長いお話・2 (ふたつめの連載)












ライブ後半は何の滞りも無く進み、大歓声の中一日目が終了した。

久しぶりの会場。やはり懐かしさは拭えなかったし、何より地元近くのファン達にとっては嬉しいこと他ならないだろう。




「2daysの2日目。明日もよろしくお願いします‼」

「怪我しないようにね!」

「今日はゆっくり休んで」



皆で口々に確認し合って、メンバー、スタッフ達はホテルに戻った。









「イノちゃん、今夜は俺の部屋に来る?」

「うん、いいよ。もう一度シャワー浴びたら行くね?」

「うん!」




ホテルに着くなり隆一はそうイノランに告げて。イノランの返事に頷くと自室へと戻る。ライブ会場でも浴びたけど、自分ももう一度シャワー…と、寝間着とタオルを持って部屋のバスルームに向かった。

キュッとシャワーのコックを捻ると、熱い湯が隆一に降り注ぐ。
一日の心地良い疲れがじんわりと隆一に広がって。ざっと髪を洗ってシャワーを浴びている最中に、うつらうつら…。眠気が襲ってきてしまった。




「ーーーー…あれ…なんか…」




隆一は。何かおかしいと、ぼんやりする頭で感じていた。
確かにライブの疲労感はあるけれど。ーーーこの、急速に眠くなる感じ。
どうにも抗えない程の眠気。
これは、覚えがあった。

隆一は、半分閉じかけた瞼を必死に留めて。せめてバスルームを出なければと身体を動かすけれど。
出る前に、かくん。と、膝が頽れて。バスルームの壁に寄り掛かって睡魔に身を委ねるのは。もう、一瞬後の事だった。








ピンポーン。


イノランは身支度を終えてスマホと鍵を持つと、隣の隆一の部屋に訪れた。
チャイムを鳴らす。
は~い!という呑気な返事を予想していたのに、いつまで経っても返事がない。




「?ーーーまだ…風呂?」



それにしても長いよな…と。イノランは僅かに首を捻る。
今度はコンコン。ドアをノックしてみた…けれど。シン…としたドアは変わらずイノランの前を塞いでいる。




「ーーーー」



ーーーこの時イノランは。
ちょっと胸が騒ついた。まるでーーーそうだ。一番最初に非常階段で隆一を見つける、その前の。隆一の不在が気になった、あの時みたいに。


イノランはドアの取手を動かしてみると、カチャ…。と、ドアが開いた。



「ーーー隆ちゃん、無用心…」


恐らく、イノランがすぐに来ると思っていたから…なのだと思うけれど。 
イノランは隆一の部屋に入ると声をかけた。



「隆ちゃん?勝手に入ったよ?」



「ーーー隆ちゃん?」



「まだ風呂?」




ホテルの部屋だ。メインの部屋と、バスルームと洗面台、トイレとクローゼットくらいの間取りだ。
普通の声かけでも気付きそうなものだが、隆一からの返答が無い。
部屋を見回してもいない。ベッドにもいない。トイレをノックするもーーーいない。…となればバスルーム…と。洗面台とバスルームに続く扉を開けた。



「!」


ザアアア…

バスルームからシャワーの音が聞こえる。やはりまだ風呂に入ってたんだ。と、ちょっとホッとして扉越しにもう一度声かけをした。



「隆ちゃん、まだ入ってんの?」

ーーーザアアア…

「りゅーうちゃん、のぼせてない?」

ーーーザアアア…

「ーーー隆ちゃん?大丈夫?」

ーーーザアアア…

「ーーーーーー隆?」

ーーーザアアア…

「っ…隆ちゃん、ちょっと入るよ⁉」



いつまでたっても返事のない隆一に、イノランは再び胸が騒めいて。
とうとうバスルームの扉を、ばんっ!と勢いよく開け放った。
ーーーそこには。




「ーーーーーーっ…⁉」





床にくったりと座り込んで、壁に寄り掛かったままシャワーに濡れる隆一。
湯の流れに任せて前髪が顔を隠してしまっているけれど。隙間から見える隆一の瞼は閉じて、打たれ続けた湯で、頬は赤く上気している。




「隆っ…‼」



イノランは瞬時に背筋が引き締まる感覚を覚えて、濡れるのも構わずに慌てて隆一に駆け寄った。




「隆っ…隆ちゃん、どうした⁉」



隆一を抱きかかえて顔を覗き込む。
しかしイノランの問い掛けに隆一はコテン…と、頭をイノランの胸に預けるばかりで返事は無い。目も開かない。

イノランは手を伸ばしてシャワーを止めると、隆一の顔に耳を寄せた。
すぅすぅと、確かに聞こえる呼吸の音。
イノランはひとまず安堵して、ホルダーに掛けてあったバスタオルで隆一を包んでやった。









「ーーーん…」




隆一が目を覚ましたら。
そこは先程までいたはずの、ステージの床の上だった。




「…あれ…ーーー俺?」



無事にライブを終えて、皆んなでホテルに引き上げた筈…と。隆一は首を傾げる。
ひとまず横たわっている身体を起こそうと床に手をついた。




「⁉」




ーーー起き上がろうと手をついた時に初めて目に飛び込んできた。
隆一が今着ている服の袖口。それが…。


( ーーー今回のツアーの衣装じゃない )


かと言って私服でもない。
しばらく身動ぎもせずジッとその袖口を見ていた隆一。
ーーー隆一には、今着ている衣装に覚えがあった。



「この衣装…確か。ーーー前にこの会場のステージに立った時に着た…」



そう思い出せたものの、何故自分がこの姿になっているのかがわからない。

隆一は立ち上がると、ステージの上から辺りをぐるりと見渡した。
ーーー間違い無い。ここは今、ツアーで訪れているホール。数時間前までライブをしていたステージだ。



「ーーーふぅ…」



ーーー隆一は、やれやれ…と言ったようなため息をひとつ。その表情に焦りや憤りなどは無い。

正直もう、慣れっこになっていた。
こんな事象は、きっと例の事によるものだろうと大方予想はついている。



「ーーー慣れるものでも無いけど…ひとの順応力ってすごい」



きっと何かが自分に伝えたい事があるのだ。今までだって、何かの理由のもとに不可思議な事が起きたから。



「今度はなんだろ」



苦笑気味に、隆一が呟いた時だった。

ステージ上の天井辺りがキラキラと輝き出した。キラキラキラキラ…光の粉が隆一に降り注いで。ーーー綺麗…と、隆一が魅入っているその時に。
それは、確かに隆一の耳に届いたのだ。






















一方で、イノランは。

隆一の呼吸や鼓動が安定している事を確認すると。濡れた身体を拭いてやって、脱衣場に用意されていた寝間着を着せてベッドまで運んだ。

ここまでするとイノランはホッと息をつき、自分のいなかったほんの僅かな間に何があったのかと、眉を顰める。




「また、例の事絡み…か?」



急な体調不良などに比べれば、例の事によるものならば、安心…というのはおかしいけれど幾らか、良い。何せ今はツアー真っ只中だから、こんな時の体調不良ほど嫌なものはない。
それに今隆一が陥っている状態。
深く深く眠りにおちている状態。
ーーーこれはイノランにも覚えがあったから。




( ーーーあの時は…リュウイチが表面に出てきたんだよな… )

( …って事は、今回も?)




それならそれで良いとイノランは思った。
リュウイチにもう一度会えたら聞きたい事があったし、伝えたい事もあった。

…けれど。しかしそれにしても…とも思う。




「ーーーライブ中じゃなくて良かったけど…」

「隆もこう度々じゃ…」




隆一も気が休まらないだろうな…と。不憫に思ってしまう。こんなツアー中だから、尚更そう感じてしまう。
本当ならもっと。歌にだけ全てを注ぎたい時だろう。




「ーーー」




イノランは眠る隆一の髪を撫でる。乾き切っていない黒髪が、いつもより艶やかにイノランの指先に纏わり付いて。
こんな時に…とは思うのだけれど、イノランの鼓動がどきん…と跳ねる。
ーーー無防備な恋人を目の前にして。何もせずにいられるほど、イノランは我慢強くは無いのだ。

イノランはそっと唇を寄せて、眠る隆一の瞼に触れた。触れた途端、小さなびくっとした反応が返ってきてイノランは微笑んだ。




「ーーー隆ちゃん」

〈ーーーーーー〉

「起きて?」




今度は唇に…と。もう一度隆一の顔に唇を寄せた時。

ぱちっ。



「!」



隆一の瞼が勢いよく開いて、茶色がかった瞳がぱっちりとイノランを見つめていた。




「隆ちゃん!」

〈っ…あ〉

「大丈夫か?ーーー具合は?」

〈うん…〉

「ーーー?」



隆一が目覚めた事にホッとしつつも、何だかイマイチな反応の隆一にイノランは首を傾げて。ーーーそして。



「ーーーリュウイチ?」

〈っ…〉

「隆ちゃんじゃなくて…リュウイチか?」



指摘されて、隆一…リュウイチは。
パッと顔を上げると、コクリと頷いた。











目覚めたばかりのリュウイチは、ベッドに横たわったまま、じっとイノランを見上げている。
リュウイチの様子から体調は大丈夫そうだと判断すると、イノランは良かった…と、表情を崩した。




「ーーー隆ちゃんと入れ替わってるのか?」



イノランの問い掛けにリュウイチは一瞬、え?…という顔をして、その後ふるふると首を振った。




「え?ーーーこないだみたいに隆ちゃんと席交代してんじゃないの?」

〈今は俺が…入れ替わったとかしたんじゃない。俺も気付いたら、こっちに出てきてた。目覚めたら目の前にイノちゃんがいて…ちょっとびっくりしたんだけど…〉

「ーーーじゃあ、隆ちゃんは?」

〈…ーーー今日はまだ、隆一には会ってない〉

「っ…え?」

〈今この身体には…〉

「ーーーいないの?」

〈っ…隆一が、感じられない〉

「ーーーーーーえ…?」

















キラキラ…



( ーーーすごい…綺麗 )



隆一は、天井から降り注ぐ光の粉に包まれていた。誰もいないこの会場の中は真っ暗なのに、隆一の立つステージ上だけが真っ白な煌めきで眩しい程だ。



( それにこのキラキラ… )

( ーーーなんだろう。…すごく、あったかい。気持ちいい… )

( ーーーーーー懐かしい… )




何かはわからない光。それでもその心地よさに、隆一はうっとりと目を閉じて身を委ねる。

ーーーーーーと。




キーーーー…ィィ……ィ…



「え?」



聞き覚えのある音が辺りに響く。



トン…タタタ…タン…



「ーーーあ…」



ド…ドドド…ドゥー…ンン



「っ…」



これは、聞き違う筈が無い。

スギゾーの空間を切り裂くようなバイオリン。真矢の的確で静かなリズム。Jの微かな低音。


そして。



ーーージャーー……ン ン…



イノランの憂いを帯びたアルペジオ。



「ーーーーーーっ…」



それは隆一が心から愛して止まない。
四人の音色…彼らの気配だった。



「でも…何で?」



気配はするのに姿が見えない。
見回しても、誰もいない。
それなのに、このステージ上には隆一を含めたルナシーが全員揃っている気がしてならない。



「ーーーーーあ…」


その時、隆一はライブ中のイノランの言葉を思い出した。



〝ーーーこの会場に残ってる、以前の俺らの音の記憶。それが隆ちゃんに聞こえたんじゃないかなーーー〟



「っ…!」



隆一は、きっとそうだと確信した。
今、隆一を取り巻いている音と気配は。
自分を除いた、四人のものだと。
引き合って共鳴して、自分はここに呼ばれたのだ。…と。


隆一は叫んだ。
〝リュウイチ〟を奪われて、今も尚リュウイチを探し続ける四人の気配に向かって。
四つの音色に込められた切なさを打ち消すように、大声で。




「スギちゃん‼」

「真ちゃん‼…J君!!!」

「ーーーーーイノちゃんっ…‼」



「ーーーーーここにいるよ‼」




ーーーーーー…




「俺は皆んなが探してるリュウイチじゃないけど!一緒ここに眠ってたリュウイチじゃないけど!ーーーでも…ーーー俺はリュウイチの歌声の主…隆一だよ!」



ーーーーーーーーーー



「ーーー全部…全部ちゃんと終わったら。きっとリュウイチを返してあげる。奪われたリュウイチが帰れるように、俺も協力する。ーーーだから…」


ーーーーーーーー…


「っ…だから…。ーーーそんな悲しそうな音色を奏でないで。そんな切ない音色でリュウイチを探さないでよ!」


ーーーーーーーーー…


「たったひとりであの空間にいるリュウイチを、もっと呼んで‼ーーーそんな切ない音色じゃなくて…突き抜けるようなロックな音で‼」




隆一は。
リュウイチと出会った時から感じていた、リュウイチを包む切なさ。寂しさ。ひとりは寂しい…四人の元へ帰りたいと。言葉はなかったけれど、伝わってきた。
本当はここでこうして叫びたいのはリュウイチ本人だろうと思う。

だから言った。
リュウイチの代わりに、代弁した。
叫んだのだ。




ーーーすると変化は、すぐに訪れた。
空気が変わったのだ。

足元から。
まるで地響きのような、音。
それが、ドラムとベースのものだと解るのはすぐだった。
そして。そのリズムに乗るのは、先ほどと打って変わった重みのある二つのギターの響き。




「ーーーーーみんな…」



その音の変化が、隆一の訴えが確かに届いたのだという証拠に思えて。
隆一は客席を背に向けると、メンバーがいる方向に。
微笑みをたたえて、両手を広げた。


ーーー大丈夫だよ
ーーーリュウイチは必ず帰る
ーーーそれまでは俺が歌うよ
ーーーだから奏でて  もっと呼んで
ーーーリュウイチもきっと焦がれてるから
ーーーそしたらまた
ーーー五人がひとつに 戻れるから

そんな想いを込めて。
隆一は、光り輝く空間を、抱きしめた。





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