月光歌












言ってしまったら、もう取り消す事は出来なくて。
視界の端に映ったイノちゃんは。

ーーー俺はその顔を見られなくて、逃げるように店を飛び出した。











《月光歌》
















今日は撮影スタジオで、ルナシーのプロモーション用の撮影。
午前中からスタジオ入りして、五人揃ったところで今回のテーマの確認。
メイクさんや衣装さん、カメラマンと細かな部分までつめていく。


今回のテーマは『月』。

結成節目の年である事。
それから月の名を持つ、俺たちのバンド名にあやかって。

今までも『月』テーマの撮影はしてきたと思うけど。毎回確実に変化している、俺たちの年齢だったり、音楽に対しての接し方だったり。
同じテーマでも結果的に全然違うものが出来上がるから、その変化を見つけるのはとても楽しい。



イメージ画で示された衣装。
そこには黒一色で纏められた楽器隊の中で、唯一白い服の俺。




「俺だけ白なの?」



俺の言葉に衣装さんがにっこりして言った。



「今回は『月』ってシンプルなテーマだから、みんなの衣装もシンプルにわかりやすく!漆黒の夜空に純白の月。美しい夜空は楽器隊、月は隆一さん。衣装もね、こだわって探したよ。一見、白黒だけど、細かく細かく見るとデザインが秀逸!ファンはじっくり見るのが好きだから、気付いてくれたら感嘆のため息が出るよ」



メイクとヘアセットを施されながら、俺は衣装さんの話をうんうん…。と聞く。そこまで言ってくれると、こっちも楽しみになってくる。

メイクを終えて、衣装部屋へ。
まるでクローゼットみたいにハンガーが吊り下げられて。
黒い四人分の衣装や靴がずらりと並ぶ中に、一人分の白い服がかかっていた。純白のケープの付いたロングコート。コートの下はやっぱり純白のシャツとリボンタイ、それから白いレザーパンツ。服の下には銀色の綺麗な靴。

うわぁ!ホントに純白の月のイメージなんだ…と。これらを身につけた自分がなんだか想像つかなくてそわそわしてしまう。

ちらっと黒い衣装にも目を向けると、ハンガーひとつひとつにメンバーの名前の書かれたテープが貼られている。



( えっと… )



みんなの衣装も気になりつつも、やっぱり探してしまうのは恋人の名前。イノちゃんの名前。
イノちゃんとは、仕事とプライベートはしっかり分けて接しているつもりだけど。それでも大好きなひとに変わりない。誰もいないところで、こうしてイノちゃんの片鱗を見つけると。嬉しくて、ついつい顔が緩んでしまう。




( イノちゃんのは…どんなの? )




堂々と見たって全然良いのに。…なんか恥ずかしくて、ちらちら見回して誰もこっちを見ていないのを確認して。
そっと手を伸ばして、イノちゃんの衣装に触れて、全体を眺めた。




「わぁ…」



シック…格好いい…。

漆黒の細身の燕尾服っぽい。けど、いつもみたいに袖とレザーパンツの裾をロールアップして、いつものイノちゃんらしさもある。石の付いたシルバーのタイピンが、明るいこの部屋でもキラキラしてる。

この服には、黒のあのギターが似合うかな…。


知らず知らずの内に頬が熱くなっているのに気がついて、ハッとして慌てて衣装から手を離す。
またちらちら周りを見回して、誰もこっちを見ていないのを確認して、ホッとする。
ーーーと思ったのに。





「隆ちゃん何してんの?」

「‼⁈⁇‼」

「ーー?…隆ちゃんどしたの?白目っぽい?」

「なっ…なななんでも…ないっ‼」

「ホント?なんかめちゃくちゃ驚かなかった?」

「驚いてない!」

「ーーーふぅん?」



イノちゃん全く納得してなさそう。面白そうにニヤニヤして俺を見てる。
いつもいっつもそうだ。まるで狙ったみたいなタイミングでイノちゃんは俺に声をかけてくる。
どっかから覗いてるんじゃないの?ってくらい絶妙なタイミング。

込み上げてくる恥ずかしさと悔しさでジッと睨み上げたら、イノちゃんは肩を竦めて見せた。
その反動で、片方の肩にかかっている長いエクステがサラリと揺れた。




「……」

「ん?なに?」

「ーーーーーつけるんだ…。今日の撮影は」

「え?」

「髪…」

「あぁ、これ?」




今日の衣装はつけた方が良いねってヘアメイクさんと話してたんだ。って、イノちゃんは笑う。




「……」

「ーーーー変?」

「そんなっ!ーーーーーーー……そんなわけないじゃない…」

「そう?」

「ーーー格好いいもん…イノちゃん」

「ありがと。隆ちゃんも、素敵だよ?」

「ーーーえ?」

「素敵で、可愛い」

「っ…‼」




可愛い…なんて。ホントだったら、言われたくない言葉。
ーーーでも、イノちゃんは別なんだ。
イノちゃんの言葉には、いちいち大袈裟に一喜一憂してしまう。
嬉しさは天を突き抜けるほど。
悲しみは、止めどなく溢れる涙とともに。


急に黙り込んでしまった俺の頭をポンポンと触れて。
ほら、着替えよ?って、イノちゃんはまた笑って見せた。













「ーーーーーっ…」



思った通りだった。



さっさと着替えを終えて、スタッフと他のメンバーと共にカメラマンの元へ向かうイノちゃん。
まだ鏡の前で、最後の仕上げをしてもらっている俺は。鏡越しに恋人の背中を見送った。
ーーーその、イノちゃんのばっちりセットされた姿が。




( ーーー…格好いい… )




そりゃあもう、本当に。
見惚れちゃう…。



イノちゃんと恋人同士になって、もう随分経つけれど。
どんな姿をしたって、イノちゃんはイノちゃんで。
俺の大好きなイノちゃんで。
その外見はもちろん、内面も好きだからこそ一緒にいる。

でも、こうやって。
仕事でいつもと違う姿のイノちゃんを目の当たりにすると、改めて思う。

格好いいひとだな。
なんて素敵なひとなんだろうって。
このひとが恋人で、一緒にいられるって、なんて幸せだろう…って。

そしてここまで考えると。
このまま幸せに浸っていれば良いものを。ーーー俺はよく、その先を考えてしまう。



俺でいいのかな…。
どうして俺を選んでくれたんだろう。
ーーーいつまで一緒にいられるんだろう…?


世の中のみんなも、こんな事考えることあるのかな…?
上手く恋愛してるって思われること多いけど、全然そんな事ない。
イノちゃんとの事を考え出したら、いい気持ちも生まれるけど、考え過ぎて落ち込む事も多い。

そこまで考えてしまうと、大抵その後、なんとも言えない物哀しさが襲ってくる。

そして。



できる事なら、ずっと一緒にいたい。



そう思ってしまうんだ。

























「お疲れ様~‼」

「お疲れ!」



あの後撮影もさくさくと進んで。
昼を過ぎる頃には、全ての撮影が終了した。
ホント、時間かからなくなったって思う。昔は撮影ひとつにも拘りにこだわり抜いて、恐ろしい程時間をかけていたもんね。

そんな話をメンバー達としながら、さて着替えようとした時に、イノちゃんが慌てて待ったをかけた。





「隆ちゃん待って!」

「え?」

「着替える前に、ちょっといい?」

「⁇…うん?」

「写真撮りたい。隆ちゃんと一緒に」

「え…あ、スマホで?」

「そう!いい?」

「うん、いいよ?」

「ありがと!」





嬉しそうにそう言うと、イノちゃんはスマホを操作して、自撮りモードで俺の隣にぴったりくっついた。




どきん…と、胸が高鳴ってしまう。




例の格好いいイノちゃんがすぐ側にいる。仕事中は平気だったのに、プライベートに戻った途端これだ。
すぐ真隣にいて、鼓動が聴こえてしまわないか心配になる。





「ん、じゃあいくよ?」

「うん」

「せーの」




シャッター音が響いて、何枚か撮って。
画像を確認したイノちゃんは、ありがと‼って、またまた嬉しそうに言った。




「良いの、撮れた?」

「うん、ばっちり!」

「ーーーーーSNSに載せるの?」

「うーん…どうしよっかなぁ…」

「ん?」

「…載せないかも、これは」

「そうなの?」

「あ、載せて欲しい?」

「ううん…そうじゃなくて、大体いつもイノちゃん、誰かとのツーショット写真載せてるから…」

「あーうん。会えて嬉しいとか、こんな事あったよって、みんなに知らせたい時にはね?ーーーーー…でも、いま撮ったのは、違うから」

「え?…」

「楽しかったとか、嬉しかったとか、そうゆうんじゃないから」


だからこれは載せないかな…。



そう言いながらスマホをしまうイノちゃん。何でもないように、ありがと、着替えよう?なんて微笑んでる。



うん…。と返事をしつつも、頭の中は今のイノちゃんとの会話でいっぱい。

ーーーー…なんか、今のはどう解釈すればいいんだろう…。


写真を撮るのって、いろんな動機があると思うけど。
いいなって思って、後で見返してホッコリしたり。
感動した景色を残したいって思ったり。
SNS用に撮ったり、ただ記録として撮ったりもする。


でも今のは、そうゆうんじゃないの…?
楽しかったとか嬉しかったとかじゃないって…。

じゃあどんな気持ちがそこにあるの?




撮影前にフッと現れた、なんとも言えない物哀しい気持ちが。
こんな時にまた現れてしまった。




「そうだ隆ちゃん!この後時間ある?」

「え?ーーーうん」

「いい店見つけたんだ、喫茶店。隆ちゃんきっと気にいると思う!行かない?」



聞いてもいいかな?
さっきのこと。
ーーーめんどくさいって、女々しいって思うかな。

でも、知りたいんだ。
まだ知らない、イノちゃんの気持ち。

それってダメなことかな?

でも、好きなんだ。
好きだから、知りたいって思う。



こんな臆病者だったんだって、自分自身に苦笑して。
目の前で微笑むイノちゃんに、俺は小さく頷いた。












イノちゃんに連れて来られたのは、とっても素敵なお店だった。
木でできた、明るい店内。どことなく、外国のビーチハウスみたいな感じ。サーフィン好きな俺としては、こんな雰囲気はもちろん気に入った。




「好きなの選んで?」



ブルーグリーン色の表紙のメニューを俺の方に差し出しながら、イノちゃんはにっこり笑って言った。



「え?」

「ご馳走してあげる。俺が誘ったんだし、デートだしね?」

「っ …」



ウインク付きでさらりと言ってのけるイノちゃん。
タクシーでの移動中、仕事の話をして何とか気を紛らわせていた、あのドキドキが。
こんな時にまたよみがえってきた。




「ありがとう、いいの?」

「もちろん!それにさっき、写真も撮らせてくれたしね?」



そのイノちゃんの言葉に。今度は例のもやもやした気持ちまで顔を出してきた。

あーー…一瞬、忘れてたのにな…


きっと俺、変な顔してたんだと思う。
イノちゃんは向かいの席でちょっと首を傾げて、どうした?って俺に問いかける。



「ーーーごめんね、なんでもない。どれも美味しそうで迷っちゃった」



俺の言葉にイノちゃんは、なんだそうか。って顔で頷いて、俺の手元のメニューをぱらぱらめくって指差した。



「前来た時、隆ちゃんこれ好きそうだなって思ったんだ」

「どれ?ーーーえ…パフェ?」

「そうそう、もうこれぞパフェ!って感じしない?これ食べてる隆ちゃん想像したら、なんか幸せでニヤけちゃった」

「え~⁇」

「食いきれなかったら俺も手伝うし。好きなの頼んでもいいけど、これもデザートに頼もうよ」

「うーん、いいけど」

「ホント?やった!」

「変なイノちゃん」



俺が食べてるの見て幸せなんてさ?



あんまりイノちゃんが嬉しそうだから、俺もつられて微笑んでしまう。



「これはね、隆ちゃんにだけ起こる現象だから」

「えー?」

「例えばJが食ってても、なんか冷静に分析しそう…俺」

「イノちゃん…すぐ例えでJ君出すよね」


仲良いんだかどうなんだか。さすが幼馴染…遠慮ないよね…。



「まあ…例えやすいから?かな?」

「ふふっ」


仲良いんだ。


「話戻すとね、どんな事も見逃したくないって思うのは、隆ちゃんと音楽。どんな事も共有したいって思ってるよ?」

「ーーイノちゃん…」

「隆ちゃんは?」

「え…?」

「どう思ってくれてる?ーーー俺の事」



どきん。

また、鼓動が大きく跳ね上がる。

さっきから俺の心の中で混ざり合って騒めいている気持ちが。
ーーーどうしよう、上手く纏まらない。

目の前では。頬杖をついて、期待に満ちた目でこっちをジッと見るイノちゃん。

好きだよ?
愛してるよ?

そう、サラリと言えればいいのに。
その気持ちはもちろんあるよ。
大好きだし愛してる。
でもこの言葉は、特別で大切な言葉だ。

ーーーこんなぐちゃぐちゃな気持ちで言っていい言葉なの?



時間にしたらほんの十数秒間。
でも俺には、今日一日で溜め込んだ色んな想いが駆け巡って。
とても長い時間に思えて。
これ以上待たせられないって焦ってしまって。
本当は順序立てて言わないと誤解を招きかね無い言葉の羅列を。えらく短く、シンプルに言ってしまったんだ。






「イノちゃんがわからない」





「っ…ーーーーーーー」




言ってしまって、ハッとした。
ハッとして、すぐイノちゃんを見た。

さっきまでリラックスした様子で微笑んでいたイノちゃんが、顔を強張らせて、目を見開いて俺を見てる。
その反応だけで、一番悪い捉え方をしてしまったんだってことが瞬時にわかって。
違うよって。
そうじゃないの。って言ってあげたいのに、こんな時に限って、上手いフォローが出来ない。


俺が逡巡している前で。イノちゃんはテーブルに乗せた手をぎゅっと握って、重く低い声で言った。




「どうゆう意味?」



「っ …イノちゃん」

「わからない…ってさ。隆の俺に対する気持ちが…って事?」

「ーーー…」

「…そうなんだ?」

「ぇ…」

「ーーー俺の事、好きかどうか…わかんない?」

「違っ…」

「俺は好きだよ。隆の事、愛してるよ」


「ーーーっ …」




言ってしまったら、もう取り消す事は出来なくて。
視界の端に映ったイノちゃんは。

ーーー俺はその顔を見られなくて、逃げるように店を飛び出した。



イノちゃんが羨ましかった。
こんな状況でも、何ものにも囚われる事なく、愛の言葉が言えるイノちゃんが。
そしてそんな彼の愛情を、俺が一身に受け取ってしまっていいのか。

わからなくて。
もどかしくて。

なんとも言えない物哀しさで。


振り返らずに、俺は走った。















「フルーツパフェとコーヒーと紅茶、お待たせいたしました」









「ーーーマジかよ…」






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