round and round (みっつめの連載)












空の上で醸造された酒は光の加減で淡く虹色に見える。
集まった人々の手にはグラスが渡り、そのそれぞれに満たされた虹色の酒はほの甘い花の香りを空いっぱいに漂わせた。
それは今日の為に用意された御神酒。
隆一が先程ひと足先にイノランに届けたものだ。



(イノちゃんも飲んでくれてるかな)



自身の手に持つグラスを眺めながら、隆一は灯台の元にいる恋人を想ってそっと微笑む。
割と強めなこの酒は、きっとイノランの口に合うのでは…と思ったから。
ーーーきっと自分を想って、空に乾杯をしてくれていると思うから…
自惚れかもしれないけれど、そんな事を想像して、またそっと微笑みを溢すと。





「それでは諸君、祝いの杯を」

「今日の空に…」

「そしてこれからの空に」


雲の宴台に上役達が並び、声高らかに。
その祝いの掛け声に、一斉に虹色のグラスが空に掲げられる。




「乾杯!」

「乾杯…ーーーーーーー!」


カチ…リ…
チリィ、ン

涼やかなグラスのかち合う音色があちこちで響き渡る。
隆一もまた側にいる仲間達と杯を交わして、あっという間に歓談が始まる。
演奏が始まり、舞の披露を始める者もいたりと辺りが華やぐ。
花の染料で染めた綿雲が風船の代わりに空に放たれると、わぁっ…と皆が歓声を上げた。

そんな様子をにこやかに眺めていた隆一の肩を、ポンとたたく者。
スギゾーだ。



「隆、来てよかった?」

「え?」

「今日。最初さ、ちょっと気乗りしてなかったろ?」

「ーーーん、そだね」

「でも、よかったでしょ?」

「うん!来てよかった。TERU君にも会えたし、皆んなもいるし」

「な!」

「ーーーよかった。ありがとうスギちゃん。後押ししてくれたものね」

「まぁ、そりゃあね。だってせっかくの祭に隆がいなかったら寂しいしさ」

「ほんと?」

「あたりまえじゃん!だって同期の奴らが欠けたらヤダし。いっつも皆んな一緒だったんだし」

「ふふっ」

「それにさ、」

「ぅん?」



スギゾーはにやにやしながら、ピッと雲の下を指さして。
隆一の耳元で、コソコソと…



「晴れ姿。めちゃくちゃ綺麗な今日の隆をさ、」

「ーーーぇ、?」

「見せてやりたいじゃん?ーーー」

「ーーーーっ…」

「アイツにさ?」

「ーーーー!ーーースギちゃ…」



スギゾーの言う〝アイツ〟が誰なのか。
隆一にはそれが瞬時にわかって、ほわん…と頬を染める。
恋人が灯台の元で隆一を待っていると、そんなのはスギゾーにお見通しだった。
その恋人がどれだけ隆一を想っているかも承知だから、だからこそ今日の特別仕様の隆一を見せてやりたいと思ったのだ。



「似合うって、言ってたでしょ?」

「っ…ぅ、」

「ん?」

「ーーーーーーう、ん…」

「やっぱりね!」

「ーーーん。ありがとう、スギちゃん」

「いいんだよ。あとでアイツに会いに帰れるって思ったらどきどきするでしょ?ーーーその気持ちのまま、楽しみな?」

「うん!」



ニッと、スギゾーは白い歯を覗かせたいつもの笑みを浮かべると。
もう一度ポン、と隆一の肩をたたくと向こうへ行った。
その背中を見送りながら、隆一はつい、唇を噛んで俯いた。
ーーー照れ隠しで。




「ーーーどきどきする、なんて言うから」


「今すぐに会いに行きたくなっちゃう」



好きで好きで堪らない、初めて愛したひとに。

ふわふわと足元が浮き上がる感覚(実際ここは空の上だから、そうなのだが)
その心地いい感覚に身を任せていた時。

それは唐突だった。




ざわっ…


全身を駆け巡ったのは、悪寒。
一瞬前とは真逆の、総毛立つ感覚。


咄嗟に隆一は振り返った。
そしてその光景に目を見開く。







「ーーーーーーーーーーぁ…」



「ーーーーぁ…っ…避…ーーーーーーーー」







ゴオォォ…ッッッ…‼︎…
ドッ…!




「ーーーーーーー皆んな…避けて…っ…ーーーーーー」





一拍早く気づいたのは、恐らく隆一だったのだろう。
隆一の叫びと共に鳴り響いたのは轟音。
嵐の塊。
一瞬にして散り散りになって空に掻き消えたのはJ達、雲の人々が創り上げた今日の為の式典会場の土台。
雲とはいえしっかりと固められて強度もそこそこあった筈の会場の祭壇や円形の土台は跡形も無く。
各々が手に持つグラスは砕け散って空に舞った。




「ーーーーーっ…く、ぅ…っ…」



突如押し寄せた暴風は身体を支えるのがやっとという程で、少し遅れて大粒の雨粒も叩きつけてきた。
ゴオォォゴオォォと風は黒雲を広げて、青空だった空はあっという間に真っ暗になった。


巨大な低気圧の渦は、空の景色を一瞬で変えてしまった。



































「ーーーーー来た…か」




煙突のある家のリビングで呟くのは清明。
部屋の中から見える窓の外の空。
穏やかな水色の、その空を見ながら。
清明は長く伸ばした白髪をぎゅっと後ろ手で束ねて。

戸棚の上に置かれた小さな写真立てを見やると、彼はそっと微笑んだ。







「ちょっと行ってくるよ」




ちょっと散歩に。
そこまで買い物に。
まるでそんな気軽な口調で。
足取りも…変わらずに。



ぱたん。



軽やかなドアの閉まる音とは裏腹に。
煙をあげない鳴りを顰めた今日の煙突は。

何故だかとても重々しく見えた。






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