beautiful world.and…













剣士のイノラン
フェアリーのリュウイチ
錬金術師、ジェイ
魔術師、スギゾー
そして、鍛治職人のシンヤ


彼らが出逢ったのは偶然だったが、いつの間にかその出逢いは必然だったと思うようになって。
五人で初めての旅を続けて、最初の目的地の海に辿り着いて、そこで約束を交わして再びそれぞれの道を進み始めた五人(イノランとリュウイチは一緒、だが)。

いつか何処かで、五人での再会を約束した証。
皆で揃いの胸元に揺れるクロス。
それが光り輝き引き合う時、再び五人は再会する為の旅に出るのだ。

音楽で結ばれた五人。
再会までの間、皆それぞれにその道を突き詰めるのだろう。






ーーーそんな日々の中で。
共に同じ道を進んで行くことを決めたイノランとリュウイチだけれど。
…イノランは少々…。ーーーどころか、かなりだ。
深刻な事態に陥っていた。





二人は決まった居は構えずに、旅暮らしを続けていた。
魔術師スギゾーのようなこだわった家や庭も憧れたけれど。
色々なものを見てみたい!というリュウイチの希望や、元々旅が好きなイノランだったから。ひと所に留まる暮らしはいつかのお楽しみにとっておいて。
今はふたり、流れ流れる旅人だ。




ーーーの、その途中。
海の街を越えて、小さな町をいくつか通り。
美しい林が続く平原の、ポツリポツリと民家が点在するこれまた小さな町に着いて。
元々深い森の奥で暮らしていたフェアリーだから。静かで綺麗な木々の景色をいたく気に入ったリュウイチに合わせて、それじゃあここでしばらく過ごしてそれからまた旅に…と、借りた小さな小屋でホッとひと息ついた頃だ。




「…イノちゃん、ごめん」

「ん?」

「ーーー疲れたのかなぁ…。なんか…ちょっと、」

「ーーーーーどうした、リュウ。具合悪い?」

「悪くはない…と思うんだけど…。ーーーちょっと、」

「リュウ、?」




少ない荷物の荷解きをしていたイノランの肩口に、コテン…と身体を預けたリュウイチ。
ーーーどこか気怠そうに見えて、イノランは作業の手を止めてリュウイチを抱きしめる。


熱?と思ったが、そうでもない。
触れた額は穏やかなものだ。
ーーーということは…。




「ずっと歩き通しだったもんな。やっぱり疲れたんじゃないか?少し休みな」

「ーーーん、」



コクン…と力無く頷くリュウイチに、イノランはますます心配になる。
イノランはリュウイチを抱き上げると寝室のベッドに寝かせてやった。
シーツだけは新しい物に変えたが、しばらく無人だったこの小屋のベッドは少しだけ埃の匂いがした。




「ーーーーー」



イノランはベッドの傍らに腰掛けてリュウイチを見つめる。
心配だった。
元気に笑って、空をひらりと飛び回る姿ばかり見ていたから余計に。

ーーーしかし今は、背に生える七色のフェアリーの羽根も元気が無い。




(疲れだけ?ーーー本当にそうか?)



イノランは表情を曇らせる。

リュウイチは大切なひと。
仲間とか、友達とか、それ以上にだから。
一目惚れして、好きになった、そんな存在。



誰よりもかけがえのない存在。
そのひとの突然の不調。

イノランは、リュウイチの側を離れられなかった。








「…ごめんね、イノちゃん」





ベッド横たわったまま、リュウイチは済まなそうにイノランにそんな風に言った。




「リュウ、」

「すっかりイノちゃんに看病…してもらっちゃって」

「いいんだよ」

「…でも」




ベッドの傍らでリュウイチをじっと見つめながらイノランは言う。

済まなそうになんて、して欲しくないし。
遠慮なんてものも不要なのに。…と、イノランはリュウイチの髪に触れた。




「ーーー俺とリュウが初めて出会った時、覚えてるか?ーーー俺は森の中で足止め食っちまってさ。ぶっ倒れているところをリュウが助けてくれた。その後も看病してくれてさ、煎じ薬作ってくれたり…」

「そう、だったねぇ、」

「ーーーーーあれがすげぇ嬉しかったし、リュウに惹かれる一因にもなったし…」

「ん、」

「だから、ありがとう。今回は俺がリュウに付き添う番。ーーー早く良くなってな」

「っ…」



優しく微笑みを向けるイノランに、リュウイチは思わず視線をずらしてしまう。
ーーー照れ臭くって。
タオルケットをぎゅっと引き上げると、リュウイチは顔を隠してしまう。

ーーーそんな風に微笑まないで…と唇を噛んだ。




(…俺以外…には、)




自分以外の人にはそんな顔しないでと。リュウイチはそんな風に思った途端に慌てて首を振った。
なんて自分本意だろうと。







「ーーーーー少し、眠るね」




これ以上起きているとまた何か思ったり口走ったりしそうだと、リュウイチは目を閉じた。
眠って、少々散らかった気持ちを落ち着けたかった。




「ん、それがいいな」

「ぅん、」



「おやすみ、リュウ」




そっと、羽根にイノランが触れた気配がした。
撫でてくれたのだと思うと、気持ちよくて。
安心できて。

リュウイチは小さな声で、イノランに言った。





「おやすみなさい」












おやすみなさいと言って、眠りに就いたリュウイチは。
コトン…と、電池が切れたように。
翌日、目を覚まさずに。
その夜も、その翌朝も。

いくつめかの夜を迎えても、リュウイチは目を覚まさなかった。








「人間ってのは、たった1つの心配事でも何にも手がつかなくなるし。気もそぞろになるし。ーーーそんなもんなんだな」




イノランは、すっかり居場所の定位置になってしまったベッドの傍らの古びた椅子に腰掛けながら、ひとり呟いた。
語りかけるのは、今も眠り続ける最愛のフェアリー。
飲まず食わずのこの状態は、今日でもう三日目だ。
食物はさておき、水分だけは摂らなければならないだろうと。イノランは日に一度はリュウイチに水を飲ませた。
眠っている者にグラスで与えるのは難しかったが、しばらくリュウイチの寝顔を見つめる内に自然と唇を寄せていた。
イノランの口に含ませた水を、口移しで飲ませる。



…コクン。



白い喉が緩やかに動くたび、イノランはぼんやり思う。
ーーー他の誰にも御免だ。
リュウイチをこうして看病するのは…と。

自分だけでいい。

眠り続ける今のリュウイチにしてやれる事なんて、実はごく僅かだけれど。
それでも、リュウイチを守るのは自分だけでありたいと。
イノランは、リュウイチの手に触れた。




〝イノちゃんの剣に触れると安心する〟




いつだったか、まだ五人連なって森を進んでいた時にリュウイチが言った言葉がある。
休憩中に木に立て掛けて置いていた愛刀に。
少しだけ触ってもいい?とリュウイチに問われて快諾した時の事だ。
遠慮がちにそっと指先で触れる。
最初、鞘の装飾に触れていたリュウイチだったけれど。イノランが少しだけ鞘から抜いて見せると、その銀色の刃の部分に見入った。


その時の言葉。
イノランの剣は清々しいと。
禍々しくない。
触れるだけで、気持ちが落ち着くと。
そう言ってリュウイチは惚れぼれと微笑んだものだ。





「ーーー剣は剣なんだけどね、」



妖獣と闘ったり、悪漢を脅すために使ったこともある。
綺麗なエピソードばかりではない。
それなのにリュウイチは良いという。
イノちゃんの大事にしてる心がはいってるのかなぁ。とも言っていた。




「でも、御守になってるかな」



リュウイチと共にいる上での、リュウイチを守る力のひとつ。
イノランの繰り出す剣技の届く範囲にリュウイチを置けば、外敵を一切入れない自信を常に。




「ーーーーーでもさ、」




「眠り続けるお前がどうしたら目覚めてくれるか…」


「それはわからないよな。ーーーーー剣の力だけじゃさ」





それが歯痒い。
見守る事しか出来ない今が、無性に。






〝ここにいてくれるだけでいいんだよ?〟




そんなリュウイチの声無き声に、イノランは気付けないでいた。








イノランにとって、その数日間のなんと長かったことか。
一時間が一日。
一日が一週間…。いや、もっと気が遠くなりそうな日々で。
それでも待つ以外ができない日々で。

ーーーしかしその瞬間は唐突に訪れたのだ。



キッチンに置いてあった銅製のケトルで湯を沸かし、ここへ来る途中の街で買った豆でコーヒーを点てる。
ベッドとキッチンを往復する日々を送っていたイノランにとって、ゆらゆらと揺れる湯気を眺める時間は何故かホッとした。

誰かに付き添う時間は知らず知らずに気が張るのかもしれない。ーーーそれが大切なひとであればある程…だ。


ーーー最悪の事態だって、無いわけじゃない。それは誰にもわからないのだから。







「ーーーっ…」



ダンッ‼



つい、だ。
煉瓦製のキッチン台に、荒々しくコーヒー缶を置いてしまった。
何もできない自分に、苛立ちがつのる。
しかし飛び散ってしまったコーヒー豆を見つけ、イノランはハッとして苦笑した。


(…八つ当たりもいいとこだよな)



ため息を吐きつつ片付けをして、淹れたてのコーヒーを持って再び寝室へ向かう。




トントン、と。
自分の靴音を聴きながら、見慣れた寝室のカーテンを開けると…だ。







「ーーーーーぇ、」




寝室の窓から差す光を受けて。
逆光の中に人影がひとつ。
ーーーなんて、誰か?なんて、ひとりしかいない。

ベッドの上に身体を起こして。起きたての、なんだかぼんやりした様子でこっちを見る相手。




「ーーーリュ、」



七色の羽根をふんわりと広げた姿。




「リュウちゃん…?」













かろうじてコーヒーを取り落としたりせずにテーブルに置くことができた。
でもその間も視線は目の前から外す事ができない。
だって待っていたから。
心配して、気持ちそぞろで。
この瞬間を。





「ーーーリュウちゃん、」

「ーーー」

「っ…よかった、」




ベッドに歩み寄りながら、どっか変なとこないか?と声掛けして。
じっと見つめてくる恋人の姿に特に変わった様子も見受けられず…。
イノランははホッとひと安心した…ーーーーーーーーー時だ。






「ーーーーーぇ、」





イノランはその変化に気が付いた。
リュウイチの背に生える七色の羽根が今までと違う。
今までだって綺麗な羽根だったそれが、今は従来の羽根に添えられるように新しい羽根が出来ていて、レースみたいに光を透かしている。




「ーーー成長…?ーーーリュウ、どうした?」

「…ぇ、?」



言われたリュウイチ本人は、まだその変化に気付いていないようで。ぽかんとした顔でイノランを見る。
だからイノランは、その新しい羽根にそっと触れて。
見てみなよ、と。指し示した。




「フェアリーの事って、俺は全部はわかってないけど…。リュウ、新しい羽根があるよ?」

「ーーー新しい、?」

「そうだよ。すげぇ綺麗なの。今までだってそうだったけど、もっとすごいよ」

「ーーー!」



くるっと振り返って、リュウイチは自身の背を見た。
そしてここでようやく目を丸くして、その頬を紅潮させた。



「…ほんとだ。ーーー何で?」

「え、リュウも知らないのか?」

「うん、新しい羽根が生えるなんて。ーーー見た事ないし…聞いたことも」

「…そうなんだ」



という事は手放しで喜べないのだろうか…と。イノランはちょっと思う。
もっと綺麗で、大きくなった羽根ならば。
リュウイチはさらに高く遠くに飛べるのかと喜びの気持ちもあったのだけれど。
ーーー前例ない事ならば、ある程度慎重にならなければならないのかもしれない。





ーーーけれど。






「リュウはさ、嬉しい?」

「え、?」

「新しい羽根」

「ーーー」

「俺は嬉しいよ。リュウがもっと綺麗になって、進化してるみたいで」

「ーーーイノちゃん…」

「心配か?」

「っ…」

「ーーー心配?」

「ーーーーーーーーーーーーーちょっと…だけ」

「ん、そっか」

「…でも」

「ん?」

「平気。ーーーイノちゃんがいてくれるから」

「ーーー」

「どんな事もね、怖くないんだ」



にっこりと微笑んで。
ボリュームが増してふんわりした羽根をパッと広げたリュウイチ。
そして。




「ーーー似合うかな。ーーー新しいの」




気になるのか、ぱたぱたと羽ばたかせると。
光の粉が辺りにきらきらと散った。

そしてやはりイノランは、それに見惚れてしまうのだ。





「あたりまえだろ。ーーーリュウだけだ」

「ーーー」

「あの森で一番、俺の中で一番だ。今までも。この先も」

「ーーーん、ありがとう」

「リュウだけだよ?」

「ぅん、」




抱き寄せると、ふんわりした羽根がイノランの頬をかすめた。
なんともいえないいい匂いは、清々しい森の匂いにも、朝方の海の匂いにも、やはり愛おしいフェアリーの甘い匂いにも思える。
どちらにせよイノランにとっては目眩がする程魅力的で。
抱き寄せたまま、そのまま…



こつ。


額同士、重ね合って。






「ーーー今さらだけど、おはようリュウちゃん。ーーーよかった」

「ーーーごめんなさい、心配かけて」

「いいよ。リュウちゃんが元気に起きてくれたんだから」

「ーーーん、」

「ーーー本当、」

「っ…ん、」

「よかったよ」






ずかさず、リュウイチがなにか言う前にイノランは唇を塞いだ。
心配して待ち焦がれている間に募らせた想いを届けるように。
深く何度も角度を変えながら、二人は目覚めのキスに溺れていった。










数日間過ごした家を出ると、ふたりはまた歩き出す。
目的地は今のところは設定していないけれど、実はそろそろ…とお互い言わないけれど思っていることがあった。



またメンバーに会いたい。



いまは彼らもそれぞれに忙しく過ごしているだろう。
何処へ散って行ったのか探しようのない今は、出会うのも容易ではなさそうだ。

ーーーけれども、時折無性に恋しくなる。
あの五人での旅は、それほどに楽しかったし、忘れられない日々だったのだ。




ーーーとは言え。




「リュウちゃんとふたり旅って最高の贅沢って感じだよ」

「…大袈裟だよ。それを言うなら俺もそうだよ。イノちゃんとふたりきりで」

「ん、?」

「ーーーあのね、すごく」

「ーーー」

「幸せなんだよ?」



ーーーという事を惜しげもなく言ってくれるリュウイチだから。
イノランは五人揃いのクロスを眺めつつも、リュウイチの手を繋ぐ事に満足していた。ふたりきりだからこそ、周囲に過度の気配りも不要でいられる。
恋人同士になれた今、何処ででも愛を育みたい気持ちがあるからだ。



歩きながらイノランはリュウイチの耳元で囁いた。



「今夜はどうしようか。何処かまた宿場を探すのもいいし、」

「でもお金勿体無いよ。数日間さっきのお家も借りてたんだし…」

「金なら大丈夫だよ?」

「ーーーっ、そ…だけど。ーーーでも、」

「ん、?」

「ーーーーー何処でいいの。…ほんとは」

「ーーー」

「…イノちゃんと、一緒なら…」

「ーーーリュウ、」




一緒ならなんでもいいと、このフェアリーは笑う。
その言葉に潜む最上級の愛情を感じて、イノランは道行くリュウイチの視界を塞ぐように唇を重ねた。



「っ…ィ、」

「いいよ。俺もそうだ」

「ン…ッ…」

「ーーーお前がいればいい。ーーーだから、」




今夜は何処で愛し合おうか?


キスの合間のイノランの言葉に、リュウイチは嬉しそうに頷いた。






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