round and round (みっつめの連載)












ずっと抱き合っていた身体をゆっくり解いて。
イノランは思い出して、ギターケースを引き寄せた。
ケースを開けながら、ギター弾くって約束だったもんな?と傍らの隆一に微笑むと、隆一は嬉しそうに頷いた。

こうして目の前でギターの演奏を見るのも初めてなのかもしれない。隆一はじっとイノランの手元を見つめている。あまりに熱心に見つめるものだから、イノランはちょっと気恥ずかしくなってしまって。…だから。




「隆ちゃん、歌って?」

「ーーーえ…?」

「ギター弾くから歌ってよって、前に言ったじゃん?」

「そ…だけど…ーーーでも」

「ラララ…でも良いよ。隆ちゃんの好きに。いつも歌ってるんだろ?」

「う…うんっ」

「それを歌ってよ。俺、隆ちゃんの歌声聴きたいんだ」

「イノちゃん…ーーーーーーーーーっ…うん」



暫し迷いを垣間見せていた隆一も、まるでイノランのギターの音色に誘われるように、いつしか表情から躊躇いが消えて。イノランのカウントを聞くと、声を…。
歌を、歌い出したのだ。




「っ…ーーー」



イノランは息をのんだ。

ーーーこんな歌声、初めてだ。

想像したより遥かに綺麗で、力強くて、繊細な歌声。
透き通る歌声は、目の前の青い海も空も突き抜けて、どこまでも届きそうだ。

まるで隆一の歌声が、風そのもののような…



( ーーーなんて声で歌うんだ… )


( …しかも )


( 隆ちゃん…ホントに好きなんだな )



ーーー歌 が。




ずっと聴いていたかった。
ほとんど即興と言ってもいいくらいの、ギターと歌だったのに。
そんなの全然感じさせない程に、イノランと隆一の波長はピタリと合って。
もっともっとこの先を。
曲の終わりを惜しむ程に、気持ちよくて。
イノランはいつもより、少しだけ多めに繰り返して弾いた。





「ーーーーーー」



ギターの最後の音が消えた瞬間、この崖の上にこの上なく心地良い風が吹き抜ける。
隆一が、気持ちよく歌ってくれたという証拠だと、イノランには思えた。




「ーーーーーーー…は ぁ …」



歌い終わると、隆一は満足げに吐息を溢す。そんな僅かな声すらも、イノランにとっては尊いものに感じた。




「ーーー気持ちいい」

「…え?」

「歌。ーーー誰かと一緒に、歌うの」

「ーーー」

「ひとりで歌ってるのと…全然違う」

「ーーー」

「イノちゃんのギターも、気持ちいい」

「ーーー隆ちゃん」

「大好き」




ーーー大好きと言って。にこっと笑った隆一。
それは。
心から歌う事を楽しんで、音楽を愛している者の顔だということを、イノランは知っていた。
かつてギターを弾いていた大きなバンド。それから、葉山と共に創り上げているソロワーク。それらのライブの最中に、終わりに。観に来てくれたファン達の多幸感溢れる笑顔。
音楽を愛する者の表情。
そんな彼らと今の隆一は、同じ顔をしているから。

ーーーそんな…
そんな隆一を見てしまったら…。




「隆ちゃん」

「んっ…え?」



イノランはぐっと身を乗り出して。隣にいた隆一の肩を、少々強引に引き寄せる。
唐突なイノランの行動に、隆一は呆気にとられて目をぱちくりさせる。

この時イノランは、込み上げる熱を押し留める事が出来なかった。
隆一の歌声を初めてまともに聴いて、その心地よさに触れて。

ーーー少し前からずっと思っていた事。

そうなったら良いなぁ…と心密かに願っていた事が。
今、隆一の歌声で。
イノランの心が一気に解放されてしまった。




「俺と…。俺と葉山君と一緒に」

「ーーーーーーぇ?…」

「隆ちゃん。一緒に音楽やらないか?」

「っ…ーーーー」

「ーーーーーーー三人で」




イノランの。
冗談でもなんでもない。
ーーー真剣な瞳と声に。


隆一はコクン。と、息をのむと。
肩を掴んでいるイノランの手に、そっと自身の手を重ね合わせた。












「ーーーーーーーはぁ…」




イノランは深い深いため息をついた。

あの崖の上で隆一の歌声を聴いたのは昨日の事。
そして、一緒に音楽をやらないか?と誘ったのも昨日の事だ。

隆一の歌声にひどく心奪われたイノランは、またもや色々と順序立てる前に本題を切り出してしまった。
つい先日。一気に色んな事をすっ飛ばして、隆一に告白した事を反省していたばかりだったのに。

ーーー案の定。

一緒に音楽を…と言われた隆一は。
ハッとしたように数回瞬きを繰り返した後、急に元気を無くしたみたいに俯いて。

ーーー考えさせてもらって…いい?


小さな声で、躊躇いを含ませて。
イノランに言ったのだった。




「ーーーーーまた。…何やってんだ…俺」



ーーー今日は楽しかった。もう行かなきゃ…。またね?イノちゃん。



そう言って、ちょっと困ったように微笑みながら立ち上がった隆一。
情け無い事に。イノランは隆一を引き止める言葉も咄嗟に思い付かなくて。
自身が起こした風に身を預けて、フワリと舞い上がる隆一を。ただただじっと。
見上げる事しか出来なかったのだ。




「…はー…」



当然。あの日密かに連れて行ってあげたいと思っていた、あのカフェに行く事も叶わず。
イノランはえらく打ちひしがれて、昨日は森を後にしたのだった。

そして今朝だ。昨日の晴れない気持ちのままスタジオに向かった。
せめて葉山には余計な心配をかけまいと。それなりに平静を保ってスタジオの扉を開けたのだが。
イノランの顔を見るなり、葉山の言葉ときたら。



「心中お察しします」



そんな風に、神妙な顔で言うものだから。
一気に脱力してしまった。









格好悪いにも程がある。…と思いながら、どうにか今日の仕事を終えて帰ってきたのはついさっき。
なんとなく夕飯を摂って、さっさとシャワーを浴びた。
熱い湯をかぶってる最中も。…思い返せば昨日からずっとだ。
隆一の事ばかり考えている。




「ーーー上手くいかねえなぁ…」




イノランはずっとこれまで。自分の事をどちらかと言えば秘めるタイプだと思っていた。ひとにも、物にも。対象に熱い想いを向けていたとしても、こんな風に後々悔やんだりするような接し方はしてこなかった。
ーーーそれが時として、ポーカーフェイスが得意だと思われる要因のひとつになっていたのだと思うが…。

こと、隆一に関しては、様子が違った。




「…なんだろうな…。隆ちゃんを想うと…」



次から次へと溢れてくる。
まるで堰を切ったみたいに。




「ホント…ーーー大好きなんじゃん」



恋は盲目とはよく言ったもんだ。と、イノランは苦笑い。
だからこそダイレクトに伝えてしまう。
そんな真っ直ぐすぎる想いが、こうして隆一を戸惑わせてしまうのだろう。

きっと色んな事が初めてな隆一。
しかも昨日知らされた事実には、イノランには計り知れないものがあるのだと思う。


ーーー風の使い。




「ーーーひと、と。風の使いって…。どう違うんだ?」

「仮に、違う部分があるとして。それは越えられるものなのか…否か」

「側にい続ける事は、できるのか」

「心を通わせ合う事は許されるのか」

「ーーー触れて…その身体に触れ合っても…いいのかな」




風呂上がりの火照った身体を冷ましたくて、イノランはベランダに出た。
フェンスに両手を預けて、目の前の夜空を見上げる。
夏の夜空。天上に大きな三角形がある。
そこをじっと。
ただただじっと見る。
昨日から考え過ぎて、ぐちゃぐちゃに散らかった頭を落ち着けたかったから。




「ーーー隆ちゃん」

「上手く立ち回れなくて…ごめんな?」

「いっつもいっつも、驚かせてばっかでごめん」

「ゆっくりお互いを知ればいいねって言ったのに」

「いつも先走ってごめん」



ーーーでも。


「でも、隆ちゃん。これだけは本当。信じて欲しい」

「隆ちゃんが好きだよ」

「嘘じゃない。貶めたいんじゃない」

「好きなら何してもいいって、そんな事は思っていないよ」

「…っても、上手く立ち回れてないのは事実なんだけど」

「ーーーーー好きだよ」

「お前が好きだ」

「ーーーーーーー隆」




夜空にとけるような、微かなイノランの声。ここにはいない隆一に向かって紡がれる懺悔と、それからやっぱり愛の言葉。

ーーー聞こえるかな。
ーーー聞こえないかな?
ーーーでも空は続いているんだから、聞こえてる?




「隆ちゃんに聞こえて…届けばいいな…」





ーーー…サァ…ッ…ーーー




夜空を通り抜けて。
一陣の、風が吹いた。












イノランが立っているベランダの、フェンスの桟と同じ程の高さの向こう側。
ふわふわと身体を浮かせて、穏やかな表情でイノランを見つめているのは…。




「ーーー隆ちゃん」



イノランに気付いてもらえて嬉しかったのか。隆一は溢れるような微笑みを浮かべると、宙に浮いたままもっとフェンスに近づいて。右手をいっぱいに伸ばして、イノランの左手を捕まえた。




「ーーーえ…?」

「イノちゃん」

「ーーー隆?」

「来て。一緒に」

「一緒に?ーーーーーどこに…?」

「ふふっ…ーーー散歩だよ?」

「散歩?」

「そう。夜の…空中散歩」




イノランが、え?と目を見開いてる間に、繋がれた手をぐっと引かれて。
突然襲われる浮遊感。
重力が足の先から消えていく感覚。
身体が軽い。
文字通り、ふわりとイノランの身体が夜空に飛んだ。





「っ…う…ーーーわ…」

「どう?気持ちいい?」

「気持ちいい…つか。ーーー驚き」

「あ、でもね?俺の手。ぜーったいに離しちゃダメだよ」

「ーーーーーーー離したら…?」

「イノちゃん落ちちゃう」

「わかった!絶対離さない!」

「うん!」




ーーー不思議だった。
隆一とただ一点、繋いでいるのは手だけなのに。それなのに、このふわふわする感じ。

ーーー自分が凧か鳥にでもなったみたいだ。




「隆ちゃんは、いつもこんな感じで空を飛ぶのか?」

「うん、風に乗るって感じだよね」

「ーーーこの…今起きてる風も隆ちゃんが?」

「そうだよ、例えばね?ーーーこう…片手を動かすだけで風って出来ちゃう。あと前に話した、感情の起伏でもね?」

「ーーーそっか。」

「うん」

「ーーー俺今、隆ちゃんの風に乗ってんだな」

「エヘヘ…そうだね?」




気恥ずかしげに頷く隆一を隣に見たら、これこそ人生初の体験中にも関わらず、楽しくて。地に足が着かない不安定さも、どこまで行くんだろう?なんて事も気にならない。

隆一と空を飛んでいる。それも、究極の二人きりで。ーーーその事実が、さっきまで沈んでいたイノランの気持ちを、心地いいものに変えてしまっていた。



宵の空のずっと先に、夜間飛行の機体が見える。眼下の街の灯が突然消えたかと思うと、まるで降るような星空だ。
じっと目を凝らすと、青い波に時折チラチラと月明かりが映って輝いている。
ーーー真下は海だ。




「どこまで行くの?」

「ーーーもうちょっと」

「もうちょっと?」

「うん。ーーーーー俺の家」

「え?」




隆一はそう言うと、もう一度繋いだイノランの手にぎゅっと力を込めて。ぐんっとスピードを上げて降下を始めた。
目指す先に、灯台が見える。




「ーーーあそこまで」

「え?…あ、あの灯台?」

「そう、あれが目印」




一気に舞い降りた目の前には、夜でもわかる真っ白な灯台。見上げると灯台の目がゆっくり規則正しく回っている。


ーーートン。
地面に足が着いた。イノランにとっては、やはりホッとする。




「ーーー怖くなかった?」

「ん?全然!初めての体験、すげえ楽しかったよ」

「ーーーホント?」

「ホントだよ?ありがとな、隆ちゃん」

「それなら…良かった!」



隆一はまた嬉しそうに微笑みを溢す。
イノランは、隆一の笑うところが大好きだった。
可愛くて、綺麗で。

もう繋いだ手を離しても平気なのに、どうしてか二人とも離そうとしない。それどころか、その繋ぎ方もいつの間にか…。
ーーー恋人繋ぎ。
隆一が一歩先に立って、暗い夜道を歩き出す。
音はーーー夏虫の声と、波の音だけだ。

灯台からすぐだった。振り返ればまだ灯台が見える、数本の木が立ち並ぶ岬の突端。ーーーそこに、隆一の家はあった。
煉瓦の壁と、白いペンキが所々剥げている木のドアのついた、こじんまりとした家だ。




「どうぞ、入って?」



隆一はポケットから鍵を取り出して施錠を解くと。ドアを開けてイノランを招いた。



「お邪魔します」



高鳴る気持ちが抑え切れない。
好きなひとの家に招待されたのだから、仕方ない。
イノランはベランダからずっと履いてきたサンダルを脱ぐと、煉瓦で出来た玄関に揃えて並べた。



「ーーーーーー」


木の香り。そこに混じって、海の匂いが微かにする。白と青のカーテンが窓にかかって、テーブルも椅子も棚も、全部素の木で出来ている。
棚には本が並んで、テーブルにはホーローの青いポットとカップ。
そして海を臨む壁に、大きな地図が貼られていた。




「いいね。隆ちゃんの家」

「ん…そう?」

「うん。落ち着くーーー無駄な物が無いってゆうか、シンプルで綺麗だよな」

「ーーーそっかな…?ーーーありがとう」



隆一はここでもまた恥ずかしげに微笑むと、イノランに椅子を勧めて、自身はキッチンで湯を沸かし始めた。



「コーヒーで…いいかな」

「あ、うん。サンキュ」

「ーーー実は初めてコーヒー淹れる」

「え?」

「淹れ方、お店のひとに聞いたんだけど…上手く出来なかったらごめんね?」

「ーーーーー隆ちゃん」

「ん?」

「もしかして、俺の為に用意してくれたのか?」

「ん…ーーーうん。」

「隆ちゃん…」

「だってイノちゃんいつも用意してくれたでしょ?俺にワッフルとミルクティー。それがすごく嬉しかったから、だから…」

「ーーー」

「今日は俺がおもてなし」




さ、できた。そう言って、イノランの目の前にコトンと置かれた青いホーローのカップ。
白い湯気が、コーヒーの香りと一緒に二人の間に立ち込めた。











「美味いよ」

「っ…良かった!」

「ーーーホント、美味い」



隆一が初めて淹れてくれた、初めてのコーヒー。イノランを想って一生懸命に準備してくれたのだろう。
ーーーこういうものは、美味いに決まっているのだ。

隆一が熱心に見守る中、イノランはじっくりとコーヒーを堪能して。
そして。カップを置くと、隆一に問うた。





「ーーーーー隆ちゃん」

「ん?」

「どうして…俺を招待してくれたんだ?」

「ーーー」

「ーーー俺、昨日…」

「ーーー」

「また隆ちゃんに…いきなりな事言っちゃったから…」

「ーーー」

「ごめんな?ずっと反省してた…。また隆ちゃんを戸惑わせたな…って」

「ーーー」

「ーーーだから、隆ちゃんが今こうして会いに来てくれたの…戸惑い反面、すげえ嬉しい」

「ーーーーーーーーーーうん」



じっとイノランの言葉を聞いていた隆一は、小さく確かに頷いて。
その表情は、晴れやかだった。

イノランを真っ直ぐに見ると、はっきりした口調で告げたのだ。





「一緒に音楽をやりたいです」

「っ…!」

「イノちゃんのギターと。まだ会ったことは無いけど、葉山さんと」

「ーーー」

「歌を歌いたい」

「ーーー」

「一人じゃなくて、一緒に」

「っ…ーーー隆ちゃん」




隆一がイノランを招いたのは、昨日は言えなかった答え。
ーーーそれを言いたかったから。




「ホントは…すごく…すっごく嬉しかった。イノちゃんが一緒にやろうって言ってくれたの。あの時すぐに、頷きたかった」

「ーーーうん」

「ーーー…っでも、俺は…」

「ーーーうん?」

「っ…俺…ーーーあのね?俺…」




隆一が苦しそうに見えた。
何かはわからないけれど、きっと何かまだ、心に秘めている事があるのだ…と。
イノランには思えた。

ーーーけど、それが何?




「隆ちゃん」

「っ…え」

「全部をまだ言わなくていい。無理に全部を聞こうとは思わないよ?」

「ーーーっ…」

「風の使いと、ひと、と。正直何が違うのか?って、俺には解らない。ま、ひとは空は飛べないけどさ?」

「ーーーうん」

「でもそれをとったら、何が違うの?って思う。俺たちは歌が好きで、ギターが好きで、音楽が好きで。ーーー同じじゃん?だから…何も変わんないよな?俺も隆ちゃんもさ」

「っ…う…ん」

「だから、俺は隆ちゃんとやりたいって思う。だって隆ちゃんの歌、めちゃくちゃ凄いもん。もっと聴きたい。もっと一緒にいたい。俺に出来る事なら力になりたい。ーーー隆ちゃんが」

「ーーー」

「ホントに隆ちゃんの事が、好きなんだよ」

「っ… イ…」




隆一の顔が、瞬時に染まる。
イノランの真正面からの、度重なる愛の言葉。
何度聞いても、慣れないから。

ガタン…と、思わず隆一は椅子を立ち上がってしまった。イノランの真っ直ぐな眼差しに、とてもじゃないけど耐えられなくて。
ーーーそしてイノランも。
そんな隆一を追うように立ち上がって、後ずさって壁にあたった隆一を捕まえた。




「ーーー触っていい?」

「…え」

「隆ちゃん」




数拍の間の後、隆一の微かな頷きを見たイノランは。
左手を伸ばして、ゆっくりと。
隆一を怖がらせないように、その赤く染まった頬に触れた。




「っ…」



ビクッとした反応は、予想していた。
他者とのこんな触れ合いは初めてだと言っていたから。
ーーーけれど。
イノランにとっては、こんな反応が初々しくて。隆一をもっともっと愛おしく思うには、十分過ぎる反応で。

本当に。ごく、自然だった。



こんなに間近で隆一を見つめて。
ちょっと癖のある黒髪も、長い睫毛の縁取る潤んだ瞳も、恥ずかしさできゅっと噛み締めた唇も。

そんな隆一を目の前にして、このまま終わりなんて無理な相談で。
頬に添えていた左手の親指で、そっと噛み締めた唇をなぞったら。
はぁ、と。吐息を含んだ声が漏れて。
心臓が馬鹿みたいにばくばくして。

またいきなりこんな事したら、後で後悔すんのかな…なんて事が、頭の片隅を過ぎったけれど。
もう、いい。



一度。掠めるように、唇を触れ合わせた。
すぐに離れて隆一を見ると、びっくりした顔が目に飛び込んだ。
けど、そんなのが可愛くて。
安心させてあげたくて微笑んで見せたら。
隆一もはにかんで、今度は目を閉じてくれた。




「っ…隆」

「んっ…ーーーふ」



二度目はもう、止まらなかった。














夜の遅くなった頃。
隆一は、再びイノランを家に連れて来てくれた。行きと同じ、手を繋いで。

空中散歩の最中。次に会う時は葉山を紹介すると、イノランは隆一に約束した。





ベランダに降り立ったイノランは、名残惜しげに手を離そうとする隆一にもう一度言った。




「ーーー好きだからな?」

「っ…うん、俺も」





イノランは、離れかけた手をもう一度引き寄せて。
宙に浮く隆一を、フェンス越しに抱き寄せて。




「おやすみ、隆ちゃん」




もう一度、隆一とキスを交わしたのだ。






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