませー」


イノちゃんに連れられて着いたのは、家から一番近いコンビニだった。
煙草でも買うのかなぁ?と思っていたら、イノちゃんは俺の手をぐいぐい引いて冷蔵コーナーの前で立ち止まった。



「隆ちゃん、どれがいい?」

「え?」

「みてみて、この時間って結構いろいろあるね~。ケーキもさ、こんなにあるよ?」

「…イノちゃん?」

「数日前に二人きりの誕生日会はしたけどさ?やっぱ当日もお祝いしてあげたいもん」

「ーーーっ !」

「ささやかですが。好きなケーキ選んでよ」


目の前に並んだ色んなケーキを指差して。イノちゃんはまた微笑んで俺を見てる。
ーーーいっぱいお祝いしてくれたのに。
それなのに、今日の最後の最後までこんな事してくれるの?
イノちゃんの気持ちが嬉しくて。
じん…として、なんだか景色がぼやけてきた。


「ーーー…隆ちゃん?」

「っ …イノちゃん」

「ん?」

「ーーーーーーっ …泣きそう」

「えっ…?」



あんな所で泣かれちゃ困るって思ったんだろうな。イノちゃんは慌てて、これでいい⁉これ好きだよね‼?って目の前にあった大きなイチゴの乗ったショートケーキ2ピース入りを掴んで。片手では俺の手もぎゅっと掴んで。さっさと会計を済ませると、再び5月の夜道に飛び出した。



「ーーー隆ちゃん…ヘイキ?」

「ぅん…」

「よかった」

「うん」

「ーーーよかったけど…びっくりした。…泣きそうだったの?」

「うん…。ーーー嬉しくて」

「っ …!」

「ありがとう、イノちゃん」

「ーーーどういたしまして。こっちこそ嬉しいよ」



来た道を、二人で歩く。
相変わらず、冷んやり気持ちいい。
行きと違うのは、イノちゃんの右手に持ったケーキと。
それから…
イノちゃんの左手と繋がれた、俺の右手。

こんな瞬間が、泣けるくらい嬉しいんだ。
イノちゃんと続けていける、こんな日々が。
美しくて、手離したくないものなんだ。


「ね。隆ちゃん」

「ん?」

「ーーー叶えたい約束があるんだ」

「ーーーなに?」

「ーーーーーまた来年も…。」

「ーーー」

「こうして歩こう?」

「っ …イノ…」

「隆ちゃんの誕生日にさ」



溢れそうになった涙は、夜の空気で誤魔化した。ーーーバレてそうだけど…。
でも、いい。
このささやかな約束を守るために、また1年。努力して、楽しんで。イノちゃんの側にいるよ?


「っ …ーーその前に、イノちゃんの誕生日があるもん!」

「あー、そうね」

「今度は俺の番!イノちゃんバースデー、楽しみにしてて」

「楽しみにしてる!」


5月20日。
みんなにお祝いしてもらった、今日の最後は。
二人で笑って、手を繋いで。
そんな約束をした。

このまま。
ずっと。



end







05/24の日記

21:45
こんな雨の日。
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「あー…。雨?」


ちょっと買い物って思って、財布だけ持って出掛けた近所のコンビニ。
家を出た時、降りそうかなぁ…?って思ったけど、近所だしすぐだからいいやって。傘を持たずに出掛けたのが失敗だったみたい。
コンビニに入るまでは平気だったのに、出る頃には降り始めていた。



「うーん…。どうしようかな」



降り始めたばっかりのくせに、すでに雨脚は強い。近いから走って帰ろうか。それともビニール傘買っていく?…でも、あんまりビニール傘増やしたくないんだよなぁ…。なんて、コンビニの外の軒下で考えていた。


「んー…」


しばらく考えて。もういいやって。
このまま走って帰る事にした。
濡れてもいいや。
帰ったらお風呂入ろう。
こんな明るい時間にゆっくり入るお風呂も、たまには良いよね。

雨が入らないように、買った物が入ってるビニール袋の口をぎゅっと握りしめて。
さあ行こう。と足を踏み出した時だった。



「隆ちゃーん」


コンビニの前の道を小走りで駆けて来たのはイノちゃんだ。
ーーなんで⁉部屋で仕事してると思ってたのに。
イノちゃんが集中してるその隙に、買い物行こうって思って出てきたのに。


「イノちゃん!」

「隆ちゃん、傘。持って行かなかったでしょ?」

「う…うん」

「迎えに来たよ。一緒に帰ろ?」


そう言って。イノちゃんは片手に持っていた、俺の青い傘を差し出してくれた。



「ありがとう。…よくここってわかったね?」

「わかるよ。隆ちゃんの事はね」

「えへへ」


イノちゃんから傘を受け取って、一緒に帰ろうとした時だった。
コンビニの軒下に、さっきまでの俺と同じように空を見上げる学ラン姿の男の子。
その手には傘が無くて。突然の雨に雨宿りの最中らしい。


「……」


途方に暮れてる様子が、なんか気になって。そっと近づいて、青い傘を差し出した。



「この傘使っていいよ」

「ーーーえ?」

「俺はもうひとつ傘があるから。良かったら使って?」


目を丸くする男の子の手に傘を握らせて。
返さなくてもいいよ。って手を振って、イノちゃんの元に駆け寄った。
男の子はハッとしたみたいに肩を揺らすと、嬉しそうに笑ってお礼を言った。




「えへへ」

「隆ちゃん、ご機嫌だな」

「だって」

「うん?」

「あの子、嬉しそうだったし」

「だな。きっと助かったと思うよ?」

「うん。…ーーーあとね?」

「ん?」

「イノちゃんと、ひとつ傘の下で歩ける」

「ーーーだな。」

「嬉しい!」

「ん…。俺も」



手を繋いで歩こう。
ひとつの傘の下で。



end







05/26の日記

23:03
不機嫌
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「いつまで不貞腐れてんだよ」



さっきからずっと。
俺はイノちゃんに背中を向けてる。

はじめは多分、イノちゃんも軽く構えてたんだと思う。俺のいつもの気まぐれだって。だってきっとイノちゃんには、何の心当たりもないんだと思うから。
ーーー俺がこうやって、機嫌を損ねた理由が。




「りゅーう」

「……」

「なぁ、俺なんかした?」


ーーーしてないよ。…イノちゃんはきっと、無意識。…ってゆうか、クセみたいなものなんだと思う。
だってよく見るもん。…今日みたいな場面。


「隆」

「…」

「ーーー言ってくんないと、わかんないんだけど」

「…」

「ーーー隆」

「…」

「なぁ…って」


ーーーイノちゃんが困ってるの…わかる。
でも。
返事したいのに。意固地になった俺は、唇を噛んで俯くだけ。

ーーー可愛くない…俺。


理由はね?
こんなの理由になるの?ってくらい、ささやかなものなんだ。

ルナシーで出演した音楽番組のバッグヤード。そこに集まった、共演する後輩バンドのメンバー。俺たちとも、とっても仲が良い子達だから。当然ながら会話も弾んで、楽しかった。

ーーーでも。
見ちゃったんだ。目に入っちゃった。

楽しそうに談笑してたイノちゃんが、後輩君の頭を撫でて、にっこり笑ってた。
ーーーそんなのただのスキンシップなのに。深い意味なんて、きっと無いのに。



ズキン。…と、胸が鳴った。






「……」

「ーーー隆ちゃん。…こっち見て」


ふるふると、首を振る。
ーーこんなのもう、駄々っ子だ。


でもイノちゃんも、負けてない。
力尽くで、後ろを向いてる俺の向きを変えて。ぐっと、顎を掴まれた。


「…こっち見ろ」

「っ…」

「隆」

「ーーーっ…」

「ーーー隆」

「っ…ゃ…ーーー離っ…」



「ーーーーーーー可愛い。…隆」

「っ…⁉」

「何を頑なになってんのか分かんねえけど」

「ーーー」

「俺からしたら、可愛いだけだよ?」




ーーーーーー……

ーーーーーーーーずるい。


そんな優しい顔で言われたら。
そんな事言われたら。

これ以上、不機嫌を貫くのはもう無理だ。
イノちゃんはそれを知ってて言うんだ。

ーーーホントに、ズルイ。



でも。
こんな優しい顔で、こんな事言ってくれるのは。ーーー俺にだけだよね?


イノちゃんの手が伸びて、俺の髪を撫でる。撫でた手が後頭部に回って、引き寄せられる。
イノちゃんの顔が目の前だ。



「いいよ。いくらでも、不機嫌になって」

「っ …」

「ーーー可愛いだけだ」


意地悪な微笑みの後に。
全部閉じ込めるみたいに、キスされた。



end



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