round and round (みっつめの連載)











〝ーーーーー…地方を中心に非常に発達した低気圧が…ーーーーー〟

〝ーーーーー海上は引き続き大時化が予想され、沿岸部は大雨や暴風、高波など今後の情報に警戒してくださいーーーーー〟

〝ーーーーー続いて都心部の中継とも繋がっています。そちらの空模様は…ーーーーー〟







「ーーーーー…」




イノランはスマホを閉じて空に視線を向けた。
空とは言っても、窓ガラスに打ちつける雨粒で曇り滲んだ空の風景だが。

小さな画面から流れ出すニュースはすでに承知のものばかり。
居ても立っても居られずに開いたスマホの天気予報(隆一の部屋はテレビは無いから)は目の前の光景を見れば一目瞭然な情報で。
見始めたのは他の誰でもなく自分なのに、今自分の心を占める気持ちに舌打ちして唇を噛んだ。





(こんなことが知りたいんじゃない)

(俺…は、)



そう。
そうじゃないのだ。



今こうしている間にもきっと空を駆け回る恋人。
これが風使いとしての自分の使命だと彼は凛と言うのだろうが。



痛くはないか。
寒くはないか。
辛くはないか。
怖くはないか。



無事が知りたくて。
ただ彼の無事が知りたくて。



「ーーーーっ…」


身勝手と言われようと、薄情と言われようと。
この時のイノランにとって空模様など二の次で。
隆一と共にいるだろう彼の仲間の無事も二の次で。

ただ、何事も無ければいいと。
隆一が。
愛するひとがどうか無事であれと。



それだけを。






















ゴオオオオッ

ドォッ…ドォ…
ザバッンッ…ザブッッ…ン…!






(ーーーっ…息が…くるしい…)



隆一は背後からの風の弾丸を受けながら表情を歪めた。
風の音雨の音雷鳴の割れる音。
下では海が掻き回される恐ろしい轟音、陸地に叩きつけられる波音、木々の騒ぐ音。
それらがごちゃ混ぜになって四方から聞こえるものだから訳がわからない。
加えて止まない雨は激しさを増すばかりで視界も悪い。
そんな状況の悪さは隆一の体力と精神力を奪いにかかる。
もう今では笑顔を見せる余裕など無くなっていた。





「…っ……はっ…はぁっ…」



空に足を踏ん張れる床面などないが、隆一はその宙にガクンと膝を落として肩で呼吸をする。

司る風も自然が寄越すものには敵わない。
というより、自然が生む風を無かった事にするのは禁忌。
あくまでも風使いはその手助けをし、周りのものへの保守に回るのが役目。
そしてそれは風使いだけでなく、雲も光も雷鳴も同じ。
ここからは見えないけれども、この空の何処かでJもスギゾーも真矢も苦戦しているのだと思うと隆一はぐっと歯を食いしばって顔を上げた。
…しかし…





「……真っ白…だ」




数メール先の視界もきかない。
きっとここで仲間を呼んでも声は届かないだろう。
空の方位などは頭以上に感覚で覚えている自負はあったが、自分が今どの方角を向いているのかもわからない。

慣れ親しんだ空のフィールド。
悪天候だってこれが初めてではない。
それなのに心細さが背筋を通って隆一は腕を抱いた。





ゴオオオオオッ…ゴオオオオ…





「ーーーーーーー……空の…」

「…お祭り…だったのに……」





乗り気じゃなった初め。
しかしスギゾーが背中を押してくれて、久しぶりの後輩のTERUとの再会が楽しみになって。

師が用意してくれていたこの日の為の正装。
袖を通すのは正直照れ臭かったけれど、着てみようと思った。
大好きなひとに、その姿で空を駆けるのを見てみたいと請われて。
グラスに注いだ空の御神酒が透けてまるで青空みたいで。




ーーー何かあればここへ逃げてくればいい。俺が匿ってあげるから。

ーーーこの灯台の麓で、ここで待っているから。…と。



イノランと。
そんな会話をしながら、出掛ける前に抱き締め合ったのは今日の事なのに。



それなのに。





ザアアアアアッ…
ザアアアアアアアアアア…

ゴオオッ…ゴオオオオオ






ーーーーー回避はできなかった?



「ーーーーー嵐…が……来るって…」



ーーーーー予感はあったのではないか?



「ーーー近づいてくるっ…て、」



ーーーーー知っていた筈だ。



「……知っ…てぃ…た」



ーーーーーそれならばできる事もあった筈。



「…俺」



ザアアアアア ザアアアアアッ
びゅううう…びゅうううっ…




カタカタと、隆一の指先が震えている。



「…俺…っ…」



寒さでない。
怖さでもなく。



隆一の脳裏に浮かんだもの。
それは、もうひとつの灯台。
煉瓦造りの古い灯台。

風使いが代々灯を絶やさずに守ってきた灯台。
風使いの碑。



いつからだろう?
はじめて師について訪れた子供の頃だろうか?
それともあの古い灯台の存在する意味を知った時だろうか?
この灯台の存在が、薄暗いものに思えたのは。

嫌なことばかりじゃない。
あの灯台からの夜景は好きだった。
星が一番よく見える場所だった。
師からたくさんの事を学んだ場所だった。
ーーー灯をたやさないようにするのは大変な事でもあったけれど。
イノランと。
初めて身体を結んだ場所だった。

風使いの大切な碑。
それを守る誇り。


わかっている。
無くしてはいけない。
長い長い風使いの歴史を見てきたこの灯台を守ること。

ーーーーーしかしそれは、ゆるやかな鎖。
ーーーーー自由を奪う檻。




カタカタ…カタカタ…
隆一は震えてる身体がもはや抑えられなくなった。




「ーーーーーお…俺…っ…」



そう。
隆一は気がついてしまった。

嵐の予兆は知っていた。
それが巨大な嵐の卵であることも。
師から教わった並外れた知識と感覚で。
その嵐がひとたび訪れたらどうなるか。
例えば岬に建つ古い灯台など崩壊してしまうだろうと。

知っていた。



知っていて、それを待ち受けた。
いや。
待ち〝望んだ〟のだ。




「…ぁ…っ…あ、俺…っ…」






無くなればいいと。
あの古い灯台が。
風使いの碑など、自分の代で無くしてしまえばいい…と。








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