長いお話・2 (ふたつめの連載)












ーーーこの歌はね、隆一にしか歌えないんだ。





「え…?」

「それって…どうゆう事だ?」




イノランも、スギゾーもJも真矢も。
ずっと一緒にここまできたから、わかっている。
隆一の歌声がどんなにすごいものかを。歌声の素晴らしさにおいて、隆一しか歌えないというのはもちろん理解できる。
ただ…本当にそれだけの理由なんだろうか?

四人の眼差しを受けて。リュウイチはテーブルに乗せてあった、書き起こしたばかりの楽譜を手に取った。



〈ーーーすごいね。ちゃんと出来てる。…これが読み解けたって事は、〝神様〟の見立ては間違いなかったんだ〉

「ーーーなんの事?」

〈隆一が〝祈りと救いの歌〟を歌える確かな力があるって事。言ったでしょう?この曲は〝神様〟が作った特別な曲だって。そもそも力が無ければ、元の楽譜に書かれた記号を見る事さえできないんだ〉

「え?」

〈こうしてちゃんと楽譜に出来たって事が確かな証拠。ーーーというか。元々〝神様〟は隆一の為にこの曲を作ったんだ〉

「隆ちゃんの為に?」

〈そうだよ〉

「ーーーなんで?」

〈…それは〉



リュウイチが言いかけたところで。スギゾーが、ゴメン。と言って済まなそうに待ったをかける。

「ゴメンね、ちょっと待って。ホントは混乱してて全然理解も出来てないんだけど。取り敢えずこの際、隆に歌える資質があるってのを理解して話進めるけど…」

〈うん〉

「俺らは?俺たち四人、皆んなその記号見えてたよ?なんで見えたの?」

「そうだよな?イノに至っては隆ちゃんと一緒に解読までしたんだろ?」

〈ーーーそれは…〉



もしかしたら、リュウイチはこんな人数の前で話すのも初めてなのだろうか?紅茶やソファーが初めてと言っていたくらいだから、有り得ない事じゃない。
矢継ぎ早の疑問を向けられて、ちょっと狼狽えて。恥ずかしそうに俯く様子を見せる。

イノランはソファーに座るリュウイチの隣に腰掛けると。手を伸ばして、ポンポンとリュウイチの頭を撫でてやった。
ーーーゆっくりでいいよ?…という思いを込めて。



〈っ…!〉



反射的に重なった、イノランとリュウイチの視線。にっ!…と口元に笑みを乗せたイノランに。リュウイチも数秒の間の後、笑って見せた。

それを見てやれやれ…と肩を竦めるのは三人だ。



「イノ…。オマエいつもそうやって、隆とイチャついてんだろ」

「そうだよ。悪い?」

「開き直んな!っての‼」

「あ~…ほら、もうスギが羨ましがるから」

「…うるせーから」

「オマエらも!うっせえ‼」

「はいはい」



そんな四人のやり取りを、しばらくポカン…と見ていたリュウイチは。やがてくすくすと可笑しそうに笑い出した。



「リュウ~」

〈ごめんなさい、だって可笑しくて〉

「ほら。リュウちゃんに笑われた」

「スギがうるせーから」

「なんで俺ばっかり!」

「はいはい、もう話進まないから。ちゃんと聞こう」

〈ふふっ〉



なおも笑いが抑えられないって様子で、リュウイチはにこにこと楽しそうだ。ーーーというか。
イノランはさっきからーーーリュウイチが現われてから。リュウイチの言動を目の当たりにする度に、何故だかわからないのだけれど。
胸の辺りがぎゅっと切なくなるのを感じていた。



( ーーー俺が隆ちゃんのこと好きだから?)



だから。同じ声姿をしているリュウイチに、心が揺れるのだろうか?
とは言っても、その身体も声も。隆一のものに他ならない。違うのは今目の前で話している隆一の中のリュウイチだ。


( でも。…何だろう )



何が違うのだろう。
隆一とリュウイチ。
もしかしたら、他の三人には大して違いなく見えるのかもしれないが。

イノランは違って。

隆一とリュウイチ。
やはり違うと感じる。
リュウイチに不信感とか、疑念とか、そういったものがある訳では無い。
リュウイチを信じてあげたい。と以前思った気持ちは変わっていない。

では、この気持ちは何だろう?

リュウイチを見ていると、とにかく切なくなるのだ。放っておけない。手を差し伸べたくなる。
同じような気持ちを隆一に抱くことはあるけれど。でも隆一相手にだけあらわれる恋愛感情は、隆一だけのものだ。



( リュウイチは…汚しちゃいけないっていうか…。綺麗な宝石みたいな… )

( …でも、なんかこの言い方だと… )

( 隆の事は汚したい…みたいな。ーーー綺麗な隆を汚して、俺で…ーーー )

( 俺でいっぱいにしたい…みたいな感情…ーーー )



そこまで思いを巡らせて、イノランは人知れず苦笑をもらす。



( 俺って独占欲の塊じゃん )



リュウイチという存在が現れて。イノランの隆一に対する気持ちが、よりはっきりと浮き彫りになったのかもしれない。
リュウイチが、儚さを伴った透明な美しさだとしたら。
隆一は、温もりを帯びた艶やかな美しさだ。

同じーーーと思われる、隆一とリュウイチ。
一体何が違うのだろう?





〈隆一しか歌えない理由。皆んなには楽譜が見えた理由。ーーーそれを話すには、俺の正体を教えなきゃいけない〉



リュウイチの凛とした声が。
騒めいていたリビングの空気を引き締めた。











ーーー音旅。



五人で。
今まで音楽を連れて巡った、たくさんの場所。



ライブで、撮影で、音楽探しの旅で。
そんな各地に残された、音の欠片。その地に確かに刻まれた、音楽の記憶。



〈皆んなだって、ひとつひとつ覚えてるでしょ?ライブで訪れた場所とか、プロモーションビデオを撮ったロケ地とか〉

「もちろん!」

「どこも忘れらんねーよな」

〈そうゆう音楽の記憶って、皆んなとか、観に来てくれたファンのひと達の心にももちろん残るけど…〉

「うん」

〈〝場所〟にも残るんだよ〉

「場所?…ライブ会場とか?」

〈そう。一度来て、想い出が出来て、また次に訪れると、懐かしい。って思う事あるでしょう?〉

「ある!めちゃくちゃあるよ」

「いい想い出だと、また行きたいって思う事もあるしな」

「逆にさ。なんかイマイチだった時は、またぜってえリベンジしてやる!また来るからなって」

「そうそう」

〈うん。そうゆうものは、そうやって場所にも残るんだ。ーーーでね、その各地に刻まれた音楽の記憶。それが強ければ強い程ひとを惹きつける力…ひとの気持ちを揺り起こす力があるんだ〉

「ーーー力…」

〈ーーー隆一の歌声の記憶は、それがずば抜けて強い。きっとそれは歌に対する真摯な向き合い方も関係してると思うんだけど…。ーーーーーでもね、それ以上に〉

「ーーー」

〈歌う事を愛してる。一欠片でも多く、皆んなに届けたいって思ってる。だからなんだ〉

「ーーー」

〈それが隆一が〝神様〟に見初められた理由。それほどの力を持つ隆一なら、あの歌を歌い切る事が出来るって〉







「隆ちゃんが名指しされた理由が、わかったよ。隆ちゃんなら、そんな特別な歌だって、きっと歌えると思う」

〈うん。そうだね…でもね?〉

「うん?」

〈これは、なんで四人にも楽譜が見えたのか?って疑問の答えになるんだけど〉

「!」

〈繋がりが深いから。…っていうか〉

「ーーー」

〈もう、ほどけないから〉

「俺たち…五人?」

〈そう。例え休止しようが、終幕しようが。もう切れない。それくらい、五人の絆は強固なんだよ。だからきっと、見る事ができたんだ〉

「っ …ーーー」

〈本来〝神様〟は、隆一を…悪い言い方すると、操ろうとしてた。隆一の歌声が欲しかったから〉

「操る…って」

「隆の意思は関係無しに?」

〈そう。操って、用意したあの歌を歌わせようとした。この話を持ち掛けて、素直に理解して歌ってくれる確証は無かったから。…それにタイムリミットもあるし。のんびりはしていられなかった〉



そう。制限時間はある。
この地上が、真っ黒に染まってしまう前に、決着をつけなければならないからだ。



〈それならば、隆一の意思は考えずに。確かな結果を得る為に〝神様〟は隆一に色んなアプローチをしたと思う〉

「ーーーーーー隆ちゃんの怖がってた夢とか、ライブの時のあの歌?」

〈うん。あと一番はじめは非常階段の出来事〉

「あの手首の痕は?ちゃんと消えるよね?」

〈全てが終わった時に、消えるようになってる。あの痕は、受信機みたいなもの。〝神様〟からのアプローチを受けやすいように〝神様〟がつけた〉

「ーーーじゃあ、あの非常階段にいた男が〝神様〟か?」

〈っ…違うよ〉



イノランが怒りの感情を必死に抑えていると。リュウイチは側にいて感じて、僅かに身を竦ませる。事情はあれど、隆一の意思を無視した〝神様〟の事の運び方に。きっと、納得できないに違いないのだ。

そんなイノランを逆に咎めるのは三人だった。



「イノ…リュウちゃん怖がってるよ」

「!」

「オマエ、隆の事になると周り見えなくなんだろ」

「リュウだって、隆でしょ?」

〈……〉

「っ…ーーーーーごめん」

〈…ううん〉

「リュウちゃん、ごめんな?」

〈ヘイキ、大丈夫だよ?〉



明るく笑って見せて、大丈夫と言うリュウイチ。ーーーでもその表情が、やっぱりどこか切なげで。

ーーー本当はこの時もっと、深く聞いてあげれば良かったのかもしれない。
寂しさが隠されているような、笑顔の理由を。ーーー




〈あの非常階段にいたのは、実は…俺なんだ〉

「えっ?」



イノランはあまりの事実に言葉を失くしてしまう。
だって、あの男とリュウイチは似ても似つかない。
隆一が恐れ慄くほどの存在が…リュウイチ?

そして、イノランはそういえば…と。
これまでの話の中で、聞き忘れていた事。



「リュウイチ。君は一体…何者なんだ?」



真っ直ぐなイノランの視線を受けて。
リュウイチは暫くイノランを…そして三人の事をじっと見つめていたけれど。
その沈黙に耐えられなくなったのか。フッと表情を微笑みで崩すと、四人に向かって言った。



〈俺は、隆一が今まで各地に残してきた歌声の記憶。それを〝神様〟が具現化した姿だよ〉











「ーーー具現化?」



〈そう。ーーーこの歌の計画を初めて〝神様〟が考えた時。一番はじめに着目したのが、各地に眠る俺の存在だった〉

「ーーーリュウイチの元になる、隆の歌声の記憶って事…だよな?」

〈そう。地上に散らばった、隆一の歌声の小さな記憶の欠片に力がある事に気付いた〝神様〟は、それらを集めて具現化して、あの歌を歌わせようとしたんだ〉

「ーーー…じゃあ、それが」

〈俺だよ。ホントなら目に見えない俺を、こうして隆一そっくりに創り上げた〉

「ーーー」

〈この姿を得てすぐ〝神様〟はあの歌を歌えと、俺に楽譜を差し出してきた。ーーー歌ったよ?元が隆一の歌声だから、それなりに上手くは歌えたと思ったよ〉

「ーーー」

〈ーーーでも、だめだった。…所詮は記憶。欠片だから。オリジナルの隆一の歌声に比べたら、そのパワーは微々たるものだった。俺だけの力じゃ、地上の黒い力を抑えるなんて無理だったよ〉

「ーーー」

〈俺に無理なら、もう隆一しかいない。〝神様〟は実体を持てないから、直接地上で動くことは出来ない。…だから俺がコマになった。時には姿を変えて、時には俺が〝神様〟の器になって動いたり。隆一に手首の痕をつけたのも、楽譜を届けたのも、夢を見せたり、意識を奪って歌を歌わせたり…〉

「っ…」

〈…全部。俺なんだよ〉

「ーーーーーーーーー」

〈ーーー隆一には、色々怖い思いとか、もどかしい思いとか、不安にさせたり…申し訳ないって思ってる。ーーーホントはね?ーーもっと早くに教えてあげたかったし…それから〉

「え?」

〈ーーーーー〝神様〟のやり方に…ちょっと、反抗したい気持ちも…あるんだ〉



淡々とした語り口から一変。
苦しげに唇を噛んだリュウイチ。





「っ……リュウ?」



思わず、四人はリュウイチを凝視した。何故なら。
今、急にだ。



〈っ…なん…で?〉



ぽろぽろと、リュウイチの目から涙が溢れ出したから。



「リュウイチっ…」

「なんで泣くんだよ?」

〈っ…違うよ、俺じゃない〉

「え?」

〈ーーー俺の中の、隆一…〉

「っ…ーーー隆ちゃん?」






ーーーリュウイチが、可哀想だよっ…






〈え…?〉




リュウイチの頭の中で悲痛な声が聞こえた…ーーーーー………

ーーーら。



「リュウちゃんっ…‼」



ふら…。と、唐突に、リュウイチの身体が支えるものをなくしたように傾いた。隣にいたイノランはすぐさま受け止めて、顔を覗き込む。



「リュウちゃん…」



意識を手放したのか、状況がわからないけれど。頬を濡らし続ける涙は止まらない。
顔を見合わせる四人。誰もがこんな事は初めてだから、狼狽えてしまう。
ひとまずソファーに横たえて、様子をみることにした。




「ーーー」

「ーーー」

「ーーー」

「ーーー」



なんと言っていいのか、言葉が出てこない。
リュウイチも、あれから話してこない。
よくわからないが、戻ってしまったのだろうか?

ーーー正直まだ、聞きたい事はあったけれど。この状態では仕方ない。
いくらかは知ることはできたし、リュウイチとも、また会える…と、思う。






「ーーー現実?」



Jが、ポツリとひと言。



「ーーー現実…」

「こんな事…ーーーマジかぁ」



皆んなまだ、半信半疑の部分もあるだろう。特にイノラン以外の三人は、今日いきなり詰め込まれた情報ばかりだ。



「んと…。頭ん中、整理しねえと」

「だな。無理矢理でも理解しとかないと、ライブ直前だからさ」

「引きずったらヤバい。取り敢えず情報整理」

「ーーーうん」




イノランはずっと横たわる隆一を見ていたけれど、まだ起きそうにないとふむと立ち上がって言った。




「取り敢えずさ。コーヒー淹れてくる。飲みながら、順番に風呂な」






















三人はもう、リビングで転がって眠っている。

時刻は間もなく零時だ。



あの後順番にシャワーを浴びて、各々口数少なだったのは、頭の中でリュウイチの言葉を反芻していたから。
皆、思うことはあるだろうが、もう理解しながら進むしかない。
いつもは夜型のスギゾーも、この日ばかりはJと真矢と共に早々に眠ってしまった。





イノランは、寝室のベッドで眠る隆一を眺めていた。
起きる気配は無くて。ソファーでは辛いだろうと再び運んだ寝室。
月明かりを僅かに浴びながら、隆一はすやすやと安らかな寝息だ。



「ーーー隆ちゃん…」


隆一も中で聞いていると、リュウイチは言っていた。
だとしたらあの突然の涙は。リュウイチの話を聞いて、隆一は感情を揺さぶられたのだろう。




「ーーー」



リュウイチの話を聞いて。
リュウイチの言動を目の当たりにする時に感じる切なさが。
イノランには、なんとなくわかった気がした。

ーーー誰もいないのかもしれない。

リュウイチの周りには…誰も。

〝神様〟の事は、話の中にたくさん出てきたが。

でも…。違う気がしたんだ。

仲間とか、友達とか。ーー…恋人とか。そんなひとが誰もいなくて。

リュウイチをつくった〝神様〟だけ。

反抗したくなる…。そう言っていた。
それも、わかる気がする。



「ーーー…もし、ホントにそうなら」



だからはじめてだったんだ。
紅茶も、ソファーも。大人数の前で、話す事も…笑う事も。



「寂しかっただろうな。…リュウ」



歌声の記憶として、その場所で永遠に眠っていた方が幸せだったかもしれない。
具現化されて、感情を込められたリュウイチは。

きっと、ずっと独りだったんだ。



「っ…」



ぎゅっと、胸が締め付けられる。
ーーー切なすぎて。



「!」



隆一の伏せた瞼に、新しい涙がにじんで。ーーーツ…。と頬を伝った。

隆一も憂いているのかもしれない。
可哀想って。
独りなんて…そんなのないよ。と。

自分の歌声の彼を想って。




「ーーー隆ちゃん」



ならばせめて。
教えてあげたい。
リュウイチを生んだ隆一は、独りじゃないと。

たくさんのひとの中で、笑っているよ。って。



また、キシ…と。ベッドに手をついて、顔を近づける。
そう言えば、キスで治る理由聞いてないやって思い出す。

でも、いい。
今度聞こう。

イノランのキスが隆一に効くのは、事実なんだし。



「ーーーここにいるよ?」


好きだよ。愛してるんだ。
そう想いを込めて。

イノランは眠る隆一に、優しいキスをした。







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