短編集・1












砂浜で暗くなるまで転げ回って。
藍色の空に星が瞬きだした頃。
俺はここで、ようやく腕時計に目をやった。


車掌に教えてもらった終電の時間は。
もう、過ぎていた。











《電車に乗って。それから…》











電車が終わってしまっては仕方ない。
マネージャーに、今夜は泊まるから。…と、連絡を入れて。早速隆と一緒に、この海の街の散策に出た。
とにかく今日の宿を探さないとね。予約もしてないから、直接見つけるしか無い。





「どこか…あるかなぁ」

「まぁ、どっかしらあるでしょ」

「そうだね」




すでに道は真っ暗だ。
点々と続く街灯と、まだ開いてる店舗の明かりを辿って海沿いを歩く。
ーーーと。

歩道の片隅に、サザエの貝殻がコロンとひとつ落ちていた。




「あ。サザエ」

「…あそこにもある」

「ーーーずっとあるね」




視線を先に伸ばすと、その貝殻は数メートル先まで等間隔に置かれているみたいだ。




「ーーーついてってみよう?」



隆は急に子供みたいな表情になって、道の貝殻を指差した。ワクワクして、楽しくて仕方ないって感じだ。
いいよ。って俺も頷いて、隆と二人で貝殻を辿る。まるで何かに導かれているみたいだ。自然と足取り軽く、心が弾んでる。
のんびりその道を進んで行くと、急に黄色の明かりが辺りに広がって。
大きな流木で作られた看板が掲げられているのが見えた。


ーーーHOTELって書いてある。



「ーーーーーえっと…」

「ーーー」

「えっと…イノちゃん。ここってさ?」



隆はちょっともじもじと恥ずかしそう。
まぁ、言わんとしてる事はわかる。…けど。



「ーーーん…普通のホテルじゃない?」

「え?ホント?」

「うん。ほら、一泊二食付き~とか。あ!露天風呂あるって。…素泊まりOKって、ここ良いんじゃない?空いてればだけど」

「そっか。…うん!いいね、ここ聞いてみよ?」



隆はちょっとホッとした感じ。
ーーーきっと…だと思ったんだろう。
でもさ。ここがどこだろうと、一緒に夜を過ごしたら、する事は一緒だよな。














「可愛い部屋だよね!」

「ーーー可愛い…か?」



木の色を基調の、普通のホテルの部屋だと思うけど…。
そう独り言をもらす俺の横を通り過ぎて、隆は早速ベッドに寝転がる。




「あそこの壁に魚のちっちゃな絵!カーテンクリップも貝殻だよ?可愛いよね!」

「ーーーまぁ、そうだね。隆ちゃんが嬉しいなら良かったよ」







遡る事二時間程前。


ホテルのフロントに訪れたのがちょっと遅い時間だったから、夕飯は外で食べるか…って思ってたけど。ぎりぎりまだ夕飯に間に合う時間で、有り難く食事もさせてもらった。

夕飯の後は風呂。
なにしろ二人揃って身体が砂っぽい。ジャリジャリする。
タオルと部屋着の浴衣を持って、大浴場へ。
浴場の扉を開けると、海の匂い。
海洋泉かな?
かけ湯をして、まず砂まみれの髪を洗ってから、温泉に足を入れる。




「あー…」

「はぁ~」




温泉に浸かって出てくる第一声は、大体こんなモンだよね?
気持ちいいな~って、身体の力が抜ける。そういや俺たちツアー中じゃん。
なんかそんな事が一瞬頭から抜け落ちたみたいに、濃~い時間を過ごしてる…気がする。
隆と電車に乗って、夕陽を見て、砂浜でキスして転げ回って。ーーそして、このホテルへたどり着いた。




「なんか小旅行してるみたいだな」

「ね。ツアーやってたハズなのに…。でも良いよね!楽しいよ」

「ここでじっくり休養して」

「続きのツアー頑張ろうね!」




顔を見合わせて笑い合う。




「ーーーそれにしてもさ?」

「ん?」

「他に誰もいないね?」

「え?うん、そうだね。俺たちの他にはお客さんいないのかな」

「ま、良いよね。貸し切りみたいで悠々と入れる」

「うん」



ーーー二人きりで温泉。
それってさ。かなり素敵なシチュエーションじゃないか?

俺がそんな事を考え出したのを隆は肌で感じとったのか。
さっきまですぐ真隣で寛いでた身体を。
ーーースス…っと距離をとって、ジッと俺を見る。




「ーーー…ナニ?この微妙な距離」

「ーーーイノちゃん」

「ん?」

「俺ね?」

「うん」

「温泉大好きなの」

「俺も大好きだよ?」

「うん。ーーーだからね?ゆっくり入りたいの」

「うん、そりゃあな?」

「ーーーだから。ーーーーーー今はだめ」

「ん?」

「ここじゃ…だめだよ?」

「ーーーーーナニが?」

「(ム。)…わかってるくせに」

「ーーーくくっ」

「むぅっ…」

「ーーー教えてよ」

「っ…!」

「なにがだめなの?」

「っ…ーーーイノちゃんのえっち!」

「ちょっ…隆!」

「イノちゃんのえっちー‼」

「…んなっ…デカイ声で言うなー!」








ーーーなんて経緯があった少し前。
( 残念ながら )手出しも出来ず、部屋に戻って来たところだ。

そしてここで、先程のやり取り。
部屋が可愛いって言いながら、早速ベッドに寝転がる隆。

ーーー平静を装って会話をしてたけど。
ここで手を出さないでいられる程、俺は我慢強く無いんだ。









ベッドに寝転がって、呑気に部屋の中をキョロキョロ眺める隆に。
まるで隆を押さえつけるみたいに、俺もベッドにダイブした。




「イノっ…」

「ーーーしない理由は無いでしょ?」

「んっ…」

「ツアー回りの間はずっとしないで我慢してるんだよ?ーーー今日くらいはいいだろ?」

「っ…」

「ーーー隆ちゃん」

「ーーーーーーーーーーうん」




すでに頬を真っ赤にして。
コク…と頷く隆を確認したら。
俺は嬉しくて微笑んで、潤みだした隆の唇を塞いでやった。











「っ…ヤバいね」

「んっ…ン」

「ーーーーー気持ちイイっ…」




ツアー中はやっぱり音楽がメインになる。勿論それが嫌なわけじゃない。
俺たちミュージシャンにとって、それは最高に幸せな事だ。

ーーーでもさ。



こうして恋人と愛し合う事だって。
やっぱり必要な事なんだ。
愛し愛されて、その蓄えたパワーで全力で音楽に臨む。





「アッ…ぁ…イノ…」

「隆っ…」




せっかく着た浴衣も、もうはだけてしまって。隆の白い肌に、次々と赤い痕が散っていく。

寝転んで愛されていた隆が、俺に向かって腕を広げる。それだけで、どうして欲しいのかすぐにわかったから。隆の手を引いて、ベッドに座った俺の上に跨らせた。
硬くなった俺自身を、隆のそこにあてがって。隆は自分でゆっくり腰を落とすと、快感で唇を噛みしめながら、俺を奥まで迎え入れてくれた。




「っ…ーーーあっ」

「痛い?」

「んっんん…」

「りゅうっ…」

「イ…ちゃんっ…ーーーどぉ… しよ」

「え…?」

「ーーー気持ち…い… よ」





ーーーこんな可愛い事言われて。
理性なんか保っていられるわけない。

隆の唇に噛み付くようなキスをして、繋がったところを、激しく突き上げた。




「っ…あ  ぁん…っ  ん あ」

「はぁ…っ…隆」

「イっ…ちゃ  あ ぁん」

「りゅ…ーーーもっと…」

「あっ…ーーーーゃあ…ん」

「もっと…繋がろう?」




ベッドが軋んで壊れそうな程だ。

明日の事も考えられないくらい。
愛しくて、恋しくて。
俺は隆を愛して。
隆は俺を愛してくれた。





次に気付いたのは、既に陽が出始めた頃だった。

ーーーここだけの話。
明け方に目覚めた俺たちは。我慢でき無くて、再び抱き合った。
止める人もいないから、求め合うだけ求めて、セックスして。
何度めかにイった時。チラッと視界に入った時計で、そうだ!チェックアウトの時間!って、ようやく身体を起こしてシャワーを浴びて。
朝食も食べずにホテルを出たから、めちゃくちゃ腹減ってて。
もう色々探すのも面倒だったから、近くのコンビニで朝食を買って。
激しすぎた情事のせいで、ちょっと控えめな歩き方の隆を支えて。

俺たちはまた、あの海岸に来た。



砂浜の片隅に使用してない壊れたテトラポットがあった。その上に揃って腰掛けて、俺は朝のコーヒー。隆はホット緑茶とおにぎり。
昨日の金色の景色とは全く違う、青空の下。二人でちょっと遅い朝ごはん。





「美味しい」

「ん?おにぎり?」

「うん。外で食べるの美味しいね」

「ーーー散々動いたしな」

「もぅ!やっぱりイノちゃんえっち!」

「隆ちゃんがいるからだ」

「ーーーえ?」

「隆にだけ」

「っ…ーーーうん」

「すげえ幸せだった」

「ーーーうん」

「な」

「ーーーーーあと」

「ん?」

「イノちゃんといっぱい、えっちして…」

「ーーーうん」

「気持ちよかった」




食べかけのおにぎりをしっかり持ったまま。隆の目は、あの瞬間を思い出してるみたいに潤んでる。
俺の上で涙を零しながら喘ぐ瞬間。
真っ白になって、俺に全てを委ねてくれる瞬間。

この世界で、俺しか知らない隆の瞬間。




朝日で温まってきたテトラポットに片手をついて。
キスしたくなったから、優しく唇を重ね合わせる。
触れ合うだけのキスなのに。外でするキスには、また違った激しさがあると思う。



「ーーー好きだよ」

「…ん」

「またさ?一緒にどこか行こうな」

「っ…!」

「着の身着のままでもさ?」




俺の言葉に、嬉しそうに微笑んでくれる隆。でも、その手には食べかけのおにぎり。ーーーそんな隆が愛おしい。



朝食を終えたら、駅に向かおう。
そして、昨日と同じだけ電車に乗って。
俺たちの街へ。

帰るという旅を、二人でしよう。




この世界で一番愛していて。
大好きなお前と。







end



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