長いお話・2 (ふたつめの連載)












まるで呼んでいるよう。
迷子になってしまった、君を探して。










歓声が上がる。
メンバーの登場を、今か今かと待つファン達。
メンバー達も、ステージ袖で円陣を組む。
今日のライブを最高のものに。
めいっぱい、輝いていこう。


隆一の言葉で、全員が一斉に動き出した。






「オマエら、会いたかったぜーっっ ‼」


オープニングから、三曲終えてのMC。
隆一の客席への呼びかけで、ファン達も沸き立って応える。
メンバーにとっても、ファン達にとっても。この会場でのライブは久しぶりだ。特別大きな会場で、各地のファン達が集ってのライブは度々あるけれど。やはり距離がぐっと近くなる今日のようなホールツアーでのライブは、また違った楽しさがある。




「近いね、近いな!またここでライブができて嬉しいです!」

「オマエら最後まで、飛ばしていくぞーっ ‼」



楽器隊と、隆一との掛け合い。その光景に、客席のファン達は待ちきれないとばかりに歓声を上げる。
地面を揺るがすような熱量に、メンバー達の勢いも一気に加速していく。



「NEXT SONG……」



加速した勢いはさらに上へ。
開始からまだ数曲で、会場の中は熱気に包まれていった。










ーーー青い照明が美しい。

過熱した場内の空気を一変する曲へと進んでゆく。
客席の熱気も、瞬時にスウッ…と引いて。ルナシーの、よりディープな世界へと惹きこまれる。

ここまでの間。特に危惧していた異変も無く。隆一はもちろん、メンバー達はホッと胸中で安堵していた。例の事を忘れるつもりはないけれど。皆、久しぶりのこの会場でのライブを心から楽しんでいたのだ。

真矢の的確で静かなリズム。Jの微かな低音。イノランの憂いを帯びたアルペジオ。スギゾーの空間を切り裂くようなバイオリン。
ーーーそこに浮かぶ、隆一の歌声。

誰もがうっとりする、極上の時間。
呼吸のひとつさえも、神経を研ぎ澄まして臨む曲達。
そんな時。
それは、起きた。
そのーーー最高潮の瞬間だった。







ーーー…ゥ…





「っ …?」




隆一の耳が、それを捉えた。




( ーーー…気のせい? )




静かな演奏の中で、小さな小さな…声?
気のせいともとれる位、それは本当に微かなもので。隆一は一瞬眉を寄せて、歌いながらも、周りに意識を集中させた。
ーーーすると。







ーーー…ど…ーーー…だ?ーーーー…チ…






「!」




隆一は目を見開いて、サッと辺りを見回した。




( ーーー今、確かに… )



( 絶対に…何か聞こえた )




隆一は背筋がぎゅっと引き締まる感覚を感じて。より神経を張り巡らせて、歌を歌う。何しろ誤魔化しがまったく効かない曲だ。別の事に気をとられて、一拍ズレただけで。この静かな曲は台無しになってしまう。

側から見れば、鬼気迫るほどの隆一の緊張感。その姿は美しいくらいに青い照明の中に浮かび上がって。誰もがほぅ…っと感嘆のため息をついた。


一方、そんな様子を斜め後ろから気にしていたのはイノランだ。
リハが終わった後に隆一から聞かされた〝声〟〝音〟〝光〟。
それがこの会場に来てから感じるようになったと言う隆一。
まだその正体はわからないけれど、きっと例の事絡みの何か。それがこの会場にある。ーーーそうイノランは確信していた。

オープニングから激しい曲の間。特に隆一に不自然な様子は無く、イノランは気にしつつもライブを思い切り堪能していた。

ーーーしかし。
静かな曲だ。
こんな青い照明になった途端、隆一に不思議な事が起こる頻度が高い事を、イノランはこれまでの経験でわかっていた。
その理由はわからないけれど。
もしかしたら、熱量や勢いのある曲よりも、静かな曲は隆一がぐっと神経を集中させるからなのかもしれない。




( 隆…ーーーどうした? )




しっとりと歌い上げる隆一の横顔をちらちらと見ていたイノラン。ーーーその表情が急に鋭くなったのを、イノランは見逃さなかった。

歌いながら、明らかに周りを気にしている。隆一の視線は、何かを探してる。



( ーーー声とか、光とか?ーーー今、感じてるのか? )



と言っても、イノランには何も感じない。隆一の見た〝光〟さえも、見えない。
イノランの表情にも、緊張が走る。
こんな静かな曲の時に…。
何かあっても対応が難しい。照明も完全な暗転ではない。もちろん客席からも、ステージ袖のスタッフ達にもわかってしまう。




( 隆っ … )




頼むから、何とかこの場をやり切ってくれ。今は何も起こらないでくれ。
イノランはそう心の中で繰り返して。
繊細なアルペジオの音色を紡いでいった。











声が聞こえる。

怖いものじゃない。
嫌な感じはしない。
ーーー寧ろ。

切ない。
誰かが誰かを呼んでいる。
ーーーそんな声だ。




( ーーーーー誰? )





ーーーリ…ーーーーこだ…?





( え? )





ーーーど…こ…?ーーーーリュ……チ…




( ーーー〝ど こ ?〟…どこ?って聞こえた…。何か、探してる? )





ーーーどこ…に……いる……?ーーーど…こ……行っ…んだ?




( ーーー )




ーーーリュ……チ…ーーーリュ…ウ…ちゃ…




( っ …ーーーー )




ーーーリュウ…ちゃんっ …リュ…ウ






いきなりだった。
隆一の頬を涙が伝う。ぽろぽろと雫が溢れて、視界が霞んでいる事で、隆一はようやく自分が泣いている事に気が付いた。




「っ …」



ぎゅっと胸が詰まる感覚。
この感じは知っている。
切なくて切なくて、恋しい。
そうだ。
イノランを想う時と同じだと、隆一は思った。




( なんで?…いきなり )



止めどなく落ちる涙。
自分が切なさで涙を零していると理解は出来ても、何故このタイミングで?
ーーーそれに。歌わなければならないのに、涙は隆一の咽喉を容赦なく刺激していく。声が伸びない。途切れてしまう。
ファンに、スタッフに。なんと思われるだろう…?


けれど。
それに気付いて、いち早く動いたのは、やはりイノランだった。
隆一の声に寄り添うように、即興のコーラスを被せる。REBOOTしてからは、度々ルナシーのライブでも隆一と一緒に歌う事が増えてきたイノラン。
この曲にコーラスを乗せるのは初めてだけれど。
それは綺麗に重なり合って。
涙で途切れてしまう隆一の歌声を、イノランの低音の歌声が支えていた。




( イノちゃんっ … )




隆一がイノランに視線を送る。
イノランは爪弾きながらも、隆一の視線を受け止めて、僅かな微笑みで返した。
三人のメンバーも、突然の展開に一瞬驚きの表情を浮かべたが。
そこはプロだ。
全く動じる気配も見せず、そのまま演奏を続けた。
きっと、例の事で何かがあったのだろう…と。三人もすぐに得心したからだ。




無事、その曲をやり切って。
この後はドラムソロとベースソロ。
隆一とイノランとスギゾーは、衣装チェンジで一旦ステージ袖に戻る。





「ーーー焦っ…た」




楽屋に着くなり、隆一は大きくため息をついた。
涙はもう止まったけれど。胸に残る切なさはまだ残っているようで、隆一は自身の胸の辺りに手を当てた。




「ーーー隆ちゃん」

「イノちゃん」

「大丈夫?ーーーさっき、なんかあった?」

「…うん。ーーーでもイノちゃん、ありがとう。コーラス歌ってくれて」



後から来たスギゾーも、汗を拭いながら言う。



「いやでも、即興って全然わかんないくらいだったよ。やっぱイノの歌声って隆の歌声と相性良いよね」

「練習無しだったのにね」

「まぁ、とりあえず乗り切れて良かった。ーーー何かあったの?」

「隆ちゃんリハの時から、声とか聞こえるんだって」

「ーーー声?」

「ん…。あと、音とか、光とか。ーーー多分、俺だけ」

「俺は全然…。スギちゃんは何か気付いた?」

「リハの時だろ?気付かなかったな」

「ーーーさっきのね?曲の時…声が聞こえたの」

「ーーー」

「…リハの時のと同じ感じ?」

「うん、多分。伝わってくる感じが同じだったから」

「隆ちゃん、嫌な感じとかはしないって言ってたよね?」

「うん。さっきもそうだった。ーーーすごく切ないの。愛しくて切なくてって…そんな感情が伝わってくる。…でね?ーーー探してたんだ」

「探す?」

「どこ?どこにいるんだ?って、ホントにすごく必死な感じで…」

「ーーー誰を探してんだ?」

「隆ちゃん、その〝誰か〟ってのは聞こえなかったの?」

「ん…それが」

「うん」

「ーーー俺の名前…に…聞こえたんだ」

「隆の名前?」

「ーーーその呼んでるひとは、隆ちゃんを探してるって事?」

「ん…でも、変だよね?俺はあのステージにいたのに。本番の時もリハの時も、あんなに誰からも見える場所にいたんだよ?それなのに…俺を探す…?」

「ーーーん…」




確かにそれはそうだと、イノランもスギゾーも頭を捻る。
隆一が聞こえた声や音。それから光。それらが隆一を探している、何らかの意思の表れなのだとしたら。目の前で堂々と立つ隆一に、気付かない筈は無いと思うのだ。




「ーーーーー隆ちゃんであって、隆ちゃんじゃない…何か?誰か?」




イノランは考え込んだまま、独り言のように呟いた。
その言葉に隆一は顔を上げる。



「ーーー俺じゃない…俺?」

「…隆がもうひとりいるって事?」

「ーーーん…」

「えー?」

「ーーーーー」

「ーーーーー」

「ーーーーー」




「あ」

「あ」

「あ」




ハッと声を上げたのは、三人ほぼ同時だった。




「ーーーいたな、そんなヤツ」

「いるじゃん!もうひとりの隆!」

「ーーー俺の中の…」




リュウイチだ。











誰かがもうひとりの隆一…リュウイチを探している。
ーーーそんな結論に辿り着いた時。イノランは少し前から頭の端にあった事を切り出した。




「この間、リュウイチから色んな話を聞いた時から思ってたんだけど…」

「え?」

「うん」

「リュウイチは、各地に散らばって眠ってた隆ちゃんの歌声の記憶の具現化…って言ってたよね?」

「うん」

「俺らが巡ってきた音楽の道筋だよな?」

「そう。ーーーって事はさ。リュウイチの欠片が眠ってた場所って、俺らメンバーの…隆ちゃん以外の音の記憶の欠片もあったんじゃない?」

「ーーーーーあ…」

「ーーーーーそっ…か…」




イノランの思いもよらない発言に、二人は大きく頷き合った。




「ーーー確かに…そうだよね。だって五人で各地を回ってるんだもん。みんなの音の記憶が残ってたって全然不思議じゃない」

「じゃあ、隆が聞いた音とか声って」

「この会場に残ってる、以前の俺らの音の記憶。それが隆ちゃんに聞こえたんじゃないかな」




だとしたら。
それが本当にそうだとしたら。

五人一緒だった音の記憶の欠片たち。
その中でも、リュウイチだけが集められて、具現化された。
〝神様〟の、この計画が始まった時から、たったひとりで過ごしてきたリュウイチ。反対に、リュウイチを奪われた四人は、ずっとずっとリュウイチを探していたのかもしれない。




「ーーーだからなの?」

「ーーー」

「俺だけに聞こえるって。俺の中のリュウイチと引き合ってるって事?」

「ーーーまだ憶測だけど…。隆ちゃんが言ってた、あの声に嫌な感じがしないって。それが何よりの証拠だと思うよ?」

「そうだな。俺らが隆を呼ぶのと一緒だ。ましてやそこにはイノだってきっといるんだろ。それなら、嫌な感じどころか…」

「ーーーいなくなった隆ちゃんを見つけたいって、必死になるよね」

「っ …」




ーーーあの呼び声が忘れられない。
必死に呼び掛ける、切なさと愛おしさがいっぱいに詰まった声。あの声に隆一の中のリュウイチが揺さぶられて、それが涙になって溢れ落ちたんだ。

微かに聞こえた音色はスギゾー、真矢、J。
愛しいひとを探し求める声は、イノランだろうか?
あの花火のような細かな光は、お互いを引き合って共鳴した。ーーーそんな想いの込もった、綺麗な火なのだろうか?



「っ …ーーー」

「隆ちゃん」




止まっていた筈の涙が、再び隆一の頬を濡らす。でもこの涙は、さっきのとは違う。
リュウイチを待つ存在がいるとわかった、喜びの涙だ。
イノランはすぐにそうと察して、流れる涙を拭ってやる。





「っ …よかっ…た」

「ん…だな。リュウイチ、ひとりじゃないな」

「ん…うんっ」

「何とかして、また帰れるようにしてやろうよ」

「うん!」



うん。と言いつつ、一度堰を切った涙はなかなか止まらない。
安堵と嬉しさで。隆一はぐしぐしと鼻をすすりだした。
そんな隆一にスギゾーが。




「隆、もう泣き止まないと歌えなくなるよ」

「ん…っ ん…うん」



肩を揺らして、嗚咽を無理矢理抑えようとしているのか。なんだか苦しそうな声が出る。
スギゾーはやれやれ…と苦笑い。すると。



「俺ちょっとだけスタッフと退いてるから。イノ、泣き止ませてあげて」

「スギちゃん…」

「急がねえと、アイツらのセッション終わっちまう。ーーー三分な?」

「!」

「三分したら、戻ってくるかんな?」

「ーーーじゅうぶん」



不敵な笑みで頷き合うスギゾーとイノラン。楽屋にいた数名のスタッフをスギゾーが半ば強引に連れ出して。少しの間。楽屋の中は二人きりになった。

パタンとドアが閉まった途端。イノランは隆一を引き寄せて抱きしめる。



「イっ …ノ ちゃん」

「時間無いから。無駄に出来ないっしょ?」

「ん…」




恥ずかしそうに、コクリと頷く隆一。
頷いた反動で、また涙がコロンと落ちた。



「泣き虫」

「っ …じゃない」

「うそだ~?俺最近、お前の泣き顔ばっか見てる」

「ぅっ …」

「可愛いし、めちゃくちゃにしてやりたくなるから。お前の泣き顔好きだけどさ」

「っ …」

「ーーー何度も言ってる。あんま他のヤツに見せんな」

「イノちゃ…っ 」

「泣いてたのなんか忘れるくらい、愛してやるから」

「え…?ーーーんっ …」




性急にイノランは隆一を求めた。
息つく間も与えない程の、激しいキス。限られた時間で、めちゃくちゃに隆一を愛する。
リュウイチに対する安堵と。
隆一への愛欲。
それが混ざり合って、イノランを熱くさせた。



「ん…っ ン …ぁ イノっ …」

「ーーーん…」



何か言いたげな隆一の様子を悟って、イノランは名残惜しげに唇を離した。
はぁはぁ…と肩で息をする隆一が、潤みきった瞳でイノランを見上げる。
堪らない表情に、揺らぎそうになるイノランの理性。でもぐっと我慢して、隆一の視線を受け止めた。




「ーーーーーリュウイチも…」

「ん?」

「リュウイチも…ね?」

「ーーーん」

「こんな風に、愛し合える日が…きっと来るよね?」

「!」




リュウイチを呼んでいた声は、きっとイノランの音の記憶。
今は具現化という形有るものと、音の記憶という形無いものに分かれているけれど。
きっと必ず。
リュウイチを元の在るべき場所に帰してあげて。
ーーーその時は。




「大丈夫。リュウイチだって愛されるって」

「うん…だといい」

「だって呼んでんのは、俺なんだろ?」

「ふふっ …うん!」

「愛さないはず無い。リュウイチを」




隆一は、もう一度重なるイノランの唇を受け止めながら。幸せそうに微笑む、リュウイチを想像して。
楽屋のドアが開かれるまで、イノランに心ゆくまで縋り付いた。






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