beautiful world.












リュウイチが旅の仲間に加わって。
その数日後のこと。





「おまたせ!剣の修復終わったよ」



鍛冶屋のシンヤの店に集まって三人の前で。
修復が終わったばかりのイノランの剣がお披露目された。
原型はそのままに。
けれども鞘の細かな細工や、鍛え直された鋼の部分は鈍く光り輝いていた。
早速、その剣を手に持つと。
持ち慣れた感覚と、新しい力強い重みを感じて。
シンヤがとても丁寧に、確かな仕事をしてくれたのだとイノランにはわかった。




「ありがとう。すごく良いよ。お願いして良かった」

「そう言ってもらえたら嬉しいよ」

「すごく腕がいいんだな。修復の依頼で忙しいんじゃないか?」

「ん?いやぁ、自分一人でやり切れる分しか依頼は受けないよ。俺は弟子も、後継もいないから、まぁ…呑気にやってるさ」

「ーーーそうなのか。…腕がいいのに後継がいないんじゃ…シンヤに修復してもらえた奴らは俺含めて幸運だな」




一人だから、店を構える以上。自分の時間も少ないのだと苦笑した。
それはそうだろう。
武器は剣や槍、弓矢が主なこの世界。腕がいい鍛治職人に会うために、各地から人は集まるのだろうから。



「仕事は好きでやってるけどね。ーーーでも一度くらいは、旅ってものに出てみたいと思うよ」


あんた達みたいにさ。

そう言って、朗らかに笑うシンヤを見て。
三人は顔を合わせて…しばらく考えて。
ーーーそして。




「なぁ、あのさ」

「ん?」

「抱えてる仕事って、今どんくらいあるの?」

「ちょうどキリよくてね。イノランの剣が完成したから、請け負ってる仕事は今んとこ全部終わったよ」

「え?」



シンヤの言葉に、三人はもう一度顔を見合わせた。
そして大きく頷いて、シンヤに…



「キリがいいなら、じゃあさ!」

「うん?」

「一緒に行かないか?俺らの旅に」

「っ…え?」

「シンヤ君が一緒なら楽しそうだし」

「行く先々で、旅の鍛冶屋っていいんじゃない?」

「あのね、俺も仲間になったばかりなの!来てくれたら嬉しい!」



リュウイチが、勢いよく両手を広げると。
羽織ったケープが翻って、七色の羽根が露わになった。
きらきらした光の粉はここにいる全員周りを包んで。
その様子にシンヤは目を丸くした。




「ぇ…もしかして、フェアリー⁇」



元々イノランに森のフェアリーの話をしたのはシンヤだったから。
そのフェアリーがいま目の前にいて、その驚愕は大きなものだった。



「そう、リュウはフェアリー。Jは錬金術師、俺は剣士」

「ゲームみたいだ。ーーーすごいね」

「鍛冶職人のシンヤも是非一緒に来てもらいたい。ーーーどう⁈」




じっと期待に満ちた目で三人に見つめられ。
シンヤはしばらく背後に並ぶ仕事道具を交互に見ていたが。
やがて三人の方を向くと、大きく頷いた。



「こちらこそ!どうぞよろしく!」







「リューウ!ーーーどう?」

「ーーーえっとね…」

「見つかりそう?」

「んー…」








さて。旅の一行は、森の中の道を進んでいた。
あの後、シンヤは店の中を片付けて。旅に必要な道具だけを鞄に詰めて。
ずっと店を構えてきた馴染みのある木の扉に〝長期休業〟のプレートをかけてきた。


「シンヤ君。あんな、わかりやすいプレートかけてきていいのか?」

「ーーーわかりやすい?」

「だってあれじゃあさ、長いこと留守にしますよって知らせてるようなもんじゃん。居ない間に空き巣とかさ…。鍛治職人の道具を狙って…とか」



Jは腕組みして眉間に皺を寄せる。
もう既に仲間になったシンヤの大事な店が、万が一…な目に遭ったらと思うと。
せめて何か対策を立ててくるべきだった…と後悔し始めていたのだ。

しかしそんな心配気なJをよそに、当のシンヤはあっけらかんとしていた。



「大丈夫。そうなったらなっただ。もちろん仕事道具の全部は持ってこれないけどさ。愛用のは全部持って来た」

「ーーーそっか」

「おぅ!」

「そりゃ良かった」



ぽん!と、背中に担いだ大きなリュックにはシンヤの大事な物が詰まっていた。
それを見てJは幾らかホッとする。
シンヤ本人が平気だと豪語するから大丈夫なのだろう。

その時だった。
シンヤがガシャリと重く大きな荷物を背負い直した時だ。
リュックのベルトの部分に結わえつけていた赤いバンダナが…


「あ!」


解けかかっていたのか。それはスルリと解けて、風に乗って。
シンヤが咄嗟に手を伸ばしたけれど、風を受けたバンダナはあっという間に見えなくなってしまった。



「ーーーああ、俺の…」

「シンヤ君…気に入ってた?」

「そうだよ。前に貰ったんだ。仕事してくれたお礼って」

「…そっ、か」




あっという間、風の仕業枝だから仕方ないといはえ。
シンヤはガッカリと肩を落とした。




「俺が見てきてあげる!」



トン、と。地面を蹴って、そのまま風のように飛び立ったのはリュウイチだ。
イノランと共に今夜の寝床を探しに行っていたリュウイチは。そんなシンヤの場面を見かけていたのだ。



「リュウちゃん!」

「そっか!リュウなら空から探せる!」

「リューウ!ーーーどう?」

「ーーーえっとね…」

「見つかりそう?」

「んー…」



リュウイチの眼下は、緑の森。
その中に迷い込む赤い色を目を凝らして探す。


「ーーーもっと遠くまで飛ばされちゃったかなぁ」



リュウイチは視線をさらに遠くへと。
すると、その時。
リュウイチはあるものを見つけて、ん?とそこを凝視した。



「ーーなんだろう?…あそこ。ーーー木々の間から…」


見えたのは大きな岩屋…?だろうか。
岩肌の目立ち大きな岩壁に、遠目からでもよく見える大きそうな洞穴。


「ーーーーーー動物のお家?…それともだれかいるのかぁ」



リュウイチはそこがやけに気になってしまって。
地上にいる三人に声をかけた。





がさがさ…





「ーーーどう?なんか見える?」

「こっからはわかんないかな…」




声をひそませて、四人はリュウイチが空から見つけた大きな岩壁の洞穴の前にいた。
近づくとそれは思ったよりも大きな洞穴で。
例えば動物の住処だとしたら、そこに住む動物は相当な大きさがあるだろうと思う。




「…熊とか?」

「ーーーえぇ?…危険じゃね?」

「俺らの匂いを感じて、腹空いてたりしたら襲ってくるかも…」

「ーーーそれかやっぱ人がいて。例えばだけど、隠れながら生活してる奴…とかさ」

「…逃亡者?」

「そう。ーーー都合の悪い場面を見られた…とか思われるとさ。ーーー消しにかかってきたり」

「それも怖ぇよ」




想像が想像を呼んで、何も手掛かりが無いから、想像も大きくなって。
洞穴の前で、四人は声を潜ませて騒ぐ。
こんなに怖いと騒ぐなら、気にせずスルーして先を急げばいいのに。
好奇心の塊の四人だから、どうしようもない。





「…飛べるから。ーーー最初に見つけたのも俺だし。…俺が中に入って見てくるよ」



そんな中で、リュウイチがそっと手を挙げて言い出した。
ーーー確かにリュウイチならば、いざという時の危機回避能力は長けているかもしれない。(なんといっても、リュウイチの世界には高さが自由自在にあるのだから)

しかしそれを真っ向から反対したのはイノランで。
イノランからしたら、よくわからない場所にリュウイチをひとりきりで行かせるなんて…!という事だろう。




「ひとりじゃダメだ。いざって時、リュウを守る者がいない」

「…俺、平気だよ?」

「だめ。もしもの事があったらどうすんの?リュウが危険に巻き込まれたりしたら耐えらんないよ。ーーーだからね」

「え?」

「俺も付いていく。リュウを守る」

「ーーーイノちゃん…」




ほわん…と。
いつの間にやら二人の隙間の空気が…


「…おいおい。ーーーピンク色だぞ…」

「ホントだね。見えるはずないのにピンク色に見えるわ」



Jとシンヤは呆れ顔と感心顔。
もはや二人の世界が出来上がりつつあるイノランとリュウイチを見て。
じゃあ俺らは洞穴の入り口を見張ってるから、中の探索を頼む…と。
しばし二手に分かれての行動が始まったのだ。









ピロロロ…
ちゅんちゅん

チチチチチ…





「ーーー平和だなー」

「なー」




クルルル
ぴーぃぴーぃ




「ーーーーーんで、暇だなぁ」

「ーーーな」




洞穴の入り口の見張りの為にそこに残ったJとシンヤは、青空を見上げて欠伸をひとつ。
鳥の声が囀る、なんとものんびりした陽気の中で。
特に危険が襲って来るわけでもなく、かと言ってする事なく。
岩屋の入り口に座り込んだ二人はお喋りの最中だ。



「俺さ」

「ん?んー」

「…あのさシンヤ君。ベースって知ってる?」

「ベース?そりゃ知ってるよ」

「ーーーうん。ーーー俺はさ、イノとな」

「うん」

「アイツはギターなんだけど。ーーー音楽が好きでさ」

「ほぉ!」

「俺は錬金術師でアイツは剣士なんだけど。その他にもさ、音楽をやってんだ」

「ほお‼︎」

「でね。今回なんでアイツと旅に出たかっていうとね。ーーー音楽を、」

「音楽!」

「まだ知らない音楽を探そうってさ。ーーー音旅ってやつに出たんだよ」




知らない音楽。
まだ埋もれている、原石のような音楽。
それを探す旅。
それはずっと二人が始めたいと思っていた事だった。



「まぁ実際は資金集めだの妖獣退治だので、時間はかかんだけどさ」

「そうだ、妖獣退治絡みで、イノランはリュウちゃんと出会ったんだろ?」

「そうそう。一目惚れって言ってたけどさ。初めは冗談だろ?って思ってたけど、ありゃ満更でもなさそうだ」

「リュウちゃん可愛いもんなぁ」

「イノの奴があんなに誰かに夢中って、初めて見たよ」

「リュウちゃんは歌わせたら上手そうだよな。すごくいい声!俺、リュウちゃんの歌聴いてみたいなぁ」

「今度歌ってもらうか。ーーーあのね、シンヤ君も」

「?…俺?」

「シンヤ君と旅したら楽しそうって思ったから誘ったのも勿論なんだけど」

「嬉しいね!」

「そんだけじゃなくてさ。俺はベース弾くからわかる。ーーーシンヤ君、リズム打つの得意じゃない?」

「!」

「話しのテンポの良さとか、貫禄ある感じとかさ。ーーードラムとか、めちゃめちゃ似合いそうって思うんだけど」

「ーーーーーJはすごいなぁ」

「ん?」

「見抜くなんてさ」

「ーーー!」

「ドラム叩けます。ーーー俺」

「ほらっ‼︎」

「ハハハッ!」

「やっぱりな!やった!バンド組めんじゃん!」

「ワハハハハハ!」










ーーーと。そんな会話を外組がしている頃。






「暗いねぇ」

「な。結構広そうな洞窟なのに…。灯りのひとつも…」

「…ん」



真っ暗な道を進む。
一旦離れてしまったら、はぐれそうで。
イノランとリュウイチは手を繋いで歩いていた。





「リュウちゃん、大丈夫?怖くない?」

「ん、平気だよ?ありがとう」



思えばリュウイチは暗い森の中で暮らしていたのだから、これくらいの暗闇は平気なのだろうが…
好きな子は守ってあげたいという気持ちは、イノランの譲れない部分なのだろう。



チリリ…チリリ…



この中では羽根を広げているリュウイチ。
ひらひらと羽根を動かす度に鈴の音のような音と、辺りは夜光虫のように青白い光がチカチカと散った。


「役に立ててる?」

「ん?」

「俺。ーーーあのね、皆んなや、イノちゃんの役に立てたら嬉しい」

「大活躍じゃん」

「…だと、いい」

「現に今だって。リュウの羽根が辺りを照らしてくれてる」

「っ…だと、いい」

「それにさ、」



暗闇だから。
誰にも見られないから、いいよな?と。

イノランは繋いだ手を引いて、リュウイチの身体を抱き寄せた。




「それにな」

「っ…ーーーぅん」

「リュウがいてくれると、俺はめちゃめちゃ元気になれる」

「ぇ、?」

「好きな子が一緒だと張り切るし、頑張んなきゃって、いいとこ見せなきゃって思うじゃん」

「ーーーーー好き、な…?」

「そうだよ」

「ーーーイノちゃん、?」




もう一度。
暗闇だから、いいよな?と。
暗闇だから、勇気がでるよな。って…




「リュウが好きだよ」





リュウが好き。



イノランは、初めて出会った時から言いたかった。





「この旅にリュウちゃんを誘ったのは、ここで別れたらもう二度と会えなくなる可能性が大きくて、そんなのは絶対嫌だって思ったから」

「うん、」

「でもそれだけじゃなくて。ーーーリュウちゃんと出会って、その時からずっと想ってた。リュウが好きって、伝えたかった」

「ーーーっ…イノ」




リュウイチの頬が、ふわん…と色づく。
微かなフェアリー光に照らされた、こんな暗闇でも、それはわかる。

今ここは敵地かも知れない。
この洞穴の奥には何が潜んでいるのかわからないのに。

ひとたびリュウイチに愛の言葉を伝えてしまったイノランは。
もうここで引き下がるなんてできなくて。
もうここがどこだって構わないと。
どんな状況でも構わないと。


(こんな事してるってバレたらアイツらに怒られそうだけど、)

(…でも、)


リュウイチの七色の羽根ごと、両手で抱きすくめた。



「…ぅあ、っ…」

「ーーーーーこうやってリュウを抱きしめるとどきどきする」

「っ…ぃのらん」

「リュウもそうだったら嬉しいけど、」

「ーーー俺…」

「ん、」



クッと、軽くイノランの胸に手をついて。
僅かな隙間で、リュウイチはイノランを見上げた。

チリリ…チリリ…

リュウイチの背中で羽根が揺れる。
青と白の光の粒がきらきらと二人を包んだ。

リュウイチの目が星空みたいに光って見えて…



(すげ、綺麗)



しかしそう思っていたのはイノランだけじゃなくて、リュウイチもだった。




「…森の中で、イノちゃんを見つけた時、」

「ーーーうん」

「具合悪そうで、可哀想…って、思いながらも。ーーー格好いいって、素敵なひとだな…って思った」

「ーーー」

「目覚めて、話をしたら。格好よさと、あと、面白い感じも、意地悪そうな感じも…ちょっと、」

「ーーー」

「…えっち…っぽい感じも、そうゆうのが全部、良いなぁ…って、思えて」

「ーーー」

「…好きになってた。ーーー気がついたら」

「ーーーーー」

「ぅうん。ーーー多分、初めから」



掴まれそうに胸が熱くなるとはこういう事か、と。
イノランは歓喜で鼓動が煩くて、もうリュウイチしか見えなくて。

触れたくて。



「っ…ぁ、」


リュウイチの頬を撫でて、指先で唇に触れた。
どきどき煩い。
指先が震える。
リュウイチも、この先を予想して。
ゆっくりと目を閉じる。


「イノちゃん…」

「…リュウ」


「ーーーすき」















「ん~。ここは俺の庭なんだよね。ーーー何してんのかな?キミたち」




「!」

「⁉︎」



「今ちょうど作曲中だったんだよね。俺さ、仕事中は超!集中してやりたいからうるさくされると困るんだけど。ーーー騒がしいと思って来てみたら…。」

「ーーーえ、」

「邪魔したかな?」








「ーーーーーー庭…」


暗闇紛れそうな黒いコート。
髪は暗闇よく似合う紫色。
スラリとした長身で、腕組みをして立っている…ーーー人物。



イノランは、もう一度呟いた。



「ーーーーーー庭?」








こんなに暗い場所なのに、その人物は文字通り自分の庭を散歩するように、迷いの無い足取りで二人の目の前に進んで来た。
長身で痩身の身体をヒョイと傾けて、じっと二人の顔を見比べ。

にっ!

笑った顔は思いがけずに親しみのあるものだった。




「お前は人間…だね?ーーーん、微かな鋼の匂い。その雰囲気…。剣士かな」

「ーーーなんでわかんの」

「ん?そーゆうの得意だから」

「へ?」

「ーーーんで、お前は…フェアリー。すぐにわかるよ。ーーー久しぶりに見たな。しかし仲間のフェアリーの気配がしないな。ーーーお前、フェアリーの輪を離れて…」

「…ぁ、」

「ーーー付いて来たんだ?剣士の彼に」

「っ…」

「惚れちゃった?」

「ーーーっ…!」

「ーーーーー綺麗だね、お前」

「おいっ、お前!リュウにそれ以上近づくんじゃねぇよ‼︎」

「イノちゃん、」

「んー、いや、ごめんね。意地悪するつもりじゃないよ」

「はぁ?」

「だって俺の庭の真ん中でいちゃいちゃしてるからさ。ちょっと茶々入れたくなるじゃん」

「ーーー庭?…ここ、あなたのお家なの?」

「そうだよ。ここが庭。ガーデニングも好きだから花もいっぱい植わってるよ」

「…はぁ、花」

「そう。んで、花壇の向こう側に俺の家。デザインも拘った俺のお気に入りの家だぜ?」

「…家」



しかしそう指し示されても、二人にはずっと続く暗闇しか見えず。
花も家も、目を凝らしても見ることが叶わなくて。
そしてここでリュウイチは、そうだ。と、背中羽根を震わせた。



チリリ…チリリ…


綺麗な鈴の音と共に辺りに散らばったのは暖かな火の色の光の粉。
しかしそれは宙に広がって、やがて地面に落ちても消えることの無い光で。
瞬く間に地面に撒かれた光の粉で、まるで光る絨毯のようだ




「リュウちゃん!」

「ーーーどぅ、かな。これなら見える?」

「フェアリーの光で灯したか」

「これで貴方の庭も家も、俺たちも見ることができるよ」




照らされた洞窟。
そこには確かに綺麗に整えられた花壇や、風変わりな外観の家があって。
それによく似合う、彼の姿をようやくはっきり見ることができた。






「ーーーわ…ーーーもしかして、魔法使い?」

「まぁ、そんなもんだ。魔術を使う。ーーー魔術師かな」

「そうか。だから色々わかるんだな」

「ま、ね。でも安心してよ。俺はひとに危害を加えたりはしないからさ」

「ーーーへぇ」

「何かを貶める魔術は使わないよ。俺はそんなのより見つけたいものがあるから。忙しいわけ。誰かを呪ってる暇ねぇよ」

「ーーー見つけたいもの?」

「そう!」

「何?って、聞いても良い?」



ここまでの感じで、この魔術師を名乗る彼が悪い人物じゃなさそうだとは、何となく思い始めてきたけれど。
誰かの秘め事を、教えてというのは、ちょっと勇気も必要で。(ましてや初対面で)
リュウイチは、そろそろと訊ねたのだ。

すると魔術師の彼は、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりに破顔して。



「音楽!」

「え、」

「俺は音楽が大好きだ。好きを通り越してたまに憎くなることもあるくらい。魔術も開拓よりも新しい音楽の開拓!俺の今やりたい事は、まだ見ぬ音楽を見つけることなんだ!」



「!」
「!」



熱い語り口の彼の言葉を聞いて。
イノランもリュウイチも、目の前に火花が散ったように思えた。

ーーー仲間。
ーーー音楽の仲間。
ーーー旅の仲間。
ーーー音旅の、仲間。




「な、お前名前は?」

「え?」

「俺はイノラン。もうバレてたけど剣士」

「俺はリュウイチ。フェアリーだよ?」

「ーーーーー」

「…あと、ギターも弾ける」

「ぇ、」

「俺はね、フェアリー仲間の中では…ちょっと恥ずかしいんだけど、歌が上手って言われてた。歌うのが好きだよ」

「!」

「今ここにはいないけど、洞窟の入り口にあと二人いる。錬金術師と鍛治職人だ」

「J君もシンちゃんも、ね?」

「音楽が好きだよ。俺たちも音旅の最中。まだ見ぬ音楽を探してる」

「ーーー俺と同じ…」



「一緒に行こうよ!」





一緒に行こうよ!
ーーーとは言ったものの。
今回も初対面だし、何よりこの庭と家をとても大切にしている彼に、これからすぐ一緒に来て…なんていうのは。


(難しいかなぁ…)


同じ志を持つ者同士、一緒に旅したいのはもちろんだけれど…。
唐突過ぎるといえば、そうなのだ。
ーーーところが、彼の返事はそうではなくて。



「一緒に?俺も行っても良いの?」

「え、?ーーーあ、ああ。一緒に行けるなら来てもらいたいけど」



ね、と。
顔を見合わせて肯き合うイノランとリュウイチ。
そんな二人を見て、彼は顔をくしゃくしゃにして笑って。


「一緒に行きたい!皆んなで音旅なんて、最高じゃん」

「ーーー」

「ーーー」


あまりの展開に呆然としてしまう。
だってこの僅かな時間で、また旅の仲間を見つけてしまったのだから。












「お、出てきた」

「おー!イノラン、リュウちゃん!無事で良かった‼︎」

「…誰かいない?ーーー誰?」



洞穴の入り口で。
余りの暇さに二人で喋り倒しては、うたた寝をし。
そろそろ腹の虫が鳴り始めたところでイノランとリュウイチが戻って来た。
そして二人の後ろから付いて来る、見たことの無い人物に首を傾げた。



「J、シンちゃんおまたせ」

「入り口の見張りどうもありがとう」

「や、見張りって程大したことしてねぇんだけどさ。ーーー大丈夫だったか?」

「うん!ーーーあのね、」

「もうひとり旅の仲間を…」

「また⁈イノお前、よくそう次々と見つけてくるな」

「引き寄せられるのかも?リュウもシンちゃんもそうだったけど、なんかフィーリングが合うっていうかさ」

「音楽が大好きなんだって。一緒に行こうって誘ったら、行きたいって言ってくれて…ーーーえっと、」



そういえば名前をまだ聞いていなかったとここでやっと思い出した二人。
振り返って、後ろに立つ彼に視線を向けると。
またニカッと笑って。


「スギゾー。魔術師だけど、一応ね?でももっとやりたい事は音楽。音楽大好き。音楽好きな奴らと何かしたいってずっと思っていたよ」

「スギゾー、か」

「魔術師ね。ーーー確かにそんな感じ。俺はシンヤ。んで、こっちの錬金術師はJね」

「シンヤ、と。J。ーーーん、よろしく!」

「お前この洞穴ん中で暮らしてんのか?」

「まぁね?」

「素敵な庭とお家があるんだよね。ーーーちょっと暗くてよく見えなかったけど」

「へぇ!庭と家かぁ」

「そう。いつもみたくガーデニングでもと思ってたらさぁ。この二人が…俺の家の庭先でいちゃいちゃと」

「はぁ⁇」

「イノ…リュウちゃんとナニしてたの?」

「し…しし、してない!まだしてないよ!」

「ーーーまだって事は、するつもりだったんだ?」



Jとシンヤとスギゾーに囲まれてタジタジのリュウイチ。
しかしそれをぴしゃりと遮るのはイノランの一声で。
ぎゅっとリュウイチを守るように抱きしめて。


「悪い?」



「…」
「…」
「…」

「……イノちゃん」



「リュウは皆んなの仲間だけど、リュウは俺の。誰にもあげないよ」

「っ…イノちゃん」

「ね。」

「ぅん」




スギゾーの庭先での続き如く、周りがも見えていないかのよう。
見つめあって、触れ合って。
リュウイチの羽根が、きらきらと七色の光を辺り一面に散りばめるのを見て。
スギゾーはそれが、フェアリーの歓喜の光だと気がついた。


(こりゃ、面白いチームになりそうだね)


呆れ顔のJとシンヤの隣で、スギゾーは今度はニッと微笑んだ。



(コイツらと音旅、最高じゃん)



スギゾーが最後の仲間として加わる事になって、その翌日。
旅を続けるために、スギゾーの家のある洞穴を出発した。





「ーーースギちゃん」

「ん?なに?リュウ」



出発にあたり、スギゾーが用意した旅の荷物は僅かなものだった。
とはいえスギゾーのいでたちが、真っ黒なロングコートを羽織るというものだったから、そのコートの下に色々忍ばせていたのかもしれないけれど。
そんなスギゾーを見て少し前を歩いていたリュウイチは、振り返ってスギゾーに訊ねた。



「あのお家、あのままで平気なの?」


旅に出るという事は、長期の留守をする事になる。
あれ程自慢していたスギゾーの家。
それがリュウイチには、ちょっと気掛かりだった。


「リュウってば優しい!」

「…じゃなくてさ。だって…」

「平気だよ。一応俺、魔術師ってのだから」

「ぁ、」

「自分の家は自分守れるさ」



そう言って黒いコートの中を探って取り出したのは、手のひらに乗るくらいの小さなガラス玉?で。
それをリュウイチの前に差し出すと、見てみて、と。
スギゾーはにっこりしながら指差した。



「ーーー?…この中?」



言われるままに、リュウイチはそれをじっと見る。
するとその中に…




「あ…。ーーーわぁ、」

「見えた?」

「うん!凄い!これ、スギちゃんのお家⁈」

「そ!俺の魔術で家を丸ごと持ち運び!いいでしょ?便利でしょ?」

「うん!そっか、これなら心配いらないね」

「まぁね?」

「すごいね、スギちゃんは魔術で何でもできるの?」

「んー…どうなんだろうなぁ。ーーーでもリュウには出来る事が俺はちょっと不得意かも」

「え、?」

「空飛ぶ事。俺はその度に呪文を唱えて陣を描かなきゃなんないけど。ーーーリュウは羽根があるでしょ?」

「ぅん、」

「リュウのね。フェアリーの空飛ぶ姿って、本当に美しいって思うよ」

「俺もそう思う」

「イノちゃん…」



リュウイチの隣を歩いていたイノランも会話に加わって。
いつのまにか始まった、スギゾーとイノランによるリュウイチ語り。



「でも俺はね、リュウがフェアリーでも、そうじゃなくても好きだから」


リュウだから好きだよ。



間近でイノランにそんな風に言われたリュウイチは。
照れ臭さが隠せなくて、つい…と空に浮いて。
ひらりと。
すぐ側の大きな木の上まで行って。
しばらく、赤くなった顔を冷ますのだった。








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