round and round (みっつめの連載)














ゴオオオッ…

ゴオオオオオオオオ…ッ…






孵化したばかりの嵐は勢いが半端では無い。
ぎゅっと凝縮されていた巨大な低気圧の卵は、静かに音も無く進みながら、一旦ヒビ割れ解き放たれたら最後。
空を掻き回し、海面を大きく波立たせ、陸地の木々を根っこから引き剥がす。

大嵐だ。
と言うより、単純に嵐と呼んでもいいのかどうか迷う程に荒れ狂う空。
様々な天候に間近で接してきた空の者たちですら、身体を支えるのがやっと。
押し寄せる大風に流されまいと、今はただ必死だった。






「雲の奴ら集まれ‼︎壁作るぞ!」

「全てを守るのは無理だ。人々の集まる街の方角を重点的に固めろ!」




雨風に煽られながら先頭で雲の者たちに呼び掛けるのはJ。
その掛け声に一斉に集まった雲の者たちは、辺りに充満する湿気を集め凝縮させあっという間に大きな雲の塊を生み出す。
しかしせっかく作り出した雲の壁も、風に煽られ端からぼろぼろと崩れて流されてしまう。
Jの言うように全てを守るには圧倒的に人員も力も足りない。
ならば街のある方角。
そちらにまずは大きな被害が及ばないようにと守備を広げる。

ーーーが。





「J君‼︎足元‼︎」

「え、?ーーーーーっ…ぅわっ…‼︎」



背後からの声が無ければ気付くのが遅れただろう。
ゴウッ…と大きな音を立てながらJの足元を物凄い速さで通り抜けたのは風の帯だ。
まるで新幹線かジェット機のように大きな風は、捻れながら辺りの空気を巻き込んで吹き抜ける。




「Jっ…!」



雲を作ることに気を取られていたJをはじめ雲の者たちは、足元すれすれを抜ける大風にバランスを崩した。しかし下手をしたらそのうねりに飲み込まれてしまいかねない危機を上手く手助けしたのは隆一だった。



「俺の風を寄越すから…っ…‼︎」



通り抜ける風とJ達の足元の隙間に作り出した風を送る。捩れを伴う風に負けないような強固で一直線に吹き抜ける隆一の風は、いい具合にJ達の体勢を安定させることができる足場にもなった。



「隆!」

「みんな大丈夫⁈一応長持ちするような風を送ったけど、ずっとは保たないから気をつけてね!」

「サンキュ‼︎」

「俺も向こうへ行って来る!」

「隆‼︎気をつけろよ‼︎」



大雨で霞む視界で、それでも手が離せないJが見たものは隆一の笑顔だった。
ひらりと美しく隆一に似合っていた正装は雨にぐっしょりと濡れてしまっているが(それはJも同じだが)。
こんな状況の中でも、行って来るねと手をあげて笑みを見せてくれる隆一に、Jは底知れぬパワーを貰えるようだった。




(ーーーアイツ、)



風に逆らって向こうへ去って行く隆一の背中を見て、再び思う。
以前も感じた事だが、Jは隆一の的確な風使いとしての技術に舌を巻いた。
Jの司る雲や、スギゾーの光、真矢の雷鳴は目に見えるものだ。
視覚的にその姿を捉えることができる分、それを見た者も扱う側も感覚を得やすい。
しかし風は、風自体は姿を持たない。
周りにある物が風に触れて初めて、その姿を捉えることができる。

見えないものを的確に扱うことができる隆一は、Jから見たら文字通り〝すげぇ奴〟なのだった。




「負けてらんねぇじゃん、俺もさ!」



同期仲間であると同時に切磋琢磨し合う者。
隆一とJと、スギゾー、真矢は。
そんな絆で結ばれた者たちなのだ。



「いくぞっ!ーーーみんなで…」


「気合い入れるぞ…っっ…‼︎」






















ざああああああああ






「ーーーーー」


イノランは、つい先程から降り出した雨を避けるように、灯台の戸口の僅かな屋根の下で空を見上げて呟いた。



「さっきまでは晴天だったのになぁ…」



隆一が届けてくれた御神酒を味わい終えて、ゆったりと青空の下で日向ぼっこを楽しんでいたのだが。
空の端から湧き出た少し曇った雲を見つけた途端、それはもくもくとこっちへ進んで。
海上を、すっぽりと覆って。




ぽつ…。ぽ…。


イノランの顔に雨粒が落ちて。
あ、雨?と思っていたら、すぐだった。










ざああああああああああああ





「結構…降って来たな」



灯台周辺の短い下草はすでに水溜りに浸っている。
海に迫り出した岩場の上のこの場所は、大雨が降ると地表に水を吸い込むことが無く滝のように海へと流れ込む。
その音だろうか?
いつもの波音に混じって、水の流れる音も聞こえ始める。
そして風も出て来た。
背の高い灯台の上部は吹き始めた海風を受けてビュウビュウと甲高い音を響かせる。
背後に広がる森は、ザワザワと幹をしならせ葉を揺らしこちらも大きな音だ。

悪天候。

身を寄せる灯台の小さな軒下では、イノランの服や爪先をみるみる内に濡らし始める。
このままもっと雨が酷くなってきたら、すぐそばにある隆一の家の中に避難させてもらおうか…と思う。
鍵を預けてくれた隆一だから、それはもちろん構わない事だけれど。
ーーーけれど…




「ーーーーーせっかくの空の祭なのになぁ、」



曇天の空のその向こうにイノランは思いを馳せる。
この空の何処かにいる恋人は、もしかしたらずぶ濡れなのだろうか…と。
せっかく今日の為の衣装を身につけた一日なのに…と。

そして。空に関わる事はイノランよりも慣れている筈の隆一だけれど。




ざああああああああああ



「ーーーーー」


それでも。
こんな天気の日は、心配になってしまう。



「ーーー隆、大丈夫か?」



もどかしい思いを抱えるのはこんな時。
空の者と人と、その違いを突きつけられるのはこんな時。

きっと頑張り屋で気遣いの恋人は、この空の中でも飛び回っているのだろう。
それを誰よりも側で支えてあげたい時に、側にいてやれない。
それを承知で隆一と共にいるのだけれど。

そして、こんな空を見ると、ふと思い出す。




「隆、言ってたな」



いつか嵐と対峙する瞬間が来ると。
その時が、風使いとして試される時。
その後の自分の在り方を見定める時。
少し険しい顔で、そんなふうに教えてくれた隆一を。
やはりイノランは、支えたいと思ったのだ。
その瞬間に、自分にできる事を。
全力で。






「そばにいるよ」


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