恋におちる












べったりと張りこんだり、物陰に隠れて…とか、刑事みたいな真似はしないけど。
一日の流れのなかで、それとなくあの郵便局に足を運ぶのが日課みたいになった頃だ。

今日実際、郵便局に用事があって。
その後に予定も入れてる日だったから少し早足で。
カウンターで用を済ませて、サッと出ようとした時だったんだ。




「ーーーーーあれ、もしかして…」

「え、?」



背後から聞いた声が。



「イノラン、さん?」



ーーーーー俺の名前を呼んだ。








長身の、優しげな物腰の。
ゆったりと微笑むのは、忘れたりなんかしない。
ピアニストの彼。
そう。



「ーーーーーーは…」

「こんにちは、お久しぶりですね」

「…は…」

「イノランさん、ですよね?」

「葉山…君」



隆の、音楽のパートナー。








俺はこの後の予定の事も吹っ飛んで(個人的な予定だったからいいんだ!)
目の前に現れてくれた、これ以上無いってくらいの手掛かりの彼を。
ガシッと。
葉山君が目を丸くするくらい、腕を掴んで。
郵便局の中で騒いだりしたらまずかろうと、外へ出て。




「葉山君」

「は、はい?」

「えっと、あのさ」

「はい」

「ーーー久しぶり、元気だった?」

「はい、元気ですよ。ちょっとここのところステージ出演が重なって忙しかったんですけれど」

「そ、なんだ」

「嬉しい事ですけれどね?」

「そうだね」



呼ばれる事が多いと言うことは求められているという事だから。
忙しそうでも充実感ある表情で彼はにっこりと微笑む。

ーーーと、それはもちろん嬉しい事で。
それから。






「ーーーあの、葉山君」

「はい」

「ちょっと、訊いていい?」

「?僕でわかることでしたら」

「多分、葉山君が一番知ってると思うこと」

「ーーーはい」

「…り、」

「り?」

「ーーーー……りゅ、う」

「ーーー」

「隆一、は。元気にしてる?」




俺は上手く言えただろうか?
あの夜から探しているひとの名前。
たったひとつ、名前だけを。
ちゃんと言えたかな。
だって、心臓がばくばくして、壊れそうだから。


葉山君は。
俺の顔をじっと見て。
何かを読み取ろうとしているのか、わからないけれど。
少しの間。
言葉は無くて。
でも。



「元気ですよ。今日はオフ日で、それぞれ別行動でゆっくり過ごしているんですけれど」

「ーーーそ、か」

「あの日からまだこの辺りに滞在していて、」

「そっか」



元気。
まず、それを知れただけで。
俺はなんだか無性にほっとした。

初めての夜に、身体を重ねてしまった俺たちだから。
縋り付いてくれる隆の姿が、あまりにもくっきりと俺の脳裏に焼きついているから。

よかった。

日々忙しく歌ってるいるのだと、それを知ることができて。





「隆一さんに、」

「ーーーぇ、?」



ほっとしている俺を、葉山君は尚もじっと見続けて。
こう、言った。




「会いますか?」




「ーーーーーーーー」






会いたい、と。
即答出来なかったのは、何故だろう。
隆一との再会を渇望した末に、やっと見つけられた糸口に打ち震えたのか。
葉山君の穏やかな口調と表情の奥の、鋭い程の観察眼に気付いたからか。


(どっちだろうな。ーーーどっちもある気がする)


でも、今の俺があの日からずっと願ってきたのは。
隆一との再会。
それにやっと手が届く今、躊躇ってる場合じゃないんだ。




「会いたい」

「ーーー」

「隆に会いたい」



そう、きっぱりと告げると。



「わかりました」


葉山君は、たった今までの射抜くような視線をスッと引っ込めて。
そのかわり俺に向けてくれたのは、初めて出会ったあの店で会話を交わした時のような。
穏やかで優しい、柔らかな微笑みだった。







「夕方には隆一さん、戻ると思います。
それまで少し時間があるので、僕達が滞在しているホテルでお茶でもどうですか?」




郵便局で出会ったって事は、葉山君もここに用があったんだよな。
再び中に入って、伝票をすらすら書きながら俺にそう提案する葉山君。
彼が書き上げたタイミングで俺が頷くと、良かったです。と笑って、カウンターの方へ行った。



「食事当番は今夜は僕なんです」

「当番制なんだ?」

「洗濯は今日は隆一さんで。手分けしてやれば時短にもなりますしね」


節約の為にホテルのサービスはあまり使わないのだという。だからいつもミニキッチンの付いている部屋を選ぶのだとか。
ずっと旅暮らしのこのふたりは、他人に任せるより自分たちでやった方が手慣れていて効率もいいのだろうな、と思った。

郵便局からホテルまでの道沿いの小さな店で、葉山君はパンだの飲み物だの野菜だのをささっと買い求める。今夜はカレー。



「隆一さんはカレーが好きなんです」


メニューに迷ったらカレー。
その時々で具材を変えて、ルーをアレンジして。
葉山君の作るカレー、美味そうだ。



「部屋にコーヒーがあるので淹れますね」

「ありがとう。なんか部屋にお邪魔すんのに手土産も無しで悪いな」

「全然、そんなのはお気になさらず。隆一さん用のお菓子もありますし、遠慮しないでください」

「ーーー隆のお菓子?ーーーあ、そういえば言ってたな」

「え?」

「ステージの前に葉山君とチョコとかナッツ食べるって」

「そんな事まで喋ったんですか〜?隆一さんは」

「それ想像したらなんか可愛いなって」

「ええ〜⁇」

「ぽりぽり食べるってさ」

「ーーーーーー」

「…ん?」



ふと、葉山君の視線を感じて隣を歩く彼を見た。
するとなんだか…びっくりしたような…感心したような…顔してて。



「ーーーなに?」

「ぁ、いえ」

「?」

「ーーーそんな、大したことじゃないんですけれど」

「ーーー」

「隆一さん、イノランさんには色んな話をするんだなぁ…って」

「え?」



葉山君の言葉に思わず立ち止まった俺に、葉山君はゆっくりと手を伸ばして。
ピアニストの、すらりとした指先は、俺の…



「ーーーーーーーそれ、その…イノランさんが着けてる、」


…俺の。
胸元の。
ーーーーーシャツの隙間から見え隠れする、赤い…クロス。

そう。ーーーこれは…


「隆一さんのルビーですね?」


あの日、初めて隆と身体を重ねたベッドの上に。
姿を消した隆一の代わりに残されていた、ルビーのクロス。
それを指さす葉山君は、俺を真正面から見つめて。
真剣なんだけど、慈愛に満ちた。
そんな表情で立っていたんだ。




「隆一さんは、ルビーを落っことしちゃった…なんて、言っていましたが」







ーーーもしもまた出会えたら、信じられそうだって、思ったんだ



ーーー大きな広い深い海の中に、たった一個の宝石を落っことして…



ーーーもしもまた一生のうちに出会えたとしたら



ーーーそれは運命だって







「きっと…イノランさんを、待っていたんです」









「隆一さんは人前ではとても気遣いで、明るくて、気さくで、優しくて」

「ーーーあの店で歌ってた時、周りのスタッフと話してる姿を見た時、俺もそう思ったよ」

「はい。ーーーまぁ、長年の旅仲間の僕にはなかなか我儘だったり変なとこ見せたりするんですけど」

「音楽の大事なパートナーだもんな。遠慮も無いって感じか?」

「はい。ーーーでも、僕は多分…そこまでで。家族みたいなものだと思うんです」



にこっと微笑む葉山君は、落ち着いていて、愛しむ感じで。
それは例えば、家族の団欒のひと時にこぼれ落ちるような微笑みで。
長く一緒に過ごしてきた葉山君だからこそできる、隆を大切に思う表情なんだと思った。





「ーーーーーその、いまイノランさんが着けてるルビー」

「ーーーこれ、?」

「隆一さんは落としたなんて言ってたけれど、そんな事は今までなかった。どんな時だって必ず首から下げていて、その存在を気にして大切にしてきて。特別な物なんです。きっと」

「ーーー特別?…葉山君は、知ってんだろ?」

「ーーーいいえ」

「ぇ、」

「僕はそのルビーに触れた事はありません。ーーー僕には触れることはできない」

「ーーーなん、で」

「そのルビーの秘密も知りません。ーーーただ、これだけは言える。手離す筈は無いんです。隆一さんが、あれだけ大事にしていた宝石だから」

「ーーーーー」

「イノランさん」

「ーーーん、」

「ーーーそれを、」

「ーーーーー」

「それを、どこで手にしたんですか?」

「ーーーこれ、」

「隆一さんが言っていました」

「ーーー」

「ーーーもしも…」




ーーーもしもまた一生のうちに出会えたとしたら



ーーーそれは運命だって






「ーーーーー運命…」









カタ、カチャ…カチ



ーーーパタン







「葉山っちー」



「…ぁ」

「ーーーっ…」





話し込んでいたから気配に気付けなかった。
ドアの方から聞こえたのは鍵の音と、それから。




「ただいまー。なんか疲れちゃって、もう帰ってきちゃった」



「ーーーーーり…」





ずっと、ずっと。
もう一度、聞きたかった声。




「ーーー葉山っちー?」




トコトコと。
無防備な足音はドアを隔てたこの部屋に近づいて来る。
まさかここに俺がいるなんて微塵も思っていないだろう足音の主は、返事のない同居人に首を傾げている口調だ。




「葉山っち、いないの?」



「っ…」


俺は隣に立つ葉山君を見た。
彼は相変わらず取り乱す様子もなく、穏やかな表情でドアをみつめて。
それから。


「会いますか?」

「ーーーーー」

「ーーー会わないのなら、どうにか隆一さんの目を誤魔化します」

「ーーーーー」




会わない?
ーーーーーーーまさか。





「会うよ。その為に、ここへ来た」

「ーーーはい!」

「隆にずっと会いたかった」



あの夜から、ずっと。









ーーー会わないのなら、どうにか隆一さんの目を誤魔化します。


葉山君が俺に言った事を実行したのは、葉山君自らに…だった。
俺と隆の間に、特別な何かがあるのだろうと察してくれたんだと思う。
お邪魔にならないように僕はちょっと部屋を抜け出しますね。

っても、抜け出すったって、どこからどうやって⁈って思った時にはもう葉山君の姿は掻き消えていて。
何ていうか、彼の軽やかな物腰や的を得た物言いは。
俺にとって不思議としか言いようがなくて。
だからこそ、去り際に囁いてくれた言葉が、俺の背中を押した。



「隆一さんは楽しかったって言ってましたよ。あの日の夜」













カチャ。


「ーーーあ、葉山っち、ただい…ーーーーー

「隆」

「ーーーーーー…ま…」

「ーーー隆、」

「ーーーーーーーぁ…」


「おかえり」




あの夜から今日まで、実は大して時間は経っていない。
日数にしても、十日足らず。
ーーーなのに。

隆の姿を見た途端、声を聞いた途端。

懐かしくて、愛おしくて。
気持ちが溢れて、苦しい程。





「ーーーーーー隆、」

「ーーーーーイ…」

「まぁ、その。ーーー久しぶり…」

「ーーー…ぁ、」

「元気だったか?…って、葉山君から聞いた。忙しいんだってな」

「っ…ぅ、うん」

「音楽、大盛況だって」

「ん、」

「よかったな。隆の歌と葉山君のピアノ、めちゃくちゃ素敵だもんな」

「ーーーぁ、」

「ん?」

「ありがと…う」

「ん、」



名前を呼んで。
もっと、声を聴かせて。
俯かないで、俺を。
ーーーどうか、見てほしい。

そう、胸の内で願ったら。




ぱた、ぽたん。


「…りゅ…う?」


ぽた。
ーーーぽろ…



次々と隆の頬を滑り落ちる、涙。
手の甲で拭っても、くすん…と鼻を啜っても。
止まらない涙は、隆の声も表情も潤ませた。



「ーーーイ…」

「ーーー」

「イノラン、」

「ーーーーーりゅ…」

「…イノラ…ン、」


「隆…い…」





堪らず、抱きしめた。



「…っ…ん、」

「ーーーっ…りゅ…ぅ」




腕の中には隆。
俺はぎゅっと抱きしめて。
隆の両手も、俺の襟足で重なって。
視線の下で、赤いチカチカした色がちらついて。
あまりに強く抱き合ったせいか、俺と隆の隙間で、ルビーを繋いでいた華奢な鎖が切れた。




カシャン。




足元で小さな落下音。
部屋の玄関の黒いタイル敷きの床に、ペンダントトップのルビーが落ちた。
その、小さな金属音を聞いた時。
急にだ。
火花が頭の中に散ったみたいに、俺は思い出した。
いつだったか、もう思い出せないけど。
決して近くない過去の事。






真冬の路上。
降りしきる雪。
家路に急ぐ人びとの道の端で、隆はひとりで歌ってたんだ。
あの頃は隆の名前も知らない。
何処から来ているのかもわからない。
通りすがりに時折投げ入れられる硬貨。
カシャン…チリン。
その音がもの悲しくて。
寒さのせいもあるんだろう、立ち止まる人もいなくて、観客ひとりいない路上で歌い続ける隆が寂しげで。

でも。

凛として、不貞る事もなく。
寒さもものともせず。
隆の歌は絶品で。
少し離れた街路樹の側で、俺は結局最後まで聴き続けて。

隆が誰もいない道に向かって礼をして立ち去る瞬間。



「待って」

「…ぇ、」

「ーーー待って。…あのさ」

「は、はい」

「いきなりこんな事言ってごめん。俺の事ももちろん知らないだろうし、初対面なのに何言ってんだって感じだし、いつになるかなんて今はわからないけど、でも」

「ーーー」

「迎えに行くから」

「ーーーーーえ、?」

「君のこと。いつか、」

「っ…」

「君に会いに行く」



ぽかん…と、目を見開く隆に、俺はその時持っていたルビーのクロスを手に握らせた。
白い肌にそれはとても似合うと思ったし。
歌の礼と、再会の時の目印になればと。




「…綺麗」

「君にあげる」

「ーーーーなん、で?」

「ん?」

「見ず知らずの俺に、何で?」

「何で?ーーー何で……かな。ーーーーー」

「こんな…高価な物でしょう?」

「…ん、でも」



実は今日、気に入りの店で買ったばかりのネックレス。
いつもはあまり身に付けない色合いのクロスなんだけれど、なぜか今日はショーケースに並ぶこの赤い石が目を惹いて。
ルビーを選ぶ俺に、珍しいですね。なんて、顔馴染みの店員に言われたりして。

でもそれが、今はこの瞬間に彼にあげる為に選んだのだと思えた。





恋におちたんだ。
あの時、確実に。














忘れてたのは俺。
こんな大切な事。

隆はすぐに気づいてくれたのに。
顔を合わせても、側にいても。
自分であげたルビーの事さえ、頭の端にいってしまっていた。




「ごめん…。今の今まで、俺」

「ぅうん…」

「ーーー本当にごめん…っ…」




一瞬で恋におちたくせに。
迎えに行くって、約束したのに。

ーーー俺は。




「ーーーーーごめんな…っ…隆」



長い年月が…なんて、言い訳にはしないよ。
俺は隆と初めて出会ったあの日のこと、忘れてしまっていたんだ。
ーーー隆はちゃんと、待っていてくれたのに。
目印のルビーを胸に、音旅を続けて…



「謝らないでよ。だって、名前もお互い教えなかったんだし、」

「ーーーでも、」

「何月何日に会いましょうって、そうゆう約束でもなかったんだし」

「ーーーーーっ…」

「今まで忘れていたって、そんなの何も悪くない。イノランは悪いことなんてしてないよ。ーーーそれどころかね?」

「ーーーーー」

「イノランが言ってくれた言葉が、俺を今日まで頑張らせてくれたんだよ。見ず知らずの俺にまた会いたいって言ってくれて、綺麗なクロスまで…くれて」

「ーーー隆…」

「あの日から決めたんだ。本当にまた会えるかわからないけれど。でも、また会えた時に、その時に、より良い自分でいられるように努力しようって」

「ーーー」

「歌うことを絶対に続けていようって」

「ーーー」

「だから、」

「ーーー」

「だからイノラン、」

「ーーー」

「二度目にあの店で会えた時は奇跡だと思った。あの夜にイノランがくれた言葉も、身体を重ねた事も大事にして。ーーーあの夜、言えなかった言葉、もしもまた次に会えたら言おうって決めた」

「ーーー」

「また会えたら、今度は運命だって信じて」

「ーーーーー…」


「あなたが好き」

「…隆」

「イノランが好きだよ」
























切れてしまったクロスの鎖は直してあげる事にして。
再び出会えた俺たちは、今はただひと時も離れたくなくて。
ソファーで寄り添いながら、どちらからともなく、唇を重ねた。

こんな風に触れるのはあの夜以来だ。
最初は久しぶりで、照れてしまって。
掠めるみたいな、啄むみたいなキスだけでどきどきする。
でも涙で濡れた隆の睫毛とか、染まった頬とか。
そんなのを見たら、我慢なんてできなくなった。



「ーーーっ…ん、ぅ」



とさ。


「んんっ…」

隆の肩を押して、ソファーに倒れ込んで。
今度は深くキスをする。
舌先をくちゅくちゅと絡ませて夢中になると、隆の頬に交じり合った唾液が溢れる。
指先で拭ってやりながら、体勢とか苦しいかな?…と思って少しだけ唇を離したら、ぎゅっと隆の腕が絡んで首を振った。



「…ゃ、」

「ーーー嫌?」

「違…」

「ん?」

「ーーー離れる…の、やだよ」

「ん、」

「もぅ、や…」



離さないで…


掠れた声で、そんな風に囁くのを聞いたら。
我慢できなくて引きちぎる勢いで、俺は隆の服をはだけさせた。
白い肩を撫でて、鎖骨に歯を立てて、尖った乳首を吸って。
隆の脚を割り開いて指先で秘部に触れると、そこはすぐに柔らかく俺を誘う。
堪らず俺は勃ち上がった自身で隆を貫いた。



「ーーーーーーぁ…っ…あ…っゃ…ん…」

「ーーーっ…隆……」

「ーーーんっ…ぅ……っ…」

「ーーーーー隆…」

「っ…ふ、」




くすん…くすん…
喘ぎの隙間で隆がまた涙を流す。
でもそれは、悲しいものじゃないって知ってる。
満たされて、幸せだって思ってくれて流す涙。



「…んっ…ーーーき…」

「ぁ…隆っ…」

「ーーーっ…好…」


そう捉えていいよな…ーーーーー?





















あとで隆が聞かせてくれた事だけど。
例の差出人不明の作曲依頼の手紙は。



「俺が送ったの」

「ーーーなんとなく、そんな気がしてた」

「ほんと⁈」

「や、絶対的な確信は無かったんだけど。あの時の俺の人探しは同じ人物を追ってるんだって、そんな感覚があったんだ」

「ーーーすごい」



情事の後の裸にシャツ!なすごい格好で感心した様に微笑む隆。
でも何で名無しで依頼したんだ?って聞いたら。



「…謎かけみたいな…ごめんね。でも、俺のあの曲を知ってるのはイノランだけだから。イノランにも、あなたにだけ聞かせるねって、言ったと思ったから」

「ん、」

「ーーー俺はまだここにいるよって、あの夜聞いてもらった曲のあなたの答えを聞かせてほしいって、伝わったらいいなって思ったの」

「ーーー答え?」

「ーーー叶わない恋歌。ーーーその、」

「こたえ」

「…ん」



ちらり、と。
隆は赤らめた頬で俺を見る。
答えを待ってる。
ーーーでもさ。


もう、知ってるだろ。俺からの答えなんて。



〝叶わない恋ならば いっそ 海の底に 沈んでしまえばいい〟



だったらさ。




「もっと沈めばいい」

「…ぇ、」

「俺と、隆と。ふたりで」

「ーーー沈…む?」

「そう、ふたりでだよ」



ふたり一緒なら、怖くないだろ。
光の届かない場所でも、手を繋いでいればいい。




恋の海の、深海まで。







end




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