beautiful world.












「っ…ああ~!油断した‼︎」

「クククッ」

「あ?なんだよJ。馬鹿にしてんの?」

「ちげぇよ。お前にしちゃ珍しいと思ってさ」

「ーーー」

「実は慎重派のお前がさ。まさか突進してくなんて思わなかった」

「ーーー…まぁ、」




そんな軽快な会話を楽しんで(?)いるのは、二人の青年。
剣士のイノラン。
錬金術師のJ。

二人は町の大通りにあるバーカウンターに並んでグラスを傾けていた。
ーーーイノランはどこか不貞腐れて。
ーーーJは、そんなイノランを面白そうに眺めながら。

幼馴染でありながら旅の仲間。今は目的が同じで行動を共にしている二人に遠慮はなかったのだ。




「あんな妖獣がこんな人の町に近い森にいるなんてさ。ーーーちょっと予想外で、慌てた」

「ま、な。確かにあんまない事だもんな」



カラン…と、グラスの中身を飲み干すイノランの言葉に、Jもちょっと神妙な顔で頷いて。
そのままその視線を、隣の剣士の傍に立て掛けられた剣に向けた。
ーーーそれは、刃先が無惨にも折れてしまっていた。




「さすがの俺だって、装備が不十分の状態であんな妖獣に向かったりしねぇよ」

「〝いつもの剣士イノラン〟なら、だろ?」

「ーーーまぁ、」

「お前が無謀な事する奴じゃないって知ってるさ。お前の剣の腕がすげぇってのも知ってる。いつものお前なら、装備不十分だって余裕な相手だっただろ?」

「…もういいって、J」

「体調が万全ならさ」

「ーーーーー…はぁ。」




そう。
イノランは、ちょっと体調が優れなかったのだ。
旅の最中に重要なのは、目的を達成する為の行動も勿論だけれど。
資金の調達も重要なのだ。
生きている以上、食費も旅費もその他諸々…必要になる。
その為、こうして人の多い町に着く度に、休養を兼ねて資金の調達もする。
イノランは剣の腕をいかして日雇いの護衛のアルバイトに就くことが多かった。
ーーーその、アルバイト中で…だ。



「だいたいさぁ、護衛として雇ったくせに釣りってどうなの⁇」

「ハハハ‼︎」

「朝から晩まで川釣り‼︎ 腰まで川に浸かって釣り三昧!俺は着替えも何も持ってないんだぜ⁇主人の趣味らしいけど、護衛の分まで釣竿持ってくかぁ?」

「アッハハハハハ!まぁいいじゃん?金持ちだったんだろ?その雇い主さ」

「ーーーそりゃ。…けど、お陰でこっちはずぶ濡れで風邪っぴきだよ」

「お疲れさん!そんな時に妖獣なんかに出会っちまうなんてな。お前も不憫な…」

「ホントだよ…」

「逃げちまえばよかったのに」

「あ、いや…さ」

「あ?」




ぽんぽんぽんぽん、テンポのいい会話が急に途切れて。
逃げちまえば…のJの言葉に、イノランはどこか遠くを見るような目で呟いた。




「ーーー森の奥に…さ」

「…森?その、妖獣のいた?」

「ん、まぁ。ーーー気配がした気がしてさ」

「気配?」

「ここでコイツを叩かなきゃ、森の奥にコイツが行ったら…って。その…感じた気配の何かが…危ないって、思ってさ」

「ーーー」

「俺がやんなきゃって、」



その〝気配〟を守るために。
イノランは、ヘトヘトに疲れて(ちょっと風邪気味になりつつも)その大きな妖獣に立ち向かったのだ。



「ーーーけど、ソイツは倒せたけど…お前の剣、」

「ん?ーーーああ、」



剣士の相棒。
剣士の必需品である、その使い込まれたイノランの剣は。



「折れちまったじゃねぇか…」

「ヘイキ。いい武器屋があるって聞いた。修理もできるってさ」

「ーーーけどさ」

「その〝気配〟が無事だったなら、俺はいいよ。剣は鍛え直すことは出来るけど、その〝気配〟のなにかがどうにかなってたら…って思うとさ」

「なんなの?お前の言うその気配って」

「わかんない」

「はぁ?ーーーお前、わかんないモンに剣も命も懸けたのか⁇」

「わかんないんだって。わかんないんだけどさ…」




ふわふわひらひら…
きらきら…した、その気配は。

その姿を互いに見せない内に、イノランを虜にして。
もしかしたらその〝気配〟の主も、イノランの気配を感じているのかもしれない。



「もう少しだけ、この町に滞在していいか?」

「ん?」

「あの森に行ってみたい」

「ーーーイノ…。お前…もしかして」



「多分ね。恋したんだ、俺」











森の奥にはフェアリーの住む樹があるという。









さて、ここは町の武器屋。
イノランが例の釣り好きの主人から教えてもらった、腕のいい鍛冶屋のいる店…との事だけど。
外まで聞こえてくる豪快な笑い声に一瞬ビクついて。
でも、愛用の剣は直さなくてはならないから。
イノランは意を決してその店に足を踏み込んだ。

カラン。
軽快なドアベルの音に出迎えられて、その奥のカウンターにいたのはドッシリとした男だった。



「いらっしゃい!お、お兄さん初めましてだね!」

「はぁ、ここがオススメって聞いたんで」

「そりゃ嬉しいね!俺はここの店主のシンヤってんだ。武器の事なら何でもどうぞ!」

「助かる。俺はイノランだ。ーーーこの剣なんだけど、直るかな」

「どれーーーーーありゃ、これは綺麗に折れてんなぁ。何を斬ったんだい⁇」



眉間に皺を寄せて、それでも愛嬌のある語り口で。
その武器屋の主人は、先端の折れたイノランの剣を早速眺めた。



「ちょっと妖獣に出くわしてね。そん時に、まぁ」

「妖獣⁇この先の森かい?」

「びっくりしたよ。こんな人の町に近い森にあんな獣がいるなんてさ。鋼みたいに硬い翼を持ってた」

「斬ったのか?」

「なんとかね?ーーーちょっと体調が良くなくてさ、言い訳じゃないけど…油断しちゃって」

「剣が折れただけで済んで良かったなぁ。だって下手すりゃ、アンタだって無事じゃいらんないでしょ」

「負けらんなかったからさ。ーーーあ、そうだ、聞いていい?」

「俺にわかる事なら、」




イノランと会話する間も、シンヤは剣の破損箇所の見極めに余念がないが。
聞いていいか?というイノランからの問い掛けに、漸くシンヤは顔を上げた。




「ーーーあの森の奥ってさ、なにがあるんだ?」




〝気配〟
イノランが妖獣と対峙する時に感じた〝気配〟。
それが何なのか、なぜ気になるのか。
その時は分からずに、それでもそれを守らなければならないんだと、危険もかえりみずに妖獣と戦ったイノラン。
代償は、剣。
愛用の剣が折れてしまったのは確かに悔しい事だったけれど。
それを上回る、イノランに芽生えた気持ちがあった。


きらきら
ふわふわ…ひらひら…


柔らかな気配。
陽だまりのような、木漏れ日のような。
そよ風で揺れる花のような。
そんな、甘くあたたかな気配。

Jには恋したと言って大層驚かれたが。
でも、それはまんざら嘘ではなかったのだ。




「あの森の奥から気配を感じたんだ」

「ーーー」

「すっげぇ気持ちいい、そんな気配」

「ーーー」

「ーーー知ってる?なんか」



「会った事は俺もないけどね」

「ーーーうん」

「ーーーあの森の奥には、フェアリーが住む大きな樹があるんだとさ」



「フェアリー?」



「癒しの力を持つ、七色の羽根を生やしたひとだってさ」









フェアリー。
イノランはもちろん、その名を聞いた事はあった。
旅なんてものをしていたら、行き先々で色んな話を耳にするし。
観光地なんかでは、フェアリーをモチーフにした土産物だって目にするくらいだ。

フェアリー。

癒しの力を持つ、その身に羽根を戴いた存在。

しかし人々はその存在を知りながらも、その姿を実際に見る事はそう無かった。










「フェアリー?」

「そう。あの森の奥に行ってみようと思ってね」



この町での滞在中、二人が身を寄せている宿屋。
夕食をとりながら、イノランはJに鍛冶屋の店での事を話して聞かせた。


「…お前、修理の依頼に行ったんじゃなかったっけ?」

「修理も受けてもらえたよ。ーーーそこの主人の…シンヤってんだけど。話が面白くてさ。で、せっかくだから訊いてみたんだ」

「ーーーお前が言ってた…〝気配〟の事か」

「ああ、」





Jはそんなイノランの話を聞きながら、へぇ…と、意外そうに頷いた。

ーーーこんな…誰かに訊くくらい、 森での事が気になるか、と。
妖獣を倒せて、それだけで完結せずに。




「ーーー行きたいのか?」

「ーーーーまぁ、」

「いいぜ、行っても」

「…いい?」

「ああ。ーーーってか、今更だろ」

「ん?」

「反対しても行くんだろ?」

「ーーーはは、」



イノランの性格を誰よりも知っていた。



「いつ行くんだ?」

「今夜」

「早っ」

「早く行ってみたいんだ」

「ーーー恋したってのはあながち間違いじゃないんだな」

「そうかも」

「まだ会ってもいないくせに…」

「いいんだよ」

「ん?」

「だからこれから会うんだ。ーーー会いに行くんだよ」





夕食を終えて、早々に出掛ける準備を始めるイノランに。ついて行った方がいいか?…というJの申し出を、イノランは緩く辞退した。
仲間として心配してくれての言葉だとイノランにもわかったけれど。
Jもこの町での滞在中に、資金集めの為の仕事をしていたから。
その仕事が明日の朝から入っていると、イノランは知っていたし…

それに。




「多分…だけど。ーーー危ない事なんかないからさ」

「なんで言い切れんだよ?しかもイノ、お前…今丸腰だろ」



使い慣れた愛用の剣は、今手元には無い。
もちろんその他にも武器は携帯しているけれど、イノランにとって修理中の愛剣に代わるものは無いと、知っていたから。

しかしそんなJの心配はよそに、イノランはいつもの調子を崩さない。
…むしろ剣が無い不調よりも、長時間の川釣りによる身体の不調の方が大きかった。



「まぁ、大丈夫だよ。今日あんだけでかい妖獣をたたいたから、他の獣も警戒してひょこひょこ出てこないと思うし」

「ーーーそっか」



大丈夫、と。頷いてはみたけれど。
イノランはやはり体調はおもわしくなかった。


(…寒気)


ぞくぞく、背筋が冷える。
川に一日中浸かっていた影響は、確実にあらわれていた。






なんかあったら今度こそ逃げろよ、お前不調の上に丸腰剣士なんだから。
そう、Jに見送られて。
イノランは夜の森へと向かって行った。


「なんだよ…。丸腰剣士って」


しかし上手いこと言うなぁ…なんて、Jの言い草にぼんやりと同意。
ーーーぼんやり…というのは、不調のせいもある。


(ーーーこりゃ、本格的に風邪かな)


探索に適した状態ではない事はよくわかっていた。
それでもイノランは森へと進む。
掻き立てられた。
森へと。
あの、感じた気配に会いに。




「ーーーフェアリー」



ただただ、会いたかった。
その存在に。










バサバサバサッ

クルルル…

ギャアギャア!


夜の森は、夜行性の生き物達の繁華街だ。
縦横無尽に飛び回るナニか。
鳴き叫びまくるナニか。
闇の中に浮かぶ、幾つもの目・目・目。

夜の森は怖い。
そんな真っ暗な森の中を、イノランは歩いていた。




「…コワ、」


大の男が、大の大人が!
ましてやお前剣士だろ。
ーーーそう、言われるかもしれないが。


「怖いもんは、怖いっての」


頭上すれすれの所を飛び交う蝙蝠を上手く避けながら、イノランはひとり毒づいた。
そして、しかし…と思う。


(ホントにこの先にフェアリーの住処があるのかな…)


こんな暗い森の奥に。
ひらひらふわふわした存在が、そこにいるのだろうか…。



(フェアリー…か)


実はイノランも、フェアリーの姿を見た事はなかった。
その噂や、美しい姿や、癒しの力については、どこへ旅して歩いても聞こえてきていたけれど。



がさ、ざっ、


舗装などされていない道を、イノランは黙々と進む。
ーーー進みながら、時折その脚がふらりと揺れるのを自覚した。

(くそ…)



熱が出始めていたのだ。
昼間の例の川釣りで、やはり相当身体を冷やしたのだろう。
剣士と言えど生身の人間。
仕方のない事だろう。



「ーーーやっばい…なぁ」


暗闇を歩くのにはやはり体力も精神的も使う。その身体の不調は、数メートル進むごとにイノランの歩速を緩めていった。
ーーーこのまま進むのは、妖獣に襲われなくても危険かもしれないと。
イノランはひとまず、すぐそばにあった大きな木の幹に寄りかかってずるずると腰を下ろした。


「ーーーっ…はぁ」


座り込んで、ホッと息はつくものの。
吐く息は熱かった。

ーーー完璧に風邪をひいたようだった。




「ーーーああ~。無様なの」


暗い空を見上げながら、イノランは呟いた。
何かあったら逃げろよ、と。
相方のJには釘を刺されていたけれど。
ここまで来たら戻る気もないし、しかし再び立ち上がる気力がなくなりかけていた。

頭がボーっとする。
ぐわんぐわん…と回る気がするのは熱のせい。
夜のひんやりした森の外気の中にいるはずなのに。
その熱のせいで、暑いんだか寒いんだか…。




「ーーーーーーーーーフェアリー…」



その気配を追って、ここまで来たけれど。
いまだあえない。
どこにいるのかわからない。


「フェアリー…」


その癒しの力があれば、今の気怠さも消してくれるのだろうか…?



「ーーーどこにいるんだ?ーーーーーーフェアリー…」


視界がぼやけた。
急激に上がる熱は、イノランの体力も奪う。
いつしか目をぐったりと閉じて、イノランはその場で眠りに落ちてしまった。








ーーーーーーきらきらきらきら…



ふわふわ…ひらひらひら…





〝だれ?ーーーこの、俺のテリトリーに踏み込んだのは〟

〝怖いひと?乱暴なひと?〟

〝ーーーーーーーぅうん。…そんな感じはしない〟

〝誰だろう…誰だろう?ーーーーーーーーーーーそこにいるのは〟

〝ーーーーーーーーー?…〟





「ーーーあ…」




声が聞こえた。
夜風に混じる、ささやかな声が。



「ーーーーーー誰か、倒れてる…?」






















くつくつくつ…。




(ーーーーーん…。なん、だ?)


かたん。かちゃ、



(何の音?ーーーそれに…)



こぽぽぽ…


(すっげぇ…いい匂いだ…)







ぼんやりする頭の端で、イノランは何かの音と…匂いと。
それから〝気配〟を感じて、重たい瞼を開けようとした。


(…ぁ、)


漸く薄く開いた瞼の隙間から、オレンジ色の暖かい光がゆったりと射し込んだ。
一瞬、眩しさで再び目を細めたけれど。すぐにまたゆっくりと目を開けた。



「ーーー…」


どうやら視線の先にあるのは、どこかの天井のようだ。
不調で倒れたという自覚のある、あの真っ暗な森の空ではない事は確か。
ーーーでは?


(天井…って、事は)


自分は今横たわっているのだと気付く。
イノランは後頭部に確かに感触を感じながら、その頭を横に向けた。


「ーーーーー…ここ、」


何処だ?
見慣れない風景(どうやら室内)を、やっぱりぼんやり眺めながら呟くと。
その声を聞きつけたのか、誰かが側にいたのかもしれない。

あ!と、声を上げながら、さっきから感じている気配が近づいて来るのがわかった。




「だい…じょう、ぶ?」

「ーーーぇ?…」

「…森の中で、ぐったりしてたから…」

「ーーーーーあぁ、」



その声は、明らかにイノランを心配しているような声音で。
透き通って、どことなく甘さを含んだ。…とても好きな声だと、イノランは思った。
ーーーそしてもう、この時からわかっていたのかもしれない。
あの妖獣と対峙した時から感じていた〝気配〟が。
不調にもかかわらず、夜の森へとイノランを掻き立てたものが。
今、目の前にいるのだと。




「ーーーーーここは俺の住処。俺しかいないから、遠慮なく休んで行ってね」


微笑みの混じった声。
イノランはその声の主を、心臓をどきどきさせながら見上げた。



「ーーーっ…ぅわ」


…と、つい。
イノランは慌てて口を噤んだ。
咄嗟に出てしまった感嘆のため息が、相手に聞かれて恥ずかしかったから。
ーーーけれども、それ程の存在が。
心配そうにイノランを見つめていたのだ。



「ーーー大丈夫?」

「ーーーーーーーだい…じょうぶ。…だよ」


そう返すので精一杯だった。
イノランを見つめる目。
きらきらした光を閉じ込めた大きな目。
白い肌。
形のいい唇と、艶やかな黒髪。
白と水色を基調としたゆったりした服の背中からは、七色の透けた羽根が覗く。



(ーーーフェアリー…)


一目でわかった。
彼が、会いたかった気配の主。
滅多にその姿を見る事が叶わない、フェアリーなのだと。



(ーーーす…げ、)


熱で浮かされているはずの思考も、その時だけは鮮明で。
イノランは、目の前彼から目が離せなかった。


(なんだ?…綺麗すぎだろ)





「あ、えっと。ーーー俺はリュウイチ。フェアリーを…やってるんですけど…」

「……え、あ、ぁあ…」


見りゃわかるよ。…とツッコミたかったけれど、その照れ臭そうに、はにかみながら自己紹介をする様に。ーーーイノランは。


「くっ、」

「え?」

「くくくっ…ははっ…」

「っ…えぇ?」

「お前っ…ーーーおもしろいな」

「おもっ…ーーー?」

「そんな…めちゃくちゃ綺麗なのにさ。ギャップが…」

「!」

「…っても、いきなり笑ってごめんな。俺を助けてくれたんだろ?」

「う、ぅん。ーーー森の中で、見つけたから」

「ありがとう。ちょっと具合がイマイチだったんだけど、どうしても来たいって思って強行しちまったもんだから」

「ーーー来たい?この森の中に?…宝物でも探しに来たの?」


宝物と言われて。トレジャーハントに来たわけじゃないんだけどなぁ…なんて苦笑しつつも。ある意味フェアリーを探しに来た自分は、自分にとってフェアリーは宝物と言っても間違いじゃないな、とイノランは思った。



「会いたかったんだ。ーーーフェアリーに」

「ーーー!」

「フェアリーって、何人ここにいて、どんな存在でって、何も知らないで来たけど。ーーー」

「ーーーー無謀じゃない…の?もしも危険な存在だったらどうするの」

「ん、だな。俺は剣士やってるから、どこか突進する部分もあるのかも」

「っ…剣士?ぅわあ…」

「ーーーなんの、ぅわあ?」

「ちがっ…悪い意味じゃないよ!違くて、格好いいなぁ…の!だから」

「嬉しいな」




ほんのり。
リュウイチの頬が染まるのを見て、イノランはぎゅっと胸を掴まれたようで。
横たえてくれていた、柔らかなラグの上に身体を起こすと。
傍らにペタリと座っているリュウイチの方を見て。





「俺はイノラン。仲間と旅の途中でこの森の事を知った。ーーーこの森の奥にフェアリーがいるって知った」

「イノラン?」

「ああ。ーーーずっとこの森の近くで何かの気配を感じてた。悪いもんじゃない、きらきらして、ふわふわひらひらした、心地いい気配」

「ーーー」


「リュウイチ」




その白く滑らかな手を、剣士の手が包む。
その途端に、七色の羽根が緩く羽ばたいて。
光の粉を散らした。



「俺はきっと、お前に会いたかったんだ」

「ーーーーー俺に?」



初対面に関わらず、手に手をとって、自然と視線が重なって…ーーーの、瞬間だった。



カタカタッ…カタタタ‼︎


「え⁉︎」

「え、ぁ!ーーー」


甘い空気は何処へやら。
リュウイチが火にかけていた小鍋の蓋が、派手な音を立てて泡を吹きこぼした。
リュウイチはイノランの手からスルリと離れると、慌てて小鍋を火元から上げた。


「ーーーーーはぁ…。うっかり」

「…大丈夫か?」

「え?あ、うん!ーーーさっき作って火にかけてたの。目覚めたら飲ませてあげなきゃって思って」

「目覚めたら?ーーあ、もしかして俺に?」

「そう。イノランをここへ連れて来たときに熱があるなぁ…って思ったから。フェアリーの作る煎じ薬はよく効くんだよ」



にっこり笑ったリュウイチは、陶器の小鍋に入った…何やら液体の薬をコップに注いでイノランの元へ戻って来た。
どうぞ、飲んで。
そう言って差し出された薬は…なんとも不思議な色で。
人の暮らしの中ではあまりお目にかかれないような…。光の加減で虹色に揺れる、そんな色合いだった。


「よく効くよ?これを飲んで、ゆっくり眠れば」

「…ん。じゃあ、有り難く」


抵抗が無いといえば嘘になるけれど。
心配そうに見つめるリュウイチの表情と、これは自分の為に作ってくれたのだと思えば。
イノランには断る理由など何も無かった。


コクンと、ひとくち。
ちょっと味わって、そのまま後は飲み干した。



「ーーーうま…」

「よかった…!」

「いや、ホント美味いよ。なんか身体もぽかぽかしてくるし…」

「フェアリーの力も込められてるの」

「あ、治癒能力…?」

「そうだよ」



なるほど、それは効きそうだと。
イノランは心地よく温まってくる身体で実感していた。
煎じ薬と、フェアリーの治癒能力。
きっと明日には、全快しているのだろうとイノランは思う。

じゃあ、後はゆっくり眠ってね。
そう言いながら、再びイノランをラグに横たえようとするリュウイチを。


(離れたくないな…)


そう思って。



「ぁっ…え?」

「ここにいてくれるか?」


びっくりするリュウイチの手を掴んで、一緒にラグに倒れ込んだ。


「っ…イノラン?」

「このほうが…」

「え、?」

「もっと効きそう」

「!」

「ーーーいい匂いだな。…リュウ」



七色の羽根ごと、イノランに抱きしめられて。
リュウイチは最初こそ慌てていたけれど。
ーーーその温かさに、イノランの鼓動に。


(ーーー気持ちいい…)


いつしかリュウイチにも、睡魔が襲ってきて。



さっき出会ったばかりの剣士とフェアリーは。
寄り添って、初めての夜を過ごしたのだ。



















ピピピピ…

チチチ…。






「ーーーーー…ん、」





聞き覚えのあるのは鳥のさえずり。
それを頭の端で聞きつけて。
イノランは、目を覚ました。


薄く開けた瞼の隙間からは、昨夜とはまた違う光。
白くて暖かな光は、イノランも知っている朝陽のそれだった。




「ーーーーー…」



昨夜の事は覚えている。
体調不良でいよいよその場で座り込んでしまい、夜の森で倒れたイノランをこの暖かな住処まで運んでくれたのはリュウイチ。
フェアリーだと教えてくれたリュウイチは、甲斐甲斐しくイノランの看病をしてくれて。
自ら作った煎じ薬を飲ませてれた。



「ーーーそうだ、美味かったんだよなぁ」


きっとリュウイチの真心も篭っていたのだろう。
イノランは初対面にも関わらず、あっという間にリュウイチに惹かれてしまった。
薬の効果で、再び微睡みそうになるのを感じながら。
ーーー離れたくない…と、思って。
リュウイチの手をとって、その身体を抱きしめたのだ。



「ーーー…そうだ」



イノランは、視線を自身の懐の辺りに向けた。
そしてそこにいる存在に、微笑みで表情を崩した。


すやすや…


イノランの腕に捕まって、リュウイチはちゃんとそこにいた。
胸の辺りに温かい体温が留まって、小さく規則正しく上下するリュウイチの肩が見える。
抱き寄せたイノランの片手は、リュウイチの背中に生える七色の羽根ごと包んでいた。



「ーーーよく寝てんな…」


警戒もなく、身体を寄せてくれるリュウイチが愛おしく思える。
出会ったばかりなのに。しかも相手は、丸腰と言えども剣士。
いつ襲われてもおかしくないと、普通なら距離をとられそうなものだけれど…。



「最初から親切にしてくれたもんな…リュウイチは。俺をここまで運んでくれて…」

「寝床も貸してくれて」

「美味い薬も煎じてくれて」

「ーーーこうして、さ」

「側にいてくれて…」

「おかげで具合はいいよ」



まるで初めて会った感じがしない。
ずっとずっと、見えない何かで繋がっていて。
その縁が、こうして手繰り寄せられて、出会うことができて…
ーーーそんな気がしてならなかった。




「…んっ…ん」

「ーーー起きた?」

「ーーー…ぁ、」

「おはよう」

「ーーーーーっ…あ、おは…よぅ」



急速に目が覚めたらしいリュウイチは、 目覚めた途端に今の状況に顔を赤らめた。
無理もないだろう。
朝の挨拶も、照れつつもやっと言えた感じだ。



(…勘弁してくれ…。朝からさ…)


原因を作っているのはイノランなのだが。
そんな事は棚に上げて、目の前のリュウイチに内心大騒ぎだった。


(夜の空気の中で見たリュウイチも綺麗だって思ったけど…)


(ーーー朝陽を受けたフェアリーって…)



光の粒を纏ったみたいに、きらきら…
七色の羽根は、太陽光を浴びてより美しく見えた。



「ーーー綺麗だな。…リュウ」

「え、?」

「今まで見た、誰よりも、何よりも」

「ーーー」

「リュウが綺麗」

「っ…」



自分で言って、なんて気障な事言ってんだと呆れたけれど。
仕方ない。
本心だし、イノランにとっては事実だから。
ーーーそして、昨夜から心の中でずっと思っていた事。
まだ出会ったばかりだし、こんなこと言ったら戸惑わせるだけだと思って、言わないつもりでいた事を。
言わずにはいられなくて。


「リュウ」

「…な、に?」

「俺はさ、今。旅の途中で。ーーーJっていう錬金術師と〝音旅〟の途中で…」

「ーーー音旅?」

「まだ見ぬ音楽を探す旅。Jも、俺も。音楽が大好きで。もちろん剣士もしてるし、錬金術もしてる俺らなんだけどさ」

「ーーーうん」

「旅の途中だから、俺らが今滞在してるこの森の近くの町には…きっともう戻らない。今は俺の剣を修理に出しているんだけど、それが間も無く修復が終わったら、俺たちはまた旅の続きに出る」

「っ…え、」



リュウイチの瞳が、その瞬間、揺らいだ。
動揺と、寂しさの色に。
そしてそれを、イノランは見逃さなかった。
ーーー自惚れる事にした。


「もう戻らないって…もう会えないって事」

「……」

「リュウ、と」

「……」

「でも俺は、それは嫌だ。めちゃくちゃ我儘言うけど、リュウともう会えないのは嫌だよ」

「っ…!」

「だから、リュウ。ーーーリュウちゃん」

「…え?」

「ーーー俺と一緒に、来てくれないか?」








カランカラン…




イノランとJがこの町で滞在中、決まって朝食を摂るために訪れるバーがあった。
夜は酒場。
しかし朝から昼の間はオーナーがチェンジして食事がメイン。

ーーーそのバーのドアベルを響かせて入って来たのは…




「J、お待たせ」

「っ…ぅお、なんだよイノ、お前今戻ったのか⁇」

「ん、まぁね」

「良かったな、無事だったか。…これでも心配してたんだからな?」

「ああ、悪ぃ」

「で。ーーーーーどうだったんだ?夜の森は」

「ーーーん、」

「例のお前の探すフェアリーには、会えたのか?」



Jの口調は、まさかこんな一晩で幻のフェアリーに会えるわけないよな…というニュアンスがこもっていた。
しかしそれも仕方がない事なのだろう。
何しろこの町に住む者達ですら、その姿を見る事は滅多にないのだから。


ーーーところが、だ。
イノランはJの腕を掴むと、テーブルの上にJのオーダーした朝食の代金分のコインを置いて。
まだ食ってる途中!と、言いながらもイノランにぐいぐい戸口の外に連れ出され。


「おい、イノ!どこ行くんだよ」

「住処」

「はぁ?」

「俺らの、滞在場所。ーーーちょっと、紹介したいひとがいるんだ」

「ーーーー紹介?」

「そう。ーーーーーえっとね、旅の仲間を、見つけてね」

「ぇ、えぇ⁈ーーーあ、もしかして昨夜の間にか?

「昨夜出会って、そしたら離れたくなくなっちまって。もうこの町に…森に、戻ってくる保証も無かったから。ーーーだから、それならって。一緒に来てくれないか?って、」

「ーーーーーちょっ…ーーーーそれって、」

「ん?」

「その言い方って、さ。ーーーお前…」

「うん?」

「ーーーーーーーーーー惚れたって、こと…か?」

「そうじゃなきゃ、そんな強引な手段にでないよ。俺にとって、きっと誰よりもって存在だって思ったから」

「ーーーーマジかよ」

「マジです。ーーーでもね、Jもきっと、気にいるよ」

「俺が?」

「あげないけどね」

「…え、もうそんな仲なのかよ?」

「や、まだだけど。そうなる予感があるし、そうするから」

「…すげぇ自信だな」

「でも一目惚れって、そんな感じになるでしょ?」




滞在中の住処に向かう途中で、二人はそんな会話をして。
やがて質素なとある家の前に着くと、イノランは軽くノックした。




「ただいま、帰ったよ」



ーーー返事はなかったけれど。
イノランは室内にいる存在を承知のようで。
開けるよ、と一言告げると。
ドアを開けた。





「ーーーイノラン」

「ただいま、リュウ」

「お、おかえりなさい」



ぱたぱたと部屋の奥から出てきたのは、ひとりの人物。
イノランの隣に立っていたJは、その姿を見て、目を丸くした。





Jは目が離せなかった。
まさかとは思ったけれど、本当に⁇…といまだ半ば信じられないようで。

そんなJを見て、イノランは。
玄関先で所在無さげに立っている彼…リュウイチの手を引いた。



「ーーーっ…ぁ」


思わず前のめりになりそうになったリュウイチは、咄嗟に羽根を広げて体勢を保った。
いきなりごめん、と謝るイノランに、ううん。と首を振って。
それから目の前に立つ初対面の…Jの方を見た。


「J、彼がさっき話した、紹介したいひと。ーーー森の中で俺を助けてくれて、看病してくれた…」

「は…はじめまして」

「…や、こちらこそ。」

「俺は、リュウイチと言います。ーーー」

「ぁ…。ああ。ーーーさっきイノから聞いた。ーーーフェアリーって、」

「はい」

「ーーー」

「ーーーーーぁ…あの」

「っ…!悪りぃ、ぼーっとして。ーーー俺はJ。錬金術をやってる、一応な?ーーーごめんな、初めて会ったからさ。…フェアリーに」

「そうですか」

「ーーーなんかわかる。…イノがさ、仲間にしたい奴がいるって言ってたんだけど」

「?…はい」

「一目惚れした…なんて言うからさ」

「え、?」

「おい、ジェーイ!」

「ーーーでも、わかる。フェアリー皆んながみんな、そうなのかはわかんねぇけど。ーーーお前…めちゃくちゃ綺麗だから」




数少ない仲間と共に過ごしていたリュウイチにとって、こうしてイノランやJに綺麗だと言われる事は、照れくさくて落ち着かないものだった。
どのフェアリーも多少の違いはあるものの、皆羽根を持つ姿をしていたから。

ーーー数少ないフェアリーの仲間たち。
だからこそ、こうしてイノランの手をとって森を出る決意をした時は。
皆、リュウイチとの別れを寂しがった。



「ーーーよく、森を出る決意をしたな」

「ーーーはい」

「ここだけの話…イノが強引に連れてきたんじゃないよな?」

「…お前な。さすがの俺も無理矢理なんてしねぇよ」

「大丈夫、です!俺が、自分の意思で決めたんです」

「ーーー」

「誘ってくれて嬉しかった。もちろん森の仲間も、森の生活も大好きだけど」

「ーーー」

「ーーー森の外の世界ってどんなだろう?って、いつも思ってた」

「ーーーリュウちゃん」




その稀な存在であるが為に、フェアリーは狙われる事も少なくない。
見世物目的や、持っている治癒能力についての研究目的など…
単独で外の世界を旅する事は、フェアリーにとって大きなリスクが付き纏っているのだ。

森の外へ出てはいけないよ。
姿を見られてはダメだよ。

そう言い伝えられているから。
フェアリーの姿を見る事は滅多に叶わないのだ。




「一緒に行くって、決めてくれて。ーーーありがとう、リュウ」

「ぅうん、俺こそ、ありがとう」

「ん?」

「俺もね、一緒にいたかったから」



そう言って、にっこりと微笑むリュウイチを見て。
それが、勝利の女神のようにも思えて。
きっと三人ならば、見つけられると思った。
まだ触れたことのない、新しい音楽を。














「これ、さっき見つけたから。ーーープレゼントだよ、リュウ」

「俺に?ーーーありがとう、イノラン!なんだろう?」

「イノお前いつのまに…」

「さっきJを呼びに行く前だよ。ーーーきっとね、必要だと思うから」



リュウイチはどきどきしながら包みを開けると、そこに入っていたのは衣類のようだ。
取り出して、広げる。ーーーーそれは…



「外套にもなるケープだよ。ーーーこれを羽織れば、羽根ごとすっぽり隠せる」

「っ…イノラン」

「俺らの前では、もちろん全然隠す必要なんてないけど。ーーー人の多い町、治安のいい場所ばかりじゃないから。フェアリーの羽根を隠した方が安全な場所もあると思う。ーーーほんとはこんなの必要ないのが一番だけど…」

「まぁ、そうだよな。ーーー念には念を、って必要だ」

「だからこれは、俺からリュウへ。ーーーこれから一緒に旅する記念」

「ーーーありがとう、イノラン」


リュウイチはぎゅっとしそれを抱きしめると、パサリと羽織る。
服の色と同じ、白いケープは。
リュウイチにとてもよくに会った。




「ーーー可愛い」

「…イノお前、声に出てんぞ」

「もういいよ、隠す気もない」

「あ、そー」







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