長いお話・2 (ふたつめの連載)
午後になると、空の状態は保ちなおし。会場の外は駆け付けたファンでいっぱいだった。
今日についてのアナウンスはもちろん急遽発信したけれど、それでも今日を楽しみにしていた彼らにとっては何ら問題は無かったのだ。
「ヘアメイク終わったメンバーから、そろそろ衣装に着替えて下さーい!」
一時期は突然の事態に騒めいていたスタッフ達も。GOサインが出て動き出せば躊躇いも無い。いつものように…と言うかそれ以上に。短縮されてしまった準備に充てる時間を、無駄なく円滑に進めて行った。
そんな中。
隆一は控え室にズラリと並んだ衣装を眺めて首を捻っていた。
「ーーー?」
2daysの一日目に着用する衣装達。
その隣には明日、ツアーファイナルで着用するものも既に並んでいた。
隆一はそんな明日の衣装を眺めながら首を捻っていたのだ。
ちょうど、スタイリストが隆一の背後を忙しく通りかかる。
「ねえねえ」
「え?はい、隆一さんどうしました?」
「ごめんね?忙しいのに。…あのさ、明日の俺の衣装は?皆んなのはあるみたいなんだけど、俺のだけ見つからないよ」
スタイリストとハンガーにかかった衣装を見比べながら、隆一は首を傾げる。
ーーーそう。
ほぼ真っ黒で統一されたファイナル用の衣装の中に、隆一の名のラベリングをされた衣装だけが無かったのだ。
そんな隆一の問い掛けに、スタイリストは大きく頷いて言った。
「実はまだ隆一さんのだけ製作中でして…」
「えっ⁇」
「ホントは既に用意したものがあったんですよ。ファイナル用に四人のメンバーと同じ黒で統一された衣装がね?」
「あ、そうなの?」
「ーーーだったんですけど。…ほら、ファイナルで急遽新曲やるって決まったじゃないですか。隆一さんの誕生日に合わせた特別な曲だって聞いて。だったら、そんなスペシャルな新曲演ってくれるなら僕らスタイリスト・チームでもスペシャルな事しよう!って急遽決めて」
「ーーーえ」
「隆一さんの誕生日スペシャルな衣装をデザインし直して、現在製作の真っ最中なんです。明日には間に合うように進めているんで、まだここにはないんですけど…」
明日!楽しみにしていて下さい‼新曲に映えるめちゃくちゃスゲエの作ってますから!ーーーあ、四人のメンバーのもちょっとずつなんですけど、ヴァージョンアップさせました!
ーーーと。
笑顔をいっぱいに浮かべて告げるスタイリストに、隆一はうっかり泣きそうになってしまった。
自分達を支えてくれる人たちがこんなにいる。
恐怖で萎えそうになった時の、ひとの力。
これ程心強いものはないのだ。
だから隆一は言った。
こんな事態にも関わらず、一緒にステージを作り上げようとしてくれているスタッフ達に。
そして、楽しみにしてくれているファン達に。
「ありがとう」
そんな想いをのせて。
一日目のステージが、いよいよ始まる。
皆んなの距離を身近に感じられるホールでのライブも。
その圧巻の規模で、届かない手も、届いているような気がする大きな会場も。
どちらにも言えるのは、会場いっぱいに集まる想いは同じという事。
皆んなルナシーが、音楽が大好きなのだ。
「ーーーすげえシンプルな事だけどさ。それってすごい事なんだよね」
暗いステージ袖から、客席を眺めていたスギゾーが感嘆のため息をついた。歓声に混じったスギゾーの呟きに、周りにいた四人のメンバー達も深く頷いた。
「応えたいもんね。今日も思いっきり打ち鳴らすよ‼」
「真矢くんと同感。ーーーブッ壊れるよ。今日も」
「だな」
「…イノちゃん短い」
「ええ?その一言に全部込められてるだろ⁇」
「だって…」
「スギちゃんも真ちゃんもJも良い事全部言っちまうんだもん。ーーーじゃあ、隆ちゃんは?」
「え?」
「ファイナル一個前を何とか無事に迎えて。どう?」
四人がじっと隆一を見つめる。
その眼差しには、今日明日のライブがいつもとちょっと違う想いが込められているから。
隆一はその眼差しと四人の想いを受け取って。そっと右手で、左手首のブレスレットに触れて言った。
「ーーー明日でやっと決着が着くんだ…って、信じて歌う」
「ーーーーーーうん」
「…でも。ずっとずっと考えてきたけど。音楽と歌に込める情熱はおんなじだよ?この事があっても無くても…」
「ーーー…」
「五人で作る音楽が大好きだ。…それに共感して集まってくれる人たちも…」
「ーーー」
「ーーーだから。そんな皆んなで暮らすこの世界を。…みすみす真っ黒に染める訳にはいかない。ーーー絶対に」
「ーーー」
凛とした隆一の声が、ステージ袖に響いた。
「ーーー明日。歌うよ」
でも、明日を迎える前に。
今日のライブも思い切り歌うよ!
表情一転。にこやかに今日のライブに対しても意気込みを語る隆一に。メンバー達も大きく頷いた。
急なライブ配信が決まった今日明日のライブだったけれど。
スタッフ達の急ピッチな手配や作業のお陰でその体制もぎりぎり整った。
今朝方、人々を騒がせた空の影響で、交通機関が遅延したり止まってしまったりで来られなくなったファン達へ。
画面越しではあるけれど、これでライブを共有して繋がる事が出来る。
メンバー達は、熱気溢れるステージ袖で円陣を組んでいた。
袖まで届く熱気は、ある意味いつも以上にも思えた。残念ながら来られなかったひと達の為に…という気持ちが。ファン達同士の間にも生まれているのかもしれない。
「ーーーそれでも、たくさんのひとが来てくれたね」
「本当、感謝だ。ーーーそれにたくさんメッセージも来てるよ」
「うん」
「ーーーーーそれじゃあ。みんな、いい?」
隆一の掛け声で、組んでいた五人の輪がぎゅっと引き締まる。
傍らで見守るスタッフ達も、この時ばかりは手を止めて輪の中心に集中する。
「ツアーのラストを飾る2days。色んな意味で重要なライブになると思います」
色んな意味で…の解釈はメンバーとスタッフではちょっと異なる部分はあると思うけれど。
それでも、例の事の始まりからここまでの日々を過ごしてきた、隆一とイノランをはじめとするメンバー達と。
ラストに来ていきなり困難を突き付けられて、それを何とか乗り切ろうと奔走したスタッフ達。
想いはそれぞれ違えども。
この二日間にかける覚悟や情熱は。
きっと両者共に、変わりは無いのだ。
「ーーーこの二日間、まだまだ何が起こるか予想がつかない部分もあると思う。…けど」
「ーーー」
「音を楽しむ。俺たちの基本。それだけは忘れないで、この二日間、思い切り音楽を…しましょう‼」
繋いだ四人の手に。
ぎゅっと、力がこもった。
「気合い入れるぞっ!!!!!」
「おおっっ!!!!」
ツアー、ラスト東京2days。
いよいよ…幕が開く。
〈ーーーーーっ…隆一!!!!!〉
「え…っ⁇」
ダイレクトに響く、聞き慣れた声で。
隆一はハッとして目を開けた。
…しかし。今が夜で、自分は今眠っているはずで。日付が変わる前の日は、東京ラスト2daysの一日目のライブをやっていて。大歓声の中終えたのだと。ーーーそう、瞬時に思い出して。
これは夢の中の事なのかもしれないと。
そう思い始めた頃。
しかし聞こえた声は、更に隆一を呼ぶ。
先程のように、まるで目の前にいるかのような存在感で。
〈隆一‼〉
「ーーーえ?」
声はすれども姿は見えず。
隆一は辺りをキョロキョロ見回した。
そして、今自分が立つ場所が。つい昨夜ライブをしたステージの上だと気が付いた。
「ーーー帰ったハズなのに…俺」
今夜は隆一の家へ。イノランと共に帰り着いて、数時間前に眠ったところだったはずなのだ。
勿論もう、これくらいの事では驚かない。耐性ってすごいな…と感心しつつ。隆一は再び辺りを見回した。
すると…。
〈隆一!〉
「!」
〈ここだよ〉
「ーーーここ?」
〈上。上見て?…隆一のちょうど、真上のライトの辺り。そこに〝いる〟ってイメージして見てみて〉
「〝いる〟…?ーーー〝いる〟」
〈ーーー俺が誰か…わかるでしょう?〉
「誰か…?ーーーうん。わかる。その声でわかるよ」
〈うん〉
「ーーー久しぶりだね。…そこにいるの?リュウイチ」
〈隆一…〉
隆一が誰もいないステージの上に、〝そこにいる〟とイメージして確信した途端だった。
隆一の頭上のライトの辺りがキラキラ光って。その光はやがて固まって人型になって。表情がわかるくらいになると、その人物は微笑んで隆一を見下ろしていた。
〈隆一〉
「ーーーリュウイチ」
リュウイチ。…そう隆一がもう一度呼ぶと。
リュウイチの姿はもう完全に鮮明に浮かび上がって。応えるように微笑んで目を細める隆一に向かってる、両手を広げて降り立って。
〈ーーーっ…隆一〉
「リュウ…⁉」
ふんわりと。
隆一の首元に、抱きついた。
「⁉」
不思議だった。
抱き付かれて、体重というような確かな存在感は無いものの。微かな体温とか、匂いとか。頬を掠める髪のくすぐったい感じは伝わってくる。
ーーーそれから。
何かを切実に伝えようとしてくる、リュウイチの強い気持ちも…だ。
「ーーーリュウイチ?…」
〈隆一っ…〉
「うん。久しぶりだね?ーーー元気だった?」
〈隆一も。昨日のライブ、ずっと見てたよ?〉
「そっか!ありがとう」
〈昨日だけじゃない。あの曲も。カタチにしてくれて…ありがとう〉
「ふふっ、俺だけじゃ無いよ?イノちゃんもスギちゃんもJ君も真ちゃんも」
〈うん!…見てた〉
ゆっくり身体を離して、見つめ合う。
同じ人物なのに、よく考えるとおかしな光景だと。多分、二人同時に気が付いて。二人同時にぷっ…と吹き出した。
「会えて嬉しいよ。明日を迎える前にさ?」
〈うん。ーーー俺も、明日歌う隆一に渡したい物があって。それで…〉
「え?」
〈ーーー俺も明日は、隆一と一緒にいたいなって思って〉
「っ…ーーーホント?」
〈オリジナルじゃない。…こんな存在だけど。俺も隆一だから〉
「ーーーーー」
〈最後は俺も、隆一と一緒に危険の中に身を置いていたいんだ〉
「リュウイチ…」
〈ーーーーー隆一と歌いたい〉
「!」
〈…いい?〉
「っ…ーーー勿論‼」
〈‼〉
「リュウイチ!明日は一緒に歌おうね‼」
〈ーーーーーーーーありがとうっ…〉
〝神様〟に、ずっとずっと言いたかった事を吐き出して。あの白い空間を飛び出して。
そして。
明日、隆一と歌をうたう。
全て自分の意思で、自分の行動力で、掴んだもの。
今までの真っ白な空間にひとりぼっちでいた日々を思うと。
こうして隆一と会えて、明日の約束を交わせた事だけで。上出来だって、思えた。
(明日。この身体が消えたって構わない。隆一の力になれるなら、それだけで俺が作り出された意味があるよ)
(ーーー会いたいけど。本心を言うなら…置いてきちゃったメンバー達に。…イノちゃんに…)
(ーーーーー…ごめんね…)
目を閉じて、脳裏に思い浮かべるのは四人のメンバー達。
きっと今でも、突然姿を消したリュウイチを探している筈のメンバー達。
会いたい。
会いたいに決まっている。
…けれど、まだ行けない。
この事の決着がつくまでは帰れない。
だってリュウイチも、隆一だから。
だから祈る。
どうか遠くの地に在る、四人のメンバーが無事であるように。
世界を覆う黒い闇に、飲み込まれたりしませんように。
(…もしかしたら…もう会えないかもしれないけど)
見ていて欲しい。
聴いて欲しい。
歌う姿と、歌声を。
〈隆一〉
「うん?」
〈ーーーこれを、明日のライブで持っていて欲しい〉
そう言って。
大事そうにリュウイチがポケットの中から取り出したのは。
「ーーーっ…羽?」
〈うん。〝天使の羽〟だよ?〉
「えっっ⁉…て…天使⁇」
〈ーーー持つべき者が持った瞬間、真の翼になって。その者を眩く照らすだろう。…って、記述されてた〉
「ーーーーー」
〈きっと明日の力を補ってくれると思う〉
「ーーーリュウイチ…。これ、俺の為に?」
〈ん?…う、ん。ーーーもらえたのも幸運だったんだけど…〉
「ーーー」
〈是非、もらって?隆一〉
隆一の手に、その羽をそっと乗せたリュウイチは。
晴々と、微笑んでいた。
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