round and round (みっつめの連載)



















灯台守は風使いだった。


隆一の住む小さな家の側にあるのは、真っ白で、まだ新しいとさえ思える灯台。
そこから海岸線を辿って行った先にあるのは、煉瓦が組み上げられた古びた灯台だ。

煉瓦造の灯台は、長い年月潮風にさらされて。
積み上がった煉瓦の角は脆く砕け、上部に嵌め込まれた素の木の窓枠も風化して節が黒く浮き出ている。
現在のものよりも分厚く黄色味がかった古い窓硝子は、吹き付けられた潮風に含まれる塩分が結晶化して、白くまだらに曇り付き。
内部の螺旋階段を天辺まで登れば、灯台の要と言える大きな硝子の目がゆっくりと規則正しく回り続ける。
ーーーその回転の動力である大きなろうそくの台は、重ねた年月の分だけの溶けた蝋の痕がくっきりと残っていた。




古い灯台。
人の住む街からも、ずっと遠く。
森と海と空に囲まれた、忘れ去られた灯台。
無くても困らない。
火を灯す必要も本来なら無い灯台。

けれども隆一は通い続ける。
大きなろうそくが溶け落ちる前に、新しいろうそくを。
先代から、その先代から…ずっと。
代々の風使いによって今まで一度も絶やさずに灯し続けた灯台の火を。

今日も。



シュッ



コトン。





「新しいろうそくですよ」


真新しいろうそくのちらちらと揺れるオレンジ色の火に照らされた隆一の表情は、優しい微笑みと。
それから。
少しだけ…虚ろな。







この煉瓦造りの灯台は風使いにとっては特別なものだった。






幼い頃から清明と共にこの灯台の世話に通っていた隆一は、もうそれが当たり前だと思っていたし、なんの抵抗も無くこの灯台の側にいた。
この辺りは人も全くと言ってもいいほどに誰も来ないし、面白味のある店やなんかが近くにある訳でもない。
ただ、幼心にも夜は星が綺麗で、何の邪魔もなく海が見渡せる。だからここが好きだと、隆一は思っていた。

大切な灯台なんだよ、と。言われ続けてきたけれど。

何故ここにこの灯台があるのか。
何故この灯台を風使いが代々見守ってきたのか。
隆一がそれを知るのは、少し大人になってからだった。







ーーーーー少しだけ話を戻して。
この灯台の内部に風使い以外の…風使いではない存在が足を踏み入れたのは。
あの、特別な夜の。
隆一がイノランと螺旋階段を登った夜。
初めて二人が身体を重ねた夜。

そう。イノランが、初めての来客だった。







「俺、灯台の中って初めて見たけど」

「そっか」

「ーーーなんか、いいな。秘密基地とか、海賊船の船室みたいでさ」

「ふふふっ、そうだね。この灯台はとっても古いから、中の様子も年季が入ってるし尚更だよね」

「〝男の子〟ならきっとみんな好きだよな。こうゆう感じ」




小さな窓を開け放って、二人で満天の星空を眺めながら交わした会話。
イノランがプレゼントしたクリスタルを一緒に付けたのがこの灯台のものだと知った時から、イノランはこの灯台が隆一にとって特別なものなのだと感じていた。




「ーーーなぁ、隆?ここへはよく来るのか?」

「うん。灯りの動力がろうそくだからね。ーーー俺の家の前のは電気なんだけど…。これはホントに古くからある灯台だから、絶えずろうそくを灯さないといけない。この大きなろうそくは一週間しか保たないから、毎週必ずここへ来る。溶け落ちた蝋を取り除いて掃除して、新しいろうそくを立てる」

「ーーーずっと?」

「そう、ずっとだよ」

「ーーーーーずっと…か」




〝ずっと〟という言葉にすれば、それは簡単に言えてしまうけれど。
いざそれを継続して実践するとなると、この時イノランには気が遠くなるような思いがした。 
毎週一度のこの習慣は。
それはつまり、離れることが出来ないという事だ。
この灯台の側から、自由に…。




「ーーーーーこれはね、風使いの碑…なんだって」

「え、?」



ぽつりと呟いた隆一言葉に、イノランは星空から隆一へと視線を向けた。
イノランの視線を感じるのか、少しだけ照れくさそうな表情で。
隆一はさらに続けた。


「俺はもちろんまだ生まれてない頃。ーーーおじいさんも、そう。ずっとずっと、うんと前。ーーーこの岬でね、大嵐が来たって」

「ーーー」

「この灯台はその頃からあって、その当時はまだ役目を担って必要とされていた灯台で」

「ーーー」

「ーーー昔々の、その大嵐の日にね」

「ーーー」

「その頃はまだたったひとつの選択肢しか与えられていなかった風使い達が…森を守り人々の街を守り…」

「ーーー」

「その時に命尽きた彼らの名前が刻まれた灯台なんだって」

「ーーーーーたったひとつの選択肢?」

「そう」




そう言えば、と。
イノランは思い出す。
風使いは、たった一度だけ己のこの先の身の振り方を選択できるタイミングが訪れると。
清明のように風使いとしての自分を棄ててひととして生きてゆくか。
人生の全てを風使いとして捧げるか。
それとも、それらとは全く違う人生を選ぶのか。
〝選べる〟チャンスが巡ってくる隆一達とは違い、この灯台が真新しい頃のずっと以前の風使い達は、その選択肢が無かったという事なのか。




「選べなかったって。ーーー昔はね」



風使いとして生まれたら、生涯風使い。
これはそんな彼らの生きた証なのだという。




「ーーーこの灯台の地中にね、彫ってあるんだって」

「ーーーーーそっか、」



だからこそ、灯を絶やすことはできないのだろう。
灯台の灯を守るということは、彼らの存在を忘れぬようにするものだから。

そうか。それは確かに、隆一にとっては大切な場所だろうと。
イノランは無言で頷いた。
ーーーけれども。



「ーーーーーー…?」



ふと、視界に入った隆一の横顔。
それは何故だか。



「ーーー隆、?」



優しいけれど、そっと影をおとす虚ろな微笑み。
にこやかないつもの隆一の笑顔とは違う、灯台の部屋の薄闇に紛れてしまいそうな、頼り無さげな立ち姿は。
この灯台に名が刻まれているという風使い達が。

ーーーお前もこちらへおいで…

そんな風に隆一に手招きしているようで。
イノランはスッと背筋が冷えて。

(そんなの…冗談じゃねぇ)



手を離すものかと、傍の隆一の肩をぐっと引いて。
目を丸くする隆一を構わず抱き寄せた。






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