長いお話・2 (ふたつめの連載)












帰路のバスに揺られている間に、いつの間にか眠りに堕ちていたイノランと隆一。隣同士の席に座って、薄暗い車内でずっと会話をしていたから。
二人は寄り添ったまま、朝を迎えた。








「おーい」

「お二人さーん?起きてー」

「着いたぞ~」





ライブで心地良く疲れた身体。移動の車中ぐっすり眠って、朝陽が昇って都内に入った頃。一番最初に目覚めたスギゾーによって目撃されたのだ。

寄り添って眠るイノランと隆一に、スギゾーは一瞬目を丸くして。そしてよくよく見れば、互いの手を繋いでいて。未だ夢の中の真矢とJを、なかば叩き起こすようにして後部座席の方へと引っ張って行った。



まだ寝ぼけ眼の真矢とJに、スギゾーは。見て見て、超かわいいだろ⁉
と、どこか得意げに眠る二人を指し示す。



「!」

「!」



パチリと一気に目が覚めた真矢とJ。
スギゾーを引き寄せ、ヒソヒソ声で繰り広げられる三人の会話。




ーーなになに、なんでこんな状態になってんの?

ーー二人別々の席だったよな?

ーー俺らが寝てる間に移動したんじゃね?

ーーなんで?

ーー知らねーよ!

ーーしーっ!うるせえって、起きちまうだろ!

ーーお前もな!

ーー…ってゆうか、仲良いなぁ…。手、繋いでるし。

ーー俺だってこんな風に隆と繋いだ事ないのに!

ーーイノと隆ちゃんは仲良しだもんなぁ。

ーーイノずるい‼

ーーしかもこれ、寄り添って眠るって感じ?

ーーイノずるい‼

ーーうるせえって!

ーー……つか、かわいいね。癒されるわ。

ーーだろっ⁉

ーー…コイツら、こんな感じに仲良かったっけ?

ーー仲良かったけど、確かにな。なんか雰囲気が…。

ーーらぶらぶ。

ーーラブラブ。

ーー……イノ…ずるい。

ーーまだ言ってる。

ーーつか、そろそろ起こした方がいいんじゃねーの?

ーーそうだね。



とりとめなく続いた三人の会話。
ようやくここで二人の肩を揺さぶって、そろそろ起きろと声をかけた。




「ーーーーーん」

「んーーーっ」




数回の瞬きの後、二人は同時に目を覚ました。まだ目をパチパチさせてぼんやりしている。



「はよー、起きた?」



スギゾーの朝の挨拶に二人は一緒に顔を上げて。隆一は、ふぁあ…と、手を口にあてて欠伸をひとつ。
そのままゴシゴシと目を擦って、隣のイノランと目が合うとにっこり微笑んだ。



「イノちゃんおはよう」

「ん、隆ちゃんよく眠れた?」

「うん!」

「いつの間にか寝落ちたな」

「そうだね」




顔を見合わせて、まるで二人の世界。
一番始めに朝の挨拶をしたスギゾーは、面白くなさそうに唇を尖らせた。




「隆~う!イノも!おはよう」

「スギちゃん!あ、真ちゃんとJ君もおはよう!」

「はよー」



今気づきましたって反応が返ってきて。スギゾーはますます不貞腐れて、真矢とJも苦笑い。



「もう着いたぞ」

「あ、そうだね。寝てたらあっという間だった。ーーー楽しいライブだったね!」

「次は一週間後だな」

「うん」

「もう解散でいいの?」

「ああ」




急に賑やかになる車内。
スタッフ達も続々と荷物を運び出す中、イノランは隆一にコソ…と耳打ちした。



「こっからタクシーで帰るけど…。隆ちゃんどうする?」

「え?」

「ーーー夜、一緒にいた方がいいでしょ?」

「あ…うん。ーーーできれば…」

「いいよ?」

「っ…ーーーホントに、いいの?せっかく帰って来てひと段落できるのに、俺と一緒じゃ休まらないんじゃ…」

「いいの。ひとりにしとく方が、俺は心配。ーーーそれに」

「…?」

「隆ちゃんといられたら、俺は嬉しい」

「ーーイノ」

「一緒にいれば、その分対策も立てやすいよ。さっさと解決させて、スッキリしてツアー進めたいじゃん?」

「‼ーーーーーーっ…うん!」




イノちゃんありがとう!と、満面の笑みで抱きつく隆一。
イノランも嬉しそうに隆一の背に手を回すと。
じと…と。突き刺さる視線は三人のもの。



「りゅーうーっ!」

口をへの字にして心底羨ましげなスギゾー。


「わっははは!やっぱかわいいな!」

楽しげに手を叩いて豪快に笑うのは真矢。


「ーーーはぁ…」

もはや呆れ気味に、笑いを含んだため息を付くのはJ。



スタッフ達はそんな五人を微笑ましく眺めながら、黙々と撤収作業を続けていた。












スタッフ達に労いの言葉と、メンバー達と次へのライブへの意気込みを語り合って。
イノランと隆一はタクシーに乗り込んで、一度隆一の家に。
しばらく二人で夜を過ごす事は決めたけれど。どちらの家で…という事については、まぁ、その日の気分で決めよう。という事になった。
お互い合鍵を渡し合って、いつでも行き来出来るようにした。

今日はどうしよう?となった時、隆一はおずおずとイノランの家に行ってみたいと言った。
イノランはそんな隆一の言葉に快諾して、じゃあ今夜は俺の家な?と笑って見せた。
快く了解してくれたイノランに、隆一は頬を染めて頷いて。




「イノちゃんの家、久しぶり」



だから楽しみ!と破顔した。


とは言えライブ遠征からの帰りだ。大きな荷物は一旦置きに帰って、少し身の回りの事を済ませて、それからイノランの家に向かう。


イノランにとっても、隆一の家は久し振りだった。もともとメンバー同士で家の行き来はあまりしてこなかったから。たまに訪れると、その室内のインテリアだったり、最近好きな物の動向がわかったりで、なかなか楽しい。


久しぶりに訪問した隆一の部屋は、以前から感じていたように相変わらず好ましい雰囲気だった。

きっと好きな物が似ているんだろうな…と思う。



隆一はいそいそとキッチンで湯を沸かし始め、興味津々に部屋を眺めるイノランにコーヒーを出した。



「ゆっくり飲んで待ってて?なるべく早く支度済ませるから」

「いいよ慌てなくて。別に急がないんだから」

「ん、ありがとう。ちょっと待っててね」



はにかんで、少し済まなそうにリビングを後にする隆一。
しばらくすると引き出しを引っ掻き回しているのか、クローゼットを豪快に開け閉めしているのか。隣の寝室からガタガタゴソゴソばったーん‼と賑やかな音が聞こえ出して、イノランは、ぷっ…と笑いを噴き出した。



「慌てんなって、言ってんのに」



人が良いっていうか、せっかちなのか。相変わらず気遣い屋なんだ…と。イノランは音に耳を傾けて口元に笑みを乗せる。

隆一の淹れてくれたコーヒーを啜りつつ、フト。イノランの目に留まったのは、リビングの片隅に立てられた真新しいギター。
ヘッドに刻まれた刻印で、今自分が愛用するのと同じメーカーのギターだと遠目でもわかって。
イノランは興味をひかれてギターの側に寄って、じっとそれを見つめた。

隆一がソロでギターを弾いたり、最近何かとギターについて質問されていたりはしていたけれど。
このギターは持っていたと言っていただろうか?

イノランは興味がひかれるままに手を伸ばして、そっとそのネックに触れた。




「それ、最近買ったの」

「っ…」



背後から急に声がして。
イノランはハッとして振り向いた。

準備が出来たのか、小さなカバンを持った隆一が目を細めて立っている。
ーーー少し、恥ずかしそうに。



「ホントに、ちょっと前。ーーーこのツアーが始まる前かな?久し振りに楽器屋さんに行ってね」

「そうなんだ」

「ソロのね?バンドメンバーが、楽器見に行くけど一緒に行く?って誘ってくれて。葉山っちも一緒に、三人で行ったんだけど」

「お、葉山君も?」

「そうそう。それでね、その時。見つけちゃったんだよね…そのギター」

「あぁー…」

「うん」

「呼ばれちゃったんだ」

「うん…ーーまぁね?」



へへ…と、悪戯が見つかった子供みたいな隆一。
こうゆうフトした瞬間に垣間見える、隆一の音楽を愛している表情。
初めての楽器を手にした時のワクワクしてドキドキした気持ち。触れたその瞬間に愛着が湧いて、一緒にいられるだけで嬉しい。楽器を抱きしめた時の、心地いい時間。

それが、今の隆一から溢れんばかりで。イノランも嬉しくなってしまう。




「じゃあさ、隆ちゃんツアーのラストで、コイツ弾いたら?」

「えっ?」

「んーー…そうだな。Jと真ちゃんがリズムセッションするから、三人で。スギちゃんのバイオリンと、俺のアコギと、隆ちゃんはギターとヴォーカル」




きらきらした隆一の目がギターを見つめている。
きっと嬉しいんだろうなと、それだけでわかる。



「いいね!俺頑張るよ」

「うん、スギちゃんもきっと、賛成してくれるよ!」



顔を綻ばせる隆一を見ていたら、やっぱり頭を過るのは例の事。
隆一が心ゆくまで安心してギターを奏でるには、どうあっても問題解決をしなければならない。

隆一の屈託ない笑顔を見つめながら、イノランは決意を新たにした。












イノランの家に着いたのは昼だった。
冷蔵庫に何も無い事を思い出して、近所のスーパーマーケットでタクシーを降りた。
昼食と、夜用のカレーの食材。それから飲み物と朝食用のものを買って、そこからは歩いて帰った。

カサカサと買い物袋の音を聞きながら、二人並んで歩く。
お互い珍しいくらい何も話さずに。
でも。
歩きながら、二人は同じことを考えていた。
数日前に、ライブの遠征に出掛けた時には、到底予想もしていなかった状況が、今起きていると。

イノランと隆一。
こんな風に二人並んで、一緒にスーパーに寄って、買い物袋をぶら下げて。

いったい誰が予想しただろう。

しかも、友達とかメンバーとか。
そういう間柄ではなく。
恋人同士…と、呼んでいいのかはわからないけれど。
でも、キスして好きだと言い合ったのだから、立派な恋人同士と呼んでも良いと思うが。
ーーー約束の言葉すら、まだ言っていない二人だから。
だからなのかもしれない。

付き合ってください。
とか。
恋人になってください。

そんな、二人だけの約束の言葉を。




( やっぱ、言うべきだよな… )

(やっぱり、言ったほうがいいよね )




無言でそう結論に達すると。

てくてく
カサカサ
とことこ
ドキドキ

足音と買い物袋の規則正しい音に合わせて、二人の鼓動も高鳴り始める。




「……」

「……」

「………」

「………」

「ーーーーー」

「ーーーーー」




「ーーーーー隆ちゃん」




昼間の短い影を足裏から伸ばして。
ピタリとイノランが足を止めたのは、もう少しで家に着く、公園の横の緩やかな登り坂の途中だった。

足音と共に、買い物袋の音もピタリと止んで。でもそのかわり。
鼓動だけは、車の音も鳥の声も何も聞こえないくらい、大きく響く。




「…なぁに?」

「えっと…」



「ーーーーー…うん」


隆一は。
きっともう気付いていて。
気付いているから、辛抱強くじっと待つ。
イノランが今から、何を言いたいのか。

長い時間を一緒に過ごしてきて。
好きなものも似ている二人だから。
以心伝心というのか。

ーーーわかるんだ。




「隆ちゃん」

「うん…」



二人の横を、赤い車が通り過ぎて行った。

ーーーそのタイミングで。




「俺の…」

「ーーー」


「俺のものに、なってくれるか?」




精一杯の、イノランの告白。
バンドメンバーとしての付き合いの下地がある分。
その告白は、きっととても勇気も覚悟も必要で。

しかしそれはちゃんと、隆一に届いていた。



隆一はイノランを見つめたまま。もともとあまり無かった二人の隙間を、もっと近くまで側に。

手を伸ばして、肩に触れて。
隙間の距離がゼロになって。

隆一の唇が、柔らかくイノランのそれに重なって。

一瞬のキスの後、隆一は微笑んでいた。とても綺麗に、艶やかに。

そして思わず見惚れたイノランに、隆一は言ったのだ。




「ーーー俺はイノちゃんのものだよ?」

「隆…」

「イノちゃんの恋人になりたい」

「うんーーーーありがと隆。俺も、隆の恋人だよ」

「うんっ」



本当はここで抱き合えたらいいのに…。と思ってしまうけれど。
ここは天下の公道だから。
こみ上げる気持ちをぐっと抑えて、その代わり。

イノランは隆一の額に小さなキスをひとつ。
そして繋いだ手と手。
指先を絡ませたら、隆一が嬉しそうに俯いた。



「腹減ったな」

「うん、もうお昼だもんね」

「昼飯食ったらどうする?」

「うーん…どうする?」

「んー…」

「夕方から一緒にカレー作るもんね?だから…それまで」

「ーーーーーーくっつく?」

「くっつく?」

「くっついて、ソファーでごろごろして、映画でも観て」

「映画観て、くっついて…キスする?」

「いいよ?」

「ーーー恥ずかしいっ…」

「隆ちゃん自分で言ったくせに」

「だって!」



こんな他愛ないやり取りが。
きっと周りから見たら、恥ずかしいくらいの。

二人には、たまらなく心地いいのだ。








昼食を摂りながら。イノランはライブ会場に、例の男がいたかもしれないと隆一に言った。
イノランの思い切った捜索方法を聞いて驚きはしたが、例の男がいたかもしれない事には、特に驚いた素振りは見せなかった。



「俺がああいう事になったって事は、あの人がいたからなのかな」

「う…ん」



確証は無いが、そう考えるのが自然だろうとイノランは思う。
それにそもそもは、イノランの戦線布告が先にあったのだから。

だとしたら…。



昼食のおにぎりを、もぐもぐごくんと飲み込んで。
イノランの淹れたお茶をひとくち飲んで。
ちょっと思いつめた顔で。

イノちゃん。と、目の前の彼を見上げた。




「今度は、こっちから乗り込んでやろうよ」

「えっ?」

「もし本当に、あのひとの目的が俺なら。あの時みたいにすれば、現れるんじゃないかな」

「…あの時…ってーーーーーえ…隆ちゃんまさか」

「俺が囮になる」

「っ…ーーー隆っ 」

「あの非常階段の時みたいに、俺がひとりになれば…」

「ダメっ‼それはダメだ、危険だよ!」

「だって、きっと確実だよ」

「そうかもしんないけど、だって隆にそんな痕つけたヤツだぞ⁉隆の意識奪ったり、何されるかわからないだろ」

「大丈夫」

「なにがっ ⁉」

「だってイノちゃんが守ってくれるんでしょ?」

「ーーーーーー」

「イノちゃんがいてくれれば、俺は平気だよ?」

「隆…」

「ーーーそれに、早くなんとかしたい。ツアーをしっかりやり切りたい。ーーーあのギターを弾いて、ファイナルを迎えたい。それには俺自身がスッキリした気持ちでステージに立たなきゃ」

「ーーーーーーーそうだな」




それはイノランも思っていた事だ。
要らぬ不安に囚われていたら、良いパフォーマンスは出来ない。

隆一の表情を窺うと。
もうすっかり覚悟を決めた様子で。
こうなったらもう後には引かないことは、イノランは長い付き合いで知っていた。

だから。



「見えないところから、おまえを見守ってる。危ないって思ったら、手出しするからな」

「うんっ 」

「俺も必ず一緒に行く。ひとりでガンガン進むなよ?」

「わかってる。ーーー言ったでしょ?」

「ん?」

「俺は、イノちゃんがいるから平気なの」

「ん…」

「ーーー変になったら、また」




テーブル越しに伸びたイノランの手は。
すでに潤み始めた隆一の顎に添えられて、くっ…と、唇が近づいて。




「変にならなくても、するからな」

「ぅん…」

「りゅう」



「っ…ん…ぅ…」





交わしたのは、歌姫と騎士の。
魔法を解くキスでは無くて。

恋人同士の、陽の光の祝福を受けた。あたたかくて、甘いキスだった。






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