宝石姫
「ーーーイノちゃん見つけた」
「隆ちゃん…」
あの後ミルクティーを飲み干して。
元来た道を走り抜けて。
息切らせて着いたのは、俺の家。
俺だってそう。
経験ある。
結局行き着くのは、一番会いたいひとの所なんだ。
イノちゃんは玄関ドアの横の壁に背中を預けて立っていた。
昨夜の鈍痛と空腹と全力疾走で、もうふらふらの俺。
イノちゃんの顔を見たら何だか安心して、カクンと膝が崩折れた。
「隆っ !」
咄嗟に駆け寄って支えてくれたイノちゃん。心配そうな顔で俺を見るから、もう俺も色んな感情が混ざって声を荒げてしまった。
「ずっと走ってきたんだよ⁉」
「ん…ごめん」
「昨夜もご飯食べてないし、朝ご飯も食べてない!お腹空いたよ!」
「っ…ごめん」
「…腰、痛い。…あそこも、ちょっと血、出てたし」
「ごめん!ーーーごめんなっ」
焦りの色をいっぱいに浮かべたイノちゃん。まるで腫れ物を扱うみたいにするから、今度は可哀想になってしまって、ぎゅっとイノちゃんに抱きついて。
部屋入ろ?って。ふらふらするから支えて欲しいって言ったら、優しく肩を支えてくれた。
ソファーに並んで座って、俺はじっとイノちゃんを見つめた。
ぱちっと視線が合うと、イノちゃんは罰が悪そうに苦笑した。
「ーーーちゃんと話すよ。ーーーごめんな、隆ちゃん」
「ん…。何があったの?」
「ーーーん…。ーーーーーえっとね」
「うん…」
「……」
「ーーー」
「ーーーーーーーー…占いを聞いたんだ」
「ーーえ…?」
「仕事で一緒だったスタッフが、俺の次に最近有名な占い師の取材をするって言ってな。もう間も無く来るから、みてもらったらって…そのまま紹介してくれて。その人アーティストとしても活動してるから、なかなか話も弾んでさ。今まで占いなんかしてもらった事無いから、どんなのだろうって思ってみてもらったんだけど…」
「ーーーー」
「びっくりする位、色んな事言い当てられて、すげえなぁって思って。ーーーそしたらね。〝ひとつ。大きな変化がありますよ〟って」
「ーーー変化?」
「うん」
「ーーーどんな?」
「ーーーーー関係の変化」
「え?」
「一番大切なひととの関係が変わるって」
「ーーーーーーー」
「もっと先へ行くための別れ。馴れ合いよりも、次の場所へって。ーーーそんな事言われてさ」
「っ…ーーー」
「俺の一番大切なひとって…隆ちゃんしかいないじゃん。それが別れ…なんて。ーーそしたらなんかもう、どうしようって」
「ーーー」
「ただの占い。でも占い。100%信じてなんか無い。ーーーでも俺、隆ちゃんの事になると、すげえ視野狭くなる事あるからさ…」
「ーーー」
「離したくない。隆ちゃんと別々になるなんて、そんなの耐えられないって。情け無いけど、頭ん中ぐちゃぐちゃになって」
「ーーー」
「ーーー本当にごめんな、隆ちゃん。あんな無理矢理…痛かったよな」
「っ …ーー」
「もうあんな事しない。隆ちゃんを怯えさせる事はもう…」
「っ っ ーーー‼」
「酷い事はしないよ」
「信じないっ‼俺はそんなの信じないよ!」
「っ隆…」
「イノちゃんのばかっ ‼そんな…俺たちの事、全然知らない人の事なんて信じないでよ‼」
ーーーあぁ…
「俺はイノちゃんの側にいるって、離さないでって言ってるの信じてないの⁉イノちゃんは俺じゃなくて、その人を信じるの⁉」
ーーー…もう、いやだ。
ーーーこんな事、責めたく無いのに…
「好きだよって、愛してるって言ってるのに!信じてくれないの⁉」
ーーーイノちゃんが俺にあんな事したのは…
「痛くしてもいいよ!酷くしてもいい!嫌だったのはそんな事じゃない!」
ーーー俺の事、本当に本気で愛してくれてるから。
「俺に何も言わないで、辛そうな顔して俺を抱くのが嫌だったの‼悲しそうで、辛そうで、そんなセックスが嫌だったの‼」
ーーーイノちゃんが愛しいよ。
「イノちゃんの悲しい顔…見たくなっ…」
「りゅうっ …」
イノちゃんの腕…。
優しい抱擁。
悲しさも辛さも無い。
俺はこの腕の中が好きなんだよ。
「ん…っ ふ…」
「りゅうっ 」
「ぁん…っ ん…」
大好きなイノちゃんのキス。
あったかくて、柔らかくて、気持ちいい。
チュッ…チュゥ…ッ…って深く深く唇を重ねたら、キスの隙間でイノちゃんが言った。
「ーーー隆を愛せて、幸せだよ」
「ぅっ ん…」
「ーーー酷くしていいの?」
「んっ ーーーし…て」
「ン、」
「っ…ゃーーもっ…と」
ーーー離れないように、溶け合ってしまえばいい。
貴方を想う。
想って…想って…想い抜く。
その想いは、未来も変えられる。
「っ …なぁ、隆?」
「ん…っ …ーーー?」
潤んで、熱くなっていた瞳。
イノちゃんの指先が、俺の目元に触れて。ーーーそれから。
「隆ちゃんの涙、すっげえ綺麗」
宝石みたいだ。って言ったイノちゃんは、俺の大好きな笑顔のイノちゃんだった。
end…?
おまけ
「お腹空いた…もう無理…なんか食べないと…」
没頭したキスのおかげですっかり脱力した俺は、空腹も相まっていよいよ活動限界が近付いた。
慌てたイノちゃんによって運び込まれたのは近所の喫茶店。
「何でもいいよ!何でも頼んで!」
そう言ってくれたイノちゃん。
広げられたメニューに、俺はもう釘付けだ。
お言葉に甘えて食事とデザートを注文。イノちゃんは、やっぱり珈琲。
ちらっとイノちゃんを伺うと、にこにこしてこっちを見てる。
それを見たら。
あぁ、やっぱりこんなイノちゃんの方が大好きだって、改めて思って。
こんなに好き同士なのに、離れるとか別れるってどうゆう事?って頭を捻る。
ーーーでも占いってそうゆうものなのかもしれない。
出た結果は100%正解じゃない。
この結果に満足できないなら、努力しなさいって事かもしれない。
もっともっと努力して、いつかの未来が少しでも理想に近づけるように。
ーーーきっとそうだ。
イノちゃんと馴れ合いじゃなく、高めあって。
キスもえっちも、それから音楽も。
ちらちらっと、周りを見渡して。
時間帯のせいか、お客さんは疎ら。
ーーー誰も見てない。
「イノちゃん」
「ん?」
「ーーー誰も見てないよ?」
「ーーーっ …」
「ね…。ーーーして?」
「ーーーいいよ」
テーブル越しに手をついて、イノちゃんの手が俺の頭を引き寄せる。
間近で目が合って微笑み合うと。イノちゃんの腕に隠れてキスをする。
背徳感と、いつもと違う快感。
「ーーーヤバい…クセになるな」
「ダメ!こんな恥ずかしい事クセにしちゃ」
「今度はさ、車でしよ?」
「ーーー車でキスは何度もしてるでしょ?」
「そうじゃなくてさ」
「?」
「ーーー車で、えっち」
「っっ…ーーえっ…」
「隆ちゃん、シィー‼」
「だってイノちゃんが!」
「いいじゃん?馴れ合いより刺激だろ?」
「ばかぁ!」
…end
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