長いお話・2 (ふたつめの連載)













世界の果ての、その端で。
それは静かに始まっていた。

太陽の光も、月の明かりも遮る。
暗くて、冷たいモノ。

始めはただ一点だった黒い影は、負のエネルギーを引き寄せて。


世界の端を黒く染めてしまった。















「おはよーございま~す」

「よう」

「お疲れ~!」




ツアーの合間。
メンバー達は急遽決まったラジオの収録に各地に散っていた。

今日はメンバーを二手に分けての出張。
昔から同じチーム分け。
イノラン、スギゾー、真矢のISSチームと、Jと隆一のJRチームだ。
一日で二ヶ所ほどの収録スタジオを周り、その日のうちに新幹線で東京に戻る日程だ。

新曲をバックに、ライブへの想いを語る時間。寄せられるたくさんのメッセージを聞いていると、皆んなが心待ちにしていてくれるのが伝わってくる。
こうして色々な場所で迎え入れられると、ますますライブが楽しみになってくるのだった。



仕事を無事終えて。
美味しい地元の食事に舌鼓をうち。
三人はマネージャー達と共に帰りの新幹線の中にいた。

まださほど遅くはない、先程日が沈んだばかりという時間だ。
真矢は前方の席でスタッフと何やら楽しそうに語り合っているよう。
イノランはといえば、通路を挟んだ真隣の列のスギゾーとぽつりぽつりと話していた。

今日の収録の事やライブの事。
ギタリスト同士、こんな時でないとゆっくり話せない細かな部分の事。新しく手に入れた機材の事。
つまりはギター談義、音楽談義で盛り上がっていた。






「そういえばね?スギちゃん」

「んー?」

「隆ちゃんが新しいギター手に入れたって、こないだ見せてくれてさ」

「おー、そうなんだ?」

「すげえ嬉しそうでさ、隆ちゃん。それ見てたら、弾けばいいよなって思って。今回のツアーファイナル、隆ちゃんの誕生日じゃん?ギター弾ける場面作れたらなぁって」

「いいじゃん!いいと思うよ?」

「あ、ホント?」

「うん、俺は賛成。ーーーん、そうね…。真矢とJはリズムセッションあるから、俺ら三人でやる?なんかアコースティックな感じとかさ」

「さっすがスギちゃん!俺も同じ事考えてた」

「いいね!隆のバースデーに隆の弾き語り。いい思い出になりそうじゃん?」

「だな。隆ちゃんもファンの子たちも喜ぶよ」



顔を見合わせて、まるで悪戯小僧のように楽しげな二人。
ファンには当然、当日までの内緒のお楽しみ。ステージでギターを抱えて歌う隆一と、その両隣りで微笑み合う二人のギタリスト。
そんな光景を想像して、嬉しくなった。

ひとしきり話し込むと、イノランはホルダーに置いたカップのコーヒーに手を伸ばしてホッとひと息。
スギゾーも持ち込んだ雑誌を手に取ると、ぱらぱらとページを捲りだした。

イノランはコーヒーを堪能しつつ、スマホを取り出して本日の一日旅の事をブログに投稿。手早く打ち込むと、満足そうに口元で微笑んだ。
ーーーそういえば、JRチームはどうだったろう…と。すっかり暗くなった窓の外を眺める。
仕事だから仕方ないけれど、こうして隆一と離れて行動する事に、イノランは多少の懸念はあった。
一緒にいない時に、例の事絡みで何かあったら…。

何かあればすぐに連絡しろよ、と。今朝、別々の方向に出掛ける隆一にイノランは言った。
すぐにとんでいける距離ではないが、電話越しに話すだけでも隆一の不安はいくらか和らげられると思ったから。

でもそれも、隆一が自分の意識を保っていられたら…の話だ。先日のステージ上でのような、意識を奪われた状態になってしまったら話は別だ。

電話をかけるどころか、自分の意思で自由に動くこともできないだろう。
ーーーそれに、今度こそ本当に不審に思われる。イノラン以外のメンバーやスタッフに。

そう考えると、せめてメンバーには今のこの事態を話しておいた方が良いのかもしれない?

隆一を助けるのは自分でありたい。
そうイノランは思っていたし、そうしたいと思っている。
これからも出来得る限りの事をしてあげたいと思っている。

ーーーけれど。
こんな風に離れて行動しなければならない時。物理的に自分ひとりの手の届く範囲に限界が見えた時。

隆一を守る人数は多い方が良いのではないか。

最優先すべきは隆一の安全と、ライブを成功させたいと願う、隆一の切実な想いでは…?

イノランは外を眺めながら、そんな事を考え始めていた。



( 隆に取り返しのつかない事があってからじゃ遅い… )



その為には。この際、己の感情は後回しにした対応が必要だ。
事が事だけに、万が一を考えて慎重にならなくてはいけない。



( でも…)



説明…。難しいなぁ…。

ーーー仮に上手く説明出来たとして。
その時は、この事もきちんと言わなければ説得力は欠如してしまうだろう。


イノランと隆一は。
もうメンバー同士というだけの関係ではない。
二人はもう、恋人同士だという事を。











じっと外を眺めていたイノラン。
その時、隣の列のスギゾーが。へぇ…。と、ぽつりと呟いたのが耳に入った。

イノランはなんとなく気になって隣に目を向けると。スギゾーの手には何やら英語ばかりが並んだA4版の雑誌が握られていた。



「ーーースギちゃん…なに読んでんの?」

「ん?あー、これね。海外のサイエンス雑誌。定期購読しててさ、出がけに届いてたから持ってきた。移動中読みたいなって」

「ーーーーー好きだねぇ、スギちゃん…そーゆうの」

「いやいや、これがね。結構面白いんだぜ?なんかこうゆうので情報得てさ。それもまた曲作りに活かせるってゆうか」

「まぁ、そうだね」



その点はイノランも深く頷く。
見果てぬ探求心。それはここ十数年で確実に強くなってきている。
まだ見てないものを見たい。知らない場所に行ってみたい。聴いたことのない音楽をもっと聴きたい。
そしてそれは。新しく生み出される音楽に、確かに息づいている。


ぱらぱらとページを捲ったスギゾーは、ある記事を指差してイノランに見せた。



「ここ…見える?」

「ん?…ーーーNot…living thing…?ーーーーー…cause unknownーーー生物がいない?…よくわからない…って事?」

「そう。この記事、世界の極地の探査チームのものなんだけど。まだ人間が踏み入って無い未開の地でね。生き物が全くいない場所を見つけたって。植物も動物も虫も。土中の微生物の検査もしたけど、それすら見つからないって」

「え?ーーだって、それ地球上の話だろ?そんな事あり得んの?」

「南極なんかの極寒の地では確かにウイルスなんかが生き辛い場所もあるみたいだけど…。でもそれだって動物いるもんな。ペンギンとかさ?この研究者たちも、その土地の気候がどうこうとか、そうゆうんじゃ無い気がするって言ってる。ーーーここはまったく生き物の気配がしないって」

「へぇ…」



なんかちょっと怖いよね。
そうこぼすスギゾーにイノランも頷いて。再び読書に集中し始めた隣のギタリストから、もう一度外に視線を向ける。

この世には自分の知らない事がまだまだあるんだ…。と、イノランは思う。
この記事にしても。それから、隆一が巻き込まれている、不思議な事にしても…だ。



「隆ちゃん、もう帰ったかな…」



愛しい恋人に、想いを馳せた。




















…………………


「ただいま~」




自宅の玄関にようやくたどり着いたイノラン。さすがに一日の疲労が押し寄せて、パタンとドアを閉めるとホッと肩の力が抜けた。



「!」


靴を脱ごうとして目に入ったのは、綺麗に並んだ隆一の靴だ。



「もう帰ってたんだ」


思わず顔が綻んでしまう。

Jと共に別の地へ赴いていた隆一。
ちょっと心配もしていたけれど。こうして帰宅しているということは、問題なく仕事を終わらせることが出来たのだろう。

イノランは安堵のため息をつくと、靴を脱いでリビングへと向かう。
明かりのもれるリビングのドアを開けると、ソファーに寄りかかってウトウトと微睡む恋人の姿を見つけた。



「ーーーーー」


移動で疲れたのか。イノランの気配にも気付かずに穏やかな表情の隆一。
イノランは笑みを浮かべると、そっとソファーの側に寄って、起こさないように隆一の隣に腰掛ける。
寄り添って肩に手を回すと、隆一の頭がコテンと、イノランの肩に落ちてきた。


( っ…ーーーーーーかわいい… )



思わず叫びそうになる気持ちをぐっと堪えて。傍らにある隆一の寝顔とあったかい体温をここぞとばかりに堪能する。
もう何度も隆一と一緒に眠ってきたけれど、その穏やかで幸せそうな寝顔を見るたびにドキドキする。あったかい身体を抱きしめるたびに、隆一と今一緒にいるんだという幸福感に襲われる。



「隆…」



うっかりこぼれ落ちた恋人の名前。
すると。
ん…ーーー。と、くぐもった声に続いて、数回の瞬きの後。隆一が目を覚ました。



「ん……ぁ、イノちゃん。おかえりなさい」

「ただいま。隆ちゃん早かったんだね」

「30分くらい前かな」

「そうなんだ?じゃあ微睡んだだけになっちゃったね」



起こしてごめん。とイノランが謝ると、隆一はにこやかに首を振った。



「イノちゃんが帰るまでって思ってたから」

「そっか」

「うん!」

「ーー隆ちゃん、大丈夫だった?なんもなかった?」

「うん、今日はヘイキだったよ。J君と仕事して海老フライ食べて帰ってきた」



無邪気な笑顔の隆一。
それを見てイノランは一気に脱力してしまう。
安心して、おかしくって、苦笑いが込み上げる。
それと同時に、小さなヤキモチ。
俺も隆と一緒に海老フライ食いたかった!…なんて叫びはしないけれど。そんな想いを込めて隆一を勢いよく抱きしめた。




「わぁっ!ーーイノちゃんっ」

「りゅーちゃん」

「もぅ!びっくりした」

「隆ちゃん」

「え?」

「ーーー隆ちゃん」

「ん…なに?」

「ーーーーーーー隆…」




ーーーそのイノランの声で。
二人の隙間の空気が変わる。
朗らかだった空気は濃密なものに。
そしてそれを、隆一はすぐに感じ取って。潤みだした目でイノランを見た。




「…イノちゃん」

「隆」

「っ…なぁに?」

「ーーーわかるだろ?」



「ぇ?っ…ン…」

「りゅう」

「ん…っん…」

「りゅうっ…りゅ…」

「っ…んーーーー」



気付けば腕を絡ませ合って、強く強く抱きしめたままキスを交わす。
甘く柔らかな唇を追いかける。


霞んでいく頭の中で、イノランは今日考えた事を思い出す。



何がどうあれ、隆一を守る。
メンバーとして、恋人として。

ーーーそして隆一を大切に想う気持ちは、想いの種類は違えどもきっと他のメンバーも同じはず。

これから本腰を入れて、未知のものに立ち向かう。
それに打ち勝つ力がもっともっと増えるのなら。


( まずは楽譜を完成させて。ーーーそして…打ち明ける覚悟を決めよう。この不思議な出来事を。俺と隆の事を。ーーーメンバーたちに )



( それから…)




「っ…ぁっ…イノ…」

「ーーーー隆ちゃんっ…」

「?…」

「愛してるよ」




俺の言葉に微笑んでくれるお前を。
綺麗な声で歌うお前を。

まだ見ぬ未知のものに曝されるくらいなら。
ーーー不安で、恐怖で、汚されるくらいなら。



「俺が愛してやる」

「…イノちゃん?」

「ーーー汚してあげる」






.
13/41ページ
スキ