beautiful world.and…













見上げる空には月と星。


遠く離れた街の明かりはここへは届かない。
何処でもいいんだよ、というリュウイチの言葉を受けて。
それもそうだ、と。
自分も同じだと。
イノランは頷いて。
その日の夜を明かす場所は、林をもう少しで抜ける草原の片隅に決めた。
そのあたりでは一番手頃な大きさの…ひとふたりが身を寄せ合うのにちょうどいい岩陰と。
細い茎の先にふわふわと白い綿毛の種子をつけたまま立ち枯れた下草の続く大地。
夜の岩陰にくっ付いていると、まるで真綿の上にふたりで寝転んでいるように思えた。










「ーーーリュウの髪、くっついてる。ふわふわ」

「ぇ、?」

「寝転んでたもんな?綿毛の上でさ」

「っ…だっ…ーーーて、」

「くくくっ」

「ィ、イノちゃん…が、」




顔を真っ赤にして、意地悪を言うイノランをキッと睨むリュウイチ。
睨むと言っても、イノランにしたら可愛いだけで。
リュウイチが真綿だらけになっているのも、そもそもはイノランの所為…お陰なのだ。





〝ーーーっ…ぁ、あっ…〟

〝んっ…〟

〝ーーーーー…ゃ…ぁん…〟



〝…ィ…ノ…っ…〟







つい先程までのリュウイチの声がいまだ耳に残って。
イノランはつい思い出して笑みを溢す。

見上げる空の月と星しかいない場所で。
イノランは優しく真綿の上でリュウイチを抱いたのだ。







「ーーーちょっとイノちゃん」

「ん?」

「…カオ」

「ーーー」

「緩んでるよ」

「ーーーーーそりゃあさ」

「なに?」

「リュウちゃんのアノ時の姿を見せられたら…」

「っ…」

「仕方ないだろ」

「っっ…!…」

「可愛くて」

「っっっ…!…」

「どうしようもない」



だから仕方ないんだよ、と。
イノランは笑った。







ーーーそんな夜のひと時を過ごして。
夜も深くなれば気温も下がって肌寒くなる。
リュウイチはもそもそとイノランに擦り寄って、イノランもそんなリュウイチを抱き寄せた…ーーー。
そのしばらく後に。








もう眠ってしまったと思っていたリュウイチが、ぽつり。
小さな声で呟いた。







「ーーーねぇ、イノちゃん」

「ーーーん?」

「あのね、この…」

「?…」

「俺たちのクロス。五人お揃いのクロスね、」

「ーーーうん」

「どう…したら、引き合うんだろう」

「!」

「ーーーーーまた、もう一度会いたい時、このクロスが光るんだよね?ーーーそれって、どうやるんだろう?」

「ーーーリュウちゃん」






「会いたくなっちゃった…ーーーーーみんなに、」










再会の日を報せる目印。

皆の持つ、それぞれのチカラを持ち寄った。

スギゾーの着けていた魔法石のピアス。
シンヤの仕事道具の研磨用の砂鉄。
イノランは愛剣の柄にはめ込まれた青い石。
リュウイチはフェアリーの光の粉。

それをJが錬金術を駆使して。
ここにある物だけを使って、ここには無かった物に作り上げた。


ーーー五つのクロス。








「これが引き合った時、それが再会を報せる時なんだよね?」

「そうだな、これが唯一の目印だ」

「…うん」

「会いたいって強く願う事が力になるのかな…。でも五人揃いのクロスなんだから全員が同じ想いにならなきゃ…」

「…引き合わないのかもしれないね。俺たち二人だけが願っても仕方ないのかも…。そう考えると結構難しいのかな」

「会いたいって思っててもすぐに動ける状態にないメンバーもいるだろうし。特にシンちゃんなんて店再開してたら…」

「シンちゃんの道具屋さん大人気だから大繁盛ですぐ来られない⁉」

「ーーーっていう可能性もあるよな」

「うん…。ーーースギちゃんも新しい場所でお家建てちゃってたら…」

「新しい庭でガーデニング始めてたら…」

「J君は?」

「Jは…まぁ、アイツもよくバイトしてるしなぁ…」

「新しいお仕事始めてたらすぐに来れないよね…」

「うーん…」





ふぅっ…

二人は空を仰いだ。

会いたいと願う事は幾らでもできるけれど。
しかしそれをいざ実行しようと思うとき、それが難しいこともある。
それが人数が多ければ多いほど、遠ければ遠いほど。
それぞれが抱える状況は様々だから。








「ーーーーー」

「そう考えるとさ、」

「…ん?」

「あの五人での旅って、本当に奇跡だったんだって思える」

「ーーーーーん、」

「色んなタイミングが上手く絡み合って、それでできた旅」

「うん」




だからこそまた会いたいと思う。
難しい事は承知の上で。
また会おうと、約束したのだから。








「ーーーーーーーイノちゃん、」

「え、?」

「ーーーちょっと、力を貸してくれる?」

「…リュウ?」



しばらく夜空をじっと見上げていたリュウイチが、寝転んでいた真綿の中から起き上がって。イノランを呼んだ。

パサッと広がるフェアリー羽根。その軽い羽根の起こす風で、真綿がふんわり辺りを舞った。




「どうした?」

「イノちゃん」

「ん?」

「難しいかもしれないけど。でも。ーーーやっぱり俺はまた皆んなに会いたい。何処にいるのかわからない皆んなを探すって、難しいかもしれない」

「ーーー」

「でも、ちょっと考えがあるの」

「ーーー考え?」

「うまくいけばいいなって思う。それにはイノちゃんと一緒に力を使わないと、」

「いいよ。もちろん!」

「っ…ありがとう」



パッと破顔するリュウイチ。
嬉しそうにぱたぱたと羽根を動かすものだから、無意識にふわりと身体が浮いた。
ーーーそれをイノランが繋ぎ止めて、腕の中に捕まえて。


「リュウ、それはどんな事?」




腕の中で悪戯っぽい笑みで見上げるリュウイチに、イノランは問いかけた。











〝このクロスは皆んなの色んな…欠片でできている。
イノちゃんは剣の飾りの宝石で、俺はフェアリーの光の粉。
ーーーだからね〟






こしょこしょ…



「あ、!」

「ね?上手くいくかなぁ」




耳元でリュウイチが教えてくれた事に、イノランは成る程!と、頷いた。





「俺のフェアリーの粉をぎゅっと集めて塊にして…」

「ああ、」

「高ーく!空の上までそれを飛ばして、そこでそれが飛び散ったら…」

「!」

「パッと、光が遠くまで届くかなぁ…って」

「それって、」

「遠くにいる皆んなにも見えるかなぁ」

「打ち上げ花火ってのに似てる」

「ハナビ?」

「ああ、そうだよ。旅の途中で見たことがある。ーーーすげぇ華やかで、綺麗で」

「ん、」

「ーーーきっと遠くまで見えるよ」




そんなリュウイチの提案に、イノランはすぐに賛成して。
俺は何を手伝えばいい?と。



「イノちゃんがいてくれなきゃ俺はできないんだ」

「…俺?」

「ーーーイノちゃんの剣。それに触れると力が湧くの」

「!」

「イノちゃんが側にいてくれたら、光の粉をたくさん集められそうな気がするよ」

「ん、わかった」



いいよ。
そう言って、イノランは鞘におさまっていた剣をシャラ…と抜いて。
それをリュウイチに持たせてやった。


ズシ…と、心地いい重みにリュウイチは目を細めると、刃先に装飾された細かな彫りをそっと撫で。




「イノちゃんの剣だから、俺も好き」

「リュウ、」



イノランの見つめる前で、羽根を広げてはためかせた。

七色の光の粒子が、眩しいくらいに集まってきた。














ふたりは夜空を見上げる。

イノランの剣に触れて漲るほどの力を得たリュウイチは。
フェアリー羽根をふるわせて光の粉を空に打ち上げた。

ーーーそれが今、空に散ってパラパラと光を振り撒き、夜空を七色に照らしている。









「ーーーーー星とも違うな。…この光」

「フェアリーの粉は周りの色彩を反射させて光るんだよ。だから一色じゃないの」

「すごいな…。いつか遠くの街で見た打ち上げ花火も綺麗だったけど…」

「ぅん?」

「ーーーーーリュウの花火、最高だ」

「ーーーふふっ」




よかった。皆んなにも見えてるかなぁ…

そう言いながら、リュウイチはイノランに褒められた事が嬉しくて。傍に立つ彼の左手にそっと指先を絡ませた。
それにすぐ気付いたイノランも、同じように。

瞳に七色を映しながら、リュウイチは微笑んで呟いた。





「見てるさ。アイツらも、きっとな」




イノランも、ひと時も空から目を離さずに頷いた。

















翌朝。

まだ空が白んでいる内にふたりは出発した。
朝のひんやりした空気はフェアリーを生き生きとさせ、イノランの抱える剣も凛と冴えて喜んでいるようだ。
今日は林を抜けて、その先の街まで行く予定をたてていた。
イノランの鞄から取り出した朝食代わりのキャンディをころころと舐めながら。リュウイチはツイ…と空を飛んで向かう先の街を眺めた。





「大きな街だね。ーーーーーひともたくさんいそう」

「ここらじゃ一番大きな都市だよ。海が近いから貿易も盛んで物もたくさんある」

「ーーーそ、なんだ」





「ーーーーーー」




ふわふわと、リュウイチはその宙に浮いたまま立ち止まって。
早朝の霞む空の先の街をじっと見つめた。






「ーーーーーリュウ、?」





あまりに長い間リュウイチが降りてこないものだから。
イノランは見上げてリュウイチを呼んだ。

ーーーすると。







「ーーーーーねぇ、イノちゃん」

「ん?」

「ーーーーー」

「ーーーーーリュウちゃん?」

「あの街…。ーーー」

「ーーー」

「ーーーーーー行かなくても、いいかな」











あの街へは行かなくてもいいかな…



そんなリュウイチの言葉。
それはつまり、リュウイチはあの街へ行きたいとは思っていないという事だろう。


何故?と、イノランは率直に思った。
これまで、この旅を始めて。
イノランの密かな旅のテーマとして、リュウイチにたくさんの初めての物や場所を見せてあげたい、というものがあった。(リュウイチには言わないが)
フェアリーは森の奥で仲間と共に一生を送る。
フェアリーという存在の希少性、飛び抜けた治癒力など。それを目当てにフェアリーを狙う者は多いから、森の奥でひっそりと暮らすのだ。

ーーーその中でリュウイチは例外中の例外で。

森を離れ、仲間と離れ。人の前では羽根を隠し、力を隠し。
同族ではなく、人間に恋をした。
危険にさらされる事も厭わずに、好きになった人の側を選んだのだ。

だからこそイノランはリュウイチに見せてあげたかった。
きっとまだ見知らぬ広い世界。
森とは違う自然。フェアリーではない人々の暮らし。
何か危険が迫れば必ずリュウイチを守ってみせると誓って、イノランはリュウイチを連れ出したのだ。



ーーーしかしリュウイチはそうではないのだろうか?

そんな不安に似た懸念がイノランに湧き上がる。
こうしてリュウイチを連れ出したのは自己満足だったのか?
ーーーリュウイチは望んでいなかった…ーーーーー?




なんて返せばいいのかと、つい言葉に詰まったイノランにリュウイチが言ったのは…
思いもよらない言葉だった。







「ーーーあの街は、あんなに大きいから…」

「ぇ、?」

「ーーーーーーー人もたくさんいるんでしょう?きっと、朝も昼も夜も、関係なく」

「ーーーまぁ、」

「ーーーーーーーーーーーーーそしたら…さ?」

「…リュウ?」

「できなくなっちゃう…堂々と。ーーーーー手、繋ぐのも。ーーーぎゅっ、て。好きな時に、イノちゃんにくっつくのも…」

「っ…」

「ーーーだから…それなら、」

「ーーー」

「このまま街の外を進むほうが…」

「ーーー」

「ーーー嬉しい…な。…って」






ほわん。

最後にはついに俯いてしまったリュウイチの頬は、恥ずかしそうに赤く染まっていた。













ーーーと。
そんな訳で。

大きな都市に着く、その前に。
そんな一件があったものだから。
イノランはもう、流れ流れる旅暮らしは一旦やめにして。
リュウイチが望む、静かな場所で二人での時間をもっともっと増やそうと。(イノランだってそれは大歓迎な事だったし)
遠くに街の灯りがぽつりぽつり見える、林の中の陽当たりの良い丘の上。
そこに二人の家を構える事にしたのだ。





「一緒に住もう。一緒に暮らそう。家はこれから建てるけど、この静かな場所でさ」

「っ…一緒、に?」

「そうだよ。リュウと俺の家。ーーー林の木を組んで家を作ろう。スギゾーみたいに庭を作ってもいい。俺たちの好きなように作るんだ」

「わぁっ…」

「ーーーまた旅に出たくなったら出ればいいしね。そしたらまたここへ帰ればいい。俺たちの帰る場所を作ろう。俺たちの場所を作れば、アイツらをここへ招待する事もできるよな」

「みんなを⁇ーーーうん!」

「ーーーーーだからさ、リュウちゃん」

「ん?」





イノランはこれから家を建てる予定地の……小さな色とりどりの花が咲く野原の上で。
プチン、と。青い小花を一輪摘んで、その茎をくるりと器用に結ぶと。





「リュウ」



花々の上で、ちょこんと座る美しいフェアリーの前で跪く。
きょとんとした瞳が見つめる前で、イノランは彼の白い手を掬い上げて…唇を寄せた。



「俺のものになってください」

「ぁ…」

「俺はリュウのものになりたいから」

「っ…」

「ーーー指輪は…ごめん。今は用意がないから…」




今はこれで、許してな?
そう言って。
イノランは青い花で作ったリングをリュウイチの左手薬指にそっと嵌めてやった。




「イノちゃん…」

「あとでちゃんと本物をあげる。ちゃんとリュウを幸せにする」

「…ぁ、」

「してみせる」

「ーーーっ…」




「リュウちゃん、」

「ーーーイノ、」

「結婚しよう」



イノランは落ち着いた口調だったけれど、指先が少し震えているのに気が付いた。
イノランだって緊張している。
だって相手が一番好きなひと。
失敗はできないから。


リュウイチはイノランのことと、指に嵌まる青い花を交互に見つめて。
どきどきと、胸が高鳴るのを感じて。
それから、視界が揺らいで目元が熱くなるのを感じて。
言葉が詰まってうまく声が出なかったから。


コクン、と。

頷く事で返事した。
青い花に、ぽつんと光る雫が落ちた。















ピーロロロ







「お、なんだ?」

「鳥…」



朝。とある街の、借りている小さな部屋の戸口で起き抜けの水をぐーっと飲み干していたJ。
そこへ…だ。
見慣れない一羽の白い鳥が、Jの頭上でくるくる旋回したと思ったら舞い降りてきて。
人懐っこく肩に止まると…



ぴぃ、ぴぃ!


しきりに鳴くものだから。
Jは?と思いつつ、その鳥をジッとみた。


「ん?なんだお前…。脚に、」



小さな脚に小さな紙片がリボンで括り付けられているのを見つけて、Jはそれをそっと外した。嫌がんないなぁ、お前。なんて言いながら。

広げると…真っ白で。
ますます⁇なJだったが。




「あ、?」



しばらくすると…だ。
ふわり。
七色の羽根の模様が紙の上に浮き上がって、それは宙で漂って。


「…これ、」


宙に、文字がすらすらとひとりでに線を走らせた。
ーーー何かの呪術か魔法だと思ったが。

誰の?と思ったのは最初だけで。
文の内容と、その七色の光ですぐに理解した。




「ーーーアイツら、か!」



Jの脳裏に、懐かしい顔が浮かぶ。
一緒に旅立って行った、イノランとリュウイチの。



「…元気にしてっかな」



顔を綻ばせながら、その七色に光る文字を目で追った。







〝先日の光の花火、見てくれた?

久々にメンバーで会いたいなって

みんなどう?
(この手紙みんなに送ってるから)





イノラン&リュウイチより





追伸




集合場所、よかったらここへどうぞ

俺たちの新居
リュウのパワーアップしたフェアリーの光の粉を同封するから、触れればここへひとっ飛びだ





俺たち結婚しました














「………………は、」




結婚しました




「ーーーーーはぁぁぁっっ…⁇」








Jの絶叫が。
早朝の街に響き渡ったのと同じ頃。

この広い世界の二つの場所でも。




懐かしい顔ぶれが、驚きと歓喜の声をあげていた。




beautiful world.
再会の日は、すぐそこに。












end







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