短編集・1












「うーわー…なんだこれ…。すげえな」

「あ!J君いらっしゃい!」

「おー」

「イノは?まだ帰ってねーの?」

「うん!もう仕事場は出たってさっき電話あったからもう少しだよ。J君来たら上がって待ってもらっててって」

「おう。んじゃ、上がるね」

「はーい」













《君に花を贈ろう》












予想より時間かかってしまった。
今日は午前中からスタジオで編集作業をしてたけど、スタジオに着いた途端Jから電話があった。
アイツも今ソロアルバムの制作中。その中で、俺の持ってる機材が使いたいからちょっと貸して欲しいって。今回俺はそれ使ってないから、レコーディング終わるまで持ってて良いよ。っていうのが今朝のJとの電話。




「いつ取りに来る?」

「ん~。出来れば早めに。ホントは明日から使いたいんだよね」

「じゃあいいよ、すぐ用意できるし。俺今日は夕方には帰るから、その頃来いよ」

「マジ?助かるわ」

「ん」

「何時くらい?」

「んとね、寄りたいとこあるから18時半…19時のが確実かな…遅い?」

「いやいいよ。ヘイキ。19時な?」

「あ!でも、いいよ。ぴったりじゃなくても。入って待ってて」

「ん?」

「隆ちゃんいるから。今日はオフだから」

「…隆?」

「そ。隆ちゃんにも伝えとくから。上がって待ってて」




Jの何とも言えない空気を感じつつ。スタッフ来たから、じゃあ夜な。って言って通話を切った。

ーーー初めて知ったわけじゃないと思うけど。
俺と隆が一緒にいること。

どっちかの家って決めてるわけじゃない。その日の気分ってのもあるけど、割と俺の部屋にいる事が、最近は多い。まぁ、今は俺がアルバム作ってる期間だからかな。俺が部屋で曲作って、隆はリビングで自由に過ごすスタイルだ。




( 初めて目の当たりにするから? )




俺と隆の生活を。

メンバー同士としての姿しか見てなかったとしたら。
Jからしたら確かに…。
ちょっと途惑うかも…?




( あんま変わんないけどな )




オンとオフ。
基本的には、俺たちはあまり大きな変化は無いと思うけど。
〝一緒にいる〟ってところがポイントなんだろうなぁ…。




そんな事をつらつら考えながら、最近仕事帰りに立ち寄る、いつもの店に行く。
たまたま立ち寄ったその店で、そのサービスがあるって知った時、俺はすぐ隆の顔を思い浮かべた。
きっと喜ぶだろうなって思った。
そうゆうの好きそうだからさ。
俺が部屋で曲作りに没頭してる時間。ほんの少しの楽しみになってくれたら良いなって思って、もう今日で10日目くらい…?

なんの店かって?

花屋だよ。


はじめに花束の大きさを選ぶ。
大きさは色々だけど、長く楽しめたら良いなって思って、俺は大きなサイズ。花30本分ので選んだ。会計を先に済ませたら、その日から好きな時に1本づつ。好きな花を自分で選んで持って帰れる。
少しづつ楽しみたいってひとや、奥さんへのプレゼントととしてサラリーマンからの人気が高いらしいこのサービス。
はじめの1本のピンクのバラと共に帰宅した俺に、隆は想像以上に喜んでくれた。

そんなわけで。
仕事帰りにこの店に寄るのが、今では俺の日課になってしまった。
前に一度隆と買い物のついでにこの辺に来た時。隆に選ばせてあげようとしたら、俺はいいって首を振った。




「イノちゃんが選んでくれた花を、今日は何かなって待つのが楽しみだから」




なんて。
そんな可愛い事を言われたから。俄然こっちもやる気になって。今では一日の締めくくりの楽しみになった。









「ただいま~」

「あ!イノちゃん、おかえりなさい!」



ぱたぱたと玄関まで駆け寄って来た隆。
にこにこ嬉しそうに、俺の手にあるものを見つけると、手を伸ばして取ろうとする。



「まだダメ」

「え~?なんで?」

「ーーーいつもの」

「あ…」

「はやく」

「…ん」

「ん?」

「ーーーーーおかえりなさい、イノちゃん」



ちょこんと首を傾けて、隆からの〝おかえり〟のキス。
ほっぺたが薄く染まって、当然ながら可愛くて。
だいたいいつも、触れ合うだけでは終わらない。



「ンっ…」

「りゅう」

「っん…ぁ」



ちゅ…っ 。と、最後まで濡れた唇を堪能して。隆がクッタリしたところで抱きとめて、今日の一輪の花を差し出す。
途端にぱあっと笑顔が広がって、もうここで一日の疲れなんか大抵吹っ飛ぶんだ。



「今日はオレンジ色だね!」

「うん。ガーベラだってさ」

「イノちゃんありがとう!今日はもうリビングに一輪挿し用意してあるんだ」



またぱたぱたと元気よくリビングの方へ駆けてく隆。
可愛いなぁ…なんて靴を揃えながら思っていたら。J君!イノちゃん帰って来たよ!って隆の声に続いて、お疲れ~って、奥からのっそりと長身の男が出てきた。
そうだ。
J、来てたんだよな。

ーーあ、もしかして…。




「キス、見てた?」

「~~場所考えろっての」

「だって俺ん家じゃん?」

「そうだけど」

「もう日課になっちゃってるから。ごめんね」

「まぁ、良いんじゃね?」

「そう?」

「お前らが幸せならさ」

「ーーーいいね。それで言うなら、超幸せ」

「はいはい」




少々呆れ顔のJを引き連れてリビングへ。そこにはさっきのオレンジ色のガーベラが、テーブルの上に可愛く飾られている。
それを見たJが首を傾げて言った。




「来た時も思ったけど、花多いな」

「なかなかいいもんでしょ?花に囲まれた生活」

「まぁな」

「隆ちゃんにね、毎日一輪づつ」

「お前…マメだなぁ」

「愛してますからね」

「…はいはい」




仕事部屋から機材を引っ張り出して軽くメンテナンスしてる間に、隆がカレーを作ってくれて。Jも交えて三人での夕食。
ルナシーの5分の3がこんなシチュエーションでいる状態が。なんだか不思議だ。




「ごちそーさん!隆、美味かったよ」

「どういたしまして!J君また遊びに来てね」

「ん?ああ…いいの?」




ちらっと俺を見るJ。
別にいいよ。って思うけど、遠慮してんだろうなぁ。

ーーーそれに、俺がいないところでJと隆が二人きりでいたら…って考えたら。
ーーーだめだな。嫉妬の嵐だ。
仕事は割り切るけど、プライベートは。

俺と隆はもう、恋人同士だから。




「俺がいる日なら来ていいよ」

「ーーーイノお前、変な疑い向けてないか?」

「違うって。Jがどうのじゃなくて、俺の心持ちの問題」

「?」

「手放しで平気でいられる程、まだ余裕無いから、俺」

「…」

「隆のこと、離してやれない。そんくらい、好き」




ぼうっと急速に顔を真っ赤にした隆。その隣で暫くポカンと口を開けてたJは、数秒間の後不敵な笑みを浮かべて。そしてまた。




「いいじゃん?お前らが幸せならさ」




リビングの床に置いておいた重い機材を持ち上げると、Jは笑顔で手をあげて帰って行った。
また遊びに来るからよ!と、言い置いて。









たくさんの花の中で、隆を抱きしめる。
色とりどりの部屋で、隆とキスをする。
華やかな香りの中で、隆を抱く。


ごめんな隆。
俺はもうお前を、離してやれない。

一日のはじめと、一日の終わりを。
花のような笑顔で俺を受け入れてくれるお前を、もう離せない。
失くした瞬間、俺はきっと。
花が飾られていない、冷たいガラスの一輪挿しみたいになってしまう。


ずっと一緒にいたい。
ずっと一緒にいてほしい。

俺ももっともっと努力するから。

側にいて。



俺だけの愛おしい花でいて。










end




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