短編集・1













隆ちゃん、一緒にきてくれる?



そう、イノちゃんに誘われたのは数日前の事だった。

どこ行くの?って聞いても、イノちゃんはただ黙ってにこにこするだけで。
結局当日になった今日まで、どこに行くのか知らされる事なく、俺は今イノちゃんの車に乗っている。

サプライズって事なのかな…。
なに企んでるんだろ。
ちらっと横目で見たイノちゃんは、とってもご機嫌な様子でハンドルを操っている。
赤信号で停まる度、『気になる?』って顔で俺を見る。

『気になるよ!気になってんのに教えてくれないのはイノちゃんでしょ⁉』って多少恨みがましい気持ちを混ぜ込んで、俺はお返しの視線を向けた。
でもイノちゃんはどこ吹く風で。時折、鼻歌まで歌ってる。

そんな目線の会話を楽しみつつ、たどり着いたのは俺も知っているところだった。…来たことは無いんだけどね。





「イノちゃん」

「へへ…。俺の大好きな場所」

「ーーー俺、来てみたかった」

「でしょ?前にそう言ってたから。ちょうどいいなって思って」




そこはギターのお店。
イノちゃんが愛用するメーカーの、専門のショールーム兼ショップだった。


イノちゃんは入り口を見上げて、相変わらずにこにこして言った。




「俺のギターが出来上がったんだ」

「え?」

「俺の、新しい相棒。これから受け取りにいくんだ」

「っ …そうなんだ!」

「超!嬉しい」



イノちゃんは嬉しいのを抑えきれないって顔で、今度はニッと笑って。
俺の手を掴むと、ガラスの扉を押し開いて中へと進んだ。












店の奥のゲストルームのソファーに座って、ギターの到着を二人で待つ。イノちゃんはずっとソワソワした感じで、今か今かと落ち着かない。こんなイノちゃんは珍しい。いつもはどっちかと言うとクールさが目立つイノちゃんだから、こんな待ちきれない子供みたいな姿。…なんかちょっと可愛いかも…と。こっそり微笑んだ。

スタッフの人が、ガラステーブルに出してくれたティーカップに口を付けつつ待っていたら。
こんこん。と、ノックの後、ギターを抱えたスタッフが入って来た。





「ーーー!」

「わぁっ …」





イノちゃんの空気がふわっと湧き立つのがわかって、俺も思わず感嘆の声をあげてしまった。



イノちゃんの新しいギター。
白くて。でも真っ白じゃなくて、クリームっぽい白や、きらきらした白や色んな白が集まった、綺麗なギター。


ギターが到着した途端、イノちゃんの目はギターから離れなくなって。
やっとその手に受け渡されると、初めて会ったはずなのに。愛おしそうに、大事そうに、ギターのパーツのひとつひとつを撫でていく。
そして、初めて爪弾いた音色に目を閉じて。ーーーもう、とけ合い始めているみたいな、彼とギターに。

それを見て、俺は。

瞬く間に、ギタリストINORANの相棒になれた、白いギターに。
ーーーちょっとだけ、ヤキモチをやいた。
















「良かったね、イノちゃん」

「うん」

「すっごく似合ってるよ?」

「うん、ありがと」




帰り道。

イノちゃんは、嬉しい気持ちが溢れて、持て余してる雰囲気があったから。スタジオ寄る?って言ったら、そうしよう!って事になって。
いつも行く、通い慣れたスタジオに向かった。

誰もいない。いつもの部屋に入って、もう夕暮れだったから電気を点けようとしたら。




「隆ちゃん、いいよ。点けなくて」

「え…?」

「だってさ、ほら見て?ーーー窓の外」

「……え?」

「夕陽。ーーーすげえよ」





イノちゃんに言われて、スタジオの窓から外を見る。
すると。




オレンジ色の空。




「ーーーホントだね」

「な。部屋も、オレンジ色」

「電気点けたら、もったいなかったね」

「でしょ?」

「うん、綺麗」

「ーーーコイツも」

「ん?」

「新しい相棒。今、オレンジ色だ」

「ーーー…」

「白だからさ。俺と一緒に、色んな色に染まれるよ」

「………」

「すげえ楽しみ。ーーーコイツと、音楽やってくの」





「ーーーそ…だね」




さっきの。俺の心の中の、小さなヤキモチが、また顔を出す。
だってイノちゃんが、あんまりにも嬉しそうだから。
でもそんなの、言えない。
ギターに嫉妬しました。…なんて。
ましてや、よりによって今日なんて尚更だ。
新しいギターを迎えたばかりのイノちゃんに、言えるわけない。

恋人の喜んでいる事を、一緒に喜べる恋人にならなきゃって。俺は、無理矢理微笑んだ。

…俺って嫌なヤツ。

どうして素直に、一緒に喜べないんだろう。



上手く微笑んでたって思ってたのに。
ーーー失敗してたらしい。

嬉しいんだか、悲しいんだか。きっと変な顔してたんだろう。
イノちゃんはギターを抱えたまま、下から覗き込むように、俺を見た。




「隆?」

「っ …なに?」

「こっちの台詞。どしたの?…なに考えてた?」

「ーーーなんでもないよ」

「嘘つきだね、隆ちゃんは」

「嘘じゃないっ 」

「ーーーーー」

「ーー嘘じゃないもん」

「ーーーーーーーーーーーふぅん?」




イノちゃんは含みのある笑みを浮かべて俺を見ると、立っていた俺の手を引いてソファーに腰を落ち着けた。

イノちゃんの隣で、ちょっと居心地悪く座る、俺。
でもイノちゃんは御構いなしにギターを爪弾いて、夕暮れオレンジ色の部屋に心地よく音色が響く。


知ってる曲だ。




「ほら、歌って?」

「え…?」

「知ってるでしょ?」

「ーーーそりゃ、知ってるけど…」




だって、ルナシーの曲だもん。

今のこの部屋みたいに光がいっぱいのアルバムの。
BREATHE



だいぶアレンジしたこの曲のイントロ部分を弾きながら、イノちゃんはハミングで歌う。
なかなか歌い出さない俺をちらちら見ながら、ほらほら早く。って顔して笑ってる。




歌いたいよ。
だってイノちゃんが持ってきた大好きな曲だもん。
ーーーでも、こんな嫌なヤキモチの感情に囚われたままの今の俺には、上手くなんか歌えない。
曲が可哀想だ。
…ギターも可哀想だ。




“かけがえのない 君に”




「…イノちゃん」

「歌ってよ隆。新しいギターで初めての演奏は、隆が歌ってくんなきゃ意味が無いんだ」

「ぇ…なんで」



イノちゃんだってもう、歌えるじゃない。今ではすっかり、ヴォーカリストとしても存在してるのに。
新しいギターでは、イノちゃんが歌うのが一番なんじゃないの?

新しいギターとの絆を固める、大切な事なんじゃないの?



“ずっと いつまでも”



だって大事な、相棒なんでしょう?




「俺のギタリストとしての本質は、ヴォーカリストRYUICHIと共にあるから」

「ーーーっ…」

「ソロは…まぁ、やりたい放題だけどね?でも、それだって。歌を歌う時、ギターを弾く時、いつも隆の事がどっかにある。…意識してる」

「ーーー」

「この想いがもっともっと隆に届けって歌う。俺のギターで、もっともっと隆の歌が輝けばいいって、ギターを弾いてる」

「イノちゃん…」

「このさ、新しい相棒と。もっと隆ちゃんに想いを伝えたいって思ってるよ?」


「っ …」




オレンジ色に照らされたイノちゃんの笑顔を見ていたら。

俺。

ーーーホントに、なにヤキモチなんかやいてたんだろう…って。やっと気が付いた。


白いギターみたいな。イノちゃんの相棒には、俺はなれないけれど。

それとは違う位置を、イノちゃんは俺にくれているんだ。
なんでこんな大切な事、気付かなかったんだろう。
いつだってイノちゃんは、言葉でも態度でも、示してくれていたのに。




“この歌に すべてを捧ぐ”



「隆ちゃんは俺の大切なひとだから」



オレンジ色の彼の姿が、ゆらゆら揺れて見える。
でも、絶対に涙は流すもんかと。目を閉じて、深呼吸をする。

落ち着いてくる。
新しい空気が、身体を巡る度に。
この曲も、そうじゃん。

切なさも、愛おしさも。
呼吸と一緒に、身体の隅々まで充満させるみたいに。




「俺の大切なひとも、イノちゃんだよ?」




“今 手を重ね”




「イノちゃん弾いて?ーーー歌わせて」

「うん」




イノちゃん。
俺もそうだよ?
イノちゃんのギターの音色が無かったら、意味が無いんだ。
いつだって、イノちゃんを想って歌ってる。
ずっとイノちゃんの音色に寄り添っていたいって、願ってる。





“君のそばで 世界が終わるまで”





「ーーー隆」

「え?…」




目、瞑って。



耳元で囁かれた、イノちゃんの言葉に目を閉じる。
閉じた瞬間に、重なった唇。


愛してるって。
声にならない、イノちゃんの想い。



キスの後の、イノちゃんのめいっぱいの笑顔が泣けちゃうくらい愛しくて。

抱えた白いギターも、誇らしげに輝いて。

そんな彼とギターに負けないように。相応しくあるように。


俺は歌う。

愛を込めて。









end



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