長いお話・2 (ふたつめの連載)











「…?ーーーイノちゃん、どうしたの?」



イノランにソファーに沈められたまま、隆一が口を開く。




「ーーー」

「何か心配な事…あるの?」

「ーーーなんで?」

「だって、なんか…」

「ーーー」

「思い詰めたみたいな顔。してるよ?」




不安そうに揺れる隆一の瞳が見つめてくる。
自分は今そんな表情をしていたのかと。イノランは苦笑を浮かべた。
手を伸ばして、イノランの目元に触れてくる隆一。
そんな不安気な顔しないで。って言っているようで。返事の代わりに、隆一をぎゅっと抱きしめた。




「ーーーごめんね、隆ちゃん」

「ん…」

「心配かけちゃって。ーーーでも大丈夫だよ」

「ーーー」

「ーーー…一番不安なのは、隆ちゃんだもんな?」

「ーーー」

「どんな事になっても。俺は側にいるから」



抱きしめた、隆一の首筋の辺りで。
イノランの、どこか絞り出すような声が掠める。
愛を囁いてくれる時とは違うわずかな違和感に、隆一は訝しんで。イノランの胸に手を突いて、その表情を真っ直ぐに見つめた。



「ーーーーー嘘」

「ーーー」

「イノちゃん…嘘ついてる」

「ーーーついてないよ、嘘なんか」

「違うもん。わかるもん。イノちゃん…なんか、ひとりで色んな事考えてる。ーーーそれも…俺絡みの事で」

「っ …」

「ーーー言って」

「ーーー」

「隠し事は無しだよ?」

「ーー隆ちゃん…」



反らせないくらい、凛とした。真っ直ぐな隆一の瞳。誤魔化しなんて到底通用しないだろう、力強さ。
しばらく隆一をじっと見つめていたイノランは、その隆一の迫力に気圧されるようにため息をついて。
そして。
押し倒す形になっていた身体をそっと離すと。腕を支えて、隆一の身体を起こしてやった。

ソファーの上に、ペタンと座る隆一。
その様子が、なんだかあどけなくて、可愛くて。
笑う場面じゃないと思うけど。イノランは、滲み出る微笑みを抑えられなかった。



「…なんか、笑ってる。ーーー心配したのに」

「ごめん、違うって。馬鹿にしてるとか、そーゆうんじゃなくて。隆ちゃん可愛いな…って微笑み」

「えー?」

「ごめんな?ーーー言うよ、ちゃんと」

「ーーーうん」



少し溜飲が下がったのか。ようやくさっきまであった鋭い様子が和らいだ隆一。眉を緩やかに下げて、今度は気遣うような態度をイノランに向けた。

いまだ消えない隆一の左手首の痕に、イノランはそっと手を触れる。今は家にいるからブレスレットは外していて。くっきりと着いた痕が目について、痛々しい。
そしてイノランは口を開く。



「隆ちゃんの事。メンバーには、伝えないか?」



イノランが突然切り出した言葉に、隆一は目を見開いてイノランを見つめた。


















…………………



イノランは。
今日、仕事帰りの新幹線で思った事。
それから、たった今。
隆一を抱きしめながら、その思いがより重要性を感じた事…。
それを隆一に、ゆっくり丁寧に話して聞かせた。




「ーーーどうかな?…隆ちゃん」

「ーーー」



隆一を守るのは自分でありたい。
そのためには、どんな事だって惜しまない。
ーーーそう、これまで隆一に言ってきたけれど。
今回。実感してしまったから。
すぐに駆けつけてあげられない時。
その場に自分がいない時。

そんな時に隆一に何かがあって。
それが、取り返しのつかない事態にまで発展したら。
そんな事…あってはならない。ーーーけれども、このままじゃ。無いとは言えないから。



「隆ちゃんのこの事の理解者が、もっと必要だと思った。新幹線に乗ってて、今このタイミングで隆ちゃんに何かあったら?…って思ったら…。すっげえ悔しいけど…俺、何もできないじゃん…って」

「っ …」

「隆ちゃんをどんな事があっても守りたい気持ちは変わらない。ホントは最後まで、俺が隆ちゃんを守り抜いて解決したい。ーーーでも、その俺の気持ちを頑なに貫く事で、隆ちゃんの周りが手薄になって、逆にリスクが生まれてしまうんだって。今日、別行動してみて思ったんだ」

「ーーー…」

「ーーーまず優先させなきゃいけないのは、隆ちゃんの安全。ーーー俺ひとりじゃ、手の届く範囲に限界があるって…気付いた」

「ーーー」

「それにアイツらなら、きっとわかってくれる。隆ちゃんも安心でしょ?」

「ーーー」

「ーーーーー…隆ちゃん、どう?」




ひと言も発さず、じっとイノランを見つめて話を聞いている隆一。
眉を下げて、なんとなく力無い感じだ。

隆一は内心。複雑だった。

ここまで自分の事を案じてくれるイノラン。隆一の側にいるのは自分でありたいという気持ちすら、抑え込んで。
ーーーその事が、嬉しい反面。寂しく思ってしまったのだ。

自分勝手だと思う。
自分本位だと思う。

だけれどあの非常階段で、この事態に巻き込まれた瞬間。その時に誰よりも早く、隆一の側にいてくれたイノラン。

嬉しくて。
嬉しくて…

左手に着けてくれたブレスレットも。
側にいるよ。と言って笑ってくれた事も。
きっかけはどうあれ、イノランと恋人同士になれた事も。

隆一にとって。
巻き込まれたこの事態は好ましく無いものだけれど。
先が見えない、怖いもの。
イノランの考えることは最もだ。
それに、メンバーを信じてないんじゃない。

ーーーそうじゃなくて。


イノランと一緒に進む未知の領域。
そこを一歩一歩、手を繋いで歩く。
そこに生まれ続ける感情は、甘くて、切なくて。
二人だけの秘密みたいな。
恐怖と隣り合わせの、密やかで甘美なもの。


だから本当は、叫びたかった。

イノランがいればいい。
進む道は、イノランと共にありたい。
一緒ならば、どんな恐怖も怖くない。


ーーーそれはイノランには言えない、隆一の本心。
自分勝手で。
自分本位で。
そして限りなく穢れの無い、純粋な望み。


隆一は。
もう後戻りができないくらい。
心からイノランに、恋をしていた。











いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。






長い沈黙の後、隆一は小さくコクリと頷いた。
その隆一の肯定を見て、イノランはホッとする反面。確かな寂しさもおぼえていた。
心のどこかでは、隆一に嫌だと言って欲しかったのかも知れない。

でも。
これでいいんだ。…と。
自分に言い聞かせて、微笑みを作った。



「ーーーじゃあ、まずは譜面を完成させてからだな」

「うん」

「それから、三人と会って話そうか」

「うん…」

「それか、ひとりづつのが良いかな?アイツらのスケジュールの都合もあるけど…」

「…うん」

「ツアー中だから、なるべくライブ間近は避けた方がいいよな」

「ーーーうん…」

「ーーーーー…」

「……」

「ーーー…ね、隆ちゃん?」

「ーーー…ん?」

「ーーー賛成なんだよね?…アイツらにも、協力を仰ぐこと」

「ーーー」

「ーーーーー隆?」

「ーーーーっ …わかんない…!」

「え…?」



生返事を繰り返していた隆一。でもイノランの問いかけをきっかけに取り乱して、隣に座るイノランの胸に飛び込んだ。



「っ …隆」

「ーーーっ …俺、すっごい嫌なヤツっ !」

「ーーー隆ちゃん…」

「イノちゃん、こんなに心配して考えてくれてんのに!メンバーの皆んなの事だって信じてないんじゃない!ツアー中だから、万が一の事考えて判断して行動しなきゃいけないってわかってるのに!」

「っ …ーーー」

「でもっ 」



胸に埋めていた顔をイノランに向けて。
隆一の必死ともとれる、訴えの眼差しからイノランは目が離せない。



「ーーーっ …イノちゃんと一緒がいい」

「りゅっ …」

「怖い道も、わけわかんない道も…」

「ーーー」

「誰でもない、イノちゃんと進みたいよ」

「っ …ーーー‼」



ぎゅっと抱きしめた腕が、イノランからの答え。
隆一をしっかり抱いたまま、ごろん…と。起き上がっ たばかりのソファーに再び倒れこむ。
隆一の手もイノランを求めて背に回って。イノランは、嬉しさが溢れそうな声を隠すこともしないで。



「隆ちゃんっ …」

「イノちゃんっ、ごめんね」

「なんで謝んだよ?」

「だって…俺、自分勝手で、すごく嫌なヤツでしょ?」

「んな事ない」

「あるよ!」

「そんな事ない。めちゃくちゃ可愛いじゃん。ーーーだってそれってさ、それだけ俺の事好きでいてくれてるって事でしょ?」

「ーーーっ…」

「いつもは気遣いとか、慎重の塊みたいな隆ちゃんがさ。こんななりふり構わないくらいになるって…」

「っ …」

「それくらい、俺に恋してくれてるんだろ?」



隆一の顔が、ぼうっ…と。まるで火を吹いたみたいに真っ赤になって。
じっと、幸せそうに見つめてくるイノランの視線に耐えられなくて、隆一は目をそらす。
でもそれをイノランは許さない。
隆一の顎を掬って、少々強引に視線を合わせる。



「でもね隆ちゃん。わからない、未知の事だからこそ、慎重になるんだ。ーーーここで俺と隆ちゃんの気持ちを優先させて、万が一隆ちゃんに取り返しのつかない何かがあったら。俺も隆ちゃんも後悔なんて言葉じゃ済まないよ」

「ーーーうん…」

「きっとアイツらも、スタッフも、ファンの子たちもだ。ーーーみんな隆の歌を待ってんだからさ」

「ーーー四人の演奏もだもん」

「そうだな、その通り。ーーー欠けちゃダメなんだからさ、俺たちは」

「うん」

「手遅れになる前に、この事に気付けて良かったって思ってる。ーーーそれにもしかしたら、必要かも知れないもんな」

「え?」

「あの歌を歌う事になった時さ」

「ーーーあの楽譜の?」

「そう。もしホントに歌う必要に迫られた時。ーーー心強いじゃん?」

「!」

「隆ひとりで歌うより、ルナシーとしての方がさ?」

「っ …うん!」



隆一の瞳が煌めいた。

五人が揃えば、どんなに心強くなれるか知っているから。

きらきら輝き出した隆一の瞳にイノランは安堵して。
今度はちょっと意地悪そうな笑みを乗せて、隆一に詰め寄った。



「俺らの事も言わなきゃね?」

「ーーえ?」

「だってそうしないと、説得力ないじゃん?」

「せ…説得力?」

「例えば隆が変になった時とか。俺のキスで元に戻るとか…あるでしょ?」

「うっ…」

「隆にあげたブレスレットとか、一緒に夜を過ごすとか。ーーーでも恋人って、隠しててもバレるよな。雰囲気で」

「う…ん」

「ーーー大丈夫だよ」

「え?」

「こんくらいで揺らぐルナシーじゃない。音楽がバシッと決まれば大丈夫。不安を軽減させる為にメンバーに打ち明ける意味もあるんだし。それって元を辿れば、良い音楽をやる為でもあると思うよ?」

「ーーーーーうん!」

「……でもねぇ」

「ん?」

「みぃーんな、隆の事好きなんだよね…」

「う?」

「みんな素直じゃねえから、あんま表に出さないけど。…油断ならねぇの」

「!」

「だから、姑息だけど。その意味も込めてアイツらに言いたい」

「ぇ…」

「隆は俺の恋人だって」

「イノちゃん…」

「なぁ、隆?」

「ん?」

「ーーーこないだ言ったの覚えてる?」

「ーーー」

「ーーー次は最後までしようって」

「っ …」

「ーーーしていい?」

「…いま?」

「ん…。したい」

「イノちゃん…」

「いま受け取った隆の想いとか、俺の気持ちとか、不安とか、怖さとか…」

「ーー…」

「そーゆうの全部共有したい。ーーーぐちゃぐちゃに、隆とひとつになりたい」













熱を孕んだイノランの眼差しが、じっと隆一を見下ろしていた。














「ん…っ …」

「隆…」

「ーーーはぁっ…」





イノランの拒めないほどの懇願を受けて。
ーーー違う。
寧ろ、隆一もそうだった。
心の底からイノランに恋していると気が付いた瞬間から、イノランと繋がりたいと切望していた。



「んっ…ぁ」

「こないだは、ちょっと中途半端だったもんな」

「…ん」

「ーーー今日は最後まで…」

「うんっ」



隆一の頷きを受けて、イノランはキスをする。
可愛らしいキスじゃなくて。
求め合って、貪るようなキス。

言葉には出さないけれど。

誰にもやらない。
俺だけの恋人だ。

そんな収まらない激情。



「んぅっ …ん」

「っ …は…」



カリ…っ …と。イノランの唇が隆一の首筋までいった時、僅かに歯を立てて噛み付いた。



「イノちゃ…っ …痛い」

「あ、ごめっ …」



慌てて謝って、舌先で小さな傷を舐めるイノランに。隆一は胸がきゅうっ…と切なく軋む。
隆一を目の前にして、余裕をなくしているイノラン。
複雑な想いを抱いているのは、イノランも一緒だから。



「ぁっ…待っ」

「待たないよ、もう」



隆一のシャツのボタンを勢いよく外して。恥ずかしさで隠そうとする隆一を言葉で制して、露わになった白い肌にイノランは唇を寄せる。



「隆ちゃん、綺麗。可愛い」

「んん…っぁん」

「ーーーやっぱね。前にした時も思った。…ココ弱いだろ?」



そう言って、意地悪く唇を歪めて。
イノランは隆一の胸の突起を舌先で突つく。
ゾクっ …とした快感が隆一の身体に電気みたいにはしって。最早もう声は止まらない。



「あっ …そこ…ゃあ」

「やめていいの?」

「っ …やだぁ」

「わがまま」



あんまり焦らすと可哀想かな…。
イノランは唇をぺろりと舐めると、隆一と自分の着ているものを全て脱ぎ捨てた。
すでに勃ち上がりきった二人のもの。
すぐに繋がりたい気持ちをなんとか抑えて。イノランは隆一のものを口に含むと、もう片手で隆一の後孔を弄りだした。

急激な刺激と、突き抜けそうな快感で。隆一は唇を噛んで耐えた。



「んっ…んん…っっ」

「っ …隆っ ーーー声」

「んーーーっ…」」

「ーーー声聞かせて」

「あっ…ーー」

「気持ちいい声聞かせて?」

「っ …ーーぁんっ…あっ…ぁあ」




イノランに請われて。堰を切ったように溢れ出す隆一の嬌声。
そこから唇を離して、涙で濡れた隆一を見て。
イノランは嬉しそうに笑って。
隆一の顔中に口づけを落とすと、密やかに耳元で囁いた。



「ーーー挿れるよ?」



息絶え絶えの隆一が。
コクリと、頷いた。

















ソファーの上で、キスを交わす。他にする事が無いのかってくらい。もう夢中で。

初めて二人で最後までしたセックス。
同性同士なんて、それこそ初めてだったけれど。
色んな事が近かったり、似ている二人だから。
違和感も抵抗感も、どこかに置き忘れたみたいに。二人の身体は心地よく馴染んでいた。



「んっ…ふ…ぅ」

「っ …ン」

「んっ…ーーーぁ…イノちゃ…」

「ん?」

「ーーっ…も…いいよぉ」

「やだ、足んない」

「欲張り!」

「気持ちいいもん」

「そ…だけど」

「ーーー隆ちゃん疲れてる?」

「別に…ヘイキだよ?」

「さすが!じゃあさ、もう一回やろ?」

「ええっ ?」

「今度はちゃんとベッドに移動してさ。俺、抱えてってあげる」

「自分で行ける!」

「ダメ。俺がしてあげたいの」

「分からず屋!」

「なんとでも。だって俺、今めちゃくちゃ幸せだから」

「ぇえ?」



そんな言い合いをしながらも、イノランは隆一をしっかり抱き上げて寝室に移動する。隆一も抱えられた瞬間には大人しくなって、落ちないようにイノランの首元にしがみ付いた。
ゆらゆら揺れる、移動のさなか。
隆一は、ぽつりとイノランを呼んだ。




「ーーーーーイノちゃん」

「ん?」

「ーーー」

「…どした?」



ボフン…。と、ベッドの上に二人で横たわって。何か言いたげな隆一の顔を覗き込む。
ベッドに投げ出された無防備な隆一の手のひらに、イノランは自身の手を重ねる。ぎゅっと力を込めると、隆一は緩やかに微笑んでくれて、そして言った。




「ーーーーーみんなに言うの、俺も賛成」

「ーーー隆ちゃん…」

「イノちゃんがいっぱい考えてくれた事。俺たち二人だけの事じゃなくて、みんなの事も含めて考えてくれたから」

「ーーー」

「ありがとう、イノちゃん。俺も、それが良いって思えたよ?」

「ーーー…ん。」

「ーーーでもね、イノちゃん…約束して?」

「なに?」

「ひとりで危険な事はしないで。前にイノちゃんも俺に忠告してくれたけど、俺もする。ーーーひとりで行かないで」

「ーーー隆」

「踏み出す時は、一緒にいたい。危険な道も、よくわからない道も。ーーーその時は隣にいさせて」

「っ …」

「俺の知らないところで、イノちゃんが大変な事になったら…嫌だからね?」



必死に訴えかける隆一の姿に、イノランは胸が震える。大切なひとを案じるのはイノランだけではない。隆一もだ。



「置いてったりしないよ」

「うんっ…」

「俺はどんな事になったって隆の側にいる。ーーー言ったよね?」

「ん?」

「ーーー隆となら、どこまでも堕ちたって構わないって」

「っ …ーーー」



涙をためた隆一の瞳が見上げている。その視線が重なった瞬間。
とても綺麗な笑顔を、隆一は見せてくれたのだ。















pi pi pi…pi pi pi…




ベッドサイドに置いたスマホが鳴っている。
イノランは寝ぼけ眼で手を伸ばすと、寝転がったまま通話をONにした。
横には隆一がまだ眠っているから、イノランは心持ち声を潜めて会話を始める。



「ーーーはよ。…J、どしたの?」

『はよ。じゃねーよ。オマエもう昼だぞ?』

「あー、そうなんだ?」

『…寝起き?』

「うん…まぁ、そんな感じ」

『ーーー…まぁ。深く突っ込まないでおくわ』

「うん。…で、どしたの?」

『あー。あのさ、隆、昨夜オマエの所行った?』

「隆ちゃん?ーーーうん、来たけど。なんで知ってんの?」

『仕事終わりにオマエの所に行くって言ってたからさ』

「ああ、そーゆうことね。…でも、それが?」

『ーーーちょっと…気になってさ』

「…なにが?」

『隆だよ』

「ーーーなんで?」

『収録待ちの時さ。ちょっと時間空いたから、隆とツアーの事とか色々喋ってたんだけど…』

「うん」

『それまで普通に談笑してたんだけど、急に黙りこくっちまってさ。なんか俺言ったかな…って思って声かけたんだけど反応無くて。肩揺すっても、こっち見ねーし』

「で、どうしたの?」

『ちょうど、たまたまなんだけどさ。スタジオで俺らの新曲流れ出して、そしたらハッとしたみたいに正気に返ったっていうか』

「ーーー」

『その後は別段変わったとこは無かったけど。ーーーオマエ隆に会ったんだろ?具合悪そうとかじゃなかったか?』

「ーーーーー」

『イノ?…聞いてる?』

「わりい、聞いてる。…大丈夫そうだけど、気にしとくね」

『おう。ーーって、なに?隆そこにまだいるの?』

「ま、ね。夜を共にしたんだよ。ーーじゃあまたな。隆の事、ありがとう」




まだ色々向こう側で騒いでるJとの通話を切って。
イノランは隣で眠る恋人を見る。
穏やかな寝顔に癒される反面、心のどこかで焦りが顔を覗かせる。


その日はひたひたと確実に近付いていると。
あたたかな陽射しの中で、イノランは拳を握りしめた。






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