IR小さなお話






…3








春の昼下がり。

たまにはこんなふうに、戯れ合うのもいいね。












「あ」




乾いたばかりの服をひとつひとつ畳んでいたら。
ころりと落ちたのは小さなボタン。



ころころころ…



「ーーーっ…ぁ、待って待って」



フローリングの上を滑るみたいに転がっていく小さなボタン。
このままだと部屋の隅の家具の隙間に入ってしまいそうで、俺は慌てて手を伸ばした。



「ーーーーーーと、」



ぺたん!
手のひらで捕まえた。

家具の下に入っちゃわなくて良かったと思いつつ、捕まえたばかりのボタンを拾い上げて、またジッと見る。



「ーーーイノちゃんの服のだよね」



手のひらにあるのは、艶消しの硝子ボタン。
俺はそれに心当たりがあって、洗い上げた衣類の中から彼の黒のシャツを手に取った。



「あ、やっぱり」


シャツの上から三つ目のボタンが取れている。
その上下には手のひらの物と同じボタンが並んでる。



「つけてあげよう」



裁縫は得意ってわけじゃないけれど(ボタン付けるくらいはね)
仕舞い込んでいたソーイングセットを探し出して、本当に久しぶりに針に糸を通した。








「ーーー何してんの?」



プツ。


「っ…テ、」

「え?」

「ーーーあ…びっくりしたぁ」

「隆、?」

「刺しちゃったよ。…針」

「いっ…⁇」






いつのまにか背後にいたのはイノちゃん。
針と格闘していた俺は、彼の登場で不覚にもびっくりして指先に針をプツリ。
左手の人差し指の先に小さな血の膨らみを作ってしまう。
別にもう痛くはないし、全然大した事ない傷だと思うけど。
イノちゃんにとってはそうじゃなかったみたいで、俺の左手をとると血のついた指先をじっと見て眉を下げた。


「ごめん…。俺がいきなり声かけたからだよな」

「もうなんでもないよ。痛くないし、ちょっと血出てるだけ。気にしないで」

「ーーーでもさ。…」


俺の身の回りをちらりと見て、イノちゃんは事の経緯を察したみたい。
今度は後ろから俺をぎゅっと抱きしめてくれて、隆ありがとうって耳元で囁いた。


「イノちゃんのシャツのボタン珍しい感じのだものね。無くなっちゃったら困るでしょ?」

「…そんなの…。隆が怪我する方が困るよ」

「こんなの怪我ってほどのものじゃないよ」

「俺にはそうなの」

「えー?」




隆、りゅう…って。
俺の肩口に顔を埋めて、もっとぎゅうっと抱きしめて。
ーーー首にかかるイノちゃんの呼吸がくすぐったくて、反射的に身体を捩って逃れようとしたらそのまま床の上に一緒に倒れた。



「ーーーっ…ふふふっ、イノちゃ…くすぐったいよ」

「そりゃそうだ、くすぐってるからさ」

「ええっ?」

「くすぐったいと痛いの忘れない?」

「…そ、だけど…だから痛くないってば」

「いいの」

「…ぇ、?」

「ーーーーいいから、俺にくすぐられててよ」

「っ…くすぐ…?…ぁ、」

「りゅーう」

「…ぁ、あはっ…ははははっ…」



すっごい意地悪顔!
なんて顔してんの⁈って睨んでやりたくなるけどそれどころじゃない。
こちょこちょこちょこちょ!って、イノちゃんはめちゃくちゃに俺の身体をくすぐりまくる。



「あはははっ…ゃ、くすぐっ…」

「ーーーいいね。痛いの越えて、さらにくすぐったいの通り越すとさ」

「ぇ?…ぁっ…ーーーーーちょっと、待っ…」



ちゅ。

意地悪顔のイノちゃんは血のついた俺の指先に唇を寄せて、まるで絆創膏の代わりだよっていうみたいにキスをする。



「…ぁ、」

「今はどう?痛みより、くすぐったさより」

「ーーーーーイノ…」

「気持ちいいのが欲しくない?」






真上から見つめられて言われた言葉に、俺はなんて答えたんだろう?
ーーー恥ずかしくって、余裕なんてなくなって。
ただイノちゃんの言葉に頷くのが精一杯だったかもしれない。









真っ昼間のフローリングでこんな風に戯れ合うなんて。
側から見たら仔猫とか仔犬がころころ遊んでるみたいに見えるのかなぁ…

出しっぱなしの針は危ないからって、まだ付けかけのボタンと共にイノちゃんが手早く片してくれて。
そのあと俺たちはと言うと…







「ーーーーー……ぁ…」

「りゅう…」

「ん…っ…ゃ…」





服はあっという間に脱がされてしまって。
その代わりにイノちゃんが俺に着せたのは、さっきのボタンが取れた彼の黒のシャツ。
フローリングだと背中痛いよなって、俺を押し倒すことはせずに俺の腕を引いて乗せてくれたのはイノちゃんの膝の上。
早々に貫いて俺の奥まで犯すイノちゃんは、その激しさ反面、切なくなるほど優しく俺の身体を弄る。
たっぷりと時間をかけてしてくれる愛撫のおかげで、肌に触れられるだけでゾクゾクと震えてしまう。
イノちゃんの言う通りだ。
最初の小さな指先の痛みも、くすぐられた感覚も飛び越えて。
俺は今、狂いそうな気持ちよさだけ。




「…んっ…ん、ぁ…」

「ーーーっ…すげ…隆…の中、」

「んん…っ…気持ち…いい?」

「…良す…ぎ、」



ーーーそんな風に言って、汗を滴らせて笑ってくれたら。
嬉しくて、やっぱり切なくなって。
きゅうっ…と、内側でイノちゃんを締め付けてしまったみたい。



「ーーーっ…くっ……りゅ、」

「…ぁ、あっ…っ…も…深…ぃ…」

「りゅう…っ…隆…」

「…っ…ん、ぁん…ゃ…あ、あっ…」


「ーーーっ…」





ぎゅっと俺を背を抱えて、そのまま後ろに押し倒されて。
もう、めちゃくちゃに。
俺の奥まで、もっと奥まで。
イノちゃんは抜き挿しを繰り返して。
ーーーでも、そんなに夢中になりながらも、俺の背中を気遣ってくれて。
針で刺したしまった指先を、ずっと指を絡ませて握ってくれて。

やっぱりどうしても、そんなイノちゃんの優しさが切なくて、愛おしくて。

俺はいつのまにか涙を溢していたんだ。













「…ボタン」

「ん?」

「ーーーーーもひとつ、とれちゃった…」

「…あぁ、」



行為を終えたばかりの床にもうひとつ見つけた。
イノちゃんのシャツの黒いボタン。
それを見てイノちゃんはちょっと照れくさそうに笑って。

くしゃくしゃになった黒いシャツを羽織る俺を、またぎゅっと抱きしめた。




「あんだけ激しくしたらボタンも取れるよな」

「…そうだよ」

「隆が可愛すぎるから」

「っ…」

「俺のシャツ抱えて糸と針と格闘してる隆…なんてさ。欲情したって仕方ないだろ」

「ーーーーー欲…」



恥ずかしくて、あっけに取られている俺にイノちゃんは唇を重ねた。
そして、隆が好きって何度言っても足りないって、囁いて。
もう血は止まった俺の左手に再び手を絡ませて。


二度目の戯れ合いが始まるのは、もう間も無くの事。





end






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