短編集・1















見間違いかと思った。





真夜中にフッと目が覚めて。
まだ暗い部屋。
カーテンの隙間から月明かりが差し込んで、ぼんやりと白く青く光る部屋。

隣同士で一緒に眠りに就いた彼の存在を思い出して。
彼に触れたくなって、シーツの上で手を伸ばして彼を探した。





「ーーー…ィノ…ちゃん?」



彼はいた。
ベッドの上で起き上がりって。
窓から差す月明かりを浴びて。

いつもと変わらない彼、イノちゃん。
数時間前まで抱き合っていたから、その上半身は何も纏っていないけど。(俺も何も…)


俺は、見つけてしまったんだ。



彼に、イノちゃんに。

いつもの明るめの茶色の髪の隙間から、銀色の尖った耳。
イノちゃんのスラリとした腰の下には、ふさふさした長い尻尾。
月明かりを浴びて、きらきら輝く銀色。


「ーーーイ…ノ、?」



そしてじっと空を見つめるイノちゃんの瞳が。




銀と、灰と。
薄い紫を混ぜたみたいな…吸い込まれそうな色で。



俺は知ってる。
こんな銀色に包まれた姿を知ってる。





「……狼…?」






小さな声で呟いてしまった、彼の名前。
そしたらその声を溢さず聞き取ったイノちゃんは。

見上げていた夜空から視線をゆっくりと…俺に移して。
その灰と銀と紫の瞳で俺を。

じっ…と。



「ーーー隆、」



吸い込まれそうで。
月明かりで逆光なのに、金色の月の光に縁取られた銀の半狼のイノちゃんがとても綺麗で。
目がそらせないくらい格好よくて。

イノちゃんの視線と、俺を呼ぶ声に。
まるで操られたみたいに。




「来いよ」


「ーーーーーぁ、」


「おいで、隆」



広げられた腕の中に。
俺は…。

















「隆ちゃん!」

「ーーーーーぅ、」

「りゅーう!」

「ん…んー」

「おはよう、朝だよー!っていうかもう昼近いけどさ。そろそろ起きようぜ」

「……ぇ、おひ…る?」



…目があかない。
眩しくって、まだなんとなく眠くって。
でも、側で俺を元気よく呼ぶ声が大好きだって知ってる。
聞き慣れた彼の声だって、すぐわかる。

ーーーちょっと…
待っ…て。




「…んー…。起き、た」

「ーーーまだ眠そうだけど…。珍しいな?隆ちゃんが寝坊ってさ」

「ん、なんでだろ…」

「ーーー昨夜のあれかな。夜更かししてシ過ぎたのが原因かな」

「…あのくらいの夜更かしはいつもでしょ?ーーーイノちゃん離してくれないから」

「はははっ」

「えっち…。いっつも一度じゃ終わらないもの」

「隆を抱くのは最大の癒しだからさ。大好きだし、何より隆ちゃんがめちゃくちゃ可愛いから何度だってしたくなるんだよ」

「…もぅ、」



恥ずかしい…。
恥ずかしくて唇を噛んだ。
昨夜の事を思い出しちゃう。
いつだってイノちゃんに抱かれたら、どんなに恥ずかしいって思っても、全部全部曝け出されてしまうもの。
もっと見せてよ。
もっと声聴かせてよ…って。
そんな風に優しく請われたら。



(それに俺だって…)

(触って欲しいんだもの)




「ーーー…もぅ、」


もう一度、グッと唇を噛む。
なんか悔しくって。
イノちゃんに操られてるみたいだ。

俺の心も身体も、全部。





(…ぁ)




そういえば、と。
思い出す。
俺は夢の中で、やっぱりこんな思いをした気がする。
イノちゃんに惹きこまれて、目がそらせなくて。
まるで操られてるみたい…って。



「ーーーなんだっけ?」

「ん、?」

「ーーーん。あのね、なんかイノちゃんの夢を見たと思って。ーーーそれがどんなだったかなぁ…って」

「ーーー俺?」

「漠然としてて細かく思い出せないや。ーーーでもすごく…」

「ーーー」

「夢の中でもね、俺はイノちゃんの事を見てた気がする」


イノちゃんがどんなでも、変わらずに好きだって。
そう思ってた気がする。









久々の一緒に休日。
せっかくだからデートも楽しもう!って、数日前から約束してた。
俄然、嬉しくなって。
どこ行く?どうしようか⁉って、スタジオでの休憩中も二人でそわそわしてた時。
スギちゃんが。



「俺のおすすめ。プラネタリウム。最新のスクリーンや映写機ってすごいんだぜ!」


どうやらスギちゃんおすすめのそこは。
従来の映画館みたいに座席に座って球形のスクリーンを見上げる…タイプではなくて。
屋外の、敷地内の植林の空に張り巡らせた特殊な透明なスクリーンに投影した星々を見上げるというもの。
スクリーンは薄くクリアで、実際の日光も月光も星明かりも透すから。
投影された星座と重なって、とても奥行きのある夜空が見られるんだとか。

さすがのスギちゃん情報に感心しながら。
せっかく教えてもらったから行ってみよっか!って、今回のデートはプラネタリウムデートに決めたんだ。











スギちゃんがすすめてくれるだけあって。
そのプラネタリウムはとても…




「よくあるプラネタリウムじゃないみたい」

「想像と違うな」

「ね。ホントに、外にいるみたいだね」

「ーーー透明なスクリーンか。…ここから見てもよくわかんないけど」

「楽しみだね!」

「な」




受付でもらった案内には、星空観測の時間にはもうちょっと。
敷地内のどこにいても空が見えるから、各々好きな場所で星空が見られるんだって。



「ーーーそれっていいよね」

「ん?」

「デートの時とかさ?好きな場所で好きなひとと…って」

「ああ、」



心置きなく、堪能できるもの。
星空も、好きなひととの時間も。




「散歩でもしようか」



時間まで、イノちゃんは俺の手をぎゅっと繋いで敷地内を歩く。
ベンチがある場所、小さな橋が架かる場所。ショップの並ぶ入り口近くのハウス内、薔薇園、小高い丘のエリア…などなど。
見られる場所も多彩で、散歩するだけでも楽しそうだね。



「ふふっ」

「ん?隆ちゃんご機嫌?」

「だって、なんだか楽しいじゃない」

「楽しい?」

「うん!イノちゃんと一緒ならどこにいても良いけど、こんな素敵な場所で…なんてさ」

「それを言うなら俺もだよ」

「ん?」

「実は俺はね、今日のデート中に決めてる事があるんだ」

「決めてる?ーーーなに?」

「ナイショ」

「えぇー⁇」

「その時のお楽しみな?」

「ーーーもぅ、」



でも、なんだろう?
イノちゃんがこういう事言う時は、何か企んでる時。
それも、何かいい事が待ってる時。
ナイショって言うくらいだから、きっと今は絶対に教えてくれない。

ーーーだったら、楽しみに待っていよう。
その時を。


ぎゅっと、俺はイノちゃんの腕に手を絡ませた。
待ってるよ、の意味を込めて。







夕暮れになって、一番星がぴかり。
それから、月。まだ輪郭が白っぽくぼやけてるけど、綺麗な円。

今夜はそういえば、満月なんだ。






イノちゃんとお茶したり、ショップでスギちゃん用のお土産を見たり(月の石のカケラとかどう?ってイノちゃんは言ったけど、スギちゃんはもう持ってそうだよね)
軽く夕飯もレストランで食べて、それから外へ出ると。




「暗くなってきたね」

「な。もうすぐプラネタリウムの投影の時間だな」

「ーーーどこで見ようか」

「んー。どこで見ても良さそうだけど、やっぱさ、」

「ぅん?」

「隆ちゃんとふたりっきりで見られる場所がいいな」

「…っ、」

「ん?」

「ぅ、うん」




ーーーちょっと、照れるよ。
イノちゃんとふたりきり…なんて。
そんなのいつもそうだし、今だってそうだけど。
ーーー改めてそう言われると…恥ずかしくなっちゃう。

かー…と顔が熱くなってしまった俺なんてなんのその。
イノちゃんは俺の手を繋ぐと、すたすたと歩き出す。
もう行き先を決めてるみたいな足取りだけど…



「どこに行くの?」

「向こうにさ、さっき見つけたんだよな」

「え?」

「イイトコロ♡」


ーーーな、なんだろ。



詳しく教えてくれないし、ウィンクで誤魔化されちゃったけど。
まぁ、いっか。
イノちゃん行く場所なら、どこでもいいもの。









敷地内だけど、随分歩いたかも。
さっきまでいたショップやレストランの明かりが、林の隙間から遠くに見える。
ここは真っ直ぐな木がシュッとたくさん並んでる。
自然の中で天体観測をするのにいい場所なのかもしれない。



「ーーーイノちゃん、ここ?」

「んー…。えっとね、」

「誰もいないね」

「まぁ、広い敷地だしな。ーーーあ、ほら。あそこ」

「え?」



イノちゃん指差したのは、林の中に建つ細長い建物だった。
側に寄って見上げると、小さな塔みたいで、中に螺旋階段がある。



「ーーー観測塔だって」

「へぇ、」

「中心からちょっと離れてるから穴場かな、って」

「イノちゃん、それで…?」

「隆ちゃんふたりきりなれるかと思ってさ」

「もぅ、」



ふたりきりって。
そう思って考えてくれた場所なんだ。
ーーーそれって、

嬉しい、かも。


またここでも顔を熱くさせて。
それをイノちゃんには見られたくなくて。
きゅっと俯いて、足元ばっかり見ていたら。
手を引かれて登り始めた螺旋階段の壁は…



「わっ…すごい」



ステンドグラス。
色とりどり。
月明かりが射し込んで、それはそれは綺麗で。
ーーーってことは、日中もすごく綺麗ってことじゃないの?
きょろきょろしながら登った階段。
それほど高くない塔だから、あっという間に着いた天辺。
塔の上はこじんまりとしてて、ひっそりとしてて。
ーーーふたりきりで過ごすには、確かにムード満点かも…

小さな小窓から見える景色は最高。
本物の月と、星と。
まもなく投影される星々が重なったら見事だと思う。




「やっぱここにしてよかった」

「ーーーほんと。景色がすごいね」

「ん?ーーーまぁ、景色もそうだけどさ」

「ーーー違うの?」

「俺にとっては二の次かな」

「ーーーえ、」

「隆とふたりきり。それが俺にとっての最優先」

「っ、」

「今日ここに来たのも、」

「ーーーぇ、」

「お前とふたりきりになりたかったからだよ」










星が綺麗。
月も、満月だから。



こんな夜は、月明かりの下では。
何かが起こりそうだ。









塔のひんやりした手摺に手をついて空を見上げていた。
ーーーら。



「っ…」


「ーーー隆」



イノちゃんの腕が、後ろから俺を包んだ。
唐突で、ひゅっと息をつめてしまった俺だけど。
知り過ぎているその感触と温もりに。
俺はすぐに馴染んで、弛緩して。
少しだけ、その重心を彼に預けた。




「ーーーイノちゃん、」

「こうゆうのをさ」

「ん?」

「してあげたくてさ」

「あ、イノちゃんが言ってた?」

「そう。決めてた事」

「ーーーいつも、」

「ん?」

「してない?ーーーイノちゃんがぎゅっとしてくれるのって」

「それはそうだけど。場所が変われば気分も変わるじゃん?満天の星と、満月の下でさ」

「ーーーん、」

「愛してるやつを抱くってさ」

「っ…イノちゃん、」




ぎゅっと。
イノちゃんの腕に力がこもる。
すごい言葉を言われて、抱きしめられて。
照れ臭さと嬉しさで。
思わず俺が振りむこうとしたら。



「隆、」

「…ぇ」

「前、見てて」

「ーーーぇ?」

「今は後ろ見ないで。ーーーいい?」

「ぅ、うん」



らしくない言葉に。
俺は慌てて前を向き直す。
前に広がる星空を追いかけて。

ーーーでも、意識は背中に。
イノちゃんからそらせない。





「そのまま聞いてくれるか?」

「ぅ、ん」

「ーーー例えばさ。」

「?」

「お前の後ろに立ってる男が…例えばだよ?」

「ーーーたとえ?」

「そう。例えば。ーーーお前を抱きしめてる俺が、例えば…」

「ーーー」

「ずっと、ずっと。ーーー隆に隠してた姿の俺だったら…」

「イノちゃん…?」




何を言ってるの?

いつもとなんか…




「俺がいいよって。振り向いていいよって言って。それで隆が俺を見て…」

「ーーー」

「俺の本当の姿を見て。ーーーそれで幻滅とか、愕然…とか。恐怖とかさ」

「ーーーイ…」

「それが怖かった。ーーーずっとずっと、」

「イノ…⁇」

「怖かったんだ」



ーーー震える声。
らしくない語り口。
でも、その声は知ってる声。
温もりも、匂いも。ほかの誰のものでもない。

俺の愛する、彼のものなのに。




ーーー何を言ってるの?



「ーーーね、イノちゃん?」

「ーーー」

「よくわかんないんだけど。ーーーとりあえず、振り向いてもいい?」

「ーーーーー」

「だって、イノちゃんでしょう?」

「ーーーーー」

「今俺を抱きしめてくれてるのって、イノちゃんでしょ?」




愕然とか、怖いとか。
思うわけないじゃない。




「後ろ、向くよ?」








見間違いかと思った。
真夜中に見た、銀の…姿。
銀の、狼の耳と。
銀の尻尾。

いきなり見たはずなのに、すごく俺は冷静だったと思う。


だってね、すごくイノちゃんが素敵だったから。




「…イノ…?」



半狼の彼。
それがこうして、俺の前にいる。
ちょっとバツが悪いような(なんで?)…そんな表情で。

でも、その表情の理由が。
たった今イノちゃんが言ってた、俺に愕然とされるとか、怖がられるとか。
それを恐れて…のものによるものだって気がついたから。



俺は、言ったんだ。





「イノちゃん、綺麗」

「ーーー…隆、」

「今夜みたいな夜によく似合う。ーーーすっごく、素敵だよ?」

「でも、隆…」

「ハーフウルフっていうのかな。ーーーほら、俺はよく猫耳付けて、猫の姿ーーーーってよくする事あるけど」

「ーーー」

「イノちゃんの半分狼。ーーー俺はとっても好きだよ」

「ーーー…」

「ーーー怖いなんて、思うわけない」



だって、イノちゃんだもの。




そして俺は気がついた。
今日、今ここで、この姿を見せてくれた事。
そのわけ。

それが、なんとなくわかってしまって。

いまだ、どことなく揺れるような眼差しをしているイノちゃんを促すように。
(何も心配も遠慮もしないでよって気持ちをこめて)


俺は手を伸ばして、イノちゃんに強請った。





「ーーーいいよ、俺をイノちゃんの好きにして」











満月の夜って。
やっぱり狼の血が騒いだりとか、そうゆうの…

あるのかなぁ…?







「…ん、」


「ーーー隆、」

「んっ…んん…」


「ーーーいい匂い…」



すりすりと、イノちゃんが俺の頬や首筋に唇を寄せる。
その度にイノちゃんの銀狼の耳が俺の顔に擦れてくすぐったい。


「…ぁ、ふふふっ」


くすぐったい、って。
イノちゃんの肩に手を突っぱって笑ってると。


「だめ」


離さないよって。
もっとぎゅっと抱きすくめられてしまう。
イノちゃんの両手は俺の背を捕らえて。
ふさふさの尻尾は、俺の腰の辺りに絡んで、そのまま…


「わっ、ぁ」



その場に(狭い塔の上だけど)乗っかかられて、押し倒されて。
固い床の上で、痛みを予測して目をつぶってしまったけれど。

ーーーふわん、と。



「痛くないだろ?」

「っ…ほん、と…だ」



イノちゃんの尻尾が、俺を守ってくれて。
まるでふかふかのクッションに寝かされたみたい。



「隆に痛い思いはさせないよ」

「ーーー痛い?」

「そうさ」

「ん、ありがとう。ーーーそうだよね」

「ん?」

「イノちゃんはいっつも痛い思いじゃなくって、」

「ーーー」

「ーーーー気持ちイイことしてくれるもの」

「隆、」

「ね?」



今もそうでしょう?



「もちろん」


ニッ、と笑ったイノちゃんは。
優しくって、意地悪そうで。ちょっとえっちな顔で。
それはやっぱり確かに、俺のイノちゃんで。
狼の耳と尻尾があっても、無くても。
俺のイノちゃんである事に変わりはないんだ。(っていうようなこと、俺が猫になった時もイノちゃんは言ってくれる。同じだね)




「ーーー満月の夜はさ。いつも以上に求めてしまうんだよ」

「…ん、」

「月の光に魅せられて、俺の身体も心も全部」

「ーーーっ…ぁ、」

「隆ちゃん隆ちゃんって、求めて求めて」

「…待っ…あっ…ぁあ…」

「いつもは隠してる俺の本性も抑えられなくなる」



ーーー銀の半分狼の姿はね。
隆を求めてやまない、俺の抑えられない気持ちの表れ。ーーー



霞む頭の端で、イノちゃんの掻き消えそうな、そんな言葉を聞いた気がする。
…けど、もうわかんない。

イノちゃんの指先が、俺の服の中を弄るから。
肌に触れて、服ははだけて。
狼が捕らえた獲物を貪るみたいに、俺の身体を蕩けさせていく。


「…ふぁっ…ぁっ…」

「ーーー堪んないね」

「ぁっ…イノ…ちゃ、ん…っ…んん…」



誰も来ないこんな林の外れの塔の上。
こんな風に繋がって、狭い床で抱き合ってるなんて。
唇を重ねて、水音を響かせて。
密やかに、激しく。


きっと誰も想像しないと思うけど、俺たちは知ってる。
誰よりもお互いが恋しくて愛おしいって、知ってるよ。



「ーーーイ、あ、ぁあっ…ん」

「ーーーーーっ…りゅ、ぅ」




知ってるよ。


あなたが、俺をどれだけ好きでいてくれるか。
だから俺は、どんな事だって受け入れられるんだ。











ーーーー結局ね。






「あんまり、投影された夜空…見てなかったかも」

「ははっ…な」

「見てたものって、」




イノちゃん。

俺を見つめてくれるイノちゃん。
俺を蕩けさせてくれるイノちゃんばっかり見てた。



「…しかもイノちゃん」

「ん?」

「狼の耳…。尻尾も」

「あー…」

「なんでなのかな、いつのまにか消えてるの」

「ーーー」

「瞳の色も、いつものだね」



そっと手を伸ばして、彼の髪に触れてみる。
さっきまで狼耳のあったあたりを。

銀色のハーフウルフ。
元のイノちゃんに戻って、良かったね、一安心って言うべきなんだと思うけど。
ーーーちょっとだけ惜しいなぁ…って、思っている俺もいる。

だってね、それくらい素敵だったんだ。
銀色のイノちゃんは。




「隆ちゃんが猫耳になる時もさ、俺も言うじゃん?」

「ん?」

「元の隆に戻れてよかったけど、ちょっとだけ寂しいなって」

「ーーーうん、」

「同じ。おんなじ、複雑な気持ちになるんだな」

「ふふふ、元に戻れたからこそ言える言葉だけどね」

「な。ーーーーだからさ?隆、」

「なぁ、に?」




くしゃ。


「…ん、?」


イノちゃんが、今度は俺の髪に触る。
いつも、猫耳がつく辺り。

ーーーそして。



ちゅ、


「…ふっ、」

「ーーー口、あけて?」

「…は…ぁっ…」

「ーーーほら、」



冷めたと思った熱が、再び。
貪るようなキスをされて、脚が保てなくて、イノちゃんに縋るしかない。




「ーーーーはっ…ーーーなぁ、」

「…ん…んっ…?」

「今度、さ」

「ーーー?」



「狼の俺と、猫の隆と、」

「!」



そんなのもいいよな?って、イノちゃんは微笑んでキスを再開する。



(ーーー耳の生えた俺たちの…)


それもいいかも。って、俺も想像して微笑む。





だってね。

俺たちはお互いに、どんな姿をしていたって大好きなんだ。








end…?

































なんて言ってたら。
次の満月の夜の事。






「ーーーーーう、そ」

「すげ…。マジか」



お風呂に入って、月の見える寝室のベッドの上でイノちゃんと…
ーーーその…戯れてたら。


隆。お前…って。
イノちゃんが俺の頭のあたりを指さして。
それから俺も。
髪を洗って乾かしたてのふんわりしたイノちゃんの頭を…指さして。

同時だった。




「黒猫の耳」

「銀狼の耳」



そう。
一周前のあの日に冗談で言い合ったみたいに。
今夜は俺たち、揃って耳が生えたみたい。












まるでハロウィンの夜みたい。
付け耳でおめかしして戯れ合うみたいに。
俺たちはもう互いに夢中。




「ーーーっ…ゃ、」

「嘘」

「だっ…ーーーイノちゃ…の、」

「ん?」

「尻尾…」

「ああ、くすぐったい?」




ふさふさした狼の尻尾。
スラリと細い猫の尻尾では、イノちゃんに太刀打ちできなくて。
素肌をもふもふと撫でられたら堪らない。




「っ…ぁん、」

「ーーーいいね、もっと」

「ぁあっ…」

「ーーーーー鳴けよ」



ぴちゃ。


「あぅっ…ん…」



耳の先を舐められて、びくんっ…と背中に快感が走る。
思わずイノちゃんの背中にガリッと爪を立ててしまって。
俺は慌てて手の平で撫でた。




「ごめっ…背中」

「ん?ああ、平気だよ。こんくらい」

「でも…っ…猫の爪は鋭いよ」


傷も深く、細く抉る。
痛いに決まってる。



「ーーー平気だから」

「でも…でもっ…」



血が出てる。
イノちゃんを傷つけてしまった。




「隆」

「イノちゃん…」

「ーーー隆」

「ん、」





平気。大丈夫。

そう言って。
イノちゃんは微笑んで、裸の俺を抱き寄せた。





「俺が隆を愛して、」

「ぇ、?」

「隆がそれに気持ちイイって思ってくれた証だから」

「っ…」

「だから平気なの。気にすんな」




な?



顔を見て。
すりすりと前髪を擦り合わせるようにすると、狼耳と猫耳も触れ合って。
ただの隆一とイノランの時では味わえない気持ちよさが生まれる。




「…ぁン、ん…」

「ーーーやっぱ隆、いい匂いだな」

「ぁ…っ…」

「眩暈がするくらい、気持ちイイ」

「俺…も、」

「ん?」

「ーーー狼…の、イノちゃんに触られ…て、」

「気持ちイイ?」

「ーーーっ…ん…ぁ、おかしく…なり…そぅ」




これも満月のチカラなのかなぁ?
いつもよりももっと。
求めてしまうのは。

月のチカラが弱まる明け方まで。
俺たちは求め合ってしまうのかな。




「ーーーなれよ。おかしくなって、もっと…」

「…もっ…と…?」

「欲しがれよ」





不思議な満月の晩に、重なる影。
太陽が昇って全てが元に戻るまで。
我を忘れて、愛し合うのもいいね。







end





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