beautiful world.












音旅。

音楽を探す旅。
新しい音楽と出会う旅。
気心知れた仲間と、制限もなく、自由に。

ーーーしかし音旅と言っても、漠然と闇雲に彷徨っていてもなかなか先へは進めない。
しかも多種族のこのチーム。(まだ名前は決めてない)
全然眠らなくても平気な者もいるし、決まった時間になると電池が切れたように眠くなる者あり。
やたら体力がある者もいれば、すぐ休憩と言って休みたがる者。
ひたすら黙々と道を進む者もいれば、すぐにひらりと飛び回る者もいたり。
さらには僅かな隙を狙ってはイチャつく者達いるものだから。

これを一纏めに、同時に行動する事がなんとも難しい。





「まずはチーム名を決めて、それに似合う曲を作るって、どう?何か指針を決めないと果てが無いぜ。(…この連載も)皆んな楽器もできて、リュウは歌えるんだろ?バンド組もうぜ、バンド!」



ーーーと、自由気ままな連中に提案したのは錬金術師Jだ。
そんなJに感心したように呟いたのはイノランだ。
この旅を最初に始めた二人だから。
こんな瞬間に、改めて思うのだ。



「Jって、こういう時やっぱりしっかりしてるよな」

「ーーーしっかりって…。だってマジでこのままじゃ終わんねぇよ。ちゃんと目標のある旅してんだから」

「音楽を見つける旅だよね?」




その為の仲間と、偶然か必然かはわからないけれど、出会う事が出来て。
その旅に出るために、住み慣れた地を離れたり、仲間と別れたりしてここまで来たのだから。




「ふむ、」



Jのいう事は尤もだと、皆頷くと。
スギゾーはコートの中をごそごそと漁って、取り出したのは一枚の使い古した紙…じゃなくて。
年季の入った地図だった。

それを皆んなで興味深そうに覗く。





「ここ、」

「ん?」

「今いる、森。ーーーここから真っ直ぐ、森を抜けて、平原を抜けて、草原を抜けて…その先に」

「ーーーうん」

「何があるの?」

「ーーー海」




海。



「海は行ったことないなぁ」



イノランが、見えない遠くその先を眺めて、目を細めながら言った。
その言葉に頷く面々。
ここにいる者は皆、今までずっと森の近くにいる事が多かったから。
海というものの存在はもちろん知っているけれど、その姿を見た事は無かった。

森という、どこか静かで密やかなイメージと違って。
対して海は、明るい陽の光。
暖かく大らかな空気。
見た事は無いけれど、そんなイメージを皆抱いていた。







「行こうか」

「ーーー行く?」

「すげぇ遠くだと思うけど。ーーーでも、」

「ホントに辿り着けたらさ」

「やった!って、思うね!」



せっかくならば、目標も大きく。
時間はそりゃあ…かかるだろうけれど。
五人で進めば、そんな道程も楽しそうだ。





「海へ!」





ザアアアア…






ぱらぱらと葉の隙間から次々と落ちる雨粒。
突然の雨をやり過ごす為の都合の良い屋根なぞこの森には無くて。
なるべく大きく、密度のある葉を茂らせる木々の下を選んで歩く。

森を抜ける為にひたすら歩く五人は、雨に遭っていた。






そんな中で。

まるで檻の中から飛び出したかのように(実際はそんな訳ないのだけれど)
のびのびと、濡れる事も気にせずに雨を満喫する者がひとり。


リュウイチだ。




つい雨を避ける為に俯きがちなメンバー達に対し。
リュウイチは雨が降り始めた頃からふわふわと辺りを飛び回ったりで忙しい。
イノランが目隠し用にと用意したケープも、今はマントのように背中側ではためいている。

スギゾーが言うには、フェアリーは自然と共に在る存在だから。
(フェアリーの持つ桁外れた治癒能力も自然から分け与えられた力を元にするらしい)
だからこうして人間には時として厄介な雨も、フェアリーのリュウイチにとっては超回復アイテムなんだろう…と。

だからなのだろうか。
雨に濡れながらも生き生きと宙を舞うリュウイチの姿に、皆んな密かの見惚れたりもしたのだ。






「リュウ」


雨の空をじゅうぶんに飛び回り、久しぶりにイノランの側に降り立ったリュウイチ。
ぽたぽたと黒髪の先から雫が落ちる。
イノランは苦笑しながらそれを拭いてやると、風邪ひくなよ、と。そのまま冷え切った頬に触れた。


「ありがとう」


そう言って、触れたイノランの手に、自身の手を重ねると。
にっこりと、それはそれはイノランでなくとも見惚れるような微笑みを見せた。
…しかしイノランにとって、それは少々見過ごせない問題でもあった。



「っ…ちょっ、リュウ」

「え、?」

「ちょっと、ちょっと…ーーーこっち来て」

「え、え?」



ぐいぐいとイノランはリュウイチの手を引いて。
先を歩くメンバー達から少しだけ距離をとって、側にある大きな木の幹の陰に身を潜めた。



「ーーーあのさ。それは、ダメ」

「?ーーーダメ?」


何が?
そんな声が聞こえそうな、リュウイチの疑問の表情。
首を傾げて、ぱちぱちと瞬きして。
ーーーそしてそれを見たイノランは、今度ははぁ…。と、ため息をついた。



「ーーーだから、」

「ぅん?」

「そーゆう、にっこり!とか、なぁに?とか!ーーーわかるか⁇リュウがやると破壊的に可愛い仕草!」

「破…⁇」

「ーーーーー眼福だし、ずっと見てたいくらいリュウのそうゆうの大好きだけど。ーーーあんま、他の奴らにはさ。…見せないで欲しい…っていうか、」

「っ…」

「俺の前だけにして欲しい…っていうか、」




ヤキモチ。
嫉妬する。
皆んなのリュウだけど、その心は誰にも譲れないと。
なんて心の狭い奴だとは思うけれど、どうしようもなかった。


「ーーーイノちゃん…」


ーーーそんな風に想ってくれていると、拗ねた顔と声のイノランを見ていたら。
わかってしまう。



(ーーーこうゆうの、)


リュウイチの胸に広がる、ほわんとした温もり。


(嬉しいって、思う)




好きだと、お互いに知れているけれど。
想いを知った途端に、五人揃って、出発する事になったから。
好きだと伝え合ったまま、二人の時間は止まったままで。
触れることも、その先も。
気持ちばかりが増えていって、止まってしまっているから。




「イノラン」

「ん?」

「ーーーイノちゃん、あのね?」

「リュウ?」



濡れて、周りの景色も、リュウイチも。
どこか水色に染まったような、この空間で。
リュウイチの頬や、目元や。ーーー唇が。
イノランにはやけに色づいて見えて。


(ーーー薔薇色)


(ーーーーー…ちょっと、やばいかも)


目がそらせなくなっていた。



「イノちゃん、ねぇ」

「…ん?」

「ーーーーー前の続き、」

「ーーーーー」

「っ…スギちゃんの、庭の…」



(そうだ、いいところで、)

(そうだったな)



好きだと、言ってくれたんだ。
忘れるはずないのに、メンバーと出会えて、嬉しくて。
少しだけ、端の方にしまい込んでいた胸のどきどき。


(違うって。しまい込んでたんじゃなくて、)

(そうじゃなくて)

(場所も、時間も、俺たちの気持ちも。そうゆうの全部、大事にしたかったんだ)




「ーーーイノちゃ…ーーーー

「リュウ、」



(だって初めてのって、大事にしたいから)




触れている頬から手を滑らせて、髪に指先を埋めて。
撫でるように後頭部を包んで。
反対の手は、肩を抱いた。

リュウイチの瞼が静かに…落ちて。
唇が小さく震えているのが見えて、胸が熱くなった。



「ーーー続き、な?」

「ぅん、」

「好きだよ」

「っ…ん、」

「ん?」

「…っ俺、も」



すき。

リュウイチのかき消えそうな声を、唇で塞いで。
すぐに馴染む唇が気持ちいい。



「ーーーっ…ぁ、」

「もっと、」

「んんっ…」

「ーーーいい?…」

「ぅん…っーーーん、」



そこからはもう夢中で。
雨の中だという事も。
少し先を歩くメンバーの事も。
この時ばかりは、考えられなくて。



「…っ…ふぁ…」

「ーーーリュ、ゥ」

「んっ…ーーーぁ、ぁ…っ!」



リュウイチの甘い声が心地良かった。
やっと抱きとめることができた、腕の中の存在が。
今は愛おしくて。
これからも愛おしさが募る予感に。

キスだけで止めるなんてできなかった。


















ザアアアア。





「ーーーここらで休憩でもすっか」

「まだかかりそうだもんねぇ。ーーー邪魔すんのも野暮だし」

「…はぁ。仕方ねぇなぁ…」

「なぁなぁJ。なんか無い?火起こすもの」

「森の中で火とかやべぇだろ」

「俺コーヒー持ってる。火があれば淹れられるよ」

「スギの魔術で瞬間湯沸かしできねぇの?」

「俺の魔術は火気ははらみません。特に森では」

「~はいはい。ーーーほら、」


あっという間にJが錬金術で作り上げたのは熱々の石。
それをシンヤの持ち物の水を満たしたヤカンに放り込んだ。

ジュッ。

湯沸かし完了。
スギゾーは嬉々としてコーヒーを淹れる。



「お前の錬金術って、」

「無いものから別の物質を作るってことだ」

「ほぉ!」



まもなく出来上がった熱々コーヒー。
それを木の下で、雨に濡れながら嗜んだ。



「ーーー美味い!」

「な」

「ロケーションもいいから」

「でも濡れてんぜ」

「旅って感じ。いいじゃん?」

「まぁな」







「ーーーーーーーアイツら、まだ?」












風の匂いが変わったと思った。







「ーーー海?」

「海だな」

「すげぇ、マジで来ちまった」

「ね、」




はじめにスギゾーが指し示した道程をひたすら進んだ五人は。
幾つもの夜を越えた、とある日の朝陽のもとで。

初めての景色を目の当たりにしていた。





「ーーー綺麗…」


青い色。
きらきらと朝陽を受けて輝く水面。
どこまでも果てしなく走る水平線は圧巻で。
五人はしばらく、その景色を眺め続けた。




「ーーーこんな所まで来られるなんて思わなかった」

「あのままずっと森の側の町にいたらな」

「知らないままでいたかもな」

「うん」

「お前らと出会えたから…ーーーーー」



ここまで来ようと思ったし、実際来られたのだ。
そんな風に、五人がそれぞれ同時に思っていたけれど。
いざそれを言うのは、どうにも照れ臭くて。
言い出せなくて。
結局は目の前の海を並んで眺めることしか出来なかった。



(でも、)

(言葉は無くても、わかる)

(皆んな感動してる)

(ひとりじゃ出来なかったって、)

(ひとりで来たって味気ないって、)

(皆んな。ーーー思ってるだろ?)





ここへ来たらしたい事。
出発した後に皆で決めた。

曲を作ろう。
チームの呼び名を決めよう。



海に辿り着いたら、曲も、呼び名も。
用意されていたみたいに浮かんでくるって、そんな気がして。




「おい。ーーー見ろよ、空」

「え、」



イノランが、不意に海の上に広がる空を指差した。
するとそこには、真昼の白い月が浮かんでた。
薄く白く、ニッ!と、笑っているように見える月。



「月だ。ーーーあの月さ」

「うん?」

「ーーーちょっと、笑ってねぇ?」

「。え?」




イノランの言うままに、四人はじっと月を見上げた。



「ーーー月、と。…海」


誰かが呟いた。
けれどもそれが誰でも、変わらない。
皆んなおんなじ事を考えていたから。



「ーーー月…Luna…。海…sea …」




「いいんじゃない?」


また誰かが言った。
そしてそれに、他の者も同意した。




「LUNA SEAって、良くねぇ?」







この日出来上がったばかりの〝LUNA SEA〟は。
ひとつだけの曲をつくると、それからまた、それぞれが旅立つことになった。




「結成したばっかなのにな…」

「まぁ、ちょっと寂しいけどさ。ーーーでも、名前がついたのはついさっきだけど」

「ん、」

「ずっと一緒だったじゃん?あの森の町から、俺ら」

「うん」

「確かに、ちょっとって感じはしないな」

「だからさ、またここからばらばらに旅に出るけど…」

「別にそれは永遠の別れじゃないし。ーーーまた会うじゃん?絶対に。」

「お、言い切った」

「だってそうだし。ーーーえ、皆んなもう会いたくない?」

「会いたいよ」

「ーーー会いたいに決まってる。ーーーだからまた会う日を決めればいいんじゃねぇ?」





再会の日を報せる目印を。

皆の持つ、それぞれのチカラを持ち寄って。

スギゾーの着けていた魔法石のピアス。
シンヤの仕事道具の研磨用の砂鉄。
イノランは愛剣の柄にはめ込まれた青い石。
リュウイチはフェアリーの光の粉。

それをJが錬金術を駆使して。
ここにある物だけを使って、ここには無かった物に作り上げた。


ーーー五つのクロス。




「引き合うと思う。また再会の日になったら」

「そしたらまた集合な?」

「ちゃんと来いよ」

「行くっての」

「楽しみだね!その日が」

「ああ、」




別れの瞬間、不思議と寂しは無くなった。
また会う日までの、ここからは修行だと思えば。





「ーーーでも、お前らは一緒に行くんだろ?」


三人に一斉に指差されて、にやにやと含みをもたされたのは…


イノランとリュウイチ。


言われたリュウイチは、たじたじと。
イノランは堂々と。
頷いて。



「馴れ合うだけってわけじゃないよ。俺らだって、パワーアップ。ーーー覚悟しとけよ?」

「わかってるよ」

「っ…歌、もっと上手く歌えるようになってくる!」

「リュウイチの歌は今でもすごかったけど」

「もっと?」

「もっと!皆んなの演奏に相応しくいられるように」

「楽しみ!」

「俺らも負けてらんない」

「ね!」





じゃあ。
またな!



手は振らず。
微笑みだけで、それぞれの道を行く。

皆の胸に飾る揃いのクロスを誇らしく掲げて。
このクロスが輝くときが再会の時。
その時を楽しみに。












「俺らも行こうか」

「…うん」

「ーーーリュウ、やっぱり寂しい?」

「ん、ちょっとね」

「ーーー」

「でも、大丈夫。ーーー」

「ーーー」

「一緒にいてくれてありがとう、イノちゃん」

「それはこっちのセリフ」

「ーーー」

「ありがとう、リュウ」





イノランはリュウイチと手を手繰り寄せて、指先を絡ませる。
手の温もりを感じながら、ここから始まる新しい旅を思う。
たくさんの曲を用意して、またアイツらに会いたいと思う。


ーーーそれから…
この隣にいてくれる存在に。





「ーーえっと、リュウ」

「え、?」

「この旅の間に、いつか言いたい言葉があるんだけど」

「…なぁに?」

「今はまだ…。そのうちな?」

「っ…気になる」

「ハハハ」

「イノちゃん!」




待ったをされて憤慨するリュウイチの唇に、一瞬の触れ合うキス。
途端に目を丸くするリュウイチに、今度は深く深く、唇を重ねる。




「…ん、っ…」

「ーーーちゃんと教えるから」

「っ…ぅん」




いつか、いつか。

愛してる、と。

音旅を共に進む君に。









end




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