短編集・1
「おはよう隆ちゃん」
俺が一番乗りだと思ってたのに、楽屋に着くとイノちゃんがいた。
抱えていたギターを傍らに置くと、ニコッと笑ってくれた。
「おはよう。イノちゃん早いね、いつ来たの?」
「んー。でも20分位前だよ」
そっかぁ。と言いつつ荷物を置いて。
イノちゃんの座ってるソファーの向かい側に回ろうとしたら、隆ちゃん。と手招きされる。
「こっち。来て」
「うん?」
「いいから早く」
自分の座ってる隣をペシペシと叩いて、待ち切れなさそうなイノちゃん。
こんなに広いんだから隣じゃなくても…と思ったけど。こういう時イノちゃんは引かないことを知ってるから、そのままイノちゃんの隣に腰を落ち着けた。
「………」
「………」
「………」
何を言うでもないイノちゃんに。
もうっ !何のために呼び寄せたんだよ、と。隣をキッと見たら。
イノちゃんスマイルが…。
あの。蕩けそうな、クラクラしちゃいそうな、イノちゃんの笑顔が…。
この至近距離で…。
見慣れてるハズなんだけど…。目のやりどころに困っていたら、イノちゃんの両腕が伸びて。
ぎゅう…っと、抱きしめられた。
「っ…」
無言のまま抱きしめられていたら。
「隆ちゃん」
「ん?」
「隆ちゃん」
「…うん?」
「隆ちゃん…隆、」
隆ちゃん、隆ちゃん、と。それしか言葉を知らないみたいに、イノちゃんは俺の名前を繰り返す。
「イノちゃん…?」
どうしたんだろう…と。イノちゃんの背にそっと触れると。
腕の力を緩めて、イノちゃんは真っ直ぐに俺を見つめてきた。
その瞳は優しくて。でも、切なさが混じってる。
「イノちゃん?」
「ん?」
「…イノ?」
「…ん。」
どうしたの?と問いかけたら、観念したみたいに、もう一度抱きしめられる。
「俺ね。隆ちゃんと一緒に居られるのが、超幸せで、うれしくて。隆ちゃんとの時間、一瞬も無駄にしたくなくて」
だから今日は、隆ちゃんより早く来たかったんだよ。
そう言いながらイノちゃんの指先が、俺の髪に埋め込まれる。
隆ちゃん大好き。ってイノちゃんは何度も撫でてきて。
それがあんまり切ない声で言うもんだから。
「ーーーーー…」
それを聞いたら。
イノちゃんの声を聞いていたら、なんか。わかってしまった。
今年俺は、色んな事があった。
歌い続けるために、必死で。必死で。
歌うことを守りたくて。
手放したくなくて。
ただ必死で、駆け抜けた。
心配かけたくなかったけれど。
やっぱり、心配させてしまって。
とりわけ、この恋人は。
支えて、奮い立たせてくれた。
溺れそうな時、手を繋いでいてくれた。
ごめんね。
心配かけて。
でも。
嬉しかったよ。
もう、大丈夫だよ?
「イノちゃん」
「ん?」
「俺ね?」
「うん?」
ぎゅっ…と、イノちゃんの服を握りしめる。
「歌うことが、大好き」
「うん」
「イノちゃんと、Jと、真ちゃんと、スギちゃんの音に囲まれるとね」
「うん」
「すごく、気持ちいいんだ」
「うん」
「気持ち良くて、苦しくて。愛おしいんだ」
「うん…。俺も」
「ぅん?」
「みんなの真ん中で、歌ってる隆ちゃんね」
「ん?」
「すっげえ綺麗」
「う?」
真面目な話してると思ってたのに、なんか空気が変わった気がしてイノちゃんの顔を見ると、不敵な笑みを浮かべてる。
あれ…?
…さっきと全然違うんだけど…。
ちゅ…っと、不意打ちにキスをされる。
「っ…!」
ちょっとっ!と暴れると。イノちゃんはめちゃくちゃ楽しそうな顔して、ソファーの上で俺を羽交い締めにしてキスは深くなる。
「っん……ぁっ…」
イノちゃんは俺の気持ちいいところを知っている。
舌が絡まると、たまらなくなって自分からも求めてしまう。
「…ンっ…」
「隆ちゃん…っ」
「…ん…?」
唇が離れて、イノちゃんの笑顔が視界にはいってきた。
さっきの切なさは無い。でも、やっぱり優しくて、頼もしい笑み。
「まわりは、俺たちに任して」
「…ん」
「歌って」
「うん…っ」
イノちゃんの言葉が嬉しくて、恋人とのキスも気持ち良くて。
ここが楽屋ってことも吹き飛ぶくらい、2人で没頭する。
そうしたら。
ゴホン。と、頭上から咳払いが聞こえて、見上げた先に。
いつの間にか来ていた3人。
呆れ顔の。
イノちゃんは、あっけらかん、としてたけど。
うぅ…。恥ずかしいったら!
いつからいたんだよ。
…時間経つの早いよね。
割れんばかりの声。
高まる熱量。
ステージ袖で、手を繋ぐ。
熱い手の感触が伝わってくる。
数分後の音に、想いを馳せる。
最高に気持ちいい。
窒息しそうなくらい苦しくて。
目眩がする程愛おしい。
みんなの真ん中。
「俺の居場所」
end
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