round and round (みっつめの連載)


















「よぉ、TERU!来週の祭事にはお前も行くだろ?」



パトロール最中の空の上で。
隆一のいる空とは反対側の国の空で、通りすがりの同僚とTERUは言葉を交わしていた。



「もちろん!今の立場になってからはずっと仕事仕事だったしね。向こうの空にいる先輩にずっと会いに行きたいと思ってたから、絶対行くよ」

「十年に一度の無礼講だもんなぁ。美味い酒も振舞われて…」

「あのなぁ…無礼講じゃないよ、お祭り!大事な、空の!お酒がメインじゃないの!」

「はいはい。…ほんっと、TERUって真面目だよなぁ」



それから暫し言葉を交わしたのちに、じゃあまたな!おつかれ~!

そう言って彼はグンとスピードを上げて雲の間に消えていった。
それを見届けたTERUは、ふぅ…と小さく息をつく。
進む先に広がる空を見て、今度は口元を綻ばせた。

そう、彼は風使いのTERU。
隆一と反対側の国の空の風使い。
ずっと以前は一緒に同じ空で仕事をしていた時期もあったけれど、今はもうそれぞれに管理区を任されていて、今は地球のこっち側と向こう側。季節の変化によってその行動範囲も移る真矢を介して、時折互いの状況を知る事はあるけれど、長い間二人は会う事すらできないでいた。

少しだけ先輩の隆一と、少しだけ後輩のTERU。
風使い同士、二人はとても仲が良かった。
だからこそ顔を合わせられる数少ない機会。間も無く控えた空の祭事が待ち遠しく思うのだ。




「隆一さん、やっと会いに行けます!お話も、ご報告も…待っててくださいね!」



そんな隆一と久しぶりに顔を合わせられるとくれば、楽しみになるというものだ。
TERUは間もなく会える懐かしい顔を思い浮かべて、今日これからの持ち場へとグンッと空を駆けた。














………………………




ーーーその、同じ頃。
隆一はカレンダーの日にちをじっと目で追っていた。
もう今見ている月の最後の方にはライブのマークが書かれている。
ライブの日程がひとたび決まれば、そこへ向けてこなさなければならない事はたくさんある。
今回はTourbillonのお披露目と、ファーストアルバムを連れての何もかもが初めてのライブだ。特に隆一に至ってはライブ自体が初体験だから。何もかもが初めてだらけのプロセスが全て新鮮だった。

そしてそれを力強くサポートするイノランと葉山と共に。初めて・音楽を楽しむ…をテーマに決めてライブまでの限られた時間を進めていった。


ライブまではもう、半月を切った。









「お疲れ様」

「隆一さん、お疲れ様です」




今ではもう顔馴染みになったスタッフ達。
彼ら彼女らも、自分達のライブに向けて奔走してくれている。ライブの日程が進む程にこうして顔を合わせる事も多くなるのだ。

スタジオの通路ですれ違った彼らに挨拶して。
隆一はまだ到着していないイノランと葉山を待つ間に自販機の方へ歩いた。





「ーーー水で、いっかな」



コインを入れてミネラルウォーターのボトルを買う。
結露でいっぱいのそれを持って、隆一は通路の突き当たりの窓の方へ行く。

こうしてひとの生活に随分馴染んできたけれど、何かの合間に空を見るのはもう身体に染み付いた習慣だ。






「ーーーー晴れ…のち、雲…ちょっと多め。夜、星が割と見える」



隆一が今の空を読んで割り出した最新の天気予報。
それはどんな予報より当たると、ユニットのメンバーふたりは、こぞって隆一天気予報を聞きたがった。



「ふふっ」


そんなふたりのメンバーが隆一は大好きだった。
ふたりに出会うまでは、隠さなければと身を縮こませてひとと接していた隆一だったけれど。
ふたりと出会って、それは変わった。
風使いとしての自分も受け入れてくれる。
それが素敵だと言ってくれる。
だからこそ、風使いとシンガーと両方を手放さずにいられるのだ。



「ーーーだから」

「守りたいんだ」



もしも大きな嵐が来たら。
その予兆を感じ取ったら。
必要として手を取ってくれたひとたちを。
風使いの隆一じゃなければ出来ない事で。




「ーーーーーーー」



嵐。
いつか必ず関わる事になる嵐。
風使いの宿命。
隆一の祖父もそれが転機になった嵐。




「ーーーーー俺の…」

「…俺は、いつ来るんだろう」

「ーーーーー嵐」




嵐の行く先は何処だろう。
誰がその嵐の卵を孕み、生み育てて、ここまで突き動かすのだろう。

大気はうねりを上げて、海水を掻き回し、草木を煽り、暗雲を呼び、太陽を隠す。
打ち付ける程の雨粒は、鳥達を散り散りにする。

十年に一度規模の。
大きな嵐。
大きな風。



自分はその時、どんな行動がとれるだろう。
自分はその時、何を考えるのだろう。





「ーーーっ…」




その時だ。
風の匂いに変化を感じて。
フッ…と、顔を上げた。


都内の音楽スタジオの、様々な用具を押し込んである倉庫の横のぽっかりと設られた窓。その大きくはない四角い青空を見上げる隆一。
ーーーそして穏やかな港町の煙突のある家の庭から空を見上げたのは清明。

現・風使いと、元・風使い。
それはほぼ同じタイミングで。
遠く離れた場所で、二人は同じ空を見上げて…

その視線は、どこか険しいものだった。






「…まだ、遠い…?」

「ーーーまだ…少し遠いか」

「でも、」

「ーーーけれど、」

「ーーーーーーー風が、」

「ーーーーー来る…?」

「…嵐、が」

「匂いが…する」




進みながら、いつか爆発する大きな力を内包した低気圧の塊。
地上の土や埃や、細かな海水の粒を巻き込みながら。
それはゆっくりと…



ゆっくりと…

















「ーーーぅわ、」

「へへ…」

「隆、すげ…」

「ーーーーー変じゃない…?」

「どこが!」

「っ…」

「似合うよ、めちゃくちゃ似合う」






柱の陰から恥ずかしそうにちょこんと顔を覗かせた隆一が纏うのは…例の風使いの正装だ。
初のライブの前でもあったし、そしてどこかこの行事に参加することに二の足を踏んでいたような隆一だったが。
今回はスギゾーの後押しと、何よりイノランにこの衣装を着た姿が見たいと請われた事が、参加の決断に至った要因になったようだが…。
そんなことも吹っ飛ぶくらい、正装に身を包んだ隆一は凛として綺麗だった。






(…目が離せないって、こうゆう事なんだ)




文字通り、イノランは目の前の風使いから目が離せない。
いつもの快活に、颯爽と空を駆ける隆一の姿ももちろん大好きだけれど。
でも今は、雰囲気が違う。
隆一の〝おじいさん〟である清明が、隆一の為に仕立てたという特別な衣装。
それは空の者を一際輝かせる事ができるものなのだろう。





「ーーーっ…」



じっと見つめられて。
隆一は恥ずかしくなって、俯いた。
イノランに見つめられる事は、今ではもう慣れている筈なのに。



(…だめだ。全然…)

(慣れないよ、イノちゃん…)



俯いて唇を噛みながら。
きっと一生慣れる事なんて出来ないんだ、と。隆一は苦笑した。





「…ぁの、イノちゃん」

「ーーーうん」

「ーーーーー見過ぎ…」

「そう?」

「…そうだよ。ーーーじっと見つめられて、ちょっと照れる」

「ーーー」

「……イノちゃんの顔が見らんない」



見られないと言いつつも、頬を染めてチラチラとイノランを気にして視線を彷徨わせる隆一。
そんな様子が、イノランにとっては可笑しくて、可愛くて。
笑っちゃ悪いと思いつつ、溢れる笑みは止められない。

それを見て、小馬鹿にでもされたと思ったのか。隆一はぷくっと頬を膨らませて。




「ーーーやっぱり変なのって思ってるでしょ。ーーーだって今の世の中で…この格好、」

「そんなわけない」

「ーーーーー」

「隆のじいちゃんが作ってくれた大切な衣装なんだろ?ーーー隆にすげぇ似合ってるし、隆にしか似合わないんだと思うし」

「っ…」

「ーーー馬鹿にするとか…そうじゃなくてさ」

「ーーー」

「ーーーーー見惚れた」

「ーーーーー見…」

「綺麗だよ」

「っ…」




ーーートッ…ト…



イノランは隆一の腕を引いた。急だったからバランスを崩して前にのめってしまって。
この日の為におろした、こちらも新しいサンダル。
衣装に合わせて白の紐を編んで作られた真新しい靴。
その靴底が音を鳴らす。
転ぶまいと無意識に踏みとどまった隆一の足は、それでも止まりきることができなくて。
結局、ぽふっ!と、広げたイノランの腕の中に捕まった。





「ーーーィ…イノちゃ、」

「隆」

「っ…なぁ、に?」

「ーーー隆、」

「ん、」



腕の中に捕まえた隆一を、今度は離すまいとぎゅっと抱きしめる。
途端に身体を震わせる隆一を愛おしく思いながら、イノランは思う。

風使いと、ひとと。
隆一と出会ってから、それはふたり一緒にいる上で避けては通れない事だし、永遠のテーマのように幾度となく考えてきた事だ。
知りたいと願いつつも踏み込む事に遠慮していた時期もあるし、その壁に少しづつ踏み込む事の嬉しさを覚え始めた時期もある。どんなに分かってあげたいと思っても、最終的にはそれぞれの事は本人にしか分からない。ならば一番に寄り添う存在になればいい。違いに傷付いても、それを一番に察してあげられる存在になればいい。
ーーーこの結論に辿り着くまで、イノランももどかしく悔しい思いを何度もしてきたけれど。

ーーー今こうして、風使いとして輝いている隆一を抱きしめられる事。
その姿を一番に見せてくれる事が、イノランにとってどれほど嬉しい事か。




「ーーーわかってるか?隆」

「?…ぇ、」

「くくっ、わかってないでしょ」

「っ…わかんないよー」



だから、なぁに?って、訊いてるでしょ⁇と、再び頬っぺたを膨らませる隆一に。
ーーー顔を寄せて。




「ーーー俺の、」

「…ぁ、」

「最高の…風使い」

「ーーーっ…ん」

「大好きだよ」



ーーーちゅ、



「ーーーーーっ…ふ、」

「…りゅ ぅ …」





軽いのは最初だけ。
すぐに深く重なる唇は、もう何度目かわからない。
最初は遠慮がちだったキスも、今では違って。
隆一にこんな事を教えたのも自分だと思うと、イノランは頭の芯が痺れるようで夢中で隆一を求めた。



「ーーー隆、だけ…だ、」

「っ…ん、 ぁ、」

「ーーーーーーー隆、」





心から愛して、守りたいひとは。































空の祭事。
この日は朝から晴天だった。
夏も終わりこれからどんどん秋に向かう季節。
暦上のそれとは違い、空はカラッと暑い真夏のような青空だった。

じゃあ、ちょっと行ってくるねと。後ろ髪を引かれるような表情で言った隆一に、イノランはもう一度口づけて。




灯台の日陰で観覧させてもらうよ。

そう言って、イノランがようやく隆一を抱擁から解いて手を離したのはついさっきの事。
つい夢中になってしまった恋人同士ひとときは、隆一のちょっとした緊張をゆるゆると解してくれていた。
ーーー緊張とは、そもそも隆一があまりこの行事に参加する事に積極的ではなかった理由がそこにある。
それをイノランは無理に訊こうとは思わないし、逆に訊いて欲しいと隆一が思うなら幾らでも受けようと思っていた。
それが灯台の陰からそっと見守る…で。

いつでもおいで。
俺はここで待ってるよ。
俺はお前の味方なんだから。

ーーーそんなメッセージを込めた、イノランなりの、隆一を守りたいと思う気持ちの形だった。





(…アイツ、スギゾーは知ってんのかな)



知っているのかもしれない。
同じものを見てきた空の仲間だ。
隆一が二の足を踏む理由。
以前も言っていた。
スギゾー達は別で、知らない大勢の空の人達。
その人達に会う事はちょっと苦手だと。



(人見知りっていうのとはちょっと違う感じがするな)



初めてイノランと出会った時も、葉山と顔を合わせた時も。隆一は朗らかだったと思う。
初めてでも微笑んでくれた。
また会いたいと、次を望んでくれたのだから。



(ーーー人見知りじゃない。きっとそうじゃないんだ)



もっと別の理由。
隆一がなるべくなら避けたいと思う、空の人達。
それはどんな人達なんだ?と、イノランは無意識に眉間を寄せた。



(でも、何があっても。俺のする事はひとつだ)





「お前を守りたいよ」

「お前の味方」




そう青空向かって呟いた途端、ふわん…とした心地いい風がイノランの鼻先を通り過ぎた。




〝ありがとう、イノちゃん〟



そんな隆一の言葉に思えて。
イノランは微笑んで、さっき隆一が届けてくれた御神酒のグラスを傾ける。
ブルーのグラスが陽に透けて綺麗だ。



「お、美味い」



初めて口にした空の酒。
日本酒っぽい感じをイメージしていたけれど、それよりも。



「テキーラっぽいかも」



ほのかな花の香りと、なかなかに強めのアルコール感。
それが今日の空に似合う気がして。
イノランはこの空の何処かにいる恋人を想って、空に向かって乾杯した。






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