IR小さなお話






…5


















「あ、ねぇねぇ見て」



イノちゃん。


そう言って、隆が俺の袖口をクッと引いた。
たらん…とした俺の生成りのシャツは、何度も洗濯して程よくラフな感じで、こんな少々肌寒い夜の散歩にはもってこい。
だらしなく(違うって。着崩してんの。こなれ感ってやつだ)袖口もボタンなんか外しているから、ちらちら覗く俺の手首にちょこんと触れた隆の指先にどきん…とする。





「ね、イノちゃん」


ーーー手が、あったかい。


隆は俺の顔を覗き込んで袖口をくいくいっと引っ張る。
微笑みを含ませた、つん…と赤く尖った唇に目がいって。



隆の不意を突いた。










《月夜のスープ、雨夜のコーヒー》












まもなく日付が変わる夜のこと。
月があんまり綺麗で、風呂の前に散歩行こうかって隆と外へ飛び出した。
春とはいえ、やっぱりまだ夜遅くになると肌寒い。
コンビニであったかいの買いたい!って、まずは通い慣れたコンビニへ行ったところ。



「何にする?」

「ん、とねぇ」



深夜近く、納品前なんだろうこの店は品数まばら。
その中で好きなものを選ぶのはなかなかに楽しい。
俺はまぁ、いつも通り缶コーヒー。
隆は。




「コーンスープ」

「…コーンスープ?」

「美味しそう」



隆が手に取ったのはカップのスープ。
湯だけ注げば食えるやつ。



「久しぶりにいいかなぁって」

「まぁ、あったかそうだしな?」

「うん!」


ってわけで、レジで湯を入れてもらって。
くるくるスプーンを掻き回す隆はご機嫌だ。





ふわっ…


外へ出た途端、白い湯気が立ち昇る。
隆はスン…と鼻先を寄せて。
熱々のスープをひとくち啜った。



「ぁ…」

「ーーー」

「ーーーーー熱…」

「ーーー」

「ーーーーーーーーほ…ぁ………」

「ーーー」

「ーーー美味しい…」




横顔だけ、一欠片も見逃すまいと見つめてた。
隆がスープを啜る横顔。
唇を赤く尖らせて。
それに負けないくらい頬の色も色づいて。
伏せ気味の睫毛も微笑みの形に影を落とす。
黒髪が。
夜風に揺れて、柔らかそうで。


とにかくさ。



「ーーーーーーーーーーーー………可愛いすぎなんだよ。……ほんと…」



急激に熱くなった気持ちを昇華させるみたいに、呟いた。


俺はこの時だいぶうわの空だったんだろう。
隆が俺の袖口を引っ張ってるのに気がつくのが遅れた。
何度めかの引っ張られる感覚と隆の気配で。
俺はようやく、隆が俺に見せたがってるものに目をやった。




丸い、今夜の月が。
隆の持つスープの中にゆらゆら黄色く揺れている。



「月のスープって感じ」

「ーーーね?もっと美味しそうでしょ」



こんな月夜に飲むスープは特別だろう。
それが俺の隣でなら尚更って、そう思ってくれてたら嬉しい。



俺の袖口を引く隆の手はスープカップを持っていたからかあったかい。
手のあたたかさと。
隆の横顔を見ていたら。

不意を突いてやりたくなって。




カコ。

自分の買った缶コーヒーを、そこら辺のコンクリートに置いて。

空いた左手で、隆の後頭部を引き寄せた。






ちゅ。



「っ…」



「ーーー熱い」

「…ぁ、」



「隆の唇」



不意を突いた俺からのキス。
隆は相当びっくりしたみたいだ。
瞬きを忘れて、一瞬だけの小さな触れ合いに目を丸くした。







ぽ…


ぽつ…ぽ……ぽぽ…




「あ?」



さぁぁぁぁぁぁ…





「ーーーーー雨」

「嘘。ーーー月夜だったのに」




目の前の恋人が、見る見るうちに雨粒を纏ってしっとり濡れていく。
側のコンビニの灯りが反射して、きらきらして…なんてゆうか…



「隆が綺麗」

「ーーーは?」

「可愛いし、いい加減にしてほしいよ」

「ーーーーーー何言ってんの」



だいたいイノちゃんがいきなりキスしたりするから雨が降ったんだよ。
なんて、隆はまた唇を尖らせて残りのスープを一気に啜る。
でもその横顔が照れてるってわかったから。
追い討ち。



「濡れたからさ。帰って風呂だな」

「ーーーお風呂入るよ?もちろん」

「一緒に」

「っっ…⁈」





カシッ。


俺は気分が最高で。
雨が落ちてくる空を見上げてコーヒーをあおった。








end

…?













《雨上がり、月夜のサイダー》









ざぁぁぁぁ




さっきの雨音とは違う。
すっかり濡れて帰り着いた途端、ふたりで飛び込んだバスルーム。

落ちる水音は、あたたかい雨だ。
熱を持て余した俺たちは。
服を脱ぎ落とした途端、バスルームで抱き合った。









「…っぁ、あ…ゃ…」

「ーーーーー嘘。隆の、中」

「んん…っ…!」


「…熱くて、キツい」




気持ちいいって、俺を包んでくれてる。









ざぁぁぁぁ


ぴちゃん、ぱしゃ




「ひぁっ…」



バスルームの壁に手をつかせて、後ろから隆を抱いてる。
片手で胸を弄って、片手は隆の唇に指先で触れる。
さっきみた横顔があんまりに可愛くて。
喘ぎ声を溢す唇にも全部触れたくて。



「舐めて。ーーーほら」

「ふぁっ…」



ちゅぷ。

隆の熱い舌先が俺の指先を濡らす。
最初は躊躇いがちな舌先は、身体を弄るたびに唾液を滴らせてその先を欲しがった。



「…隆っ…りゅう…」

「んぁ…っん…あん…ぁ…」


もう隆の奥まで犯しているのに、もっとキツく繋がりたくてさらに奥まで自身を捩じ込むと。
まだ触れてやっていない隆自身はぽたぽたと愛液を溢した。




「ーーーっ…ごめん。もうキツいな?」

「…ぁ、あ…も、触っ…て」

「ん。…一緒に」



隆の唇から指先を引き抜いて。
背後からの抱擁を、向かい合わせに抱き直す。
繋がって絶頂を迎える瞬間。
隆はこの方が好きだといつも強請るから。

ーーー俺も。
涙で濡れる隆の表情を見つめられて。
すぐにキスをしてあげられるから。



「隆…っ…」





不安定なバスルームの床だから。
タイルの上に座って、隆を膝の上で抱えてめちゃくちゃに抜き挿しを繰り返す。
片手で隆自身を扱いて、無防備にさらされた乳首を舌先で穿ると背をしならせて喘いだ。
隆も俺の肩口に縋り付いて、もう境目がわからない。




「ーーーっ…ぁ、あっっ…あん…ゃ…」

「…っ…りゅ…」

「……ぁあっ…も…イ…ちゃ…」

「ーーーっ…俺…も」





「ーーーん…っ…」



真っ白になる瞬間は。
あの夜道でのキスみたいに、不意を突いて唇を重ねた。






ざぁぁぁぁぁぁぁ




あたたかい雨に濡れながら。














きっとさ。

風呂から上がったら、のぼせ気味で、あつあつで。

隆はぺたん…と。
フローリングに涼しさを求めると思うから。

電気を消して。
俺は持っていってあげたいと思う。


気怠げに俺の肩に寄りかかる隆に。

雨が止んで、再び夜空に微笑む月をおとした。
青く透き通った、冷たいサイダーを。








end




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