短編集・1








早く起きてしまった。

時計を見れば、朝の6:30。
隣を見れば、まだすやすやと気持ち良さそうに眠る隆。
ーーー珍しい。
隆がこの時間になっても起きないなんて。

ーーーどうしたんだろう?

と。思案を巡らせると、すぐに思いたった。
今日はオフだから、昨夜は後先考えずに…って事だ。
昨夜は薄暗がりだったからわかんなかったけど、隆の剥き出しの肌には赤い痕が散る。
…花びらみたいで、可愛い。

ーーー俺が付けたんだけどさ。





「ーーーふむ」



今朝は俺の方が早起きだったけど。こんな朝、隆はいつも甲斐甲斐しく朝の準備をして俺を起こす。

出来たての朝食。
淹れたてのコーヒー。
明るく開け放たれたカーテンは、部屋の隅々まで太陽の光で満たされて。
俺はいつも、朝の光と隆の溢れそうな笑顔で目が覚めるんだ。




「ーーー今朝は…」



俺の番かな?
昨夜、めいっぱい愛される事を受け入れてくれた隆に。
いつもの感謝を込めて、今朝は君に。


そっとベッドを抜け出して。
静かに身支度を整えて。
財布とスマホと鍵を持って。
あ、あとマイバッグ。




「ーーーちょっと行ってくんね。ーーーゆっくり寝てな?」



囁くくらいの挨拶を君に。

俺は朝の外に踏み出した。












「ーーー寒っ…」




一月の末の朝は刺すような寒さだ。
かろうじて、日向はほんのりとした温もりがあるけれど。
ひとたび日陰に入ったもんなら…

ぐるぐる巻きにしたストールに鼻先まで隠していると、ついつい視線が下向きになる。
ーーー下向き視線…危なくてだめだなぁ…と思いつつ先を急ぐと。


ちゅん、ちゅん…ちゅん


小ちゃな声。
声につられて見上げると、丸っこいスズメが纏まって飛び立った。



「冬のスズメかぁ」



冬毛で丸くて可愛いことこの上なし。
隆も好きそうだなって、ベッドにおいてきた恋人の顔を思い出して足を早めた。

ーーー朝食。早く買って帰らないとね。













ありがとうございましたー!




「さて、と」



ベーカリーでパンを買った。
山型の食パンと、苺のジャムが塗ってあるデニッシュだ。
それから自家製ヨーグルト。
店内の壁に貼られたポスターにつられて、ついついな。
隆もきっと好きだろうと思う。



それらの荷物をマイバッグにしまって。
歩いて来た道を引き返す。
店から一歩出ると…お?
心なしか寒さが和らいでる気が…しないでもない。



「…でも、ま。寒いもんは寒いか」



心持ちの問題か?
美味そうな物を買って、恋人の待つ家に帰るから。
それで、あったかく感じたのかも。





ほんの少しのタイミングで信号が変わってしまった。
横断歩道の前で立ち止まる。
行き交う車越しに、来た道のもう一本向こうの通りに目をやった。
ーーーすると。




「…?」



なんだろう?
あそこだけ、小さな人集り。
遠目には…なんか店なのかなぁ?

思わず出て来る好奇心。
タイミング良く信号も青に変わって、俺の足は迷わずその人集りへと向いた。





「青空市!」




…ってデカデカ書かれた看板の下。
フリーマーケットみたいに、小さな店がいくつか出店してる。
パンとかスイーツ、朝摘みの野菜とか…
こんな天気の良い日だから、人出も多いんだ。




「隆も連れて来れば良かったかなぁ…」


間違いなく喜びそうだ。
ーーー今日だけなのかな?と思って看板を見たら。毎月不定期でやってるらしい。
そっか、それなら今度は隆も一緒に来よう。
早起きして、こんな天気の良い日にさ。


今日はもう買い物した後だから、ふらりと見回って帰る事にする。
今度はここで朝食を買おう。
さてさて、もう帰らないと。
隆もそろそろ起きてるかもしれないしな。
ーーーそう思って市場を後にしようと思った時だった。
一番隅にある店。
そこに並んだ品が目に付いたんだ。















「ただいまー」



出た時と同じ、なるべく静かに玄関に入った。…まだ寝てるかもしんないし…。
靴を脱いで、食料はキッチンへ。
その後リビングの戸を開けたら。





「イノちゃん、おかえりなさい」




テレビのついたリビングで。ソファーの上で、ブランケットに包まってこっちを見て微笑むのは。




「どこ行ってたの?」

「おはよ。ん…買い物行ってた」

「買い物?」

「いつも隆ちゃんがしてくれるみたいに、今朝は俺が朝食の準備してあげたいって思ってさ」




途端に隆の頬がほわっ…と。
ちょっと髪に癖がついてるとことか。
…可愛いんだ。




「イノちゃん」



隆が両手を伸ばしてくる。
寝間着の白いシャツの袖がたくし上がって、露わになった手首を掴んで。
ソファーの隆の隣に腰掛けて、ブランケットごと隆を抱きしめた。




「ふふっ」

「なんだよ」

「だってイノちゃん、ひんやりしてる」

「外、寒かったからさ」

「あっためてあげる」

「ん?」

「俺、あったかいでしょ?」




そう言って。隆はもっと身体をくっ付けて、触れ合う素肌の部分が…。




「ホントだ。隆、あったかい」

「ん…」



ブランケットの中に手を滑り込ませると、隆はきゅっと身体を固くして俺を見上げた。




「ーーーちょっと隆ちゃん…」

「…え?」

「そんな…誘わないでよ」

「っ…そんな事してないもん」

「うそつけ」

「ーーーーーしてない」

「…ふぅん?」



抱きしめる隆の、ちょうど首にところに。
昨夜俺が付けた赤い痕があって。こんなのが目の前に晒されてたら、何もせずにいられなくて。
舌先で舐めて、甘噛みした。




「…っん」

「昨夜したばっかりだから、敏感だな?」

「あっ…ゃ…」

「やなの?」

「っ…」



ふるふる…と、首を振って。
言葉とは裏腹の隆の身体は、俺にしがみ付いて離れない。
かろうじて隆の肩に掛かっていたブランケットが、はらりと落ちて。
それを合図の様に。
隆は俺に両手を回して、キスを強請った。














これぞオフだからこそ出来る事だ。

あれから結局。
ソファーの上で、隆を抱いた。
白い寝間着姿の隆は。
清楚だけど、色っぽくて。
陽の光に晒されるのが、よっぽど恥ずかしいようで。
そんな隆に、我慢なんて出来なかった。






「…んっ、イノ」

「ーーーん?」

「ぁん…んっーーー…ねえ」

「ん…?」

「ーーーん…お腹、空いた…よ」

「!」




情事の後も、ゆっくりとキスを続けていたら。
さすがに隆から降参の声。
時計を見たら間も無く十時だ。
ーーーそりゃ腹も減るよな。




「ーーー朝飯にしよっか。なんかもうブランチみたいな時間だけど」

「うん、イノちゃん買って来てくれたんだもんね?シャワーも後でいいよ。先に食べよう?」




にっこり微笑む隆に笑い返して。
じゃあ、すぐ用意するからって立ち上がる。
キッチン行きかけて、あ!そう言えばって思い出した。



「隆ちゃん、玄関の棚…見てごらん」

「え…玄関?」

「そ。ーーーいい物あるよ?」














「ーーー何かある!鉢植えだ!何の苗?」




キッチンまで届く声。
声の端々に、嬉しい気持ちが混じってて笑みが込み上がる。
俺は焼き立てのパンをテーブルに運ぶと、そのまま玄関に。

隆は寝間着の上だけ羽織った格好で、嬉々として鉢植えを抱えていた。

ーーー寒そうだけど…可愛すぎる。





「イノちゃん、これ何の苗?」

「それね、実が成るんだよ。なんだと思う?ーーーちょっと隆に縁があるかも…⁇」

「えー?縁?…なんだろ」

「クランベリーだってさ」

「クランベリー⁉…あっ‼」

「タイトルにつけてたな?」

「うん!それでイノちゃんわざわざ?」

「見つけたのは偶然だよ。朝食買いに行った帰りに、青空市のジャムの店でね?苗も売っててさ」

「へえ!イノちゃん、そんな楽しそうな所行ってたの?」

「次は隆ちゃんも行こうよ。きっと好きだよ」

「うん!」

「ーーーでね?このクランベリー、夏に赤い実が出来るってさ」

「夏…かぁ」

「上手く育てば、夏に食えるよ?クランベリー」




ーーー夏…か。
言ったそばから、遠い季節が懐かしくなる。
今がこんな寒い季節だからかもしんないけど。…暑い夏。うだるような暑さの中で、隆と過ごした日々を思い出す。

あの季節も、俺は確かに隆を愛していて。そして今も、変わらず隆を愛おしく思う。
ーーー結局は、ずっとなんだ。
日々小さな楽しみを隆と見つけながら、次の夏も。次の冬も。春も秋も一緒にいるんだ。





「っ…あ」

「隆」




そして俺は、飽きもせずに隆を抱きしめる。
俺と隆の間には。隆が抱えた、小さなクランベリーの鉢植え。

この夏どうか…いっぱいの赤い実を。
たくさん摘んだら、クランベリーソーダにしよう。




「一緒に育てような」

「うんっ」




クランベリーも。
この恋も。






end



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