ミライ・カコ・イマ













俺だったら、それは。
相当な覚悟を必要とする事。
あなたと離れるという事は、俺には想像もつかない。

けれどもこの世界の俺は、それを敢えて選んだんだ









「ーーー俺の家」

「いるかな。隆ちゃん…」

「ん、」




こちらの世界のイノちゃんと別れて、歩いてここまで来て。
すでに時間は昼に近い。
午前中の仕事があるならば、こちらの隆一もまず在宅はしていないだろうと思うけど。



「ーーー仕事かもね。ーーー…あのね、なんていうか…」

「ん?」

「なんか…がむしゃらに仕事に没頭してる気がする。ーーーこの世界の俺」

「ーーーこっちの隆ちゃん?」

「うん。ーーーなんか、さっきのイノちゃんを見たら…こっちの俺も、あんまり気持ちにゆとりは無さそうな感じかなぁ…って。イノちゃんと一緒にいない…別れてるって状況を…。考えないように、忘れようとするみたいに、仕事ばかりに打ち込んでいそうだな…って」

「ーーーん。そうだな」

「…俺、多分頑固だから」

「ーーー」

「こういう時、変に意地はっていそうだし。ーーー平気だよって、平気じゃないのに周りには平気なカオしてそうだし…」

「なんだ」

「え、?」

「隆ちゃん、自分でわかってんだ」

「?」

「隆ちゃんがめちゃくちゃ頑固者だって」



ニッと笑ったイノちゃん。
頑固って言われたのに、イノちゃんの笑顔見たら安心しちゃって。
そっか、やっぱり俺って頑固なんだなぁ…なんて、妙に納得したりして。

ーーーこんな小さな事で安心したり、イノちゃんの存在に救われたりする。それが出来ていないこっちの世界の俺が(イノちゃんも)ーーー辛いだろうなって、思う。




俺の家について、しばらく側で見守っていたけれど。
やっぱり仕事に行ってるんだろう。隆一は出てこない。




「どうしようか」

「ーーーホントはこっちの隆ちゃんとも話せたらよかったんだけどな。留守じゃ仕方ない」

「うん」

「ちょっと何処かで休憩しようか。歩き通しで疲れただろ?また隆ちゃんの家には夜に来てみよう」

「そうだね」




もどかしいけど、仕方ない。






再びイノちゃんと道を行く。
住宅街を抜けて、店が並ぶ大通りの方へ。

腹減ってないか?って言うから。
そういえば、お腹空いたね。って、返事した。
ーーーホント、欲求には勝てないね。
どんな非常時でもお腹は空くし、眠くもなるし、あなたを求めてしまう。ーーーっていうか、非常時だからこそ、そうなのかもしれないね。





「ーーーあ、」



そんな時だ。

とある店の店内BGMが外まで聞こえてきて。
俺は…それから、イノちゃんも。
ピタリと足を止めて、聴き入った。



「ーーーーーこの曲」

「隆ちゃんも気付いたか」

「うんーーー。スギちゃんが渡してくれた例の曲だよね?ーーーあのさ、俺…今思い出したんだけど」

「ん」

「この曲って、映画のだよね?」

「ああ、洋画の主題歌じゃなくて、話の中で流れてくる曲だった筈だよな」

「ーーーーー恋の…」

「映画の中の恋人達が、」

「別れてしまう…」

「そんな場面の曲」

「苦悩の末に、仕方なく別れる選択をした恋人達の別れのシーンの、」

「ーーーでも、最後はさ」

「ん、」

「同じ曲の流れる中で、二人はもう一度出会い直すんだよな」





ーーーそんな曲。

別れと再会の曲。







「ーーーそうだ」


別れていても…



「そうだよ」



また出会えばいいんだ。









夕暮れ時の、とある公園。
でも実はここは、二人が一緒によく来る場所。




「ーーーやっぱりここに来たんだ。ーーー隆ちゃん」

「…え?」





ーーー俺は公園の木陰から見守ってる。
視線の先には、イノちゃんと…ーーーこの世界の、俺。
未来の隆一。

夕方になっても自宅に帰る気配の無い隆一だから。
それならば、と。
行きそうな場所を考えて、俺がまず選んだ場所はここ。
この公園は俺の自宅から程近い。
ずっと昔から、イノちゃんと恋人同士になってからは。
二人でよく散歩に来たし、例えば喧嘩とか…した日には。
密かに頭を冷やしにひとりで来たりもしていた、大切な場所だ。
未来のこの世界でも、まだこの公園が健在で。
それならば未来の俺は必ずここへ来ると、不思議な自信もあったから。
空が薄暗くなる頃から、この公園のベンチにイノちゃんは腰掛けて。

じっと、待ったんだ。






ーーーびっくりしたんだろな。
未来の俺。

声をかけたのが、他ならないイノちゃんだったから。
目を丸くして、持っていた缶コーヒーを滑り落としそうになっていた。




「ーーーイ、ノ…ちゃん?」

「ん、まぁ。イノランだよ」

「え。ーーーぇ、?…でも、なんか」

「あ、やっぱりちょっと違う?」

「ぅ、うん。ーーー髪色とか…あと。ーーー雰囲気…」

「若い?」

「ーー懐かしい」




〝懐かしい〟

そこに込められて意味は、過去のイノちゃんの見た目もそうだろうし。
あと。
今目の前にいるイノちゃんの、物腰の柔らかな様子に対してなのかな…って、思う。

きっとこの世界の二人は、多少のぎこちなさはあるのだろうから。





「ーーーイノちゃん、なんだよね?」

「ああ。…でも、過去のな?ーーー何故だか五年前からワープしてきた。…信じてくれる?」

「過去⁇ーーーそれでちょっと雰囲気が違うんだ」

「すげぇ!さすが隆ちゃん、すぐ信じてくれた!」

「だって!ーーー信じるも何も…イノちゃんだもの」

「ん、」

「ーーーあの頃の、イノちゃんだもの」




ぎゅっと。
隆一は手の中の缶コーヒーを握りしめる。
大切そうに…。

ーーーそういえば自分で飲むのに缶コーヒーを選ぶって、珍しいなぁ…なんて思う。
そしてそれは、イノちゃんも気付いたみたい。




「ーーー珍しいな?缶コーヒー」

「え、」

「隆ちゃんが自販機とかコンビニで選ぶのはさ、だいたいいつもミルクティーとか、紅茶系や…ジュースとか多いのに」

「っ…」

「ブラックの缶コーヒーって、珍しい」

「ーーー」

「ーーーーーー誰かにあげようとか、思った?」

「ーーー」

「缶コーヒーばっかり選ぶ奴とか?」

「ーーー」

「隆ちゃん、」

「ーーー」

「ーーー知ってるんだ。ーーーこの世界の隆ちゃんとイノランが、」

「ーーー」

「ーーー今は、気持ちがばらばらだって、」

「ーーー」

「ーーーその缶コーヒーは、アイツの為だろ?」




俯いてしまった、隆一。
この世界に来て、J君やイノちゃんは、どことなく大人っぽいなぁ…って思う雰囲気があったけど。
ーーーこんな風にぎゅっと俯く隆一は、今の自分と全然変わらないって、思っちゃう。
だって俺だって、イノちゃんを想う時、こんな風に揺れることがあるんだもの。




「隆ちゃん」

「ーーー気付くとコーヒーばっかり選んでる」

「ーーー」

「謝る口実…きっかけを探してる。ーーー無意識にね」

「ーーー謝りたいんだ?隆ちゃんは」

「ーーーーーーーもうやだ。ーーーこんな風に、ひとりでコーヒーを抱えてため息つくの」

「ーーー」

「謝りたい。謝ってすぐに許してくれて元どおりなんて…そんなの甘いかもしれないけど。ーーー離れてみて思い知った」

「ーーー」

「彼が側にいてくれない方が、辛い」

「ーーー」

「側にいるのが辛いって、苦しいって、思ってた筈なのに」

「ーーー」

「ーーーっ…逆だった…」




ーーー声が潤んでる。
泣きそうな、隆一。

よかった。
ここに来て。
やっと全ての事が、わかりそうだから。




「隆ちゃん、」

「ーーーん、」

「訊いて、いい?」

「ーーーん」

「少しだけ今、聞かせてくれたよな?ーーーイノランといるのが辛い、苦しいって。ーーーきっと、離れた理由」

「ーーー」

「ーーーどうして?」

「ーーー」

「好き合ってた筈だ、数ヶ月前までは。ーーーそれがなんで?」

「ーーー」

「それに今の隆ちゃん見てるとさ」

「ーーー」

「好きなんだよな?ーーーイノランが」






こくん。




俯いたまま、隆一ば小さく頷いて。
掠れた声で、こう言ったんだ。





「ーーーーー嫌いになんてなれるはずなかった」










「なんでそう思ったんだ?」

「ーーー」

「嫌いになろうと思ったのか?イノランを」

「ーーーーーそうなれば、思い切りもつくかな…って」

「ーーー何の?」

「ーーーーーー俺の。」

「隆の?…なに?」

「俺の、気持ち」



コトン。


隆一は、公園をぐるりと囲む柵の上に缶コーヒーを置くと。
目の前に立つイノちゃんを真っ直ぐに見て、ゆっくり、ゆっくり話す。




「少しだけ距離をとって欲しいって言ったのは俺。イノちゃんは、何も悪くない」

「ーーーえ、」




隆一の言葉に。
木陰から見守る俺は、思わず息を止める。
だって、耳を疑ったから。
離れたいって言い出したのはーーーーー俺なの?




「ーーー何で…。そんな事を言ったんだ?」

「ーーー俺の我儘…。自分本位で、言った事だけど…」

「ーーーん、」

「…相応しくないんじゃないか…って、思えたから」

「ーーーーーー相応しくない?」

「俺が、イノちゃんに」

「ーーーーー」

「イノちゃん、この数年でずっとずっと…歌も上手になって。ギターも、色んな楽器も挑戦して。ーーーイノちゃんらしいものも、新しいものも。周りが想像するより素敵な音楽をたくさん作って…。ーーーイノちゃん自身も、きらきら輝いて…ーーー格好よくあり続けて…」

「ーーー」

「ある時、ふっと思ったんだ」

「ーーー」

「イノちゃんは俺を変わらず愛してくれているけれど。俺ももちろんイノちゃんが大好きだけど。ーーーでも、俺は…イノちゃんの側にいるのに相応しいのかな…って」

「ーーー」

「一度そんな風に考え出したら、一緒にいる時間が何より嬉しい筈なのに。どんどん、これじゃダメなんじゃないかって、思ってしまって、」

「ーーー」

「イノちゃんと一緒にいる時間が、苦しくなって。ーーー苦しいなんて思う自分が嫌で、辛くなって…」

「ーーー」

「ある日、言ってしまったんだ。ーーーイノちゃんに。距離を置きたいって。ーーー俺が言ったんだ」










「ばかっ‼︎」




「ーーーぇ、」

「え、ぁ…りゅ…隆⁇」





ぺちんっ‼︎








叩いた。
俺は思わず、なりふり構わず。
木陰から飛び出して。
叩いたんだ、未来の俺を。
目を丸くして呆気にとられるイノちゃんの表情も。
いきなり叩かれて何事?って上に、その相手が俺だとわかったのか。声も出せずに頬をおさえる隆一の顔も。
そんなのが俺の視界を横切ったけど、もうどうでもいい。
そういえばイノちゃんもこの世界のイノちゃんに対して情け無いって言ってたけど、俺も言わせてもらう。


情け無い!
なんなんだ?
そんなもんなの?
五年後の俺の、イノちゃんを想う気持ちって。



「わからなくはない。ーーーわかるけどさ、そうゆう気持ちも」

「ーーーあ、隆…一…?ーーー俺?」

「どんどん素敵になっちゃうイノちゃんの隣にいて、揺れる気持ち」

「ーーー」

「でも、だからって離れちゃなんの意味もないでしょ⁈じゃあ俺も負けないで頑張ろうって思わなきゃダメじゃん!」

「隆ちゃん、ちょっと…」

「いいの!イノちゃんはちょっと下がってて!」

「ーーーお、おぅ、」



イノちゃん…俺に見据えられてちょっとタジ…
ごめんね。
でも俺は俺にちゃんと言わないと収まんないから。
こうして五年先の未来に飛ばされた意味は、絶対ここにあるんだから。



「俺とイノちゃんがこの世界に来たのは、この世界の隆一とイノランに必要だっからだ。ーーーねぇ、この曲知ってるでしょ?映画の音楽だから聴いたことあるはずだよ?」

「…曲?」

「そう。何やら曰く付きの曲って教えられたんだけど、そうじゃないんだ。何でそんなの風に言われてきたのかは知らないけど、今回はこの曲はただのキッカケ。過去の時代と、この時代を繋ぐもの。恋人の別れと再会の場面に流れるこの曲は、同じ状況のこの時代の隆一とイノランと同調して…向こうの時代でこの…」

「この曲でギター練習してた俺らが引き寄せられた…だよな?」

「イノちゃん」

「隆ちゃん、ややこしい事言いすぎてこんがらがってるでしょ。加勢してやったよ」

「あ、ありがとう」

「うん。ーーーまぁ、わかった?未来の隆ちゃん」

「ーーーう、ん」

「イノちゃん…隆一に甘くない?」

「だってそこはさ。未来でも隆ちゃんは隆ちゃんだし。ーーー甘くもなるでしょ?」

「ーーー俺は未来のイノちゃんにもう顔見せんなって言われたのにな…」

「あ、隆ちゃんやっぱ気づいてなかったんだ?」

「え、?」

「アイツ。こっちのイノラン。ーーーあん時さ、」

「ーーー?」

「多分、久々だったんだろうな。目の前で隆ちゃんと会うの。ーーーすっげぇ、照れて…」

「うそだぁ⁈l」

「ホントだよ。俺自身だからわかるんだよ」

「ーーーど突かれたのに?」

「さり気なく触れたかったんじゃね?」

「っ…え?」



さり気なく⁇
あれってさり気ないの⁈ーーーーーって、まぁ、今はいいや。
隆一を置き去りでイノちゃんと話し込んでしまった。



ーーーでも、
今教えてくれたイノちゃんの話や、今目の前にいる後悔でいっぱいの隆一を見ていると。

隠しきれないのは、好きって気持ち。
だって本当に嫌いならさっさと離れればいいだけだ。
苦しむ必要も、苛立つ必要も、何もない筈。




「ホント。ばかだね」




だってね。
こんなこと自分で思うのは恥ずかしいし、照れくさいんだけど。
彼と離れて後悔している隆一は。
すごく、すごく…

綺麗だと思う。






ちょっと一緒に来て!

そう言って、この未来の世界の隆一の手を引いて。
イノちゃんと三人で向かったのは。






「ーーーーーイノちゃん…」



そう、イノちゃんの家。

Jいわく、派手な喧嘩の後の隆一は久しぶりなんだと思う。
イノちゃんの家を訪れるのは。

イノちゃん、家にいるみたい。
バルコニーの窓から光が溢れる。




「ほら、隆一」

「ーーーっ…」

「謝りたいんでしょう?」

「…ん。」

「チャンスだよ。今いるもん。それに今なら、過去の俺たちの応援付き」

「ぷっ…!」

「ちょっと、イノちゃん、何で笑うのー?」

「だって隆ちゃん!変な事ばっかり言うんだもん。なんだよ応援付きって」

「そのまんまでしょ?俺とイノちゃんが隆一が仲直りできるように応援すんの」

「はいはい」



「ーーーーーふふっ」



「お」

「あ、隆一が笑った!」

「ふふふっ!なんか気が抜けちゃう、二人の掛け合い面白くて」



なにそれ。
漫才みたいってことかなぁ。
でも、隆一もできる筈なんだよ。イノちゃんと。




「ありがとう。歳下の二人がすごく仲良しだから励まされた。俺も…俺たちも、こんな過去があったなぁ…って、思い出した」

「ーーー幸せだったでしょ?すごく小さな事でも、イノちゃんがいてくれるだけで、大きな喜びになるって、」

「うん、思い出した。知ってる筈なのに、見失ってた」

「ーーーもう平気だよな?」

「うん。ーーーイノちゃんと離れたらこんなに寂しいんだってわかったから、ちゃんと謝る。ーーー謝って、許してくれたらーーー」

「もう離れちゃダメだよ」

「離れないよ」





もう冷えてしまった筈の缶コーヒーひとつ抱えて、隆一は彼のマンションの玄関に駆けて行く。
俺とイノちゃんは、その背中を見守っていると。

最後に隆一が、もう一度振り返り…





「ありがとう、隆一、イノちゃん!ーーーあのね、二人を見てたらね」

「え、?」

「ーーーそんな風にイノちゃんと手を繋いで歩いてた時の事が恋しくなった。だから、早くそんな二人に戻るから」

「!」

「過去に帰っても、仲良くいてね」




ーーーそう言い残すと、隆一は彼の家の玄関に姿を消した。

この後二人は…仲直りできるかなぁ…
隆一は缶コーヒーをイノちゃんにあげて。
イノちゃんは隆一を…




「まぁ、一晩中離さないだろうな」

「っ…イ、」

「ん?そうだろ?」

「そ…そーかも、しんないけどさ」

「少なくとも俺だったら、1、2…3、4…」

「…なに数えてんですかぁ⁇」

「ラウンド。ーーー5…6くらいは最低でも…」

「イノちゃんっ…‼︎」


「それはそうと、隆ちゃん忘れてないよな?」

「え、ぇ?なに⁈」

「やり直しの!ハロウィン‼︎黒猫隆ちゃん!」

「わ、わかってるよー」



でもそれなら帰る方法見つけなきゃ!
こっちの二人はなんとか?手助けできたと思うから。


「帰る方法!どうすんの⁇」

「あの曲は⁈」

「ふ…譜面の本…いつのまにかどこかに置いてきちゃった」

「えええええ?」

「ごめーんっ…」

「まぁ、もうしょうがないよ。ーーーじゃあ、」

「あ、やり直しは⁇」

「やり直し?」

「そう!ここへ来た時と同じことすんの!そしたらもしかして戻れるかも!」

「ーーーここへ来た時と同じこと…」

「えっと、なにしてたっけ?未来へ来る直前…俺とイノちゃんは…ーーーえっと…ーーーーーーーー」

「同じこと、な?」

「ーーーっ…あ、」











「っ…ちょっと…ちょっと待っ…」

「だめ」

「なんでー⁈」

「戻るんでしょ?ってか、早く元の時代に戻んなきゃ」

「っ…ぅ」

「向こうのメンバー達も、そのうち俺らがいないって気付いて心配するよ」

「…う、ん」




早く戻る。
俺たちが暮らしていた五年前の世界に。
こっちの隆一とイノちゃんはきっともう大丈夫だろうから、もう安心して戻っていいんだ。…けど、




「ーーーやっぱりするの?…その、」

「ん?」

「え…えっ…ち」

「まぁ、最中に未来まで飛んで来ちまったからさ。試す価値はあると思うけど」

「ぅっ…ぅん」




でも、ここで?
また外でするの?
あの鉄道橋の下でもしたけど、あの時は気持ちが混乱しててぐちゃぐちゃで勢いで…っていうのもあったからな…。
こうして意外と冷静な時に外でって、やっぱりちょっと恥ずかしい。



「外はヤダ?」

「…できれば」

「ん、」

「ちょっとでも目隠しとか、周りから見えない所が…いい」

「ーーーーそうだな」




だんだん恥ずかしさで声が小さくなる俺を見て。イノちゃんはしばらく、うーん…と考えて。
そして、そうだって。



「いいとこあるじゃん」

「え、?」

「俺も隆ちゃんもよく知ってる所。よく行く所。あそこは五年後の世界でも絶対無くなってない筈」

「ど、こ?」

「海」

「ーーーぁ」

「海岸だよ」



二人でよく行く、あの海岸に行こう。

















ザザ…

ザザン…






J君に貸してもらったお金で電車に乗って。
着いた駅から少しだけバスに乗る。
砂浜に着く頃は、もう夕暮れ時。
この時間帯があと少しずれただけで、バスの本数は急激に少なくなるんだなぁ…って、今日初めて知った。
いつもはここへ来るとき車で来ちゃうもんね。



「J君にちゃんとお礼しないとね」

「そうだな。もしホントにこのままこの海岸から元の世界に戻れたら、こっちのJにはもう会えないからな。そしたら元いた世界のJに金を返して礼をしようか」

「ふふふっ、J君なんの事だぁ?って思いそうだよね」

「な」



顔を見合わせてくすくす笑う。
そうだね。
そう考えると、過去も未来も。それから今現在も。
全部全部、ひとも気持ちも繋がっているんだなぁって事がわかるね。
優しいJ君は未来に来てもやっぱり優しいJ君だったし。
格好いいイノちゃんは未来に来ても格好いいイノちゃんで。
ーーー俺は…




「ーーーーー俺は、」

「ん?ーーどした?」

「ぅうん。ーーーあのね、結局この世界の二人が喧嘩しちゃって離れてしまったのは俺が元だったけど」

「うん、」

「でも。ーーーやっぱりその理由っていうか、離れた訳は嫌いっていう理由じゃなかったなって。ーーー好きだから不安になって、揺らいで…っていう事だったんだな…って」

「ーーー」

「もちろん俺のせいでイノちゃんに悲しい思いさせちゃって悪かったな…って思うけど。ーーーちょっと安心した」

「ん?」

「原因が〝嫌い〟じゃなかったから」

「まぁ、それはさ。最初からわかってたもんな」

「ん、」

「喧嘩=嫌い、じゃない。ーーー俺らがずっと言い続けた言葉だもんな」

「っ…ぅん」



そうだよ。
嫌いなんてなれる筈ないよ。
今言い切れる。
これからもそうだって言い切れる。
ここから更に先の未来もそうだって言い切れる。
例えばあなたがものすごい悪人になったとしても。
俺はずっとずっと、あなたが大好きだよ。




「ーーー帰ろう?イノちゃん」

「ーーーああ、」



もちろん、過去へ遡っても。
あなたと出会ったその瞬間から。
俺はずっとあなたを愛しているよ。

だから帰ろう。
俺たちがいた時代へ。
そこからまた未来に向かって、愛し合おう。




「イノちゃん、」



手を、彼へ伸ばす。
彼も俺に手を伸ばして。
腕に触れて、腰に、背に手を回して。
抱きしめてくれる。




「ーーー隆」




夕闇の砂浜の真ん中で。
イノちゃんはそっと俺を砂の上に横たえた。



ーーーね。
思い切り外じゃない?ここ。

ーーーでも




「ーーー隆ちゃん、」



ま、いいか。




「ーーーっ…ぁ、」

「隆、」



耳元でイノちゃんが囁く。
時折舌先で舐めるから、ぞくぞくと震えてしまう。



「隆、思い出せ」

「ん…っ…んん…ぇ?…」

「ーーーあの部屋で、ここへ来る前」

「ーーーあっ…ぁ、」

「俺に抱かれてた事」

「っ…ーーーーーぁっ…」

「ーーーあの曲、」

「あ、の…曲」

「そうだよ」



五年前のあの部屋を。





「ミライもカコもイマも」

「っ…イノちゃん」

「俺はずっと、お前が好きだよ」



キスがおちてきた。
気持ちよくて、夢中になれて。
俺が一番大好きなイノちゃんの…


手を重ねて。
指先を絡めて。
目を閉じて。
すぐに没頭して、何も考えられなくなるキス。

ふわふわ…


ああ…。気持ちいいな。
音も、時間も、ここが何処だかも。
全部全部、遠くなる。
今この瞬間。
俺の全ては、イノちゃんだけ。






















「ーーーーー?」




頭の後ろが、ふんわり。
あれ、冷たい砂じゃない…?




ちゅっ…くちゅ、


「っ…ん、ふぅ」

「ーーーりゅ、ぅ」



でも、キスは解けない。
繋がった身体はそのまま。


「ーーーっイノ…待っ…」

「ん、」



待って。
こんな状態でなんだけど。ちょっと、確認させて。




「ーーーイノっ…」

「隆ちゃん…?」

「っ…み、見て」

「え?ーーーーーっ…あ!」





他人にお見せできないような状態の俺たちだけど。
何とか顔を横にして見回した風景。
そこは見慣れた部屋の中。
ふわふわのカーペット。
いつものカーテン。
すぐそこにはテーブルとテレビ。
それからソファー。
ソファーの上にはギターが乗ってる!




「か…」

「帰…」




思わず顔を見合わせちゃった。





「帰れたーっ…‼︎」

「やったやったー!」



ぎゅっと抱き合って(もともとくっ付いてたんだけど)喜び合って。
反動で繋がってる部分が動いてしまって、思わず声が出る。
するとイノちゃん、すっごく悪い笑顔でにっこり。



「おかえり、隆ちゃん」

「イノちゃんも、おかえりなさい」

「ん、じゃあーーー続き、な?」

「えっ…ーーーぁ、待っ…」

「戻れたんだしさ?いいじゃん。ハロウィンのやり直しも兼ねて」

「あっ…ぁんーーーばか…ぁ!」

「好きだよ隆ちゃん」

「イノちゃ…っ…」

「隆っ…大好きだ!」















どうにか、色々あって大変だったけど戻れた俺たち。
今回のことで考えさせられた事もいっぱい。
でも、どの時代でも変わらないのは。
俺はイノちゃんが大好きって事。
それが再確認できて嬉しかった。










「J君、本当に助かりました。ありがとう!」

「借りた金と、あとこれは俺らからの礼。よかったら食ってな」

「ーーーはぁ?」




貸してもらった金額のお金と、渡したのは実は未来で買ったJ君が好きなお菓子。(もちろん元の時代ではまだ無いよ)
それを渡されたJ君。
案の定。
J君は、ぽかん…。
そうだよねぇ。
でも助かったんだよ?
ありがとうJ君。













「ミライ カコ イマって事はさ。要するに生涯ずっとってことだね」

「そうだな、俺もそうだよ。隆が好き」

「イノちゃんが好き」






何度も何度も。
その言葉を繰り返しあなたに言うよ。








end




.
3/3ページ
スキ