月光歌












時折、イノちゃんから着信があったのは知ってる。
ーーーでも、出られない。
心配かけるといけないから一言だけ、ごめんねって。
メールを送信した。





気付いたら、もう夕暮れ。



あの後、走り着いた先は。
通い慣れた公園。
イノちゃんとも、よくここへ来る。

無意識でここに来たのかな。
ここに来れば、またイノちゃんに会えるって…。
そう思ったのかな。

ーーー自分で飛び出したくせに。
自分勝手にも程がある。
未練がましくて、嫌になる。

ここへ来た事自体が、甘えみたいに思えて。
俺は公園を後にした。


それから、あっちこっちと。
よく覚えてないけど、色んなところを歩いた。
歩いて、考えた。

家に帰ったら、訳わかんない気持ちで益々悩みそうだったから。
家には帰らなかった。

そしてやっぱり、歩いて、考えた。





イノちゃんに愛される。
その自信が、俺には足りてる?




考え着いた先に出てきた。
自分自身への問いかけ。




いつだって、余りあるくらいの愛情をくれるイノちゃん。
誰の前でだって、俺のことを大切なひとって言ってくれるイノちゃん。
どんな状況でだって、堂々と愛の言葉を言ってくれるイノちゃん。


俺は、ちゃんとそれを返せてる?
同じくらい大きな愛情を、イノちゃんに注げてる?





「っ……」




気付いたら。
ぽろぽろと、涙が溢れてた。




「っ…わかった…」



物哀しさのワケ。



「足りなかったんだ」



イノちゃんに愛されて。
俺もイノちゃんを同じくらい愛してるって自覚が。自信が。



「ずっと一緒にいたいって…思ってるだけじゃダメなんだ」



イノちゃんみたいに、もっと。
ーーーもっと…。













もうすっかり暗くなった空。
向かう場所は、ここしか無かった。

イノちゃんの家。



見上げると、その窓は暗い。
俺はため息をついて、ドアの前で膝を抱えた。
合鍵はもらっているけど、今は入れない。ーーー入ってはいけない気がした。





イノちゃんが帰って来たら。
まず謝って。
それから。
ちゃんと言おう。


どれだけイノちゃんが好きか。
イノちゃんの事、全部知りたいって思ってる事。
知らない事の不安が、俺をわからなくさせてたって。
だから、もう遠慮はしないよ…って。




抱えた膝から顔を上げる。
夜空には、真白い。
丸い月。

今日撮った写真みたい。





「月。ーーーMOONか」




〝貴方に伝えたい想いばかりが 氾濫して 動けない〟



「ぴったりじゃん…今の俺に」




月の名前の歌が口から滑り出す。
そうしたら、優しい月の光が。
大丈夫だよ…って、言ってくれてるみたいで。
今日の長い一日の中で、俺はやっと。
深く呼吸ができた気がした。







微睡んでいたみたいだ。
靴音がコツコツと規則正しく聞こえたと思ったら。急に速い不規則なテンポで、近づいて来た。






「隆っ …」



微睡んでいた霞んだ頭でも、その声は誰だかすぐにわかって。
あったかい腕に抱きしめられてるって事も、すぐにわかった。



「イノちゃん…」

「隆っ !ーーーどこ、行ってた」

「ごめんっ…ごめんなさい、イノちゃん」



ごめんなさい、ごめんねって。
俺は何度も謝った。

話の途中でいなくなって。
心配させて。
イノちゃんの事。
もっとちゃんと、自分で自信がもてるくらい、自分から求めようとしないで。




もう一度、ごめんなさいって言った時。
イノちゃんは抱きしめる腕の力を緩めて、もう良いよって。ちゃんとまた会えてよかったって、微笑んでくれた。












イノちゃんの部屋に入って、並んでソファーに座る。
持ってきてくれたあったかいお茶を一口飲んで。ほぅ…と息をつく。

俺の事をじっと見ているイノちゃん。
きっと俺に聞きたいことがたくさんあるんだろうなって思って。
俺はもう待つのはやめにして。
自分から、聞きたかった事、言いたかった事を全部話したんだ。






時折頷きながら。
イノちゃんは俺の話にじっと耳を傾けてくれた。
ほとんど俺の心情の都合で振り回された筈のイノちゃんなのに。
イノちゃんの表情は真剣で。
なんだか申し訳無い気持ちにもなってしまう。




「これからは、多分俺、我慢しないから。ーーーすぐには無理かも知れないけど、我儘言って迷惑かけるかも…」

「うん…」

「ーーー幻滅する?」

「ん?ーーする訳ないでしょ?」

「ーーー」

「俺多分、前から言ってたと思うんだけど。もっと甘えてって。頼ってよって。隆、気遣い屋だからさ」

「う…ん…」

「それに恐ろしく頑なだから、全然言う事聞いてくんねぇの」

「うっ…ご…めん」




イノちゃんはまた、いいよって言って、髪を撫でてくる。
それから、会話の中で俺が問いかけた疑問を。ちょっと恥ずかしいんだけど…って前置きして。照れた素ぶりで話してくれた。




「今日の撮影の時の事だよね?」

「うん。ーーイノちゃん、俺と二人で撮った写真、嬉しいとか楽しいっていうものじゃないって言ってた。SNSにも載せないって。ーーーあれって、どうゆう意味なの?」

「んー…あれね。…えっと」

「うん」

「ーーーーー可愛いからだよ」

「…へ?」

「隆さ。今日の撮影の時の自分の格好、ちゃんとよく見た?」

「え…」

「めちゃくちゃ可愛かったんだよ」

「そ…なの?」

「そう!だって、アイツらだって言ってたし。ーーーすげえ綺麗で可愛くて、絶対一緒に写真撮ろうって決めてた」

「っ…」

「ーーーそれに。これは本当に内緒にしておくつもりだったけど…。隆にも言わないつもりだったけど…。隆がここまで曝け出してくれたから、俺も言う」

「…うん」

「ーーーーーーーー結婚式みたいだって、思ったんだ」

「ーーーーーえ?」

「黒と白の衣装でさ。新郎新婦みたいじゃん?」

「っーーー」

「俺らは多分…タキシード着て、ウェディングドレス着てって…。一般的な当たり前の結婚式なんて、できないと思う。ーーーでも、好きなひとを想う気持ちは、俺は誰にも負けないつもり。だからーーーーーまぁ…自己満足かもしんないけど。せっかくあんな素敵な格好になれたんだから、残しておきたいなって…思ったんだ」

「ーーーーーー」

「だから!SNSには載せないって、つーか誰にも見せたくない」

「そんな事…考えてたの?」

「そうだよ。ーーー隆との事、そんな事ばっかり考えてる」




















「ん…っーーー」

「隆…」

「はぁっ…ん」



並んで座ってたソファーで、堪え切れなくて交わしたキス。
両手をイノちゃんの襟足に回して、イノちゃんの手は俺の髪を撫で上げる。
吐息も全て飲み込み尽くすようなキス。

でもそれだけじゃ、もう足りなくて。
イノちゃんは俺の肩を押して、ソファーに倒れ込んだ。




「ゃっ…」

「ん?」

「電気…明るいよ」

「やだ?」

「ん…」



頷く俺を見て、イノちゃんはちょっと待ってなって言って、リモコンに手を伸ばして電気を消してくれた。

途端に、部屋は月明かりだけの青い空間になった。
イノちゃんはこの空間を眺めて、嬉しそうに言う。



「撮影の時の、月明かりの隆って感じ」

「ん?」

「超、綺麗」

「え?…ーーーーゃっ…ぁん」

「隆、可愛い」

「いっ…の」

「ん?」

「イノちゃ…だって…」

「隆?」

「すごく…格好いい…よ?」



撮影スタジオで思ってた事。
イノちゃんが格好良くて、どきどきしてた事。やっと、ちゃんと言えて。
言えたら、イノちゃんも。
ーーーなんか照れてる?




「ありがと、隆ちゃん」

「ぅん、イノちゃん好きだよ?」

「え」

「イノちゃん愛してる、ずっと一緒にいたいよ」

「隆…」

「ずっと愛して欲しいし、愛したいよ。キスもいっぱいして、それから」

「ん、セックスもしよう。それから音楽も、ずっとずっと一緒にしような?」

「うんっ」

「隆…」

「ん…」

「泣きたい?」

「え?…俺」




イノちゃんの指先が、俺の目元を拭ってくれて。初めてここで、泣いてるって気がついた。



「泣いていいよ」

「うん…」

「うん」

「ーーーーっん…」

「りゅう」

「ぁっ…ん…」





腕を絡めて、イノちゃんを引き寄せて。離れたくないって喘いで。
胸に隠してた想い、全部吐き出して。
イノちゃんの前でなら、こんな事だって言えるって。
恥ずかしい事だって、全部見せられるって気付けたから。

ーーー少し、イノちゃんを好きだって事に、自信が持てた気がした。








何度も抱き合って。裸で横たわったまま、ソファーの上で戯れ合うようなキスをしていた時。
俺はフト思い出した。



「ん…っ…ね、イノちゃん?」

「っうん…?」

「あのパフェ…あの後どうしたの?」

「あー…あれな」

「うん…」

「食ったよ、ひとりで」

「えっ?」

「もう当分、甘い物はいりません」

「すご…。ってゆうか、見てみたかった…かも」

「俺が一心不乱にパフェ食ってるとこ?」

「ふふっ…うん」

「ーーーーーー笑ったな?…隆、お仕置きだ」

「え…ゃっ…待っ…」

「りゅうーっ」

「やぁあっ…ぁ…っん」




噛み付き合うようなキスに続いて、イノちゃんの手が再び俺の身体を弄り始める。
抵抗は口だけ。
だって本当はもっと、とけあいたい。
貫いて突かれて、ひとつになりたい。

出来ることなら、永遠に。



愛撫の手を休めずに、イノちゃんが耳元で囁いた。



「あの喫茶店、また行こうな」

「ぁん…っん…うん!」



ずっとずっと、一緒にいよう。

漆黒の夜空と、純白の月が離れられない運命みたいに。






end






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