ミライ・カコ・イマ












会えるはずなんてないけど。
もしも会えるなら、会うことができるなら。
俺はなんて話すだろう?



未来のあなたと、未来の俺と。











「だからね。この曲を逆に弾くと異世界に行けるんだって」

「ーーー逆に?…って、どーゆう意味?」

「だから逆だって。この譜面を反対側から演奏しろってことだろ?」

「ーーーーー…スギちゃん…」




思わず溢れた声が、呆れを含ませたものになってるって、自分でわかった。

スギちゃんがそうゆう話が好きな方だって知ってるけど。
でもさすがに、異世界に…って。ーーーどうなの?
しかも逆に弾くとか…。
そりゃあスギちゃんならどんなのだって弾けると思うよ。
スギちゃんの超絶ギターテクニックを駆使すれば、未来どころか過去にも何処にも行けそうだもの。

ーーーでも。
…異世界…って。




「隆…。信じてないだろ」

「だってさ。ーーーじゃあスギちゃんは信じるの?」

「まぁね?」

「えー?」

「実際行ける行けないは問題じゃなくてさ。こうゆう話は信じる方が夢があるじゃん?仮にも俺ら、アーティストなんだし」

「そ、だけど」




それはわかる。
色んな事を試したい気持ち。
それが例えば、馬鹿馬鹿しいことでも。
小さな事でも。



黙ってしまった俺を見て。
スギちゃんはニンマリ笑うと。
何処から手に入れたんだか、その曲の譜面の載った本を俺に差し出した。



「ホントはこのページの次の曲を隆に薦めたくて持って来たんだ。この異世界~のは、まぁおいといて。次の曲は是非弾いてみてよ。隆、ギターの練習にいい曲探してるって言ってたでしょ?」

「うん」



そっか。
それでスギちゃん親切に。

ありがとう!って、その本を受け取った。
帰ったら早速弾いてみよう。
イノちゃんに聴いてもらってもいいしね。


ーーーほんの少しだけ、気持ちの片隅に残ったままの。
例の異世界~の曲の事。
イノちゃんの顔を思い浮かべたら、それはあっという間に小さくなって。
彼の待つ家に着く頃には、すっかり消えてなくなっていた。








「異世界?」



夕食後。
スギちゃんが貸してくれた譜面の本を鞄から引っ張り出して。ギターを片手に抱えてイノちゃんの寛ぐリビングに行くと。

今日スギちゃんと話した、異世界云々…をイノちゃんにも教えてあげたら…。


そうだよね。
イノちゃんは目をぱちぱちさせて、首を傾げた。



「まぁたスギゾーが妙なモン持ち込んだの?」

「ち、違う違う。俺の練習用って、ギターの譜面を見つけてきてくれたの。ーーーその別のページにね?」

「異世界に行けるって曲が載ってるって?」

「ん…。らしい」

「ーーー異世界ねぇ」

「逆に弾くんだって。左から右へじゃなくて、右から左へ…下から上にって事だよね?」

「…ややっこしいな」

「スギちゃんやイノちゃんなら弾けると思うけどさ…」

「え、っていうか。隆ちゃん信じてんの?」

「アーティストだからさ?一応ね。…まぁ、スギちゃんの受け売りだけど」

「ーーーはぁ…。そんなんで異世界に行けてたら今頃そんな奴がいっぱいいると思うけどね。ーーーま、いいんじゃない?」



呆れ顔とため息のオンパレードだったイノちゃんだけど。
最後にはいつもの悪戯っ子みたいな顔で、にやっと笑って。
隆ちゃんこっちおいでって。
ローテーブルに譜面を広げて、ギターを抱えたままの俺に手招きして。



「練習すんだろ?みてあげる」


そう言って。
テーブルの前に座った俺の背後に、イノちゃんは俺を抱えるように座る。
ーーーちょっと…くっつき過ぎじゃないの⁇
これじゃあ別の事に意識がいって、ギターに集中できないよ。



「イ…イノちゃんっ…」

「ん?ーーーほら、ちゃんとギター抱えて。弾くんだろ?この不思議な曲」

「え、ぇえ?これやるの?」

「そんなマジで異世界なんて行くわけないって。…ってかこの曲、練習にちょうどいい感じだと思うよ?まんべんなく色んなコードがはいってるし、かといって複雑過ぎず簡単過ぎずで」

「そ…そっか」



ギタリストがそう言うなら間違いないね。
本当は次のページの曲をって、スギちゃんが用意してくれたけど。ーーーイノちゃんが一緒なら、いいかな。


譜面を見る。
えっと、最初のコードは…



「そうじゃないよ。ーーーほら、こうするといい」

「え?あ、ホントだ!指が疲れないね」

「そう。ーーーで、こう。ーーーこう…」

「ーーーっ…ぅん」




ぴったり。
くっつく身体。
耳元にかかるイノちゃんの吐息。
少し振り向くだけで頬にかかる、イノちゃんの前髪。

ーーーやっぱりくっつき過ぎてない?
意識しちゃって、弦を押さえる指が疎かになる。
疎かになるからうまく押さえられなくて、またイノちゃんに言われる。



「りゅーう。集中してなくない?」

「だっ…て、イノちゃんが!」

「ん?」

「くっ…つき、過ぎ!どきどきしてギターどころじゃないよ」

「ーーーふぅん?」




じゃあさ、って。
イノちゃんは俺からギターを取り上げるとすぐ後ろのソファーの上に置いて。
次に俺に見せてくれたイノちゃんの顔は…


意地悪
悪い笑顔
にやり
それから…
めちゃくちゃえっちな顔‼︎



「イノちゃん!」

「んー?」


気付いた時には遅く。
正面からぎゅっと抱きしめられて、器用に俺のシャツのボタンを外していって。
するっと肩を剥き出しにされて。
ご機嫌そうに唇を寄せる。



「練習するんじゃないの⁈」

「気が変わった。だって隆を腕に閉じ込めてたら練習どころじゃないだろ?」


また今度俺が教えてあげるからって。
…もうホントに練習どころじゃないみたい。

ーーーそれに
俺ももう、練習どころじゃないよ。




「約束だよ?」

「もちろん」

「絶対だよ?」

「絶対」

「ん」

「ーーーだから今は、隆をめちゃくちゃ気持ちよくしてあげる」

「っ…ん、」



這い回るイノちゃんの指。
あちこちに触れてくるイノちゃんの唇。
ーーー俺だけに向けてくれる、俺だけのイノちゃんの笑顔。



「ーーーっ…ぁ、」

「隆との約束は絶対だから」

「ん、っ…」

「だから今は…俺を見てよ」

「ぅんっ…ん、ーーーんんっ…」




重なる唇。
夢中で絡み合う。

結局はこうだ。
いつもこう。
イノちゃんと二人でいたら、こうなるの。

ーーーでも、それは好きだから。
誰よりも何よりも。




「っ…りゅう」

「ーーーっ…イ…ノちゃ…」




とさっ…


カーペットの上に押し倒された、その瞬間。
もちろん俺たちはお互いに夢中で気がつかなかったんだけど。

テーブルに置いた、例の譜面の本が。




パララララ…




ひとりでにページが動く。
まるで異世界への扉が開いたみたいに。









何かが一瞬で変わった…感じはあった気がするけど。
ーーーでも、抱き合ってお互いに夢中な俺たちだったから。
すぐにその変化には気が付かなかった。


気が付いたのは…






「イタッ…ァ」

「え、?」



最初に異変に気が付いたのは俺。
何故かって、それは横たえられた床が硬くて、頭があたって痛くて。
さっきまではふかふかのカーペットの上で寝転がってた俺だから。その明らかな違いに、俺は辺りを見回した。




「…床。ーーーえ、コンクリート?」

「ーーーあ、」



俺の言葉に、俺に覆い被さってるイノちゃんは動きを止めた。
後頭部に手を伸ばしながら、多分…顔を顰めてる俺を。
イノちゃんはゆっくりと手を引いて起き上がらせてくれて、乱れてしまった俺の服を直してくれながら。


辺りを、ぐるり。




さっきまでいた部屋じゃない。
二人の部屋じゃない。
俺の抱えていたギターも。
ギターを置いた筈のソファーも。
テレビもテーブルも。
何も無い。

あるのは。
広い、コンクリートの床のがらんとした部屋。
何も無い。
生活感の無い、見たこともない部屋。




「ーーーここ、どこ?」

「隆」

「え、?」

「あそこ。ーーーあの譜面の本じゃないか?」

「え?」




イノちゃんが指差す方。
広い部屋の片隅に。
ページの開かれたままの…




「ホントだ。スギちゃんが貸してくれた…」

「なんであれだけあるんだ?」

「うん…。何も無いのに」



ちょっと…。正直その本に近づくのも躊躇ったけど。
イノちゃんがぎゅっと手を繋いでくれて、あそこまで行こうって、言ってくれたから。
顔を見合わせて、頷いて。
恐る恐る、二人でそこまで行ってみた。




「ーーーあの曲のページだね」

「ああ、」

「あのさ。ーーーここって…」

「元いた場所じゃないのは確か」

「…ぅん」

「……」

「……」

「…………」

「…………」


ーーーーーどうしよう。
二人して黙っちゃった。
降ってきた様々な疑問の答えを、きっとそれぞれ色々考えて。
でも、その出てきた答えが。
一番有り得ないってものに行き着いて。
ーーー無言で、焦ってる状態なんだと思う。




「ーーーーーぁの。…イノちゃん」

「ん?」

「せーの、で。言う?」

「今考えてる事?」

「うん」

「ん、いいよ」

「うん」

「せーの、でな」

「うん。ーーー」

「でも、隆?」

「ん?」

「今から言う二人の答えが一致して。軽くパニックになったとしてもさ」

「ん、」

「俺はお前の側にいるからな」

「っ…」

「お前を守る自信もある」

「イノちゃん…」

「わかった?」

「ーーーっ…ん。ーーーありがとう」




ぎゅっ。

もう一度、強く手を繋いで。
お互いの存在を。強く感じて。



せーの、で。




ここは何処?
何処だと思う?




「異世界」
「異世界」







「…」
「…」




言葉にしたら、不思議と気持ちは静けさを取り戻す。
でも、見つめ合う俺たちの目は。
瞬きも忘れて、お互いを捕らえたまま。
目を逸らすのが、今は怖くて。
繋いだ手も、一瞬でも離さないように。
きゅっと、俺が唇を噛み締めた途端。
イノちゃんは俺を抱きしめてくれた。







「ーーー異世界…か、どうか。確かめないと」

「っ…うん」

「確かめて、ホントにそうなら」

「ーーーん、」

「戻る方法を見つけないとな」

「ーーーーーっ…ん」




イノちゃんの背に回した両手で、ぎゅうっ…としがみ付く。
すると彼の声が耳元で囁いた。




ーーーお前の側にいるから。…と。









ここが何処だかわからないけれど、ひとまずここから外へ。
振り返って、たった今俺たちがいた建物を眺めると。
そこはやっぱり、知らない場所だった。


「部屋にいたはずなのにね」

「ああ。やっぱりなんか…おかしいよな」

「ん、」



外へ出て、その風景を眺めるけれど。
道行く車やバイク、自転車。
歩く人々、信号の色形。
それから道端の鳩や、散歩中の犬…


どれを見ても、知っているもの。
そこだけ見れば異世界なんて思わないような、ごくありふれた光景だけど。

俺もイノちゃんも。
肌で感じてた。
違和感。
元々俺たちがいた世界とは、何かが違うって。

そんな時、イノちゃんがポツリと呟いた。



「見た感じはあんま変化無いけどな。ーーー今って、いつなんだろうな?」

「ーーーいつ?」

「うん。ーーー何年何月何日…か」

「ーーーぇ、」



その瞬間、ザワリと背筋が強張った。
なんか、怖い気がして。



「その辺に…どこかに日付書いてないかな」



グルッと見回すと。
誰かが置き忘れたのかも。
小さな公園のベンチに折りたたまれた新聞があって。
ーーーその新聞はお馴染みの発行元の物で、そこは安心したんだけど…。

肝心の日付。
イノちゃんと恐る恐る、紙を捲る。
ーーーそこには。




「っ…ぅ、そ」

「ーーーーーまじかよ。…この日付って…」




俺たちがいた世界の、先のもの。
真っ白になった頭でやっと数えて、約数年先の日付で。



「ーーーなんで…ーーー」

「五年…先?」




確かに感じた違和感。
それは正しくて。




「俺たち未来に…」

「ーーー来てるなんて」


















暫く途方に暮れてた俺たち。
そりゃそうだよね。
だって未来…って。
なんで⁇
だって俺たちはいつも通り過ごしてて、あの部屋で、愛し合ってて…。
それだけだったのに。




「…どうしよう」

「ーーー」

「ね、イノちゃん…。ーーー俺たち…」


「隆」




さっきから黙ってたイノちゃん。
じっと景色を見つめて、考え込んでた様子で。
でも。
俺が呟いたら、繋いだままの手を引いて。
肩を抱いてくれて。



「大丈夫」



「っ…」


「大丈夫だから」


「ーーーっ…ぅん」




イノちゃんの声。
いつものイノちゃんの、温もり、匂い。
思えば何の根拠も無い、大丈夫の言葉なのに。
イノちゃんという存在だけで、すごくすごく安心する。




「大丈夫だよ」



ーーーもしかしたら、イノちゃんも自分自身に言った言葉なのかもしれないね。





「ーーーここにずっとこうしてても始まらない。まずは動こう。ここが未来の何処なのか、今手掛かりを探してたんだけど。ーーーほら、あそこ」

「え、?」

「あそこのコンビニの店名に地名がついてる。ーーーどうにか、元いた都内にはいるみたいだ」

「ーーーほんとだ!」

「ちょっと安心しただろ?全く知らない場所じゃなくてさ」

「うん!」

「あとはーーーーー隆ちゃん、今何持ってる?」

「持ち物?…えっと、この譜面の本だけ」

「俺は何もだ。そもそも部屋にいて、まぁ…最中だったから。物は持ってなくて仕方ないと思うんだけど」

「っ…ぅ、うん」

「そうするとそのうち直面する問題がある」

「え…。な、なに?」

「手持ちの資金が何も無いって状態だ。ーーーわかるだろ?」

「……大問題だね」

「で、だ。ーーーここが未来だとしても同じ都内であるなら。何処かにいるはずだよな?」

「ーーーあ、」

「未来の俺たち。ーーーそれから、未来の世界のメンバー達が」









映画とか、お話の中ではよく出てくる。


過去とか未来とか。
自分が存在していた世界とは違う時代で、身勝手でもウッカリでも。
その世界の流れを変えてしまうような事はしてはならないと。





「過去に戻ってその世界を弄るとタイムパラドックスとか…矛盾が生まれてしまうってよく言うよね。ーーーじゃあ、未来はどうなんだろう?」

「うーん…。未来でもさ、仮にこの世界の自分と顔を合わせたら、この世界に年齢は違うと言えども自分が二人存在する事になるわけじゃん?ーーーなんかそれもあんまり…」

「…良くはなさそうだよね」

「けど未来だったら、この世界の人物達にとってはこれから始まる時間はまだ白紙な訳だし。それはもともと五年前にいた俺らにとってもそうな訳だし。ーーー過去に行っちまうよりは…まだいいのかなぁ」

「ーーーこの世界の自分には会わない方がいいかもしれないけどね。ややっこしいけど…取り敢えずそこだけはしっかり気を付けて、戻る方法を探そう」

「そうだな」



顔を見合わせて頷いて、手はずっと繋いだままで。
そんな話をしながら、俺たちはとある場所へ向かっていた。
交通費なんて持ってないからひたすら歩く。

さっき見つけたここの地名。
それがよく知る場所であると気付いて。
ここが未来の都内ならば。それも五年先という、桁外れの未来では無いのなら。
多少の風景の変化はあるものの、進む足に迷いは無かった。




「ーーーここ、五年後にはこんなお店が入るんだぁ」

「こうして見ると面白いな。ちょっとづつ変わってる所があって」

「うん。ーーーでも、五年だもんね。そんなにすごく先の未来って訳じゃないからね」

「ん、」

「ーーーーーでも、」

「ん?」

「なんで五年先の未来なんだろう。この五年後の世界に何かがあるのかな」

「うん。それは俺も思ってた。ーーーっていうか、異世界に云々…の曲って、俺らそんな逆に弾くなんてしてないよな。スギゾーの言ってたその手順は踏んでないのに未来に来ちまったのにも疑問があるし。ーーーそもそもあの曲ってなんなんだ?」

「…ん、わかんない。スギちゃんなら何か知ってるのかな。ーーー」

「ただ単に弾きやすい、練習に良いって理由で、渡してくれたって気もするしな…。だって普通マジにはしないって」

「ふふっ、ね?異世界に行けるなんてね」




異世界。
未来。
しかも、大切なイノちゃんと一緒に。
誰よりも大好きって思える、イノちゃんと一緒に。

ーーーだから、なんでかな。
…こんな非常時に不謹慎って思われそうだから、言わないけど。

ちょっとだけ、どきどきしてるんだ。

どうなっちゃうかわからない、この状況を。
一緒にいるのがイノちゃんだと思うと。









人間って、どんな時も欲求には勝てないんだなぁ。



「ーーーはぁ…。お腹すいた」

「そろそろ言うと思ってたよ」

「どうにもならないから、イノちゃんを困らせるの嫌だから、言うまいって思ってたけど…」

「くくっ、良いよ。言って」

「お腹すいた」

「ハハハッ、食欲には勝てないな」

「ーーーあと、どうする?」

「ん?」

「今夜の寝床。ーーー野宿でもいいけど…。だいぶ夜は寒いよね」

「ーーー真夏の蚊に集られるのも困るけど、秋口の寒さもな…」

「ん…。でも、いいよ?野宿。こんな経験なかなか無いし、くっついていれば平気だよね?」

「ーーーする?」

「は、?」

「どこか、繁華街で野宿は目立つからさ。例えば公園の木陰とか、どっかの鉄道橋下とかさ。ーーーそーゆう場所なら人目も無いし、できると思うよ?」

「あ、あの…イノちゃん?するって…」

「えっちに決まってんじゃん。くっ付いて体温分け合って、しかも超安心できる最適な行為だと思うけど」

「そっ…外でするの?」

「いいじゃん、だって金もスマホも何も持ってない俺らなんだしさ。こうゆう時こそ欲求に素直になって生き抜かなきゃ」

「…食欲と睡眠欲だけじゃなくて?」

「性欲も立派な欲求だろ?俺は今何も持ってない。だから今一番に俺が求めてるのは隆ちゃんなんだよ。俺の身体と心全部使って、隆ちゃんを守って絶対に二人で元の時代戻るんだって、そうゆうモード。余計なもんは持ってないよ。だからこそ、今はね…ーーー」

「ぇ、?」

「今えっちしたら、何も考えずに隆ちゃんを愛せるような気がする。翌日のスケジュールとか、隆ちゃんの目立つ場所に痕付けちゃいけない…とか。そーゆのガン無視で」

「っ…や、やだ」

「ーーーだから、いいだろ?」

「恥ずかしいよ!」

「うん、ありがと」

「聞いてよぉ‼︎」

「ハハハッ」

「ハハハッじゃなーい!」

「楽しみにしてて!」

「イノちゃん!」




っ…もぅ!
今がどんな状況かわかってんの⁇
こんな時ですらイノちゃんはイノちゃんなんだから。

ーーーでも。
…顔が熱いや。
隠してたどきどきが、大きくなってるし。

イノちゃんの言ったことを、実はもう期待し始めてるって…言えない。…けど…ーーーバレてそう…。



顔が熱い…。






そうこうしてる内に、到着したのは…




「アイツいるかな…」

「ん、」



イノちゃんの言う、アイツ。
それはーーーーー


「Jの家も、特に見た感じは変わらないな」



そう。
着の身着のまま無一文の俺たちがまず助けを借りに訪ねたのは、未来のJ君の元だった。







〝はいー。どちら様〟




インターフォン越しに聞こえてきた声は、J君のもの。
五年先の未来だから、それほど違っては聞こえない。
こんな状態の俺たちにとって、知ってる声はとても安心する。



「突然ごめん。イノランと隆一だ」

〝ーーーお前ら?〟

「J君いきなりごめんね。すぐお暇するから、ちょっとだけ時間いい?」

〝あ、ああ。ーーーちょっと待ってな〟



少し驚いてる風のJ君の声。
まぁ、あんまりJ君の家に突撃訪問する事なんて元いた時代でも無かったけど。
ーーーそれにしても驚いてるみたいだったな…


「俺たちが一緒にいるのって不思議なのかな…」

「ええ?でもメンバーなんだし、俺らがこうゆう関係って知ってるはずだよな?」

「うん…」



そんな疑問をイノちゃんと話してる間に、マンションのエントランスにJ君が降りてきてくれた。



J君…
ーーーなんかちょっと…大人っぽいよ。
雰囲気が、やっぱり違う。
そんなJ君、俺たちを見るなり目を見開いて。
ぱかっと開いた口が…塞がってないよ?


「J、悪りぃ。でもいてくれて良かった」

「J君今日はお休みなのかな。ごめんね」

「いや…。別に暇してたからいいんだけど…」

「そうなんだ!良かった」

「ーーーいや…。ってか、イノと隆…だよな?」

「ーーーあ、ちょっと違って見える?」

「見慣れてると微妙な違いがわかるのかもな」

「うん」



俺たちの顔をじっと眺めながら、J君は目の前まで来ると。
さらにじっと、穴が開くくらい…ーーー。そんなに俺たち、この時代と違うの?




「…あの、J君」

「ーーーああ、」

「違う?」

「ーーーーーああ。ーーーなんつーか、初々しい」

「…」

「なんか懐かしい感じのイノと隆だな。ずっと前に見てきた感じ。ーーーなんかメイクとかしてんの?」



俺はイノちゃんと顔を見合わせる。
うん、と。頷いて、イノちゃんは。



「驚くなって言われても驚くと思うんだけど。でも、俺はイノランでコイツは隆である事に間違いはないんだけど。ーーー俺らももうこっちの世界の知ってる奴らに頼るしかないんだ。だからいきなりで本当に申し訳ないって思うけど…ーーー頼む」

「ーーーは、?」

「俺たちはどういうわけかタイムトラベルしてきた、お前にとっては過去のイノランと隆一なんだ。五年前の俺たちだ」

「っ…ーーー⁈…はぁ⁇」

「準備も何もない状態で未来まで飛ばされたから…困ってるんだ。ーーーJ、」

「あ、ああ…?」



「金貸してくれ」
「J君、お金貸してください!」



「ーーーーー。。。。。」













まぁ、入れよ。




そう言ってJ君は、目を丸くしながらも俺たちを部屋の中に招いてくれた。


「何食いたい?」


テーブルに投げ出していたスマホをスラスラと操作しながら(うわぁ、未来の機種だ!)目当ての画面を見せてくれたのはデリバリーのもの。


「どうせ腹も減ってんだろ?」


「っ…J…」

「J君!」


J神様!
どうもありがとう!




頼んだのは某ハンバーガーショップの食べ物。
見慣れたあのロゴが、今の俺たちには何とも安心できるもので。
すぐに届いた紙袋をカサカサと開けると、ふんわりした美味しそうな匂いに涙が出そうだった。



「J君ありがとう!いただきます!」

「ホント、ありがとう。なんせもう、一文無しでさ」

「お腹空いてたんだぁ」

「そうそう、隆ちゃんは腹抱えてたもんな」

「仕方ないでしょ?食欲も立派な欲求なんだから」

「はいはい」



ーーーついつい安心で話も弾む俺たち。
そんな様子をJ君はいつものゆるーい微笑みで見ていたけど。
ひとしきり食べ終わる頃、J君は多分…聞きたかったんだろう事を聞いてきた。



「ーーーイノと隆だな。過去から来たなんてにわかには信じがたいけど…。でも、お前らだわ」

「信じてくれてありがとう、J君」

「本当に助かった。何も持たずで来ちまったからどうしようもなくてさ」

「ーーー戻れんの?」

「ーーー…ん、」

「どうにかして戻らないとって思ってる。何で五年先の未来に来たのか。五年先のこの時代に、何かあるのかなって」

「それを解決すれば戻れるのか?」

「…わかんないけど」

「動かなきゃ始まんないしさ。戻れるまで足掻くさ」

「そっか…。戻んなきゃ、向こうの世界のルナシーは二人欠けてるって事だもんな」

「ーーーああ、」



そうだ。
そうだよ。

元いた世界に戻れなきゃ、元の世界のJ君もスギちゃんも真ちゃんも…どうなるの?
仲間やスタッフやファンの子達…心配させてしまう。

戻らなきゃ。
絶対に。



「ご馳走様。J君ありがとう」

「いや、これくらいはさ」

「本当に助かったよ」

「ーーー今夜…っていうか、しばらくどうするんだ?」

「動く」

「帰る方法を、探す」

「ーーーわかった。こっちいる間で困ったらいつでも来いよ」

「サンキュ」

「ありがとう!」





金困るだろ。
そう言って手渡してくれたお金。
一万円札が数枚と、小銭までも。

「自販機とかさ、コインじゃないと不便だもんな」って。



「絶対返すから」

「いいよ、そんくらい」

「ううん、絶対お礼もしたいもん。この時代のJ君には無理だったとしても、絶対に」

「くくっ、わかったよ」




じゃあ、ありがとう。

会えてよかった。



挨拶をして玄関に向かう。
靴を履いている時、J君が、言ったんだ。



「ーーーお前らがめちゃくちゃ仲良さげに二人でいるの見て、懐かしかったよ」

「え、?」

「すげぇ、嬉しかった」

「ーーーJ。ーーーそれって…どうゆう意味だ?」



「ん、?」


「ーーーな、J」




切なげなJ君の目。
俺たちの見る目が、愛おしげに細められる。
そしてポツリポツリ、教えてくれた。




「ーーーいつだったかな。ーーー去年…終わりごろかな」

「ーーー」

「派手な喧嘩してさ、イノと隆がさ」

「え…」

「まぁ、喧嘩なんて、これまでもあったから。俺ら周りも静観してたんだけど…ーーーあの時ばかりは…ダメだったみたいでさ」

「ーーーーー」




ーーーえ。

それって…ーーー



「離れちまったんだよ。ーーーイノと隆は。ーーー少なくとも現在は、仕事でしか顔を合わせてねぇみたいでさ」






ぐわん…。
頭が痛い。
胸が苦しい。

そっと、隣のイノちゃんを見た。
すると。
強張った、悲しい目のイノちゃんがいた。






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