round and round (みっつめの連載)












空を統治する者。
風と、光と、雲と、雷鳴。
かつて清明が担っていた空の守り人が一人づつ選ばれるように。
空を統治する上役も四人存在した。
空の守り人の直属の上司にあたる、この上役達は。
こんな祭典の場でも堅い表情を崩す事なく、その存在感を堂々と見せつけるようだ。




ーーーそのうちの、ひとり。
隆一を呼び止めたのは、風使いを纏め上げる人物だった。
ぐっと隆一を睨むように見据える眉根には、不機嫌そうに深い皺が刻まれる。
それまで和気藹々と和んだ空気を囲んでいた隆一をはじめとする空の者達は、急に訪れたぎこちない雰囲気に口を噤んでしまう。

隆一が空の祭事への参加に二の足を踏んでいたわけ。
それがこの…空を統治する者達の存在だった。






「ーーー清明の、だな」

「ーーー」



隆一は無言で小さく頭を下げると、それをもって肯定の意を示す。
上役達の機嫌を窺うでもなく取り繕うでもない隆一の態度は、もともと良くはなかった上役達の機嫌をさらに悪くさせたようだ。




「ーーーふんっ、」



初老の、その風の上役は。
ひとつ鼻で笑うと、隆一の纏う正装をジト…と見て。
光に透ける帯の端をグッと掴んで、その後吐き棄てるように手を離すとこう言った。



「永きに渡る一族の伝統も何もない正装だな。これは清明が着ていたものだったのか?」

「ーーーーーいえ、」

「初めて袖を通すと?」

「ーーーーーーーはい。ーーー師が、この日の為に仕立てておいてくれた衣装ですから」

「ほぅ、」




隆一に一番映えるようにと、清明が自ら。
血が繋がっていない師弟だったけれど、強い絆で。
伝統よりも、その季節に新しく吹く風のような。
隆一の美しさを引き立てる、そんな衣装をと。

どんな豪奢な刺繍よりも、煌びやかな装飾品よりも。
隆一にとって大切なものだった。

隆に似合うと、イノランも言ってくれたのだから。





「大切な衣装です」











「似合うでしょ」

「!」

「ーーーって、アイツ。イノランならそう言う。よな?隆」

「ーーー!…スギちゃん、」




隆一の背後からポンッ、と肩をたたいて。
張り詰めた雰囲気の会話を割って入ったのはスギゾーだった。
隆一とTERUが和気藹々と再会を果たした時から、スギゾーもその会話ににこにこと参加していたのだが。
この空の永遠を願う祝いの場に相応しくない雰囲気に、スギゾーは口を挟まずにいられなかった。




「ごきげんよう。上役の皆様。ーーーどうっスか?俺の正装も」

「ーーー」

「俺もあんまりカチカチなの好きじゃなかったんでね。真矢の雷で…こう。ダメージ加工っての。ドカーンとね、どうですかね?似合います?」

「ーーー」



恭しく両手を広げてくるりと披露するスギゾーの正装は、裾や袖口が裂かれたような漆黒の衣装で。
それを得意げに見せるスギゾーを上役達はまんじりと眺めていたが。
それでもスギゾーはお構い無しで。(かえって隆一やTERUの方が呆気にとられる始末…)




「隆のは、めちゃくちゃ綺麗だと思うし、超似合ってると思う」

「ーーーっ…お、俺も!俺もそう思いますよ!」

「TERUくん…」

「TERUのも!すげぇいいと思う」

「スギゾーさんに褒められると嬉しいです!」

「ね?ーーー今日は祭なんだし、無礼講でいいじゃん?皆んなが好きな服着て、大切な服を纏って。皆んなで空に感謝する日。ーーーね?」

「ーーーーー」

「怖い顔してたら、お天道さまが怒り出しますよ?」



ーーーこれ以上、仲間になんか言いがかりつけたりすんのは許さないよ。
それがいくら上司でもね。

スギゾーの言葉の端々には、そんな意思が滲み出る。
仲間を悪く言ったり、貶めたり。
そんなのは許せなかったから。







「ーーーはぁ、」



上役達がスギゾーを睨みつけたあと隆一達に背を向けて。
大勢の空の者達が集う会場の奥へ消える頃、隆一はホッと息をついた。

お天道様は、太陽。
太陽や月や星。
空に在るそれらものは、空の者達にとっては大切なもの。
尊敬や安寧。
そんな象徴で。
その中の〝お天道様〟を出されては、上役も引くしかなかった。
空の祭事は、空の永遠を祝う行事。
即ちそれは、空に在り続ける天体の永遠を願うものでもあったから。







「ーーーやれやれ」


スギゾーは肩を竦めて呟いた。
傍の隆一もほっと息をつくのを見ると、ニカッと笑って隆一の頭をぽんぽんと触れた。




「っ…スギちゃん」

「気にすんな。今日はさ、めでたい日でしょ?」

「!」

「揉め事とか、そんなの持ち込む方がどうかしてる。だから全っ然、気にすることない」

「…スギちゃん、」

「隆なんも悪いことしてないんだからさ」



な?

そう言って、スギゾーはまたニカッと、白い歯を覗かせて笑う。
笑うと、くしゃっと愛嬌たっぷりになるスギゾーの笑顔が隆一は大好きで。
つられて、隆一もやっと強張った表情を緩めて微笑んだ。

庇ってくれたのは隆一に対してもそうだけれど、その背後に纏う清明に対してもなのだと。
隆一はちゃんと気付いていたから。





「スギちゃん、」

「ん?」

「ありがとう」




感謝の言葉と共に隆一がスギゾーに贈ったのは。
今日の祭典に相応しい、心地いい爽やかな風だった。




















ふわ…っ…






「ん。いい風」



隆一の起こした風は、そのまま海上を通り、灯台の側まで。
そこで飽きもせずに空を眺めていたイノランの髪を優しく揺らした。
遥か空の上から恋人が寄越した風。
イノランはそれに身を任せて、心地よさに目を瞑る。

風は隆一の気持ちのバロメーター。

隆一の感情ひとつで、その風はどんな色にも染まる。




「楽しめてんのかな?」



こんなに気持ちのいい風が吹くということは。
隆一は今、安らいだ気持ちでいるのだろう。
そう思えたら、イノランはホッとした。




「隆、」




ホッとしたら、急にだ。
会いたくなってしまった。

空の上で、久しい仲間とひとときの楽しい時間を過ごしているだろう隆一を。




「攫いに行きたくなるな」



そんなことできないし、しないけれど。
気持ちは、それが本心で。



「ついさっきまで会ってたってのに」



つい、苦笑い。

どうしようもなく求めてしまう。
真っ青な空に手を伸ばして。




「ーーーーー………」






〝空を棄てて、俺を選んでよ〟



以前に、たった一度だけ。
隆一に告げた言葉。
あれ以来、言っていない。
ここに至るまでに、何度も悩み抜いて。
迷って。
その末に、見つけた道筋。
空と音楽とを共存させる道を選んだ隆一に、もう二度と言ってはいけない言葉だと思うから。
だから。
もう、言うことはないけれど。


でも。






「ほんとはさ、」





「ずっと抱きしめていたい」


「お前を」




「俺の腕の中に繋ぎ止めて」



「ここで」






今ここに隆一がいないから、言える言葉。
いたら言えない。
イノランの本心。



けれど。

空を駆ける隆一も、この上なく愛おしくて。
そのふたつの隙間で、イノランも時折こうして揺れるのだ。






「惚れた弱みって事だよなぁ…」




隆一が一番輝ける道を。
それに寄り添う。
自身の本心をしまって、見せないで。
それが自分にできる愛し方だと、イノランは思っているから。






「好きだよ、隆」



送ってくれた風に、愛を込めて。
風は巡るから、イノランの気持ちを乗せた風は、また空の恋人の元へ届くだろう。
今日を目一杯楽しんで帰ってきた隆一を。
両手を広げて待とうと思う。

おかえり。

そう言って、抱きしめてあげたいと思う。





「愛してるよ」































ゴォォォッ…




遥か空の向こうから。
轟音を響かせながら、迫るもの。

それは嵐。

産み落とされた嵐の卵は孵化をして。
空を駆ける。



空を這うように。

森を飲み込み、海水を濁らせ、鳥達を散り散りにしながら。







迫る。
迫る。




嵐がそこまで。






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