短編集・1

















電車に乗って。
君と二人、どこまでも。










がたん…ごとん…
がたん…ごとん…

青空の。夕方寄りの午後。
電車は進んで行く。



隆と二人、電車に揺られてる。

車内は閑散としていて、静かだ。
乗客も、1車両あたり2~3人くらいしかいない。

席はボックス席じゃない。
長椅子が、平行に並んでいる。
車両も4両編成だ。




隆はさっきから。というか、かれこれ30分くらい前から。
俺の肩に頭を預けて、すやすやと眠っている。

がたんごとん…と大きく揺れるたび、
隆がずり落ちそうになるから。俺は、肩を抱いて引き寄せる。

隆の体温とにおいが、強くなる。





「あとどんくらいなんだろ」



車内の向こうの端っこの壁に、路線図らしき物が見える。

でも遠い…。
しかも逆光で見えない。
見に行けば早いけど。
この、隆を抱いている状況を犠牲にしてまで、見たいとは思わない。




「まぁ、いっか。」



そのうち着くだろ。



そう、結論付けて。
俺も隆に、頭を傾ける。


はたから見たら。仲睦まじいふたりに見えるかな。

愛おしそうに寄り添う恋人同士に。
ちゃんと見えるといいなと思う。






「……ん…」




隆が身動いで。
無意識に彷徨った手が、俺の腕に触れる。


あったかい手。


子供みたいだ。

眠くて、あったかくなるなんてさ。








がたん…ごとん…
がたん…ごとん…





そもそも何で、二人で電車に乗っているかというと。


行ってみたいと、隆が言ったから。






昨日俺たちは、ライブだった。
全国ツアー。
すでに日程も半分以上過ぎた。

昨日は海沿いの地。
今日から3日挟んで、また次の地へ。


他の三人は、ライブが終わるとその足で、東京に戻って行った。別の仕事が間にあるからだ。


そしてその時に真ちゃんから聞いた情報によって。今こうして二人で、電車に揺られてる。






「金色の海岸はまだ?」


「!」






突然聴こえた隆の声で、俺はびっくりして隣を見た。
俺の肩に寄りかかったまんま。
上目遣いでこっちを見てる。
唇を少し尖らせて。



…だからそれ、破壊力抜群だから。
なんでも言うこと聞いてやりたくなるから。やめてくんない?


ぱちぱちと瞬きをして、じっと見てくる隆に。これ見よがしに盛大にため息をつく。そして反撃とばかりに、思い切り甘い声で、耳元で言ってやった。




「まだ。」


「っ …」





ビクリと身体が跳ねるのがわかって。思わずニコリと、口元を歪めてしまう。
そのまま軽く唇を重ねると、隆はジタバタと暴れ出した。




「イノちゃん!ここ!公共の乗り物の中!」

「大丈夫だよ。隆ちゃん見てみ?この車両、俺らだけ」

「そーゆう問題じゃないの!」

「はいはい」

「もうっ…」




怒られたけど…。あとで見てろ。
これから行く抜群の景色の前でリベンジだ。






「真ちゃん、終点の駅だよって言ってたよねぇ。あとどのくらいかなぁ」

「あそこに路線図」

「あ、ホントだ。ーーーちょっと見てくる」



そう言うと、隆は揺れに耐えながら、よたよたと見に行って。
しばらく路線図を見上げると、俺に向かって手で〝2〟とやった。




「あと2個か。結構乗ったよね…。つか、帰りも乗るのか…」

「でもいいじゃない、こんなデートなかなか出来ないよ?了解してくれたマネージャーに感謝だね!」

「あと真ちゃん」

「そうそう!」




話逸れたけど。
電車に乗ってる理由は、金色の海岸に行くため。
真ちゃんが宿泊先のホテルのスタッフに聞いたらしい。

この路線の、終点駅の目の前に広がる海岸。
陽の沈む時間、空も海も。見事な金色になるのだとか。
そして好きな人と夕陽を見ると、幸せになれるのだそうだ。

俺と隆は急いで東京に帰る必要は無いと知って、真ちゃんが勧めてくれた。
そしてそれに隆が飛び付いたという訳だ。




幸せになれる…ねえ…





俺に言わせれば、好きな人とならどこにいたって幸せだ。
スーパーだって、コンビニだって。たとえばその辺の建物の通路だって、もちろんステージだって、どこだって。

俺は隆といれば、どこだって、なんだっていい。手を繋いで、こっそり隠れてキスなんかしたら最高だ。


同じ空間を共有できて、一喜一憂して。それが気持ちいいって思える瞬間。それが好きな人との幸せな時間なんじゃないかな。


そんな事を人知れず考えていたら。

間も無く終点の、アナウンス。


傍らの隆の表情も、パッと華やぐ。

その嬉しそうなカオを見て、俺も嬉しくなる。


そんなに俺と見たかった?
幸せの夕陽。


…聞かないけど





「イノちゃん早くっ !」



隆が俺の手を掴んで、電車の外へと引っ張って。そのまま先頭まで行くと、最終電車の時間を車掌に聞いた。




「夕陽見て戻っても、間に合うね」

「うん。どっから見る?」

「駅舎からでも綺麗だって言ってたよ」

「でもせっかく来たから、海岸まで行くか?」

「いいの⁉」

「いいよ、せっかくのデートでしょ?」

「うん!」











だんだん、陽が落ちてきた。
線路沿いから見える水平線が、薄い水色から金色味を帯びてきた。



「隆ちゃん、ちょっと急いだ方がいいんじゃない?」

「そうだね、走る?」

「いいよ」

「ん!じゃあ砂浜まで競争‼」

「隆っ …お前もう走ってんじゃん!」

「イノちゃん遅ーいっ!早くー!」



隆の声がどこまでも響く。
果てが無いってくらい、遠くまで。

目の前をぐんぐん走っていく隆を見たら急に切なくなって、手を伸ばす。




「待て…っ て!」




やっと追いついて、隆の腕を掴んで後ろから抱き込んだ。
二人とも呼吸が整うまで、肩で息をして。はぁ…と、大きく息を吐いた隆が、顔を上げて歓声を上げた。





「イノちゃん見てっ…すごいよ」



「ーーーーーーーー……」




「ホントに、金色の海岸」




金色だった。
全部のものが。
夕陽に照らされて、輝いてる。




さっき幸せについて考え込んでいた俺は何処へやら。
もう今は、この景色を隆と見られた事に感激している。


クルリと隆は反転して、俺の方を向いた。
金色の光を受けて、隆の瞳がうるうる輝いてる。



あーあ…可愛いなぁ…と、見ていたら。隆は微笑んで、俺に囁いたんだ。




「この夕陽、綺麗だけど…。すっごく綺麗だけど。イノちゃんと一緒にいて幸せな気持ちは、やっぱりどこに居ても同じだなって思った」

「え…」

「イノちゃんといれば、俺はどこでも幸せ」

「ーーーーー…」

「俺はイノちゃんがいればいいの」


「ーーーっ…」




勢いよく抱きしめたせいで、二人して砂に足をとられて、倒れこむ。
ザッ…と音がして、砂が舞う。
目に砂が入って、瞬きをして自分の下を見ると。隆がびっくりした顔で見上げてた。

金色に縁取りされた隆が、めちゃくちゃ綺麗でかわいい。

それから。

二人して同じこと思ってたなんて。
すごいよね?




隆が俺の下で慌てて言った。



「イノちゃん!早くしないと、夕陽が消えちゃう‼」



確かに。水平線がだんだん青紫になってきている。



「え…なに、なんかお願い事すればいいの?」

「そうだよ!時間ないから簡潔にね!」

「えっと…じゃあ」

「うん⁉」



「俺が隆ちゃんを幸せにするよ!」


「え…?」


「ほらほら隆ちゃんも早く!」


「うう~…じゃあ俺も!」


「ん!」



「俺がイノちゃんを幸せにするからね!」



顔を見合わせて笑う。
それからもう我慢できなくて、砂浜に寝転んだままキスをした。




「…っン…」


「ーー…っ 」


「ーーーー…んっ …」






夢中でキスして、砂浜を転げていたら。
空はもう蒼い空。月と星も輝きだした。





「イノちゃん…」

「ん?」



「帰りたくなくなっちゃった」



「ーーー砂まみれだしな」


「うん…」


「……帰るの…やめるか」


「ーーーーーうん…っ !」






どこかその辺に、泊まる所もあるだろう。
今夜は一緒にいよう。
身体を寄せ合って、離れないで。


そしてまた明日、二人で一緒に電車に乗ろう。
どこまでだって、君と一緒に。




end


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