短編集・1
〝おやすみ〟
通知と共に表示される、いつものタイトル。
今夜もだいぶ早い夜の時間に、無情にも届いたのだった。
隆の就寝時間は早い。
歌い続けるために、人一倍身体に気を遣っている隆だから、当然の事なのかもしれない。
……しれないけどさ…。
今夜はスギゾーと真ちゃんと。3人合同での動画配信の仕事だ。
新曲を携えての、久しぶりの3人トークの仕事。今回参加しない隆もJも楽しみだね~なんて言っていたから、自ずとこちらの気分も盛り上がる。
「隆ちゃん、俺と一緒に出ても良いんだよ?」
「あはは、ダメだよぉ。皆んな3人の酔っ払いトーク楽しみにしてるんだから」
俺とJ君が混じったら真面目になっちゃう。そう言いながら隆が首を横に振ったのが、数日前。
まあ確かに…。隆とJはとても真面目だと思う。俺ら3人がグダグダになると、やんわり軌道修正する。でも心の底では熱い。
そんなところ、隆とJはよく似てると思う。
俺はうーん…と唸りつつ。
それならと、顔を上げる。
「じゃあさ、隆ちゃん家で見ててくれる?」
「えー?」
「なんとかギリギリ、起きてられる時間じゃない?」
「うーん…。まぁ、ね?」
「じゃ、決定!俺頑張るから!」
「何を、どう頑張るのさ」
「スギちゃんと真ちゃんの脱線し放題に‼ 俺必死に軌道修正するから!」
「あはははっ!」
隆はにこっと笑うと、頑張って。とキスしてくれた。
……そう言っていたはずなのに。
番組本番中に俺のスマホに届いたのは、隆の〝おやすみ〟だった。
そこを境に呑むペースが早くなった気はする。
やっぱり眠くなっちゃったのかな…。
明日の事を考えて、もう寝たのかな。
ライブも近いもんな。
無理はできないよな…。
そんな色んな事を考えつつも、どこかガッカリしている自分がいて。
これくらいの事で気落ちしてる自分が情けなくて。
でも、惚れた弱み?惚れた相手。好きだから見てて欲しいって思うのも、仕方ないよね…。
呑んで喋って、呑んで語って。
いつの間にか、エンディング。
帰る頃、真ちゃんの目は閉じかけてて、スギちゃんはこれから絶好調!な感じだった。
お疲れ、またね。って手を振って、マネージャーの車で家に帰って、挨拶をすると外に出る。
すると、あれ?
リビング、電気点いてる?
外から見てもわかる。煌々と点いた、部屋の明かり。
( 点けたままだったっけ )
少し酔いの醒めた頭で、出がけの事を思い起こしながら、鍵を開ける。
「‼」
この靴。
…来てんの?
玄関に並んだ靴で、点いた明かりの原因がわかる。
急く気持ちを抑えて、俺はリビングに進んだ。
「隆ちゃん…」
ガラステーブルの上にはスマホがあって。ホワホワと湯気を漂わせる加湿器。ガラスポットには紅茶が入って、小皿に数枚のクッキー。
傍らのソファーには、ブランケットに包まって、すやすやと眠る隆が居た。
これだけで。
見てわかる。
眠気と闘いながら、見ててくれたんだって。
そしてついに、寝ちゃったんだって。
〝おやすみ〟だけで。
ガッカリしてた自分が、心底情けない…。
用意周到に準備して、ちゃんと見ててくれた隆が、愛おしくて。
抱きしめようと思った…けど。
まだダメだ。
外から帰ってうがいしてないし、手も洗ってない。
上着も脱いでない。
まず風呂に入って来よう。
風呂から出たら、隆を抱き上げてあげよう。
一緒にベッドに入ったら、優しく抱きしめてあげよう。
それで、起きても、起きなくても。
心を込めて、キスをしよう。
隆ちゃんありがとう。
こんな、嬉しいご褒美をくれて。
俺今日、頑張ったでしょ?
途中から、酔っ払ってきたけど。
…ちょっと、情け無い俺にもなっちゃったけど。
楽しかったよ。
隆も、楽しんでくれたかな。
今度はさ。
隆もJも、一緒に出ようよ。
そんな話、目が醒めたら。
笑いながら、話そうね?
「おやすみ、隆ちゃん」
end .
.
27/27ページ