round and round (みっつめの連載)
◇間の番外編
《風使いのひとり言》
風には名前がある。
風の種類によって、それぞれ。
気象用語として使う呼び名から、歳時記なんかに登場する呼び名まで。
それはそれは数多く。
でも実際に風使いがそれらの呼び名を正確に使い分けているかと言えばそうでも無くて。
寧ろその呼び名の方に自らが起こした風を当てはめる方が多かった。
風使いが自ら起こす風にもつ感覚は抽象的で。
かつての風使い達は、古くから人々がつけた風の名前に感激も感心もしていたのだろう。
隆一は考えていた。
ぽっかり浮いた雲に腰掛けて。
遠く、人びとの街が見える空の中程で。
「ーーーーーなまえ」
名前。
隆一がぼんやり考えるのは、風の名前。
それも、ある特別な風の。
「ーーーーーーー名前、風の。名前」
さっきからだ。
何度頭を傾げてもわからない。
それにぴったりと重なる名前が見つからないのだ。
そう。
隆一はここ最近、時折ヘンテコな風を起こす。
それは一定ではなく、時によりバラバラな。
制御できないような突風だったり、常夏に来たようなあたたかな風だったり。まるで桜色に染まったような風だったり…隆一にも予測がつかない。
たったひとつわかっているのは、その発生条件だ。
「イノちゃんといる時、イノちゃんの事を考える時」
そんな時に決まって吹く風。
それにつける名前が、隆一には見つけられなかった。
「イノ風、イノラン風、イノちゃんの風」
「ーーーーーーーー変なの」
「…じゃあ」
「ーーーーーうーん、」
どんなのがいい?
あなたを想う時に生まれる風。
end
《恋人は風使い》
冬。
寒い寒い。
街なんか歩いていると。
風も冷たくて、思わず背筋も丸くなる。
冬の街。
こんな季節は(特に休日とかさ)恋人同士なんだろうなぁってふたりをよく見かける。
手を繋いで、身を寄せ合って。
寒さすらも楽しむように。
そんなふたりとすれ違うたび、俺は少し歩みを緩めて。
ほんの少し、振り返る。
いいなぁって、微笑ましくて。
「ーーー寒、」
後ろの恋人達を眺めていたら。ひときわ冷たい風が足元でくるくるっと輪を描く。
かさかさと乾いた落ち葉が円を描いて、そのまま空に舞い上がる。
ーーーねぇ、俺を見てよ
ーーーここにいるよ?
そんな声が聞こえた気がして。
俺は空を見上げて微笑んだ。
「ちゃんと見てるよ」
「隆のこと」
だってさ。
俺の恋人はこの風を起こす張本人。
空の上で今日も仕事を頑張ってんだから。
手のひらを空に翳して、生まれたての風を撫でる。
それはそのまま、俺の恋人に触れているようで。
どきどきして。
この後彼が戻ってきたら、ちゃんこの手で触れてあげたいって思ってしまう。
ひゅぅ…
また、一陣の冷たい風。
ーーーいいよ
って。
返事に思えて。
俺はまた微笑む。
「ーーーでも、隆」
「今日の風さ、ちょっと寒すぎない?」
冬なんだから仕方ないでしょ!って、言われそうだ。
「まぁ、いっか」
寒い時は、お前を抱き締めればいい。
それだけで。
end
《風使いのキャンドル》
「ーーー」
ここは隆一の家のキッチン。
イノランは物珍しくて、じっとそこを眺めていた。
そして感心した様に、へぇ…と呟くと。
そこにもっと顔を寄せて、さらにじっと眺める。見つめる。
ーーー何かって?
「ーーーーーすげぇ…」
「すげぇ?」
「!」
「ーーーイノちゃん。何が、すげぇ?」
思いがけない背後からの返答に。
イノランは、ぱっと振り返って慌てて手を振った。
声の主はこの家の主人。
風使いの隆一は、綺麗に畳んだばかりのキッチンクロスを抱えて、小首を傾げてイノランに微笑んだ。
「っ…りゅ!こら‼︎」
「ぇ、?」
「そんな…!俺の口真似なんかすんな!」
「ーーーなんで?」
「なんで…っ…って、だってさ」
「ぅん?」
「…自覚あるから。…」
「??」
「ーーー口、」
「くち?」
「そ!口、悪いから!俺」
「ーーーそ、かな」
「そーなの!だから隆は俺の真似なんかしなくていいの」
「別にいいのに…」
「…まぁ、隆がどんな言葉を選ぼうがそれは俺が決める権利無いけどさ、」
「俺はイノちゃんが言ってたから言ってみたかっただけ。それにイノちゃんが言うとかっこいいもの」
「…え」
「イノちゃんがする事も言う事もかっこいいって思うよ?好きなひとの事だからそう思うんだよ」
「っ…!」
好きなひと。
そう、隆一に言われるだけで。
イノランは馬鹿みたいに舞い上がっている自分を自覚する。
大人になって二度目に出会った頃の隆一は、イノランから見たらピュアそのもので。
そんな隆一にこれまでイノランは色んな事を教えてきたのだと思う。
隆一がのちに好物になった初めての食べ物も、人々の住む街の事も、音楽の事も、心を通わす事も、触れ合う事も。
それから、愛されて、愛することも。
それらをいつだって素直に受け入れてくれて、何倍もの愛情を込めて返してくれる隆一だから。
ーーーだからこそ、伝える側は責任重大だともイノランは思うのだ。
綺麗な隆一だから。自分の教える事で汚す事だけはしてはならないと。
(でも隆は何を知っても綺麗で、自分でちゃんと保てるひとなんだろうな、)
「…イノちゃん?」
「ん?」
「もぅ、さっきからどうしたの?」
「ーーー隆は綺麗だなってこと」
「っ…」
「たとえ俺の口悪りぃ言葉を真似してもさ」
逆にそれが可愛いとすら思える。
イノランは隆一にベタ惚れだから。
ーーーで、話は逸れたけれど。
何がイノランが感心するほど〝すげぇ〟のかと言うと。
それはこぢんまりとした隆一の家のキッチンの棚に並ぶ、たくさんのガラスの小瓶。
そこに詰められているのはひとつとして同じものは無い、薬草やハーブ、木の実などだ。
「すげぇよな。いっこいっこ全部違ってて、色合いも違うからパレットみたいで綺麗だな」
「ふふっ、それねぇ。おじいさんが集めた物なんだよ」
「ーーー出た、隆のじいちゃん」
「調合して漢方薬にしたり、お茶にしたり、ケーキやパンの生地に練り込んだり」
「漢方薬!苦いってやつだ!」
「ふふふ、よく効くんだけどね。あの味がねぇ、」
「ーーーそれを隆が引き継いだってわけだ」
「でも俺はまだ全然使いこなせてないよ。簡単な傷薬を作ったり、あとは紅茶にしたり」
「へぇ、」
「眠れない夜のアロマキャンドルとかね」
「キャンドル?」
棚の奥から隆一が取り出したのは手のひらに乗るくらいのラベンダー色の円筒形のキャンドルだ。
何度か使っているのか蝋の溶けた部分があるけれど、イノランの前のキッチン台にコトンと置くといい香りがした。
「俺が作ったの」
「隆が?」
「ちょっと歪だけどね。いい香りでしょ?寝付けない夜にいいんだよ」
「ーーーすげぇいい香り。歪な感じが可愛げあっていいじゃん?」
「っ…ありがとう」
イノランはそう言いながら、その小さなキャンドルをそっと手に取った。
持つと手によく馴染む感じが良いと思いながらも、使いかけの溶けた蝋を見て、思う。
眠れない夜。
寝付けない夜。
おじいさんが去った後のこの家で。
隆一は、そんな夜をひとりで幾つも過ごして来たのだろうか…と。
ーーーそれを隆一に確認する事はしないけれど。
使いかけのキャンドルがイノランに教えてくれるのは、孤独な夜に膝を抱えていたのだろう隆一の姿だ。
「ーーーーー……」
海と、波と、灯台と、森と。
そこにひとりで住む隆一。
それを想像したら、イノランはいても立っていられなくなって。
傍でにこにこと微笑む隆一を。
ぎゅっと、抱きしめた。
「ーーーっ…ノ、」
ぱさ。
隆一が持っていた青と白のキッチンクロスが床に落ちる。
それを視界の端で捉えつつ、腕に捕まえた恋人をもっと抱き寄せる。
「…ィノ…ちゃん、」
恥ずかしげな隆一の声。
急にされたきついくらいの抱擁に、隆一は己の両手の行方に躊躇って。
でも、気持ちのままに。
隆一もイノランの背に、両手で縋りついた。
「ーーーーーえっと、」
「…ん、?」
「隆?」
「…ん」
「ーーーーーあのさ、」
「…ぅ、ん」
〝寝付けない夜に、もう怯える事はないよ〟
イノランは、ただそれだけを伝えたかったけれど。
こんな場面では、上手く言えないもんだ。
気持ちばかりが急いて。
腕に抱く恋人に鼓動が高鳴って。
結局。
上手く伝えたかった言葉は、行動に代えた。
「…んっ…」
隆一の視界を塞いで、唇を重ねた。
びっくりした顔の隆一をも楽しむ様に、さらに深く隆一を犯してゆく。
抱きしめたままするキスは最上級の愛情表現。
そう思いながら、震え始めた隆一の身体を抱きすくめた。
「ーーーーっ…ふ…ぅ、」
「俺がいるよ」
隆一がひとりの夜に、側にいてあげられる存在に。
ひとりで過ごす夜も、もう怖くないと思える様に。
ーーーまだ抱きしめる手を緩めるつもりはないけれど。
深いキスが少し苦しそうで、イノランは息継ぎを促がす様に重ねた唇を僅かに離す。
ちゅぷ…
「…ぁ…っ」
濡れた唇は艶々と光る。
ふたりを繋ぐ唾液の糸を拭ってやると、隆一は心底幸せそうに微笑んだ。
その途端に。
ふわ…っ…と。
隆一とイノランを包む風が円を描いて室内を通っていく。
相変わらず、なんて呼べばいいのかわからない、隆一がイノランを想う時に生まれる風。
今日のそれは、キャンドルのハーブの香りを混ぜ込んだ。
好きなひとと微睡んでしまいたくなる、優しい匂いがした。
end
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